第3章第2節:復活する男
A
「オオクニヌシの話になるんですが……」
「話は聞かせてもらったで!」←長身で細身の男が入室
(なんだか、調子に乗った海外組のサッカー選手みたいなファッションだな)
「彼は池内くん。ちなみにちなみに、異名は〈パチモン〉だよ」
「パチモンって……(て言うか、その異名は誰が付けてるの? 編集長さん?)」
「エセ関西弁で喋ってるけど、鳥取生まれの北関東育ちなんだ」
「二階堂さん、それは言っちゃあかんやつやで。キャラ付けに必死なんやで」
(編集者にもキャラ付けとか必要なの?)
「鳥取出身ゆうたら、『あー、砂丘がある』って言われるんがオチやないか。それとな、島根と間違われやすいんも困るわー」
(まあ……間違われやすいだろうなあ)
「知っとるか? 日本で1番デカイ砂丘は鳥取砂丘やのうて、青森県にある猿ヶ森砂丘なんやて」
「マジっすか」
「それは知らなかったです」
「工藤先生にも聞いてみようか。工藤先生は、青森の出身だからね」
「二階堂さん、工藤先生も担当してるんですか?」
「そうなんだよそうなんだよ」
工藤の連載作品は、ダークファンタジー。神に復讐を誓う堕天使が、神の軍勢と戦う物語である。
二階堂が工藤に電話をかけてみる。
「工藤先生。お疲れ様です」
『二階堂さん、どうかしたんず?』
「実は実は、青森出身の工藤先生に聞きたいことがあって」
『何だべ?』
「日本一の大きさの砂丘と言えば?」
『鳥取砂丘だべさ』
「実は実は、日本最大の砂丘は青森にあるそうなんだよ」
『は? え? 青森さ日本最大の砂丘? 鳥取砂丘が1番だべ?』
「鳥取砂丘じゃないそうで」
『そうだったんず? 青森さ砂丘があるって話自体、初めて聞いたじゃ。青森は、砂丘まで1番だったんだな。青森の1番と言ったら、まずはリンゴだべ。他にも、ニンニクや長芋も1番だしさ。カシスも1番だな。シジミの漁獲量も、十三湖が宍道湖を抜いて1位さなったこともあって──』
「あ、工藤先生。それではそれでは、失礼します」
『え? まだ──』
工藤は語り足りない様子だったが、二階堂が電話を切ってしまった。
「工藤先生も、青森に砂丘があることは知らなかったようだね」
「そうっすか」
「それより、オオクニヌシの話や」
「池内さんは、オオクニヌシを知ってるんですね?」
「モチロンや。出雲大社の神様やろ?」
ちなみに、一般的には「いずもたいしゃ」と読まれるが、本来は「いずもおおやしろ」と読む。
なお、『古事記』に出雲大社は登場しない。それらしきものは登場するが。「古事記神話のオオクニヌシ(=神話に登場する神)」と「出雲大社のオオクニヌシ(=祀られた神)」は、切り離して考える必要がありそうだ。
「オオクニヌシゆうたら、子作りの神様や」
「ええ、まあ。出雲大社だと、縁結びの神とされてたと思います。古事記神話のオオクニヌシも、子だくさんですね」
「子だくさんって、10人くらいっすか?」
「いやいや、もっと多いかもしれないよ」
「せやな。50人くらいおるんとちゃうか?」
「古事記神話によると、180人です」
「「「180人!?」」」
「正確な人数ではないとしても、相当な数の子どもがいたのは間違いないでしょう。奥さんも何人もいましたし」
「せやかて、180て……。子だくさんどころやあらへんな」
「池内の兄貴は、オオクニヌシに興味あるんすか? 島根の左にある鳥取の出身だからっすか?」
「左やないわ! 鳥取は島根の右や、右! 兵庫県にくっついとるんやで、すごいやろ!」
(すごい……のか?)
