第82話/残像移動

第82話


(そして一回だ。たった一回でも生徒会長の体にこれを当てられたら、その瞬間、俺の勝利が確実になる! あとはエアキャノンを発効すれば済むからだ!)

 

 意識を失いかけた状態で、エアキャノンを避けられるはずがない!


「お手合わせ宜しく願うぞ! 子童君!」

「!」


 速い! 

 下半身を強化しているのだろう、数瞬で俺との距離を詰めてくる。

 だがっ!


「はっ! トピアよりゼンゼン遅いなっ!」


 悠々とピコハンを胸の前で構えてみせた俺。

 しかし何を思ったのか、生徒会長は「……むっ!」と距離を詰めるのを中断し、俺の周囲を円を描くように走り出した。


「……そのピコハン、当たるだけで危険だな! 胸の前で構えるのは自信の表れだ!」


 やば、ソッコーでバレてしまった! 

 こいつ賢いぞ! 賢人だけに!


 とすれば遠距離攻撃を仕掛けてくるはず、と警戒したが、


「こりゃ参ったな。俺は遠距離系の異能力は一個もないんだよな……」


 え、マジかよ! 

 嘘じゃなかったら俺の勝ち確じゃないか!?


「ふー。どうやらこちらが不利っぽいな。……子童君、早速で悪いが、本気で行かせてもらうぞ」

「…………なっ?」


 思わず俺は息を呑んだ。

 というのも走り回っている生徒会長が……増え始めたからだ。


(何だ? 俺を取り囲むように六人にまで増えて……その内の五人が走ってるポーズのまま固まってる……?)

 

 それこそ氷漬けになったみたいに、全身隈なく水色だった。


「―――さあ、この異能力で勝負だ!」


 唯一、走り続けている生徒会長が、俺の真正面から突っ込んでくる。

 俺はピコハンを当てるべくその彼に意識を集中するが、


 急に、急にだ。

 その突っ込んできた彼が、氷漬けみたいに固まった。


「は!?」

「どこを見ている! 後ろだぞ!」


 混乱しかけていた俺は、しかしトピアとの特訓の賜物か、その声にすぐさま振り返ることができた。

 ……のだが、


「なっ、」


 俺に殴りかかろうとしていたはずの生徒会長が、そのポーズのまま固まっていた。


「はあ!? どういうことだ!?」

「次は上だ!」


 俺は頭上を振り仰いだ。そこにはすでに落下中の生徒会長が、俺にかかと落としをしようと体勢を整えてあって。


「く、そっ!」


 俺はとにかくピコハンを当てようと、生徒会長の足首あたりに狙いを定め、一目散に持ち上げた。


 だがしかし、ハンマー部分が彼の足に当たる寸前、またしても氷のように固まった。そして直後に俺のピコハンは彼の足に吸い込まれていき……当たった感触もなく通りすぎた。


「! まさか……残像!?」

「正解だ!」


 声が聞こえて刹那、俺はピコハンを持つ右腕を掴まれた。

 生徒会長の後頭部が眼前にあり、その後頭部が、ガクンと下がった。


(こ、これは……背負い投げだ!!)


 気づいた時には遅かった。

 俺の体は屈強な体に背負われて、俺が強制的に見せられる景色は、地面から蒼天へと。綺麗に一回転を遂げつつあった。


(あ、これ、負けた―――)


 地面に背中がついたら敗北だ。しかし柔道ド素人の俺には、もはや背中がつく以外に結末はありえなかった。




「―――だが、まだだっ!」




 だったら! 

 俺の背中がついてしまうのだったら! 

 


 アリス! 

 生徒会長に萌え豚症候群ブヒステリーを発効しろッ!!


「ぐおっ!? 何だこの煙は!?」


 真っピンクの煙が大発生する。

 彼の視界は当然、俺の全身までも覆い隠した。


 背中に確かな痛みを受けつつ、俺は煙の帯域から走り抜けた。

 ……よし! これにて秘匿完了だ!


「そうか……。君が背中をついたかどうかは……。誰にも判らないよな」


 間もなく煙が晴れていくと、生徒会長は困ったように苦笑いしてきた。


「やられたよ子童君。俺はこの異能力の正体がバレない内に勝負を決めるつもりだったんだ。それなのにまさか、こんな方法で凌がれるとはね……」

「空間移動ならぬ、残像移動ってところか?」

「大正解。俺は最大五つまで俺自身の残像を可視化でき、俺という本体はそれら残像と入れ替わることができる。いつ何度でも、一瞬の内にな」

「……、便利じゃないか」

「そうだな。様々な格闘術を好きで学んでいた俺には至高の異能力だ。相性がいい」


 だろうな、と。

 俺は五つの残像を眺めまわして納得した。


(どこから攻撃されるか定かではない状況を残像移動が確立し、どんな攻撃をされるか定かではないほどの格闘術を彼が習得しているわけだ……)


 さすが、準決勝まで勝ち進んでいるだけあって手強い異能力と異能力者だ。

 一筋縄ではいかない。勝てるのか怪しくなってきた……(不安)。


「……ただ、な。致命的な欠点が一つだけあって、発効コストが高すぎるのだ」


 残像が霧散して掻き消える。

 生徒会長は肩を竦めてはにかんだ。


「特訓していればコストが下がっていくはずなのだが、なぜかこの異能力だけはいつまでも下がってくれなくてな……どうしてなんだろうな?」

「俺に訊かれてもな。まだまだ扱いきれてないから、もっと特訓しろってことじゃないか?」


 適当に答えたつもりだったが、生徒会長は相槌を打った。


「やはり君もそう考えるか。であれば尚更、この異能力で君に勝ちたいな。勝ったらコストも一気に下がってくれそうだ」

「かもな。俺に勝った時の経験値は桁が違う」


 冗談っぽく言ってみる俺。

 彼の残像移動をどう攻略するか、その策を思案しながら。


 とはいえ策なんてそうそう都合よく見つかるはずがない。

 対して生徒会長はすでに発効限界量を満足がいくまで回復したのか、


「では仕切り直しだな。子童君、俺に学園最強を譲ってくれ!」

「! あぁ、くれてやってもいいぞ! 俺に勝てたら、だけどな!」


 もちろんだが俺はパンチラの風しか発効できない雑魚異能力者だ。

 全くもって主人公らしくない、恥じ入るステータスなのだ。


 しかしながら彼―――俺の知らない憑々谷子童は、噂通り、学園最強の異能力者。

 否、それ以上に違いなくて。


 だから俺は、彼から引き継いだ、もはや偽りに等しいこの肩書を。 

 大会優勝を機に、本物であると表向きにでも証明させられれば。


 そう。

 きっと俺はこの世界で、ようやく晴れて―――!




「だがあんたに負けない! 俺は絶対に負けるわけにはいかないんだ!」




 ―――俺は俺の憧れる、本物のラノベ主人公になれるんだ!

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