ハイスクール・ファミリーズ

@kurosukesann

第1話 平行世界

 事の始まりなんて言うのは突然過ぎて、説明するのは難しいものだ。

 数日前のこと。

 楽しい夏休みが卑屈な笑みを浮かべてバイバイと手を振り、二学期に入ってから数日。一般的な学生が普段通りに過ごすように、俺もただの高校生として学校へと登校し、そこで勉強して、雑談して、楽しんで、そんで家に帰ってくる毎日を送っていた。これをいつも通りというのなら、そう、まさしくいつも通りの学生生活の日常的な部分を謳歌していた。

 だけれども、その日は少しだけ違った。何が違うのかと問われたら、いつもの授業とは違って本日の一時限目に急遽HRが入ったことなのだ。いつものようにチャイムと同時に自席へと着席する。

 すると、隣の席の相澤が俺に近寄って耳打ちした。


「今日は一限目がないんやで」

「なんやと?それはラッキーやなぁ。……で、理由は」

「この後にわかると思うが、転校生が編入すんねん。ほんま感謝やで。かったるい授業がすこぉし潰れるんやし、最高や」


 にっしししと笑う相澤にしっかりと顔を向け、きりっとした真剣な表情で質問をした。


「……で、男か、女か」

「……へっ、今回の賭けは俺の勝ちやわ。女や」

「くっそぉ!ここは工学系の学校やぞ?んなアホなことあるかぃ」

「しかも美人ときたぜ」

「マジか、んなら負けたって悔いねぇわ」


 下衆な会話かと思われるだろう。しかし、我ら工学系の学生、工業高生の青春のページにはほとんど異性との絆はなく、男同士の友情である。しかも、女性がいたとしても、ゴリラな子が多かったりする。ゴリラ女子とは、男の前でも関係なく生理の話をしたりする子たちのことを指す。つまり、男をじゃがいも程度にしか思っておらず、更に付け加えるのならば容姿もとても……その、あー、少し綺麗のワンランク下の者たちのことを指すと言う事だ。

 今俺は全工業系女子を貶したと思われるかもしれないが、そうではない。その中でも女子らしく生き、マドンナ的存在になる子だっているのだ。

 そう、だからこそ言わせて欲しい。俺だって彼女がほしいのだ。


「その変わり具合、俺は嫌いじゃないぜ」

「はっ、アホが。これでも喰らえ」


 そう言って、俺は登校途中にコンビニで買い、楽しみにとっておいたプリンを捨てるように投げつけた。こいつと次、もし、仮に、万が一にでも転校生が来ることがあるとしたら、男か女かと言うタイムリーな賭け事を6月頃にしていたのだ。またなんでこんな時期なのかはわからないが、本当に来ちまったんだから仕方ない。

 相澤はヘヘッサンキューとドヤ顔で受け取りやがる。くそ、腐ってるやつ持ってくりゃよかったぜ。

 そんなことを考えていると、教室の扉がガラリと横にスライドする。一限目の先生が入り、ついでその女生徒が入ってきた。そして、俺は彼女に目を奪われてしまった。


「えー、授業に入る前に新しい子の編入だ。仲良くしてやってくれよなぁ?では、自己紹介を」

「はい……私は雨宮咲耶(あまみやさや)です……よろしくお願いします」


 確かに可愛い。だけれど、仏頂面というか、何と言うか……もう何もかもがどうでもいいという、全てを諦めたような表情をしていた。まさか、親の急な転勤とかそういうのかな?で、望まない転校をしたとか。だってここ、工業高校だしぃ、普通は来たくないと思うだろう。

 席は俺の二つ後ろ。一番端の端っこだ。窓側の席で一番後ろだもん。


「では、授業を開始するぞー。ほら、もう騒ぐなよー」

「……本当に、悔いはねぇな?」

「ああっ」


 サムズアップをして天井を仰ぐ。あぁ、やった……が、彼女を彼女にしたいと思うのは俺だけでないはず。おそらく他の男子も狙うはずだ。そして、先ほどの反応から察するに、あまり話しかけないでオーラがあった。質問攻めとかそういうのは苦手なタイプだろう。ある程度の距離感をもって攻略にかかるぜ……!

