彼女の生徒は舟を漕ぐ ※作品について報告あり
表河ウラキ
1巻 都市伝説の家庭教師
1 家庭教師にトライ
①あなた、バイト探してませんか?
「……四二七円」
財布の中身を何度数えても、手の上に広げて念入りに見ても、四二七円きっかり。
今日日きょうび、小学生でも全財産がこれだけの子は居ないだろう。
(無職の癖に何を衝動買いしてるんだ、私は……)
自分の浅はかさに千枝ちえは思わずため息を吐く。
無職と言っても彼女は十七歳。花も恥じらう高校二年生である。
母親譲りの栗毛は、手間がかからないという理由でショートカットに。服装もスカートではなく、ジーパンにパーカーonTシャツという、ちょっとそこまで出かける時の格好。もちろん化粧もなし。するにしても、いつもうっすらする程度だ。
『胸はないけどそこそこ可愛い』『クラスの何人かはこっそり惚れてるタイプ』というのが友人の弁である。
そんな喜び辛い評価をもらっている千枝は、バイトで小遣いを稼いでいるのだが、どれもこれも長続きしない。愛想と元気が良いので店員やお客さんにすぐ気に入られるが、細かいミスがいつまで経っても減らない。
そんな理由があり、彼女がバイトをクビになる時は毎回店長から申し訳なさそうに呼び出されるのがお決まりになっていた。
そしてつい先日も例のごとくクビを言い渡され、今回で通算十三回目。
またか、という気持ちが出てくるあたり、懲りていないと言うよりも慣れてしまったと言うべきか。やる気がないわけではないので、そう思ってしまう自分が嫌になってしまう。
(嫌になると言えば……)
悪い時ほど頭が回るもので、千枝は手に持ったビニール袋にちらりと目を向けた。
中身が見えないように青くなっている袋の中には、彼女が中学生の頃からプレイしているアーケードゲームの設定資料集やサントラCDやらがごっそりと入っている。
そういえば新しい本が出てたなぁ、と軽い気持ちで店に寄ったのが間違いだった。
表紙だけ見て帰るつもりが、その日に限ってまとめ買い三割引きのセール中で。
投資と言い訳して本を取り。ならサントラも。ついでにコミックも。じゃあ関連グッズも。
やんややんや。
……気がつけば買う気もなかった物まで買っており、千枝の手元に残ったのは三重に折られたレシート、それに小銭とポイントカードが入った財布だけ。
まだ先月の給料が振り込まれていないので、無駄な出費――主に買い食いとゲーセン通い――を我慢すれば、ひとまず今月は生活できる。はず。
幸い今は四月も半ば。初心者・学生歓迎の店が山ほどあるだろう。
「……よし、いける」
いったい何をもって大丈夫と判断したのか分からないが、千枝は全財産を財布に戻すと、見慣れた道を再び歩き始めた。
目指すはコンビニに設置されている求人フリーペーパー。今の御時勢ならばネットで探せば一発なのだが、千枝は書き込んだり出来る紙媒体の方が好きだった。
もっとも、一番の理由は履歴書がタダで貰えるということなのだが。
(この辺りのコンビニは全滅したし、パチンコは年齢的にダメ。飲食店は……これ以上行き辛くなる所を増やすのは嫌だしなぁ)
散りかけてきた桜並木を歩きつつ、次のバイト先を考える。
クビになること前提で考えているのがそもそもおかしいと思うだろうが、どれだけ気をつけてもミスが減らないのだから仕方がない。
あぁでもないこうでもない、と悩んでいるうちに、目的のコンビニに到着してしまった。最近のコンビニ事情なのか、数年前にイートインコーナーが増設されたこのコンビニは、学生の溜まり場として良くも悪くも近隣で有名な店である。
(タウンワーカーにバイトンドットコム、それとamamっと)
店先に設置されているラックから、いつものバイト情報三銃士を慣れた手つきで引き抜いて中身をチェックする。些細な違いはあれどどれも学生特集が組まれており、そのほとんどが新規オープンのコンビニだった。
にんまりと笑みを浮かべつつ、付属されている履歴書が潰れないように、本の間に挟んでビニール袋の中に入れる。
さて。用も済み、あとはまっすぐ帰るだけ。
(……バイト先発見祝いに何か買っていこう。そうしよう)
なのだが、店内で販売されているスイーツの看板が目に入ってしまった。
『ちょっと我慢したら給料入ってくるし大丈夫大丈夫―☆』などという、そんな思考こそが浪費癖の原因だということを、悲しいことに本人はまだ自覚していない。
