ハルティア

森亞ニキ

空の子との出会い編

第1話 始まりの言葉

青。それは空の者。

赤。それは地中の者。

紫。それは夢見の者。


色は、その者を現す。


テラ。

この世界は、世界の中心にある一本の大樹によって繋がれている。

根、たどれば地中の国。

幹、上れば天空の国。

そしてその中間にあるのが、人々の国。


魔法という、魔の者の「魔」術と、聖なる者の「法」力を備える力が馴染んでいるこ

の世界。




息があがる。苦しい……

しかし、止まるわけにはいかない。

深い紫の髪で紅目、浅黒い肌の少年と、金髪に青の瞳、白い肌の少女が、走っていた。

「返して!」

少女が叫ぶ。短めの金髪が風に遊ばれる。

「返せよ!」

少年が叫ぶ。

「だめだ、来るな! きてはダメだ!」

暗い通路の奥から凛とした、少年の声が響く。

と、きらきらと光るものが少女に向かって飛んできた。

涙の形をした、赤いピアス。

少女はそれをぎゅっと握ると通路の奥に向かって叫んだ。

「お兄ちゃん!」


ズズズ……


低い地鳴りがして、少女と少年の立っている足場が、ふいに消えた。下には、どこまでも広がる青空。


「お兄ちゃーん!」

「チェリちゃん! くそ……っすまねぇ、ルノ──!」

浅黒い肌の少年の背中から、竜の翼が現れる。

しっかりと少女を抱きしめたまま、ゆっくりと落ちて行く。

(ルノ。絶対、助けてやるから……!)

少年が心の中で呟く。


ゴォォォ!


「ぅわ!」

「しまっ……!」

強い風が吹いて、しっかり抱きしめていたはずの少女の体がさらわれた。


「シアングー!」

「チェリちゃん!チェリカー!」


名前を呼び合うも虚しく、手は届かない。



そして、強い風に煽られ、少年もバランスが取れず落ちていった。




「ん……?」

もぞり。

「寝ちゃったのか……ふああ……」

机の上で突っ伏していた少年が起きあがる。

青の髪に、紫の瞳。

机の上には沢山の分厚い本。


少年の名はトアン。トアン・ラージン。

村の前に捨てられていた少年を引き取ったのはこの家の主、キーク・ラージン。

キークは少年と同じ青髪に紫の瞳だったため、村人達からは「本当の親子ではないか?」という噂を立てられていたりもした。


窓からのぞく外は、もう暗くなり始めていて。

ランプの火をいじりながら、少年はあくびを一つ。

「おじさん遅いなー……」

彼はキークをおじさん、と呼ぶ。

そのキークは、三日前から留守にしていた。

出掛けに、彼はこう言った。

『やっと長年の夢が叶うよ。これであれは助かる』

何のことだか分からなかったが、おじは笑いながら言っていた。


「変な夢だったな……」

トアンは本をパラパラと捲りながら考え込んだ。

(やけにリアルで……オレは居なかったし……)

まるで、自分は傍観者。

そんな、夢。


バキバキバキ! ……ボスっ……


「!?」

突然の物音。

(干草小屋かな?)

慌てて部屋を出て行く。


ギィ……

慎重にドアを開けて、中に入っていく。

(泥棒なんてこないと思うけど……)

夕日がうす暗い小屋の中を照らす。……天井に大きな穴が開いていた。穴から赤い陽の光が差し込んでくる。

「!」

積んである干し草の山から、ブーツが見えた。

急いでその山に飛び乗る。

干し草に埋まるようにして、一人の少女が眠っていた。

短めの金髪。ここいらで見ない服。そして耳元で光る涙型のピアス。

(この子は……?)

夢で見た、あの女の子だろうか?

(まさかね。ただの夢……言い切れないほど現実味があったけど)

はて、と首を傾げる。

(可愛いからいいか……って違う!! とりあえず家に連れて行こう)


聞いたか?

あぁ。ルノ王子幽閉のことだろ。……紅い瞳に銀の髪。あの魔女と同じ、な。

禁忌の子……。氷魔一族は女だけの一族なのに……対象的な我らと交わったことで、男の氷魔が生まれてしまうとは……

氷の精霊は荒れているだろう。

本当……疫病神だよな。

(違う)

西の塔にもう近づかないほうがいい。

呪われても困るしな……

(違う、違うよ)

……チェリカ様、そこにいらしたので?

