第3話 蒼穹の下の騎士

 久瀬昴流と鳥海火煉は、その場で愛理らと別れ、真っ直ぐキルスティン女学園の学生寮に帰ってきた。


 ここまで言葉はひと言もなし。


 そして、


「何であんな勝手なこと言うんだよ、火煉さんは」


 部屋に這入ってドアを閉めると同時、ようやく昴流が口を開いた。


 出てきたのは文句だった。

 そりゃあ文句も言いたくなる。何せ勝手に碓氷愛理との機槍戦トーナメントを決めてしまったのだから。自分で戦うのなら兎も角、何で僕なんだと。「やってしまいなさい」と言われても、「はい?」としか言いようがない。


「仕方ないわ。あの子の傲慢なもの言いが許せなかったんだもの」


 そう言いつつ火煉は鞄を置き、ブレザーを脱いだ。続いてブラウスのリボンもするりと抜き取る。着替えるつもりなのだ。


「!?」


 昴流は慌てて自分の部屋着をかき集め、洗面所兼脱衣場に逃げ込んだ。

 勢いよくドアを閉め――人心地。深々とため息を吐く。


「……」


 最近、火煉は少し変だ。対外的には女となっているが実際には男である昴流がいるのに、いろいろと無頓着になっている。着替えもそのひとつだ。前々から自分を男と思っていない節があったが、最近それがいよいよ顕著になりつつある。いつからだろうと振り返ってみるに、おそらく火煉と一緒に書籍館学院に帰ったときだ。もっと正確に言うなら、その翌日、昴流がこのキルスティンに戻ってきたくらいからだろう。いったい火煉に何があったというのか。


 昴流はミリタリーカラーのカーゴパンツに黒のTシャツというスタイルに着替えると、さらにもう少し待ってからそっとドアを開けた。部屋の中を窺う。と、火煉もすでに着替えを終えていた。薄いベージュのキュロットスカートに白のカットソー。昴流はほっと胸を撫で下ろし、脱衣場を出た。


 火煉は自分のライティングデスクに座り、じっとこちらを見ている。その視線が気になりつつも、昴流はまずは制服をハンガーに吊るし、壁のハンガー掛けに引っかけた。そこにはすで火煉の制服がかかっており、二種類の制服が仲よく並ぶ。尤も、昴流のほうは袖やスカートの裾にレースがあしらわれた、本当に制服かどうか怪しいものなのだが。


「えっと……なに、かな?」


 火煉の視線に耐え切れず、ついに昴流は尋ねた。


「マリア、普段着はやっぱり男ものなのね」

「まぁ、ね」


 昴流は女ものの服を着ることを趣味としている。理由はそっちのほうがかわいいから。別に女の子になりたかったわけではない。だから、年がら年中着ているわけではないし、話し方も少年のそれだ。


 さて、昴流は今、女子生徒としてこのキルスティン女学園に研修生という立場で通っている。もとより容姿が少女のようであり、共犯者である火煉のおかげもあって、未だ秘密はバレていない。それどころか普段通りの話し方でも、ボーイッシュな、所謂ボクっ娘として周囲の認識が固まりつつある。


 そういう現状なので、当然日中は先にも述べた制服で過ごしている。その反動だろうか、最近昴流は部屋着まで女ものにすることが少なくなっていた。


「残念ね。私は女の子の服を着てるほうが好きよ」

「そ、そうかい?」


 昴流は曖昧に笑う。


(そっちのほうが好き、か……)


 正直、それはそれで複雑な心境だった。似合っていると言われるのは嬉しいが、さすがにそっちのほうがいいとまで言われると素直には喜べない。


「それよりも、碓氷先輩との機槍戦の話だよ」


 昴流はその複雑な思いを振り払い、フローリングの上のクッションにあぐらをかいて座った。


「そもそも自分で戦えばいいだけの話なんじゃないかな?」

「私ではダメ」


 火煉はきっぱりと言い切った。


「私と愛理、それに茉莉花は普段から模擬戦で勝ったり負けたりしているの。今、私が彼女に勝ったとしても、そのひとつでしかないわ。愛理が傲慢にも自分が最も強いと豪語する根拠は、単なる自信ではなく公式の機槍戦でも成績を残しているからなの」




 碓氷愛理が、キルスティン女学園内で行われる双槍戦デュオ大会での連覇と、一騎打ちジョストの前回大会で優勝していることは、今日の日中、昴流も聞いた通りだ。


 加えて、巨大人工島学園都市メガフロート・キャンパスのいくつかの騎士乗りナイトヘッド養成学校が参加して行われる団体戦カルテット大会では、キルスティン代表メンバーのひとりに選ばれ――女子の部では優勝し、性別制限のない部でも上位入賞こそしていないものの、キルスティンとしては過去最高の結果を出している。