 この間僅か0.23秒。即目を開き、教科書やノートの用意をする。彼女は後ろから俺を眺める席に座っているのだ。勤勉アピールをするチャンスである。


「……」

「……」


 でも、おかしい。いつもはこの俺の奇行に対して相澤はツッコミを入れるはずなのだが、今日はそのまま、一時限目が終了するまで……いや、した後にもそのツッコミは来なかった。


 一時限目終了後、相澤を含むクラスの皆が彼女に近づき、質問攻めをていた。……あれれ?相澤を含むだと?


「てめ、相澤!抜け駆けは許さんぞっ!」

「あ、あいつは放っておいて構わないからさ、ねぇ、どこの学校から来たの?」

「あっこのやろっ!泣くぞ?泣いちゃうぞ?年甲斐もなく地べたでわんわん泣いちゃうぞ?」

「ねーねー、もしかして第一高?それとも第二高?」

「そのペンダント、ロケットなのかな?見せてもらっても構わない?」


「あ、はは、他の奴らで消えた……」


 質問攻めをする連中に混ざることで、俺のうざいうざいアピールをかわし、見事に彼女とのおしゃべりをしようとしていた。でも、やはり朝のあの雰囲気から察したとおり、ものすごい嫌な顔をして俯いた。話しかけて欲しくなさそうにしてるなぁ。

 ふと廊下の方を見ると、他のクラスの男子も、多分上級生の男子もいた。くそっ、ライバルが多すぎるよぉ!

 しかしまぁ、休み時間というのは短い。そうしている間にも、二時限目のチャイムがなってしまった。

 いや、でもめげない子たちはその次もその次の時間も消費して彼女の元へと向かっていた。いやいや、諦め悪いってぇかすげぇ聞きたがってるなぁ。そこに隙もなく、昼も一緒に食べようと誘えず、彼女はひとりどこかへと向かう。俺はとうとう、彼女と話す機会がないまま、放課後を迎えてしまった。


 その放課後ですら、彼女は質問攻めにあっていた。ここまでされてるんだから適当に答えて散らせばいいのに……と、段々俺はそう思うようになってきた。他のやつだって、もう彼女が話したくなさそうにしているのわかってんだろ?とも思う。

 確かに高校生という貴重な時期は、楽しい思い出作りがなきゃダメだ。誰かがハブられているという思い出がある、というのは些か後味が悪い。そのために今の雰囲気を変えようとしている女子も質問をしているのだろう。仲良くなるきっかけを作りたいのだろうな。

 だけど、彼女は無視し、帰る準備が整っている。もう帰らせてやろうぜと思った俺は彼女に近づいた。


「ーーーで、そろそろ答えてくれるかな?」

「どこから来たの?ってごめんね、六回も聞いちゃったかな?」


「おいおい、そのへんにしておけよ?彼女困ってるだろう?」


 生涯の中で一度は言っておきたい言葉ベスト10に入る言葉を言いながら彼女の手を掴んだ。そして引張り立ち上がらせると、フワッと、こう、いい匂いがした。……何言ってんだ俺。

 しかし、周りの子たちは俺を睨んでいた。え、まるで俺が悪もん見てぇじゃん。その居づらさに耐え切れない俺はとりあえず、彼女の手を掴んでその場から逃げるように出た。


「ちょ、ちょっと?」

「まぁまぁ、校門まで送るわ。とりあえず、な?」

 そして少し廊下を進むと、後ろから誰かが来た。そいつは少し慌てた表情の相澤で、俺に話があるらしい。彼女に少し待っててと言ってひそひそ話が始まる。


「で、なんやねん」

「アホか、彼女に近づくのは危険や。特にお前は」

「なんでや?」

「いや、その……」

「へっ、わーっとるわーっとる。お前も狙っとるんやろ?でも残念や…… こんな美人さんやで?今のうちにお近づき(・・・・)になりたいやん?」

「残念なのはお前の頭や……と言いたいとこやけど、そういうことか。んじゃ、頼んだぞ?」


 ニヤッと黒い笑みを浮かべてそう言うと、むっとした表情のあと真剣な表情でそんなことを言う相澤。なんや、勝ちを譲るなんて珍しいなぁ……はっ!まさかお前なんぞにふりむくかってぇことか!?

