第16話「荷車の騎士」
湖の騎士ランスロットの呼び名は、湖の乙女に育てられたことに由来する。
人ならざる者に育てられたランスロットは、立派な若者に成長した。
そして、キャメロットの宮廷で、最強ともいえる存在となった。
また、その生き方も、騎士道の模範とされていたのであった。
おそらくは、ランスロットが特別な存在であったことは、湖の乙女の力によるのだろう。
湖の精の魔法の力で、ランスロットは守られていたのだ。
ある時、ランスロットは、やむを得ない理由で
王妃グィネヴィアを救出するために、急がなければいけなかったからだった。
そのためには、乗り物が必要だった。
しかし、当時は、荷車に乗せられるのは、罪人だけだった。
刑罰の引き回しのような恥辱に耐えてでも、グィネヴィアを救うのか。
それとも、自分の騎士としての名誉を守るのか。
ランスロットは前者を選択して、荷車に乗ったのである。
そして、嘲笑を受けつつも、見事、グィネヴィアを、愛する人を救い出した。
これこそが、本物の騎士道だと、人々は賞賛した。
ゆえに、ランスロットは、「荷車の騎士」とも呼ばれるようになった。
(
夢から覚めて、俺は、そんなことを考えていた。
もゆると会っていたのを
あの時、見た、美亜と、王妃グィネヴィアの表情が重なる。
(美亜は、俺に『報い』を『罰』を受けさせるといった)
前世で愛し合っていた二人のことを引き裂いたからなのだろうか。
だとしたら、美亜にも、前世の記憶がよみがえってきているのだろうか?
緑色のローブがひるがえる。
マーリンが、いずこからか現れた。
俺の考えごとは中断される。
「まずいことになったわ」
「どうしたんだ?」
「ランスロットは、前世のことを思い出しているみたい」
「槍多が?」
「彼は、アーサー、あなたの邪魔をするかもしれないわ」
マーリンの言うことの意味がわからず、俺は問い返す。
「どうしてだよ。前世の記憶があるなら、聖杯のことを説明して、今度こそ、ランスロット……槍多とも和解することができるんじゃないのか」
「本気でそう思ってるの?」
マーリンは、俺をあきれ顔で見た。
この態度にはもう慣れている。
「だって、槍多は悪いやつじゃない。そりゃあ、血を集めるのは嫌かもしれないけど」
「そういう問題じゃないでしょ」
マーリンは、俺を憐れむように言う。
「あなたは、間男を信用するの? アーサー」
「なっ……」
俺が固まるのを見て、マーリンは続ける。
「ほらね、言い返せない」
「たしかに、前世でも、ランスロットはグィネヴィアと……そして、今、現在でも、同じことが起こっているのかもしれない。だけど、だからこそ、俺たちは、やり直すことができるはずだろ」
「無理に決まってる」
「おまえだって、モルガン・ル・フェイなんだろ!」
つい、怒鳴ってしまった。
マーリンの真意が、ずっと気になっていた。
本当は、何が目的だったのか。
モルドレッドをそそのかしたのが、モルガンだったのだったら、それはどうしてだ?
マーリンは答えなかった。
沈黙が気まずい。
俺は、感情的になったことを後悔した。
「最初から、全部、説明してくれれば、楽だったんだけどさ」
「あなたは、信じないでしょうけどね」
「いや……そうかもしれないな」
もゆるだって、前世の話は聞き流していた。
「マーリン、おまえが説明できないのは、俺が、自分で気がつかないといけないから……そうだよな?」
マーリンは答えない。
「じゃあ、いいよ。俺が、なんとかする。でも、そのかわり、おまえも約束してくれ」
「内容によるわね」
「俺の友達の悪口を言わないでくれ」
マーリンは、今度も答えなかった。
彼女の沈黙が肯定の意思表示であると、俺は願っていた。
(もし、槍多に前世の記憶がよみがえったら……)
あいつだって、俺と同じように複雑な気持ちになるだろう。
美亜のことを許す気はない。
まだ、とても、そんな気持ちにはなれない。
だけど、俺たちは、仲間なんだ。
その後、俺とマーリンは、キャメロットの部室に一緒に向かった。
部室から、話し声が聞こえてくる。
「アーサーを返して」
もゆるの声だ。
中に入るのをためらい、扉の前で聞き耳を立てる。
「あなたは、アーサーのことを、もう、好きじゃないんでしょう」
「なにを根拠に言っているの」
美亜は冷静な声音で応えている。
「私はアーサーだけが好き。ずっと昔から。でも、あなたはそうじゃない」
もゆるの声には、怒りがこもっている。
「アーサーを愛していないなら、関係を清算して!」
俺が扉を開けようとするのを、マーリンが引き留めようとしたような気がする。
でも、それどころじゃない。
気づいたときには、部屋に転がるように入っていた。
「どういうことなの?」
美亜は、俺の姿を認め、言った。
「それは……」
ああ、そうだ。
俺が、美亜に刺されたことは、なかったことになっている。
もう一度、美亜に説明しないといけない。
「モルドレッドの言う通りよ、美亜」
口をはさんだのはマーリンだった。
「違う、俺は、美亜を!」
誰も傷つけないということはできないんだ。
だったら、ちゃんと、自分の気持ちを伝えなければならない。
「俺は、俺が好きなのは、美亜だけなんだよ」
何度でも伝えなければならない。
このことだけは。
俺は、もゆるのほうをできるだけ見ないようにした。
今、どうしても言わなければならなかった。
「じゃあ、どうして、こんなことが起きるの?」
美亜が問いかける。
冷静な声音だった。
「アーサー、あなたは、私をだましていたんでしょう」
「違う!」
「いえ、違わないわ」
美亜は、剣を手にしていた。
エクスカリバーの模造品か⁉
部室にある物騒な剣を美亜がいつのまにか、手にしたと思って、俺は慌てた。
けれど、壁には、模造剣はそのままになっている、
「あなたは、私に恥をかかせたのよ、アーサー」
「そんなつもりじゃ……」
「あの時も、そうだったわ」
美亜の言葉に、背筋がざわつく。
(あの時?)
