第10章/水ノ国

第197話/一生ノーサンキュー

197話


 魔王を倒すべく魔ノ国に飛び立とうとしたアホ鳥は、誤解が解けた途端にだらけてしまった。


「じゃ、うちは寝るから。頑張ってきてねー」

「……、いざとなったらお前らも協力するんだからな?」

「心配しなくても動くときは動いてあげるよー。うちの頼もしい仲間がねー!」


 胞子のソファに横たわり、イツモワールは本気のドヤ顔をした。


「「「…………」」」


 俺達は無言で顔を見合わせる。ドヤ顔の彼女が直視できなかった。元々の知能の低さも相まって、例えようのないほど不憫な生き物に思えた。


 まぁもっとも、彼女が他力本願になるのは無理もない。

 ミヨーネに魔族の足輪を奪われた今、彼女自身はほぼ無能なのだ。


「あんたと同じね」

「俺の思考を読むな」


 キキにずばり言い当てられてしまったので俺はイライラした。この話を打ち切りとし、さっさと退散することに。


 次の目標はミヨーネの討伐だ。

 だがその前にやるべきことがいくつかある。


「頼むリーゼ。火ノ国の王城に行きたい」

「かしこまりました」


 ―――ゲートを繋いでもらって王城に到着。早速窓の外を望めば、王都に暖かな陽光が射していた。そしてあちこちで大人も子供も雪で遊んでいるのが見て取れた。


「良かった。雪が止んであとは解けるだけだな」

「ですね……雪が解けるまで時間はかかりそうですけど、みんな楽しそうです」

「ぴゅ~ん!」

「お前ら、子供と遊んできてもいいぞ?」


 などと俺は勧めてみるが、ナクコが泣きつくように「む、無理ですっ! 人間が怖いですもんねっ!?」とヒツマブシに同意を求めていた。

 当然、ヒツマブシが人間を怖がるとは思えないので、


「ナクコ。怖がってるのはお前だろ」

「ち、ちち違いますよっ!? わたしは人間、別にへっちゃらですっ! ヒツマブシさんがとても怖がってるんですよっ!」

「えぇ……」


 どうやらナクコは歪んだ進化を遂げてしまったらしい。俺に臆病を克服したフリをするため、利用できるものは利用する性悪猫に……(絶句)。


「―――ええ。分かったわ」


 と、キキが王城関係者と話し込んでいた。


「どうした?」

「みんな聞いて。お父様が快方に向かってるみたいで、あたし達に会いたがってるみたいなの」

「なるっぽ! 火ノ国を救ったお礼に豪華絢爛なランチを振る舞ってくれるわけだね心得た!」

「ついさっき朝飯食ったばっかだろうが……」


 アリスの異質な食欲はさておき、王様の要望を無視するわけにはいかない。

キキに王様の寝室まで案内してもらうことに決めた。


(……少なくとも、まだ誰にも告げていない今は)