 とりあえずイラッとした俺は横腹に軽いパンチをして相澤から離れた。


「すまんな、待たせてもうたわ」

「……」

「い、いこかー……」


 なぜだろう、彼女がさらに睨みを鋭くさせたような気がした。なんだか話しかけるのもしづらい雰囲気が醸し出していて、うぅん居づらい……。

 そんな空気の中、彼女を校門まで送る俺は、圧倒的紳士力を持ち合わせていると豪語してもいいんじゃないかな?とか変なことを考えつつ階段を降りて下駄箱へと向かう。

 その間にも周りの視線があるような無いような、変な感じがした。兎に角、彼女と少しでもお近づきになりたいと思う俺は少しだけ、そう少しだけ話しかけてみることにする。


「……そ、そういやさ」


 裏返った。恥ずっ!

 チラッと彼女の方を向く。が、相変わらず横目で睨むだけで、笑いもしない。もうどうだってええからわろてくれぇ……。

 内心涙の洪水を作りつつ、笑顔で接する俺。仲良うなりたいねん。


「そういやさ、雨宮さんって何か好きなたべもんとかある?」

「……」

「ここらへんはたこ焼きの屋台もあって、めっちゃ美味しいんやで?あ、その近くにお好み焼き屋もあってな、古臭いけどなかなか味がええねん」

「……そう」


 初めて返事をもらったが、仲良くなれそうな気がしない……なんでこの子はこんなに人と接せへんのやろ。

 不思議に思いつつも、会話を続ける。


「雨宮さんってどこの生まれなん?」

「……それは前の高校のこと?」

「や、ちゃうちゃう。出身地や。見た感じの雰囲気とかから関東あたりの人かな?……や、べ、別に関東の人は冷たい反応しそうやなって事ちゃうからな!?」

「……」


 雨宮さんはこちらを睨みながら眉をひそめた。あかん、これ完全に怒らせてもうたかな?そう思った俺は雨宮さんの出身地を当ててみようコーナーを勝手に設け、クイズ形式にした。まぁ、脳内でやけど……。


「えっと、そーやな、東京?それともあの未開の地として有名な群馬か?俺京都出身何やけど、大阪に来るようになってな……あぁ、関西弁は元々少しなってたんやけどここに来てからめっちゃそれっぽくなりつつあんねんな!」

「……からかってるの?」


 傷ついた俺は膝から崩れ、おぅ……と顔を手で覆う大袈裟なリアクションをした。が、雨宮さんはその横をスタスタと歩いて去っていく。


「て、いやいやいや、ボケやで!?ただのボケやから突っ込みいれてくれなわし悲しいぞ!」


 彼女はキッとこちらに目を向けると、俺の方へと向かってくる。あっ、これめっちゃ怒られるやつ?

 その考えに及んだ瞬間、彼女に立ち上がらされる。


「え、ええっと、ありがとう。……正直、おちょくってたのは少しあるけど、雨宮さん、全然笑わんから、な。元気にしたいとおもて……」

「別に結構……トウキョウだとかオオサカだとか分けわかんないこと言わないで。私に構わないで。その質問に答えてあげるけれど、私に関わらないで」

「……すまん」


 グッバイ、青春の一ページ。おかえり、むさ苦しい男の日常。涙を心の奥底で流す。俺は頭を下げ謝った。雨宮さんは、冷たい目でこちらを見ながら口を開く。


「私は武蔵生まれよ」

「……は?武蔵?東京の?」

「……何を言っているの?武蔵は武蔵よ。トウキョウなんて知らないし、そんな場所は無いわ」


 俺は今、変な言葉を耳にした。あぁ、だって東京が無いなんて、しかも知らないなんて、そんなアホな話があるか。


「雨宮さんこそ俺をおちょくってない?東京を知らんはずないやろ?」

「……はぁ?」


 引きつる笑顔を抑えて彼女にそう聞く。彼女は低めの声で聞き返す。ちょい、マジな声で起こるように言わんといてぇな。


「……いや、東京は日本の首都やし、みんな知ってるやろ……あ、そっか、行ったことないとかそんなん?」

「……あんたおかしいんじゃない?」

「いや、おかしいのは雨宮さんやと思うけど……」


 流石におかしいと俺は思い、そういうが、それが逆に彼女を怒らせてしまったようだ。雨宮さんはイライラしたのか、俺の手首をひっつかんだ。


「え、ちょ、何?」

「ついてきて」


 そう言うと、俺の賛否に聞く耳を持たないまま俺を引っ張る。だが、この状況を楽しんでいる人物がいた……言うまでもなく俺である。相手が起こっていることを除けば、女の子と手をつなぎ、どこかへと男女二人で向かって行っているのだ。