俺の記憶と経験は、寸断され、前世と現実はごちゃまぜになっている。
でも、はっきりわかった。
これは、俺と美亜のことじゃない。
「美亜、おまえ、グィネヴィアの記憶を……」
剣が振るわれる。
これまでも、美亜が剣で俺を斬ったことがある。
だけど、それとは何かが違っていた。
さっきの妙な感じは。
エクスカリバーの模造品を想起させた、あの違和感は。
もしかしたら、あれは本物なんじゃないか⁉
「美亜、答えてくれ」
サークルの本棚が剣でたたき壊される。
もゆるが息をのむ。
本棚から、漫画やライトノベル、それにゲームソフトが散らばる。
みんなで、持ち寄った、大切な俺たちの財産だった。
思い出が、壊されるような気持ちになる。
キャメロットでの、楽しかった日々まで、否定されたような。
「やめてくれ、美亜!」
「いいえ」
美亜は、首を横に振った。
「あなたは、私と、私の愛する人と、同じだけの苦しみを受けるべきよ」
美亜は、美しかった。
剣を振るう、彼女は、とても神々しかった。
「それが、『報い』だっていうのか?」
剣戟が、テーブルをたたき割った。
きっと、それが、美亜の答えなのだろう。
部室のテーブルは、ただの四角い学校の備品だった。
円卓なんかじゃない。
でも、俺たちの絆を、そのまま否定された気持ちだった。
「どうしたんだ、いったい!」
再び、部室の扉が開け放たれた。
槍多だった。
美亜の動きが止まる。
「これは……君がやったのか?」
槍多が、部屋の惨状を見渡して訊ねる。
「ええ」
美亜は静かに応える。
「邪魔しないで、槍多君」
槍多は、部室の入り口で、突っ立ったまま、うつむいた。
「美亜、もうやめよう。このままじゃ、俺たちは」
「黙って、アーサー」
美亜は、再び、剣を振るった。
「いつでも、あなたには、私より大事なものがある」
美亜の言葉に、胸が締め付けられる。
「アーサー、あなたは、いつも、私よりも、キャメロットを優先するのよ」
「それって」
キャメロットの持つ意味は、俺たちの「二次元同好会キャメロット」だけでなく……。
「だけど、槍多君は違うの。他の誰よりも、私の方を大事にしてくれる」
槍多のほうを、美亜が振り返る。
「そうでしょう?」
槍多は、うつむいたままだった。
「ランスロット! 止めなさい!」
マーリンが叫んでいる。
でも、槍多は、その場を動こうとしない。
「一番大切なものが、お互いでないのなら、私達は愛し合ってるって言えるのかしら」
美亜が、剣先を俺に向ける。
「俺は……」
美亜の言っていることの意味が、なんとなくわかった。
俺は、前世でも、王妃グィネヴィアより、王国を優先した。
そして、きっと、今も、美亜の気持ちよりも、キャメロット全員のことを考えている。
だけど、それは、どうしても選ぶことができないことだ。
だって、美亜のことも、仲間のことも、大事だから。
それを、選ぶことなんてできっこない。
「私も、槍多君を選ぶわ、アーサー」
美亜は、剣を構える。
そして、そのまま、まっすぐに、俺に向かって踏み出した。
「アーサー!」
胸を突き刺されて、倒れると、もゆるの悲鳴が聞こえた。
「ランスロット! あなたなら止められたのに、どうして!」
マーリンが大声で槍多をなじる。
槍多は、美亜を見逃した。
でも、今回ばかりはかまわない。
俺もきっと、美亜の気持ちを見逃していたのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。