玩具戦士ぬいぐるえーたー
グンジョシキ キレイ
第1話 夢を守るもの
街を駆ける。明日は妹の誕生日だったが、俺はそれを今まで忘れていた
『プレゼントは何がいい?』
数日前に俺はそう訊いた。だのに、訊いたことも忘れて遊んでいた
『クマ家の一族のクマオがいいかな』
彼女は確かこんなことを言っていたような…。クマ家の一族シリーズと言えば、ハナちゃんシリーズと双璧を成す人気おもちゃシリーズで発売したら売り切れも必至だ。デパートを3つ回ったが見つからなかった。今は街のおもちゃ屋を回って、ぬいぐるみを探している途中だ
そんな中、家から1駅歩くか歩かないぐらいのところで古そうなおもちゃ屋を見つけた。"玩具堂"。そのまんまだ
「すみません。誰かいますか」
がらんどう。幾千ともいうべき人形やぬいぐるみがこちらを見ている。怖さすらも感じてしまう
「はい、なんでしょう」
いなかったはずなのに、後ろに人がいる。振り返ると頭から外套を付けた人物が立っている。臆せずに一縷の希望を託して訊いてみた
「この店にクマ家の一族のクマオ、置いてありますか」
言うのも結構恥ずかしかったが、チラシを出して見せた
「ああ。昨日入荷したものがあります」
と、言って指を指したところにクマオはあった
「あっ。これです。何円ですか」
値札を探したが、見つからない
「誰かへの贈り物ですか?」
全く顔が見えないその人は俺にそんなことを訊いてきた
「ええ。そうですけど、何か問題が?」
さっさと払って、帰ってしまいたいと思ったが、それに答えた
「おもちゃは、夜を司るものです。夢を守るものでもあります」
いきなり、こんなことを言われたので何も言えなかった。おもちゃ屋なりの哲学なんだろうか。それともただの妄言なんだろうか。そういえば、この人は男なんだろうか女なんだろうか…。全く分からない。この店もそうだが、不気味すぎる
「いくらなんでしょうか」
少しあきれて、もう一度値段を訊いてみた
「5500円…」
定価五千円の消費税10パーセント。さすがに高い。しかし、腹を切らなければ、妹に嫌われることは目に見えている。唯一の妹だからこそ失望だけはされたくない
「ちょっと待ってくださいね」
5千円札をまず探して、小銭入れから500円を探す
「お捨てにならないように。ぬいぐるみや人形には魂が宿ると言います」
それは戯れ言で言っているというよりは、忠告のように聞こえた。まるで、捨ててしまえば何か良くないことが起こるとさえ言いたげな…
「5500円でいいんですよね」
店主はうなづき金を受け取る。その代わりにと、腕輪とカードを渡してきた
「これをあなたに」
腕輪を見てみる、何の変哲もない腕輪だ。カードもMake a changeと、Return your spiritと書いてあるだけだ。英語には自信がないのでここでは読むことは避けた
「俺にですか?」
店主はうなづいてみせた。まだ、ぬいぐるみに対してのおまけなら分かるが、俺自身に渡されたのはなぜだろうか。首をかしげたが、あまりよく考えずに好意だと思ってもらっておいた
我が家は寂しいもので両親が共働きで夜間にしか帰ってこない。俺が中学生になった時母親が職場復帰し、だいたいいつも妹と一緒だ
「…遅い」
鋭い視線で射抜かれる。食卓を覗けば、しっかり夕食があった
「ごめんごめん。バイトが長引いた」
自分の部屋に妹へのプレゼントを置いてきてからテーブルに向かった
「にーやん、私。ご飯が冷めるのが嫌だって言ったよね…」
殺意満々の表情で包丁片手で迫ってくる。傍から見れば熟年夫婦みたいに見えるのだろうか。まあ、遅れた自分が悪いのは重々承知だ。素直に謝ることにした
「すみませんでした」
角度は直角。最も誠意を示す時にするお辞儀だ。ここ数年で何回妹にこれをやったことか。男子は無神経だとか、変態だとか、女性の気持ちがにーやんには分からないだとか様々な罵倒をされたものだ
「分かればいいのよ、分かれば。ちゃっちゃと食べて」
きつい表情が柔らか気な表情に変わる。実妹ながら何回この表情に救われたことか…
「いただきます」
舞の料理はだいたいタジン鍋を使った料理が中心に据えられる。本人曰く、『簡単』らしい。実際美味しいから文句はない。あとは白米とお浸しだ
「冷めないうちに食べてね?」