西の塔には近づいてはなりませんぞ。

あそこには悪魔がいます。

(違う!あそこにいるのは)

悪魔ですよ。

だからお近づきにはならないように……

(悪魔なんかじゃない!!私の)


「──お兄ちゃん!!」

叫んで、目が覚めた。

「ここは……?」

フカフカなベッド。

木の壁。

すべてが暖かな物に感じられ、少女は目を細めた。


「あ、目、覚めた?」

湯気のたつカップを持って、少年が部屋に入ってきた。

身構える少女に少年はカップをそばに置き、両手をふって敵意がないことを表す。

「オレはトアン・ラージン。君は?」

少女はまだ警戒しながらも答えた。

「……チェリカ」

トアンはふっと笑うと言う。

「お腹空いてない?」

「うん」

「じゃ、どうぞ」

先ほど持ってきたカップを渡す。コーンスープだ。

「……おいしい……」

ほぅ、とため息をつくチェリカ。

「そう? あ、パン持ってくるね」

「うん、ありがとう」


ごちそうではない、一般的な食事。

それなのに、チェリカはおいしいと言ってよく食べた。


すっかり空になった食器を片付けてトアンが部屋に戻ると、チェリカはベッドに座っていた。

(あ……オレのベッド臭くなかったかな?)

「今何時くらい?」

「え、あ……夜の7時ごろだよ」

「……。ねぇトアン。何で私を助けたの?上の人なのに」

「え?」

「私は……!?」

「ちょ、どうした?!」

突然頭を押さえる彼女の側による。

「っぅ……、あ、たま痛……っ」

「大丈夫?!」


頭の隅から伝わってくる、痛み。

痛むたびに消えてゆく、様々な思い。



ここに長くいちゃいけない!!

なんかヤバい!!


「私は……上から落ちてきたんだ」

頭を押さえながら言うチェリカ。

「上?」

「……っトアン、ここはどこ?」

「フィリウル村だよ……?」

「ここは、……っはぁ。」

頭を振る。頭痛は収まった。

「不思議な所だね……なんだか」

(だんだんすべてがおぼろげになっていく……なんて)

言ったら悪いよねー。うん、やめとこう。


「……リカ? ……チェリカ?」

「……ん、ごめんぼーっとしちゃった」

「あ、上の人ってどういう意味?」

彼女は目を丸くした。

「知らないの?」

「うん」

「……上の人っていうのは、……あれ?」

「?」

「上の人?」

チェリカは形の良い眉を寄せた。

「私、そんなこといったっけ?」

「え?」

「あれ、ちょっと待って?……え?」

額を押さえる。……なにも思い出せない。

「……チェリカ、もしかして思い出せないの?」

「……」

「この村に外から来る人はいないんだ」

「?」

「今までだれ一人来たことがないんだ。不思議でしょ?それにこの村は地図にのってないんだ。この村は、『忘却の村』とも呼ばれてる」

「忘却……確かに不思議な(というか妙な)村だね」

「記憶喪失もそのせいかも。……ってまとめすぎかな」

「……」

「……あ、ごめん。そうだよね、まだオレたちは出会ってから一日もたってないのに。ごめんね、こんなこと言って」

「あ、いやいや気にしないで、世話になってるのは私だからさ。」

はははと笑うチェリカ。気を使ってくれているのだ。

そう思うと、トアンは胸が暖かくなった。


実は彼は気付いてはいないが、チェリカは気を使っているわけではない。

少年にしてはやけにいろいろと考えるトアンと、少女にしてはやけにすっとぼけたチェリカとの出会いの日は、こんな感じ。

いつかは村を出て、世界を救うような旅がしたいと思っていたトアン。しかし、チェリカとの出会いが、その「いつか」を現実のものにしてしまう。

それは長い、長い、最初は目的の見えない旅。

それはやがて、辛い運命につながる旅。

それはたくさんの優しい人々、人と呼ばれざる者たちとの出会いの旅。


「おはよう、よく眠れた?」

「ふぁー……ん、おはよ」

一人で寝るのはいやだと言う彼女。昨日は、トアンがソファに寝て、彼女はベッドで寝た。


オレは女の子と同じ部屋っていうの緊張するんだけど……。

この子に女としての自覚はあるのか???


彼女の寝息が聞こえた頃、やっとトアンは眠りに付けた。



「……外にでる?」

「?」

「あ、森があるんだよ。見ての通り山奥だしね……どう?気分転換」

「そうする。ありがとー」

チェリカはまだ寝ぼけたまま。

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