「ええか、飯島。ワイはな、子孫を残すんが使命やねん。女を孕ませるんが使命やねん!」
(表現が生々しいな)
「イケメンやないと女は抱かれへん。女を抱かれへんと子どもも生まれへん。せやからワイは、自分のイケメン度に磨きをかけるんや」←イケメン風(?)のポーズ
(そんなにイケメンじゃないと思うけど……)←けっこうイケメン
「子孫を残すことこそ生物の使命! そう思うやろ? 西田センセ」
「……神田ですけど……」
「何やて? ワイが担当しとる服部センセが、『西田君なる新人作家が『古事記』に一家言持っているようなり』ゆうててんねんけど」
(服部先生、そういう喋り方なんだ)
「服部センセは、嶋センセから聞いたらしいわ」
(山下さんのせいだろうな、間違いなく)
服部は推理物を連載中。主人公にはサイコメトリーの能力があるため、超能力物という一面もある。ただし、サイコメトリーで読み取れる情報は限定的。しかも、1日に1回しか使えない。
「ほな、神田センセ。センセも、子孫を残したいやろ?」
「僕は別に、どっちでも」
「何でやねん!」
「(エセ関西弁で)何でやねんと言われても……」
「同じイケメン同士、わかり合えると思っとったのに」
(この人、イケメンかなあ……?)
「神田先生。そろそろ、母乳の話が聞きたいっす。母乳を体に塗るんすよね?」
「はい。オオクニヌシの体に、オオクニヌシの母親の母乳を塗ります」
「まさか、オオクニヌシと母親の近親相姦っすか!?」
「そういう話じゃないです……」
B
「オオクニヌシには多くの兄弟がいました。異母兄弟でしょうね。ヤカミヒメと言う女性と結婚したいと思った兄たちは、イナバに行くことに。その際、オオクニヌシは荷物持ちとして同行することになりました。正確には、その時はまだ、オオクニヌシという名前ではありませんが」
「その話、聞いたことあんで。イナバのシロウサギの話やろ?」
「ええ、そうです」
「でもでも、あの話に母親なんて登場したかい?」
「皆さんが知っているのは、どういう話ですか?」
「確か、ウサギがサメをだますんやったよな」
「そう言えば、そんな話だった気がするっす」
「それでそれで、サメを怒らせて、噛みつかれるんだったかな?」
「古事記神話では、毛や皮を剥がれてるでしょうね」
「えげつないことするわー」
「しかも、オオクニヌシの兄弟によって、ウソの治療法を教えられました。そのせいで、ウサギは泣くほど痛い思いをします」
「えげつないことするわー」
「自分も、兄にだまされたことあるっす……」
「オオクニヌシが、ウサギのケガを治すんじゃなかったかな。それでそれで、結婚することができた」
「そう言えば、そんな話だった気がするっす」
「ところが……。兄たちは、オオクニヌシの結婚が許せなかった。彼らは、結婚したくて来たわけですからね」
「殴り合いでもするんかいな」
「殺すんですよ」
「「「殺す!?」」」
「兄たちの策にはめられて、オオクニヌシは命を落とすんです」
「えげつないことするわー」
「池内くん、そのフレーズ好きだね?」
「死因は何だったんすか?」
「オオクニヌシは、転がって来た焼け石に焼かれました。石と言っても、大きさはイノシシほどもあります。石と言うか岩ですね」
「その岩を焼いたのが、兄たちだったんだね?」
「そうなんです」
「えげつないことするっすね」
「飯島、それはワイのセリフやで」
「すんませんっす」
「それにしても、なんちゅうこっちゃやで。結婚したのに、子作りせぇへん内に死ぬんかいな」
「でもでも、オオクニヌシには、多くの妻と子がいたんだろう?」
「『オオクニヌシの物語は、まだまだこれからだ!』ってことっすよね」
「オオクニヌシは、母親のおかげで生き返るんです」
「おお! ついに、オオクニヌシママの登場っすね!」
C
「母乳を体に塗るって言ってたっすけど、復活の薬だったんすか?」
「似たようなものでしょうね。オオクニヌシの死を知った母親は、ある天の神に会いに行ったんです。その神が、2人の女性を地上に派遣する」
「母乳を体に塗るんは母親が必要やろうけど、その2人は何すんねん?」
「3人分の母乳を使うんすか!?」
「いえ、母乳は母親のものだけです。1人めの役割は、オオクニヌシの体を岩から剥がすこと」
「「「剥がす?」」」