嫌味。完全に嫌味だ。視線が冷たいし、開いたタジン鍋からはまったく湯気が出ていなかった。舞は、出来立て主義者だから、再度温めるのを嫌う。出来立てを逃したら冷たい一世代前の刑務所のようなご飯を食べなければならない…
「にーやん。美味しいよね」
食べながら訊かれる。舞も冷たいご飯を食べている。現時点での彼女の良心と言えば、食事を先に食べずに待っていたことの一点だろうか。まぁ、そこが兄妹として尊敬しているところだが
「バイトもうちょっと早く終わらせてよね」
食器を洗いながら舞に声を掛けられる。食卓とキッチン以外には明かりがついていないので暗がりから話しかけられると、さっきの玩具屋を思い出す。いったいあれは何だったのだろうか。そう考えていると、食器を滑らしてしまった
「にーやんさぁ、しっかりしないと明日からのにーやんの食器なくなるよ」
いつの間にか舞が後ろに立っていた。あの店主は幽霊だったのだろうか。それとも仙人の類だったのだろうか。どっちにせよ、望みのものは手に入った…夜を司るもの。夢を守るもの。何かの呪文だろうか。そして、あのカードと腕輪。何を意味しているのか
「にーやん。にーやん。にーやん、私の話聞いてる?」
後ろから飛びついてきた。思わずバランスを崩す。舞を庇おうとして、体を動かしたら食器が割れた
「あーあ。にーやんの茶碗なくなっちゃった…」
失望というよりも愉悦な表情を舞は浮かべた
「しまったな。掃除機持ってくるから台所には近づくなよ」
クローゼットに掃除機を取りに行く。暗がりから掃除機を取り出して大きな破片は拾い、小さな欠片は掃除機をかける
「にーやんどうすんのさ。明日からご飯無しだよ」
掃除機をかける俺の後ろから舞が右左の耳元で囁く。正直、やかましいぐらいです
「まあいいさ。コンビニのでどうにかする」
レトルトのご飯なら案外自炊よりも慣れている。小学生中学生ぐらいの時は、コンビニサラダとレトルトご飯なんてよくあったことだ
「そこは私の茶碗から持っていくぐらいの男気がないとさ、彼女なんか出来っこないよ」
急に舞の声のボリュームが上がる。掃除機に負けじと叫んでいる
「うーん。妹の茶碗から白飯を強奪するのは人間的にNGだと思うが…」
何よりも恥ずかしい。妹から餌付けされているみたいで
「細かいことは気にしない。じゃあ、毎回おにぎりを作ってあげるよ」
炊飯器からただ飯を取り出すよりもいくらか負担がかかる事実を想う。弁当も作ってもらっているし、休日なんて三食も作ってもらっている
「悪いな」
ぼそっと言った一言だが、彼女は聞き逃さなかった。少し機嫌が悪そうな表情に変わりこう言い放った
「だから、気にしないって言ってる」
回収した大きな破片と掃除機を片付けて、風呂へと向かった
風呂から上がり妹の部屋をノックする
「おい、舞。上がったぞ」
部屋の片隅に幾つかのクッション。それ以外は俺の部屋とあまり変わらない年頃の少女が生活しているとは思えないそんな部屋だ。何がそうさせているのか確かに俺たちは両親にあまりねだることがなかったが、好きなものぐらい部屋に飾ったらいいのに。斯く言う俺も無個性な部屋で暮らしているから人のことを言っている場合ではないな
「うん。じゃあ、おやすみ」
自分の部屋に戻って机に座って何か足に当たったのを感じた。そういえばここに明日渡すプレゼントを置いていた。机の上に置いてみる。そういえば、腕輪とカードもあったと取り出してみる。腕輪を付けてみる。金属のような質感の割には軽く、さほど装飾もないただ、電子回路のように直角で構成される縦と横に走る黒い線が特徴的だと思った。次にカードを見る。そして読んでみた
「Make a change」
その時、腕輪に走る黒い線が光輝いた。そして次の瞬間まばゆい光だけが目に見えた
次に目を開けたとき一瞬何が起きたのか理解できなかった。周りを見渡した時にまず思ったのは、クマのぬいぐるみがなくなっていることだった。一瞬にして消えてしまったことだ。次に腕輪。何故光ったのか腕輪を見たときに異変に気が付いた
「ん?」
思わずそんな声が出てしまった。腕輪は何ともなかったが、手がおかしい。何故なら急に茶色の体毛に腕が覆われていたからだ。そして、手がなくなっていた。というよりはぬいぐるみのそれになっていたのだ。驚きを隠せない
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