天翔ける月姫Ⅱ 都編(仮)
龍青RYUSEI
第1話 首相ご不例
年明けから異常気象とも思える暖冬が続いたが、小寒を過ぎて大寒の日を迎えると、日本列島から沖縄まで、それまでの遅れを取り戻すかのような大寒波に見舞われた。
衆議院予算委員会が開かれている2月15日も、日本海や三陸沖の低気圧が北海道の東へ進み、日本付近は冬型の気圧配置となっていた。低気圧は日本列島から離れつつあったが、上空には強い寒気が居座り、北日本などは冬の嵐、東京でも強い北西風にときおり粉雪が舞うような厳しい寒さの一日であった。
予算委員会室では、野党議員である高木茂治が4本のマイクが立ち並ぶ質問席で、岸部内閣総理大臣に対して、新しい沖縄振興計画についての質問を行っていた。
高木議員の質問に対して、岸部総理はやや精彩を欠いてはいるものの、的確な答弁を行い、論旨の破たんを見せることはなかった。
しかし、時間の経過とともに、岸部総理は、暖房装置を最大出力にしていても底冷えのする予算委員会室で、しばしば額の汗をハンカチで拭うようになっていた。岸部総理の横並びと後方の席に陣取った閣僚や与党議員たちも、その異状に気づき、近くの者とたびたび何事か囁き合っていた。
質問している高木議員も、岸部総理の体調の悪化に気づいていた。
「総理、大丈夫ですか?どこかお加減が悪いのではありませんか?」
岸部総理が持病として潰瘍性大腸炎を患っていることは、すでに周知のことであったが、新薬の投与で劇的に改善されたと伝えられている。事実、激務が続く国会や外交日程に、岸部総理が体調不良で穴を空けたことはなかった。
自席に座ったまま、岸部総理は大丈夫です、と答えた。
「では、総理、質問の時間も限られておりますので、ここでもう一度、確認させていただきます。先ごろの、沖縄独立騒動後に、沖縄県民に直接お約束をなされた、沖縄の真の振興と発展、基地問題と日米安保条約の全面的な見直しについて、いま現在も、そのお考えに変わりはありませんか」
ひときわ広い机に陣取っている坂下予算委員長が、手を挙げた岸部総理の発言を認めた。
「岸部内閣総理大臣」
椅子から立ち上がった岸部総理が、質問席に対して斜めに設置された答弁席へ向かう途中、体をぐらりと揺らした。慌てて、隣の席の岡村財務大臣が手助けしようと歩み寄ったが、岸部総理は手で岡村財務大臣を制し、大丈夫ですとサインを送った。
「すでに、アメリカ側との協議につきまして、早期に日程を確定するように全力を尽くすことを河野外務大臣に指示をいたしました。わたくしも、個人的な信頼関係をこの3年間で培ってまいりましたアメリカ大統領と、電話会談を行う予定があります。日本の国土のわずか0.7パーセントに過ぎない沖縄県に、アメリカ軍基地の75パーセントが占める事態が、あのような大きな事件を引き起こした一つの原因であったこと、これをわたくしは率直かつ謙虚に認めるところであります。また、先ほどよりご質問いただいておりますように、新しい沖縄振興計画は、従来の沖縄振興一括交付金、公共事業関係費などを含めた年間3000億を超える予算を一気に倍増させることといたしました。わたくしが、あの日、あの場で沖縄県民の皆さまにお約束した気持ち、これにはいささかの・・・」
すかさず、野党議員席からヤジが飛んだ。
「だから、財源はどうするんだよ!」「気持ちだけかよ、結局は!」「同じことの、繰り返しだろ!」
野党議員たちのヤジを聞き流し、岸部総理は自席に戻ろうと体の向きを変えた。
高木議員が、さらに質問しようと席を立った。
「委員長」
その高木議員の声に押されるように、岸部内閣総理大臣が足をもつれさせた。助け寄る岡村財務大臣の手も間に合わず、岸部総理は、その場で崩れるように床へ倒れ伏した。
総理!総理!おい医者だ!担架だ!道を開けろ!!手をかせ!椅子をどけろ!!
激しい怒号が、予算委員会室内に響き渡った。
予算委員会の質疑は、テレビ生放送、インターネット同時中継されていた。
瞬時に、日本の内閣総理大臣が異常な転倒、というニュースが全世界を駆け巡った。
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