「はい。さっき言ったように、オオクニヌシは焼け岩に焼かれています」
「そうかそうか。焼けた岩が、体にくっついていたんだね? フライパンに肉がくっつくみたいに」
「そうなんですよ。その次は解釈の問題になりますが……。オオクニヌシの体を集めます」
「バラバラ死体になってたんすか!?」
「えげつないね」
「ワイのセリフ……(次こそは言ったるで!)」
「『オオクニヌシの体はバラバラではなかったが、剥がす時にバラバラになった』とも考えらえますね」
「結局、バラバラ死体じゃないすか!」
「どちらにせよ、オオクニヌシの体はパーツが集まって、元の形にはなります」
「パズルとちゃうんやぞ……」
「まあまあ、体が元の形になったんだ。でもでも、まだくっついてはいないよね? それともそれとも、自然にくっつくのかな?」
「くっつける作業が、もう1人の女性の役目です。彼女は、オオクニヌシの体に、オオクニヌシの母親の母乳を塗りました」
「ここで母乳の登場っすね! でも、全然エロくないっす。どっちかって言うと、グロ系のシーンだったっす」
「オオクニヌシの体は、バラバラになっとったからな」
「母乳を塗ったら、どうなったんすか? くっついたんすか?」
「はい。くっついて、オオクニヌシ復活です」
「母乳はすごいんすね!」
「で、オオクニヌシは歩き出します。散歩みたいなものでしょうか」
「のん気なもんやな……。生き返ったばっかやろ? ワイなら、まずは子作りするけどな」
「──それにしても、不思議な話だね」
「何がやねん? 子作りするんは不思議やあらへんやろ?」
「そうじゃないそうじゃない。その2人の女性だけれども、やったことは『死体を剥がした』『元の形に整えた』『母乳を塗った』だろう?」
「案外、特別なことはしてへんな」
「母乳が特別だったんすよ! 母の想いが母乳に宿ってたんすよ!」
「1人めの女性には『剥がす能力』があったんでしょうね。2人めの方には『合わせる能力』があった」
「まあ、そういうことになるんやろうな。わざわざ、天から派遣されたくらいなんやから」
「ちなみにですが。この後また、オオクニヌシは死にます」
「「「また!?」」」
「はい。兄たちは、オオクニヌシを殺すためのトラップを作りました」
「どんなトラップだったんすか?」
「まず、大木を切り倒します。その大木に割れ目を入れて、楔を打ち込んでおく。そうすると、楔があるため、木は2つに割れた状態になります」
「何となくだけれども、展開が想像できたよ」
「では、二階堂さん。もしもオオクニヌシを殺す側だとしたら、どうしますか?」
「まずはまずは、オオクニヌシをトラップに誘導するね。トラップの、割れ目のところにだ。その次は、楔を外す」
「オオクニヌシが挟まれるって寸法っすね」
「おっしゃる通りです。そうして、オオクニヌシは命を落とすことになる」
「えげつないことするわー(よっしゃ、言えた!)」
「でもでも、オオクニヌシは生き返るんだろう?」
「今度も、女性陣が3人がかりで生き返らせるんかいな?」
「今度は、母親1人だけで生き返らせてしまうんですよ」
「「「母親1人だけで?」」」
「そうなんです」
「またしても、母乳パワーが炸裂するんすね!」
「母乳を使ったとは書いていませんね」
「母乳パワーが炸裂しないんすか!?」
「せやったら、何すんねん?」
「母親は、木に挟まれたオオクニヌシを取り出して、生き返らせるんです」
「「「どうやって?」」」
「さあ……?」
「「「さあ……?」」」
「復活の方法は書かれていないんですよ。記述内容からして、例の2人の女性は、その場にはいなかったでしょうし。母親は何をしたのか……」
「きっと、母乳パワーっすよ!」
「母乳パワーで復活したという前提で読めば、『1回めの時と同じ方法で復活したから、復活方法は割愛された』とも考えられないこともないとは思えないでもないような気はしますけどね」
「自分は、その説を支持するっす!」
「ま、スーパー母ちゃんやったっちゅうこっちゃな」
「この復活の場面で重要なのは、オオクニヌシが復活したという点。その復活の方法は、二の次と言えます」
「それでそれで、省略されちゃったんだね?」
「ええ。この場面に限らず、こういった省略は『古事記』では珍しくないんです」