 迷ったものの、王様の寝室には全員で入った。俺の勝手な予想ではあるが、王様は俺の仲間全員と会いたがってると思ったからだ。


 キキの私室には天蓋ベッドや高価な調度品などがあったが、王様の寝室は断捨離をした直後かのように殺風景だった。何もなさすぎて寒気までしてきた……(肌寒)。


 と思ったが違った。薄地のカーテンが揺れていた。どうやら長いこと窓を開けていたようだ。


「お父様、まだ外は寒いわ、どうして窓を開け放ってるのよ?」

「ああ……来てくれたのだね」


 以前から燃えカスのようにやつれていた王様は、病に倒れて死相すら見えそうなくらいに悪化していた。


「いやなに、都民から元気を分けてもらっていたのだよ」

「元気?」

「声が聞こえてくるだろう? 寒さなど吹き飛んでしまうくらいに、とても力強く元気な声だ。心地がいい」

「で、でも……」

「止めろキキ。お前の気持ちは分かるが、俺も王様と同じ気分だ」


 たとえ風邪を引くリスクを負ってでも。それでもこの明るい声はずっと聞き続けていたいと思ってしまう。


「……ところで、」


 王様が苦笑いしながら視線を俺の背後に移していた。


「勇者ご一行は、ずいぶんと賑やかになったものだな?」

「そうだな。うるさいくらい賑やかだ」


 俺もつい苦笑いした。俺自身も王様の『賑やか』という表現を『仲間が増えた』という純粋な意味で受け止められなかった。


「……勇者?」「勇者、ですか?」


 ナクコとリーゼの声が重なる。王様の発言に疑問が湧いたようだったが、


「気にしなくていい。俺はお前らのリーダーだ。勇者なんかじゃない」

「は? 急に何言ってんのよ、別に認めたつもりはないけど、あんたは人間族の代表で、勇者、」

「だから勇者じゃない。リーダーだ」

「…………。だから、そういうのが、どういうことなのよ……?」


 キキは我慢も限界なのだろう。これまでの俺の奇怪な言動を顧みながら、完全に俺を睨んでいる。


 アリスが『もう隠し通すの無理っしょこれ』と露骨にそっぽを向いているが……。


「すまんが王様の前では言えない。だが今日中には必ず言う。約束する」

「! おーっほっほっほ! それは朗報だわ! ついにあたし自慢の爆炎剣が使えそうだしねえ!?」

「その時はじゃんじゃん使ってくれていいぞ。俺が許可する」


 話がややこじれてしまったが、改めて王様に向き合った。


「で、俺達を呼んだのは何か用があったのか?」

「うむ。君達が火ノ国に雪が降っていた原因を解決したのだろう?」

「まぁ……そうだな」


 ほとんどリーゼの成果だが。


「だから一刻も早くお礼を言いたくてな。心の底から感謝しよう。君達はこの国の救世主だ」

「きゅ、救世主……!」

「ぴゅ~ん!」


 ナクコとヒツマブシが興奮気味だった。……ほとんど何もしていないのに救世主とは。俺自身も無活躍なので複雑な心境だ(困惑)。


「驚くことではありませんね。ツキシド様のご存在がすでに救世主と呼ばれるに相応しいのですから」


 俺の心境も知らずにリーゼが真顔で言い切っていた。なぜそこまで俺を持ち上げるのか。もはやギャグにしか聞こえないぞ……。


「えっへん。あたし達が、この国の救世主」


 まるで言質を取ったかのように、アリスが勝ち気な笑みを浮かべていた。


「この国の救世主なのに、このままお礼を伝えただけで帰らせる、なんてことはしないよね? 王様なんだしさ、救世主にピッタリな何かをくれるんだよね?」

「あ、あなたね……。少しは遠慮しなさいよ」


 意外にも苛立ちの声を上げたのはキキだった。


「確かに雪は降り止んだけどね、すぐに経済的なダメージがなくなるわけじゃない。しばらくは保障のためのお金が要るの。莫大なお金がね」

「うむ……正直、今後の財政支出は計り知れない。救世主の君達に一人ずつ報酬を授けたくてもできないのだ……」


 とその時、王様の瞳に火が点ったような気がした。


「よし、分かった。せめて勇者ツキシドには報酬を授けるとしよう」

「え? 俺に?」

「そうだ。予定外ではあるが、もうこの際だ、我が娘をフィアンセとして差し上げよう」

「って、ちょっと―――!?」


 キキが慌てた様子で割って入ってきた。


「お、おおおおお父様!? 何でそうなるのよ、あたしが報酬とか正気じゃないわよ!?」

「その通りだ。これでは五か国の取り決めを破ったも同然。お前が素直に喜べないのは充分に理解している」

「不充分よ!? そもそもあたし、コイツと結婚したくないんだけど!?」

「ああ、お前はそういう人間だ。卑怯な手段を恥と覚えて避ける。勇者との結婚がお前にとって至上の喜びだとしてもな」

「……、ねぇツキシド!? 会話が全く成立してないと思うのはあたしだけかしらッッ!?」


 ブチギレのキキは俺に強く訴えていた。『お前が拒否しろ!』と。

 仕方ない。キキとの結婚なんて絶対にありえないので、王様にははっきりと無理な理由を教えよう。


 俺はしれっとキキの顔に人差し指を突きつけると、


「卑怯な手段を恥と覚えると言ったが、そっちよりもコイツの……過激な格好を恥と覚えるように教育した方が良かったんじゃないか? てことで常時露出魔のコイツとの結婚なんて一生ノーサンキューだ。すまんなパッパ」


 クリティカルヒットだったのか、王様が再び病に伏せってしまったとさ(完)。

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