煙の妖怪

夕食の後……

「はいまた私が1位ー。やったー」

「くっ……幽吹さん隠れて練習してるでしょ」

「してないわよ」

司と幽吹はテレビゲームに興じていた。

「あっ、もうこんな時間。そろそろ俺寝るよ? 明日も学校だし」

気が付けば、時計の針は零時を指していた。

「ええ、お休みなさい。私は朝までにこのゲームの記録を更新しとくから」

「あ、そのゲームは……」

幽吹が手にしていたのは、崎姫お気に入りのアクションゲーム。彼女はこれを相当やり込んでいた。

「またそんなみみっちい事を……まあ良いか……お休みー」

司は欠伸しながら寝室に向かった。


「さてさて……遊んでばかりはいられない」

数分後、司がいなくなったのを確認した幽吹は、ベランダの窓を開いた。

異香イキョウ。待たせたわね」

「お邪魔しまーす」

開かれた窓から入り込んで来たのは、白い煙。

煙は家の中に入ると、少女の姿を形作った。

異香イキョウ。えんらえんらという煙の妖怪。

「司様はお休みになられましたか」

「ええ。まあ、あんたの事紹介しても良いんだけど……あんた便利過ぎるから……」

「ですねー。司様をダメ人間にする自信があります」

煙の少女はそう言って優しく微笑んだ。

煙の体を持つえんらえんらは、分身を作るのが得意。空気が通じている所ならばどこにでも移動でき、なおかつ分身との意思伝達も迅速。さらに、妖怪なので霊感の無い人間には認識されない。

彼女の協力を得れば、人間の世界においては悪業の限りを尽くす事ができるだろう。

試験のカンニングなど造作も無い。

「そうだ。あんたは最近、お気に入りの子とかいるの?」

妖怪ガールズトーク。つかみの鉄板。

「最近はいませんねー。私の能力を貸すほどの人間なんて、そうそう見つかりませんよ」

「あ、人間性とか重視してるんだ」

「外見なんてまやかしです。特に、私にとっては……」

異香は煙の粒子を動かす。

崎姫、月夜、司……次々と姿を変えて見せた。姿形は変幻自在。

「相変わらず見事なものね。でも、色が無いのは味気ないかな」

「色まで変えるのは、勘弁して下さい。疲れます」

「はいはい。もう良いわよ。元に戻りなさい」

幽吹が言うと、異香は即座に司の姿から、元の少女の姿に戻った。

「どうです? 司様の姿、似てました?」

「似てた似てた。遊んでないで本題に入るわよ。周辺の状況はどう?」

「今のところ、何も異常ありませんね」

「日隠村は?」

「外から見た限りでは……天狗が警戒している程度。まだ大きな動きはありません」

全国に散った分身から得た情報を伝える。

「なるほど……やっぱり、何かが予期されて月夜は呼び出されたのね」

「……何が起こるんでしょうか」

「私にも分からない。でも、嫌な予感がする。連中に召集をかけてくれる? 最悪に備えるわ」

「かしこまりましたー。それでは私はこの辺で……」

幽吹の邪魔をしては悪いと考え、異香は窓から退室しようとする。

「ちょっと待って、話し相手になりなさいよ。夜通し一人で黙々とやるのは辛いから」

再びゲームのコントローラーを握りしめて異香を呼び止める幽吹。

「えっ……そんな事してる場合ですか?」

「そんな事? 暇だから良いじゃない」

「いえ……司様と、その、添い寝してあげるとか……あるじゃないですか」

暫しの沈黙。

幽吹は口を開いた。

「……そういう事、したくないわけじゃないけど……まだ良いかなって」

「奥手なんですね。意外です」

「今がすごく、楽しいから。この関係をあまり変えたくないと言うか……」

「何となく分かります。私が気に入った人間も大抵の場合、私の能力を明かしたが最後、人がまるで変わってしまいます……怖いですよね」

「ええ」

「でも、幽吹様の場合は大丈夫ですよ。司様は、幽吹様のこと大好きだと思います。見てて分かります」

「慕ってくれてるのは私も分かるんだけど……なんて言うの? 司は私のこと、姉のように思ってないかしら」

「それはそれで良いじゃないですか。添い寝してあげたら、喜びますよ」

「……あー、ダメ。やっぱりまだ無理」

幽吹はテレビ画面に目線を釘付けにした。

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