弛んだ精神と緩んだ頬を引っ提げ、千枝は入口へと足を向ける。
とんとん。
そんな千枝を止めるかのように、背後からその肩を誰かが叩いた。
学校から近いこともあり、友人だと思った千枝は特に警戒することもなく振り返る。
「ごきげんよう」
しかし、そこに立っていたのは友人ではなかった。
黒い和服に黒い手提げカバン、そして黒い長髪という全身黒づくめの女性。一六五センチの千枝が顔を大きく上げなければならないほど大きく、おそらく一八〇センチは優にあるだろう。日本人には珍しく目鼻立ちがはっきりしており、きっちりと着こなした和服も相まって、どこか凛とした雰囲気を感じる。
千枝の肩に手を置いたまま、女性は柔和な笑みを浮かべた。
「あなた、バイト探してませんか?」
ヤバい人に捕まったかもしれない。
千枝の直感がそう騒ぎ立てた。
「い、いえ、そういうわけではなくて。妹に取って来てと頼まれまして……」
「あら、そうなんですか? 私はてっきり、『ふらっと立ち寄った店で衝動買いしちゃってお金もないからバイト増やさないとなぁ』って具合なのかと思ったのですが」
笑顔を崩すことなく、うっすらと目蓋を開けて千枝の目を見つめる女性。
ヤバい人だ。
千枝の中で満場一致の判決が出た。
「失礼しますっ!!」
全身全霊の力を足に込め、前に向き直って逃げ出そうとする。
が、意に反して体はまったく動かない。
その肩に置かれた手が――軽く置かれただけの手が――体が動くことを止めているのだ。
「まぁまぁ、そう怖がらずに。お話だけでも聞いてくださいな。いいお話があるんですよ」
依然変わらず笑みを浮かべたまま、女性は詐欺の常套句を話す。
「それ絶対にいいお話じゃないですもん! 見ず知らずの人が、こんな見た目もパッとしない女にそんなうまい話するわけないですもん!」
「えっ。女の子だったんですか」
「えぇっ!?」
まさかの返答に逃げることも忘れ、思わず振り返る千枝。見ると、女性は口に手を当てて目を大きく開いており、一目で驚いているのが分かる。
その際、先ほどまで微塵も動かなかった手がいとも簡単に振りほどけたのだが、彼女はそのことにまで気が回らなかった。
「すみません、てっきり中性的童顔の男子中学生かと思ってました……ごめんなさいね」
「どこにそんな少年漫画の主人公みたいなやつが都合よくいるんですか! ていうか、男子はまだ分かりますよ。髪が短いし、服装もありますから。けど中学生ってどういうことですか!」
「いえ、それもありますが、凹凸がなかったので」
「すごい失礼なことサラリと言いますね!?」
反射的に胸を両手で隠し、顔を赤らめる。自分でも自覚しているし友達との会話でネタとして言うこともあるが、他人に、それも会って数分も経っていない人に言われると、それはさすがに恥ずかしい。
それはともかく。
「……それで、話ってなんですか」
「あら、聞く気になってくださったんですか?」
どうやら千枝の反応が予想外だったらしく、女性はそんなことを口走った。そもそも自分が怪しいという自覚があるのなら、もうちょっと話しかけ方や身なりに気をつければよかったのじゃないだろうか。
そんなことを思いつつ、千枝は驚く女性に話を続けた。
「犯罪とかマルチ商法に誘うような人は、相手の悪口言わないと思うんですよ」
「じゃあ私が怪しい者ではないってこと、わかってくれました?」
「それとこれとは話が別です」
「これは手厳しい」
女性はそう言いながらもニコニコと笑っており、まるで千枝との会話を楽しんでいるかのようであった。そんな女性を見据えつつ、千枝は彼女の一挙手一投足に気を配った。
相手が女性であれ、用心するに越したことはない。
「まぁ立ち話もなんですし、座って話しましょうか。もちろん、私のおごりで」
「マジですか! じゃあ私、期間限定の春一番イチゴどっさりパフェで!」
「……少しは遠慮とかしないんですか」
ケロッと態度を変えた千枝に苦笑いを見せつつ、女性はドアを開けた。
しかし先には入らず、千枝が入るのを待つ。逃げられないようにするためと考えるのが妥当なのだが、食べ物に釣られた千枝がそのことに気づくわけもなく。
(パーフェ、パーフェっ♪)
さっきまで警戒していたことも忘れ、軽い足取りで店内へと入っていくのだった。
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