影従の幽鬼夜行
トコヨミサキ
幽吹との日常
山の妖怪
祈祷師、霊媒師、巫女、審神者……
かつて、神や霊、妖の類を認識し、対話、代弁できるとされる人間はそう珍しく無かった。
ところが現代においては、神霊、妖怪の類そのものが完全に否定され、それらを認識できる人間も存在せず、虚偽であったとみなされている。
だが、実際には存在するのである。神や霊や妖怪、それらを認識できる人間は……
街中に一つ、砂漠のオアシスの如く残された小さな山の中。
「どうして妖怪とか、霊が見える人間が少なくなっちゃったの?」
幼き日の
「表に出すぎた結果じゃないかしら。私たち妖怪の力や言葉を利用できるのは便利でしょうけど、それだけ敵を作ることにもなるから」
答えたのは、
「あなたたち御影家の人間はずっと、影に、闇に、夜に隠れて生きてきた。だからこそ今もこうして残ってる。司もそうしなさい、私が隠してあげるから」
司には幽吹の言葉の意味はとても解せない。それでも彼女の言うことならばと頷き、幽吹は満足気な顔を浮かべた。
「うちの子を返してくれますか? 勝手に隠すのはやめて下さい」
山道を登ってきたのは、白金色の長い髪を靡かせる女。
「……出たわねキツネ。司はあんたの子じゃないでしょ」
幽吹は女を『キツネ』と呼んだ。
「私の家族ですから」
女はくすりと笑って応える。
「
司は幽吹の手から離れ、女の元に駆け寄った。司は女を崎と呼ぶ。
「さぁ、帰りますよ司くん」
「うん」
崎姫は司の手を握った。
「じゃあね幽吹」
司はもう一方の手で、幽吹に手を振る。
「また来なさい」
緑鮮やかな苔の生えた岩に腰掛ける幽吹は、小さく手を振り返した。
高層集合住宅の一室に、司の住む家がある。
司が寝静まった後、彼の保護者達による会議が開かれていた。
「やっぱり、司くんをあの妖怪に会わせるのは良くないと思うんです」
缶ビール片手に言う崎姫。
「幽吹に? どうして? まだ何も悪いことしてないんでしょ」
司の母、御影
「今にやりますよ、あの苔妖怪は」
「お崎ちゃん余裕無いわねぇ。四獣神の誇りはどこに行ったの」
ふて腐れる崎姫を見て笑う『大首』の
崎姫と市は月夜の友人であり、妖怪である。普段は共に人間の姿に化けて暮らしている。
「四獣神は辞めました。それと同時に誇りも何もかも置いてきました」
開き直る崎姫は、さらに続ける。
「ほっといたら大変なことになりますよ。あの苔妖怪、司くんに余計なことばかり吹き込んでます」
「アタシは時々幽吹ちゃんと話すけど、そんなにおかしなことは言ってないと思うわよぉ」
市は崎姫と違って、幽吹との関係は良好だった。
「だいたい司くんもあんな妖怪のどこが良いんでしょうね……苔とかドングリばかりかじってるあの妖怪のどこが……」
崎姫はぶつぶつとぼやき始めた。
「司が生まれてから、みっともなくなったわね崎ちゃん……」
憐憫の目を向ける月夜。
「みっともないですか? 司くんの事を第一に考えてるのに」
「それがみっともないのよ……視野と思考が狭まりすぎ」
歴史に名を馳せた大妖怪の落ちぶれた姿にため息が出る。
「元々崎はこんなもんさ。ここ百年近くがおとなし過ぎたんだ」
『古空穂』のムジナが嗄れた声を発する。
古空穂とは、空穂という矢を入れる道具の付喪神である。
ムジナも月夜の友人の一人。年長者として、月夜の知恵袋となっている。
月夜、崎姫、市、ムジナ、そして司の五人が、この家の住人であり家族なのだ。
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