第102話/即バレ

第102話


「―――いらっしゃいませ」


 ドアベルを鳴らして入店すると、この酒場の店主らしき中年紳士が社交的な微笑で俺達を出迎えた。


「おや? キキ王女が彼氏連れとは珍しいですね」

「か、彼氏じゃないわ! もちろんフィアンセでもないっ! 勇者よ、勇者ツキシド!」

「勇者? ついに誕生したのですか?」

「ええ。彼がそうなの。あたしは納得してないけど」

「はぁ……?」


 時間帯のせいからか店内には彼以外誰もおらず、木製で統一された客席は寝静まっているかのようだ。しかし夜になれば嫌でも大酒豪達に叩き起こされ、利用客である彼らに快適な空間を提供する商売繁盛の一助となるのだろう。


「ちょっと。店の観察ばかりしてないで挨拶くらいしなさいよ」


 キキと店主が揃って俺を見つめていた。

 なので渋々、


「……どうも。俺が勇者のツキシドだ」

「ほう。あなた様が勇者の剣を?」

「ああ。王の間で手に入れた」


 俺は白銀の鞘を持ち上げ、申し訳程度に黄金の輝きを一輪咲かせた。


「お、おぉ! 確かにその輝きは勇者の剣! 美しい諸刃だ! 実に素晴らしい!」


 店主は食い入るように凝視し、それからコホンと咳払い。


「失礼。伝説の剣を前につい……」

「まぁ勇者の証だしね。感動しない方が難しいわよ」


 キキは色っぽくカウンター席に腰を落ち着かせると、


「というわけで、勇者が誕生したからクエストの説明してくれる? コイツ、勇者のくせにクエストのこと全然知らないのよ」

「左様ですか。では勇者様も隣にお座りください」


 店主に促されて俺も席に座る。

 キキとは一つ席を空けて。


「……。何でそっちに座んのよ?」

「決まってるだろ。お前が俺の彼女でもなければ、フィアンセでもないからだ」

「! あっ、そう! 別にあたしはどっちでも構わないけどね! でもそうね、あんたは勘違いされたら困るわよね! あたしがあんたのフィアンセだって思われたら! ふふふ……!」


 謎の笑みだった。

 しかしながら目が笑っていないので怒っているに違いない(畏怖)。


「……クエストの説明、させていただきますよ?」

「ええ。急いでるから、簡単でいいわ」

「はい。では勇者様、こちらをご覧ください」


 俺の前に置かれたのは煤けた紙束だった。

 その厚みや紙サイズから、癒美が持ち歩いていた辞書が思い返される。


「えーっと……。この紙一枚一枚にクエスト内容が書かれてるのか? ほとんどローマ字だから読めなくはないが……」


 正直読む気力が湧かなかった俺は、店主の顔色を窺いつつ質問すると。


「その通りです。一枚で一つのクエスト。左上にはクエストランクが明記されていまして、上はSSSランクから下はDランクまで。合計で千三百五十一種類ものクエストがこの世界には存在します」

「え? これ全部をクリアしろってことか?」

「いいえ勇者様。これらクエストは誰でも受注できるようにしてあり、すでに千種類以上がクリア済です。紙の右上にスタンプが押されてあるのがクリア済のクエストです」

「お。本当だ」


 パラパラ漫画のように確認してみると、下にあるクエストはクリア済でないのが大半で、上にいくほどスタンプの押されたクリア済のクエストが多かった。

 どうやらランク順に並んでいるらしい。


「極端な話、SSSランクである魔王討伐クエストだけ受注していただいても問題ありません。そもそもこれらクエストは二十年ほど前、だけのものですから」

「……え? 以前に魔王を討伐した勇者がいたのか?」

「おや。ご存知ないのですか?」


 店主は少し意外そうに俺を見ると、


「魔ノ国の魔王をたった一人で討伐した伝説の勇者が過去にいたのです。詳細は分かりませんが、彼はとにかく日記を細かく付けるのが趣味だったようでして。彼がどのような経験を積み重ねることで真の勇者になったのか、その膨大な量の日記から次々と明らかになったのですよ」

「へえ、それは知らなかったわ。じゃあ日記に書いてあった内容をまるっとクエスト化しちゃったってわけね?」

「そのようです。これらクエストをクリアしていけば自ずと伝説の勇者に近づけると。魔王討伐の唯一の成功例として、各国の王様が彼から日記を譲り受け、クエストが作成されたと言い伝えられています」


 なるほど、それは賢いやり方かもしれない。時代の移り変わりと共にクエスト内容も若干修正されているのだろうが、それでも信頼性は申し分ないはずだ。

 ある種の攻略ガイドを魔王討伐成功者の日記を元に作成―――未来の勇者にはありがたいことだ。


「一人で魔王を倒すとかとんでもない勇者だったんだな。……で、その伝説の勇者は今どうしてるんだ?」

「それがですね……。各国に日記と装備を託して間もなく……失踪したようです」

「失踪? どっか行ってしまったのか?」

「はい。その理由には諸説ありますが、突然消息を絶ったのは事実です。各国の兵士が三年かけて国中を探し回ったようですが、ついに彼の居場所を突き止められなかったのです」

「もうとっくに死んでるんじゃないの?」

「……かもな。生きていたらまだオッサンだが、三年探しても見つからないんだったら何か事件に巻き込まれて……死んだのかもな」


 伝説の勇者にはアドバイスでもしてもらいたかったが、残念。

 まぁこれほどのクエストを残してくれただけでも感謝だ。趣味とはいえ日記を付けるのは相当大変だったことだろう。


 今日一日を振り返りながら日記にペンを走らせる毎日―――とてもじゃないが俺にはできない。机に向かっていくその姿を思い浮かべただけでもげんなりする。


「――――え?」


 不意にだった。

 いそいそと日記を付ける、そんな勇者の姿が、不思議と―――。




 不思議と……メモを取りまくっていた、の姿と重なった。




「どうしたのよ? 何かに気づいたの?」

「あーいや、ちょっとな。……ありえないとは思うんだが、これは冗談で言うんだが……だったりしてな?」

「!? んなっ!?」


 うん……うん。いきなり店主が驚いたぞ。

 中年紳士らしくない素っ頓狂な声上げたぞ。どうしてだろうな……。


「は、はは! 勇者様、さすがにそれはないでしょう! なぜ現魔王が過去に魔王討伐を成し遂げた伝説の勇者と一致するのです!?」


 店主は震える指を俺に突きつけ、


「あ、ああああありえない! バカも休み休み言えッ! そしてその短絡的思考は今すぐ棄てろッ! 一生忘れておけッッ!!」

「やっぱりお前著者だな!? 百パー著者だよな!? というかテンパりすぎだろ!? 現魔王の正体が即バレしたからって露骨にキョドるんじゃない!」


 俺は店主に怒鳴り返しつつも(まぁこんなに早く見抜かれたらキョドるよな……)と著者に対して少し申し訳ない気分になった。

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