第93話/Mの衝撃

第93話


「…………。え?」


 一か月……行方不明……?


 予想外というか。何というか。

 俺にだって答えようのない質問に、困惑してしまった。


 リーゼロッテの瞳はただ真っ直ぐで、嘘を吐いているようには見えない。

 だからツキシドが彼女の前からいなくなっていたのは本当なのだろう。

 で、ツキシドは隠し事をしていると。もちろん行方不明になってた件で。


「お答えくださいツキシド様。部下のわたくしを放置し、他の……アリスという女と世界を旅していたのではないですか?」


 おおう、あながち間違ってないからビックリ。

 ……それじゃもう、それでいくかな。


「…………ああ、バレてしまっては仕方ないな。そうだ、お前の予想通りだ。俺はアリスと恋に堕ち、自分の役割すら投げ出すほど彼女を酷く愛した。愛して愛されて、二人だけの世界を見つけに旅立ってしまったのだ。そしてこうして……フラれて帰ってきたわけだ……!」


 まぁそんなわけないんですけどね(爆笑)!!


「う、ぷぷ。か、隠していてすまん、リーゼロッテ。彼女が……アリスが、俺を毎晩眠らせてくれないほど魅力的だったのだっ。彼女はまさに女神のようでなっ、心も体も清らかだったのだっ、ぷ、ぷはっ!」


 やばい、普通に笑ってしまった! もうこれ失敗だろ! 嘘だってすぐバレるだろ! そもそも女神のような女に魔族の男が恋をするわけがない!


「……なるほど。それが真相だったのですね。そしてその失態を魔王様に報告した途端、彼女にフラれたムカムカが再発したと。王城内をランニングしたくなったのですね?」

「へ?」


 なぜかリーゼロッテが納得していたので俺は目を点にしてしまう。しかもどうやらツキシドは……自分が行方不明になっていた理由を、先ほど魔王達に伝えていたらしい。


 無論行方不明の真相はアリスとの駆け落ちではない。それは俺の創作だ。

 となると本当の真相が気になるところだが―――。


「お前、今の俺の話を信じてくれたのか……?」

「はい。その通りでございます」


 頷くリーゼロッテ。


「え、マジで? 何で? 俺、ばりばり笑ってただろ?」

「と仰られましても。ツキシド様のお言葉を素直に信じ込むことの、何がおかしいのですか?」

「――――あ」




『お前の言葉を、信じ込ませル―――』




 そこでようやく著者の発言を思い出して合点がいった。

 俺は右手首に嵌めていたを確認し、手をぽんと叩いた。


(そうか! 相手が人間だろうが魔族だろうが関係なく、俺の言葉を信じ込ませる。だからリーゼロッテも信じ込んでくれたのか!)


 よくよく考えたらとんでもない設定だ。魔王に『自害したら楽になれますよ』と言ったらそれで終わりなのではないだろうか(←天才w by著者)。


(……ん? 待てよ? じゃあさっきのはどうしてダメだったんだ? 俺が魔王達に語った世間話。結婚式の引出物のくだり。誰も信じてくれなかったじゃないか……)


 もしかして条件があるのか? 

 それとも単に著者が設定を忘れてミスったのか……?


 いやサッパリだ。頭で考えるだけじゃ分かりそうにない。

 ……よし、ここはリーゼロッテを使って魔族の腕輪の設定を探ってみるか。


「……なぁ、俺からも話、させてもらっていいか?」

「? はい」


 ええと、信じ込ませるんだよな。

 となるとイエスノーとか具体的な回答を促す質問全般は無意味か。

 地味に不便だな。


「そうだ、お前……バストサイズを俺に教えると気分が楽になれるぞ」

「……。そうなのですか? Mカップですが」


 え、ええええええむうううううううう(M)!?


「? あまり気分は……変わりませんが?」

「い、いや、そんなことないだろ? ちょっと楽になっただろ?」

「……、申し訳ありません。正直に申し上げますと、悪化しました」


 リーゼロッテが胸を隠しながら身を引いた。

 ……どうやらリアルに悪化させてしまったらしい。な、ならばっ!


「すまん、変な話を持ちかけた俺が悪かった。だが次のは本当だ。ちゃんと効果覿面だから、聞いてくれ」

「はい。なんでしょう?」


 リーゼロッテが向き直ってくる。

 俺は彼女のデカパイに恐る恐る指を差すと、


「そ、その胸、デカすぎて肩が凝るだろ……?」

「はい。その通りでございますが」

「だったら良かったな。……この俺に胸を揉ませれば、肩が二度と凝らなくなるぞ」

「……。ツキシド様。わたくしを怒らせたいのですか?」

「!?」


 あれ!? ものすごい殺気なのだが!? 

 リーゼロッテたん、指の関節をポキポキ鳴らし始めてるのだが!? 

 もしかせずとも逆効果!?


「お、落ち着いてくれ! この程度のセクハラで怒ってたらお前、この先俺の部下としてやっていけないぞ……!?」


 言ってすぐ、火に油を注ぐ言葉だったと気づいて「し、しまっ!?」と慌てて口を手で隠した。

 同時にリーゼロッテの鉄槌を覚悟したが、


「そうですね。失礼いたしました」

「……………。え?」

「ツキシド様、そろそろ火ノ国に戻りましょう」


 リーゼロッテは右手を廊下の壁に押しつけると、


「魔王有力候補は魔王城に長居すべきではありません。よくお分かりのはずです」


 次の瞬間、彼女が触れていた壁にゲートが出現する。

 異空間へと繋がっていそうな青々と混濁した世界が覗けていた。




「―――さぁ、中へどうぞ。ドラゴン族がツキシド様との再会を待ち望んでいますよ」

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