 そして、その行く先がわからない分、愛の逃避行みたいな、駆け落ちみたいなそんな気分にさせてくれる。なんて馬鹿なことを考えながら彼女に引っ張られるがままについていった。


「ど、どこへいくん?」

「黙ってついてきて」

「あ、はい……」


 手のぬくもりを感じつつ、女の子の手ってこんななのか……とか考えながら彼女のあとをついていくと、バス停の前にて足を止めた。どうやら少し遠い場所へと向かうようだ。手を繋いだことが気になりすぎて、何処へ向かうのかとか、質問をするという行為に関してじぇんじぇん思い至らなかった。

 少しバス停にて待ち、バスに乗車する。そして引っ張られながら適当なところに放り込まれるようにして着席させられた。おぉん、冷たい。しかし、隣には雨宮さんが座るので、そんなに悲しくはない。むしろ嬉しい。

 しかし……一体、どこへ向かうのだろうか。女の子の隣りに座るのはやはり、緊張する俺である。車内アナウンスに耳を傾ける余裕はなかった。必死に外の風景を楽しみつつ、ちらりと隣の美少女に目を向け、眼福眼福と内心拝む行動をとった。

 しかしなんだ。今日はやけに学生が多いな。


「着いたわ、降りるわよ」

「んぇ? あ、ちょ、何円?」

「240円よ。ほら、行くわよ」

「わ、わったわった、待ってくれ」


 と、唐突に到着したことを告げられ、彼女とともに降りる。降りた後、少しだけ見慣れない風景に戸惑う。この道って、確か京都方面への道のりじゃないのか?にしては少しどこか違う。なんて言えば良いのかな……こう、雰囲気が。


「じゃあ、ついてきて」


 そう言って歩き始めた雨宮さん。俺はその後に続いて歩く。周りを見ても、やっぱり京都行きの道のりだ。そこでふと我に返る。


「……手、繋がないん?」

「…………」


 無視された。

 いや、うん……一番その反応が心へのダメージが大きいんだけれど……。



 そのまま少し……いや、少しどころではなく結構歩く。空の色がどれほどの時間歩いたのかを教えてくれる。もう夕日も傾き、暗くなりつつある。バスから降りた時はまだ空は青かったのに……。


「帰らんでええんか?」


 俺は聞くが、だんまりを決め込む雨宮さん。偶にぐいっと引っ張って早歩きをしたり、少し様子をうかがってゆっくり歩いたりを繰り返していた。エージェントか何かかよ……。きっと、雨宮さんは知り合いとの接触を気にしているのだろう。こんなに動くということはこの辺に知り合いがたくさんいるんだろう。えっと、つまり今の現状をバレてほしくないと……お、俺は彼氏と思われたくないということか……?

 とりあえず、そのままついていくが、これじゃあ帰るのは夜遅いなと思い、彼女の心配をする。


「……なぁ、もう結構遅い時間やし、親御さんとか心配するやろ? 知り合いにバレるのが怖いのか、それともエージェントゴッコしてるのかはわからんけどさぁ、帰ったほうがええんとちゃうか?」


 しかし、俺の予想とはまったく違い、彼女はパンと主人公の頬を叩いて返事をした。「あんたねぇ……!」と怒ってもいる。……親とは何か、関係がこじれてるんやろか?……急な転校やったしそうなるわな。触れちゃいけなかったかと思い、「すまん」と素直に謝った。


「……別にいい。ついてこい」


 口調も大分大雑把になってきた。地雷に足突っ込んじゃったかぁ。内心てへぺろなんてする余裕はないけれど、とりあえず反省をしておいた。その先に、ちょっと大きめの壁があり、扉があって大人の方に何かを話す彼女。

そして、その扉の向こうへと連れられた先に、開けた場所が見えた

その先は

海、だった。

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