「それにしても……。死んで蘇って死んで蘇ってやと、オオクニヌシも大変やな。いくつ命があっても足らんやないか」
「母親も同じことを考えていました。そこで、兄たちから逃がすために、オオヤビコという神のところに行かせます。しかし、居場所がばれてしまう。オオヤビコは、オオクニヌシに、スサノオに会いに行くように言いました。スサノオが力になってくれるだろう──と」
「スサノオって、あのスサノオっすか? ヤマタノオロチ退治の」
「そのスサノオです。オオクニヌシは、スサノオの孫の孫の孫でもあるんです」
「孫の孫の孫っすか」
「それって何孫やねん」
「人間ではまず、出会うことのない相手だね」
C
「オオクニヌシは木のまたをくぐり、ネノカタスクニに行くことになります」
神田は「根(之)堅州国」と書いた。「之」は、あったりなかったりする字。あってもなくても、大した違いはない。
「それまでの舞台は、アシハラノナカツクニです」
漢字で書くと「葦原中国」となる。天上世界のタカアマハラに対し、こちらは地上世界。「トヨアシハラノチアキナガイオアキノミズホノクニ(豊葦原之千秋長五百秋之水穂国)」という仰々しい言い方をすることもある。長い。
「ネノカタスクニは、ヨミの国と同じものだと考えられます」
「ヨミって、死者の国やろ?」
「一般的には、そう言われますね。ただ、オオクニヌシがネノカタスクニを訪れた話では、死者の国という感じではありません。オオクニヌシは、スサノオと会う前に、スサノオの娘であるスセリビメと出会います」
「スサノオの娘っちゅうと、相当なバアサンなんやろな」
「いえ、そうではないと思います。オオクニヌシの妻となる女性ですから」
「何やて?」
「人間でも、20歳の時に生まれた子と80歳の時の子では、兄弟でも60歳差だ。上の方は、孫がいてもおかしくない年齢だね」
「神様なら、『自分の孫の孫の孫』と『自分の娘』が同年代ってことも、あり得そうっすね」
「オオクニヌシには多くの妻がいますが、スセリビメが正妻なんです」
「あれあれ? でもでも、ウサギの話の時に結婚した女性がいたよね?」
「オオクニヌシがネノカタスクニから戻った後の話なんですが……。ヤカミヒメは、スセリビメを恐れて逃げてしまいます。オオクニヌシの子どもを残して」
「オオクニヌシは、ネノカタスクニに住むわけではないんだね?」
「そうなんです。ネノカタスクニでは、スサノオに殺されかけますし……」
「殺されてばっかやな」
「スセリビメのおかげで、死なずに済むんですけどね」
「母親に助けられ、妻となる女性にも助けられるんだね」
「男としては、女を助けるヒーローに憧れるっすけど」
「オオクニヌシは、スサノオが所有していた武器を持ち、スセリビメとともにネノカタスクニを後にします」
「おお! スサノオから武器を授かったんすね!」
「……盗みました」
「「「盗んだ!?」」」
「……盗んだんです。眠っているスサノオを閉じ込めて」
「監禁っすか……!」
「スサノオの髪を垂木に結び、500人がかりで引くような岩で入り口にフタをしたんです」
「スサノオも災難やな。閉じ込められた上に、娘だけでなく武器まで持ってかれてまうなんて」
「まあ、スサノオは自力で脱出するんですけどね。スサノオは、その武器で兄を倒すように言いました。オオクニヌシという名前も、その時にスサノオが付けた名前なんです。スサノオに認められた証とも言えるでしょうね」
「嫁はんの父親が認めてくれたんやな」
「アシハラノナカツクニに戻ったオオクニヌシは、兄たちを追い払いました。後に、アシハラノナカツクニの統治者となります」
「めでたしめでたし、っすね」
「その後は、多くの女を抱き、孕ませるっちゅうこっちゃな」
「え、ええ……(孕ませるって……。いや、孕ませるんだけど)」
「オオクニヌシが、奥さんの母乳を吸う話は……」
「ないです」
「……ないんすか」
「ないんです」
「残念無念っす……! こうなったら、真中先生と氷上先生に描いてもらうしかないっすね! 自分、打ち合わせという名のAV鑑賞会をしてくるっす!」
そう言って、飯島は打ち合わせ(?)に行った。
(マンガの打ち合わせしろよ)
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