 さらには、大会後、出場した全騎士乗りからたった四人だけ選ばれるベストカルテット――四槍騎聖パラディンにも、上級生を差し置いて選ばれている。


 そのいくつかには火煉や茉莉花、六花=ヴァシュタールも含まれている。例えば、双槍戦でペアを組んだのは二大会とも六花だったし、昨年の団体戦大会のキルスティン選抜メンバーはこの四人だった。


 しかし、そのすべてを満たしているのは唯一愛理だけなのだ。




「でも、それはほとんどがキルスティンの中というとてもせまい範囲での話よ。そんなところで最強を自負するなんて滑稽にもほどがあるわ」

「それで外からきた僕に碓氷先輩を打ち負かさせようってわけ?」


 昴流は火煉の意図を汲み、言葉は引き継ぐ。


「そう。上には上がいるってことをおしえたいの」

「うーん……」


 腕を組み、天井を見――しばし考える。


「むり、じゃないかなぁ?」


 曖昧ながらも、今度は昴流が否定した。


「あら、どうして?」

「どうしてって……」


 昴流は言い淀む。


 火煉は、愛理が自らキルスティン最強と謳っている姿が傲慢で滑稽で赦せないと言っているだけで、事実だけを見れば学園で誰よりも結果を出している。


運命の三女神の過去ラケシス》。


 彼女はまぎれもなく最強の女神モイラなのだ。


「マリアが本気を出せば勝てるわ」

「いやいやいやいや。僕の本気ってアレ込みだからね?」


 アレ――つまり魔術である。




 昴流の駆る『巴御前』は、おそらく世界で唯一と言っていい魔術を使うことを前提に設計された械仕掛けの騎士マシンナリィ・ナイト――魔術騎だ。


『巴御前』は、内蔵した魔術サーキット『ロジックエージェント』により各魔術発動シークェンスを補助し、機械仕掛けの騎士での魔術の行使を可能にする。それはどんな防御も打ち砕き、どんな攻撃も防ぐといった万能無敵の異能ではないが、装備に左右されない攻撃や防御ができるのが大きな強みだろう。




「本気を出しても勝てない、とは言わないのね」


 火煉は真っ直ぐ昴流を見つめて言う。


 昴流はその言葉に応じない。

 実はこの時点で、昴流は思考実験を終えていた。


 果たして、『巴御前』を最初から魔術機として扱ったとき、ただの格闘戦特化の空戦騎のときと比べて戦闘能力は何パーセント増しになるだろうか。そして、それで碓氷愛理に勝てるのか?


 最強の女神――《運命の三女神の過去》。


 まだ彼女の騎体も戦いも見たことはない。だが、想定はできる。火煉と茉莉花、そのふたりと戦った昴流ならば。


 その結論は――勝てる、だ。


 だが、問題は舞台だ。その舞台さえ整えば魔術騎『巴御前』を最大稼働させ、勝つ。


「マリアもそろそろ勝ちがほしいんじゃなくて?」

「そりゃあ、ね」


 昴流が笑みを見せる。それは好戦的で、酷薄な笑みだった。


 このところ、火煉に敗れ、茉莉花にも勝てず、負けっぱなしだ。確かにそろそろ勝ちがほしいところではある。


「なら、私に考えがあるわ」


 そう言って火煉も微笑んだ。





 翌日、午前中最後の授業が終わると、昴流はすぐさま教室を出ていこうとした。


「マリア?」


 が、茉莉花に呼び止められる。


「どこかに行きますの?」


 いつもなら彼女と一緒に学食で昼食のところだ。


「あ、うん。ちょっと碓氷先輩のところにね」

「昨日の件、ですか?」


 茉莉花は表情を曇らせる。


 彼女が呼び止めたのも、単に昴流が教室を出ていこうとしたからだけではなく、昨日の火煉と愛理の一件が気になっていたからなのだろう。


「うん」


 昴流は努めて何でもないことのように答える。


「本当にやるつもりですの?」

「ボクはね」


 問題は愛理が応じてくれるかどうかなのだが。


「とりあえず碓氷先輩のところに行ってくるよ」

「わたくしも一緒に行きましょうか?」

「ううん。ひとりで大丈夫」


 おそらく茉莉花は、昴流をひとりで行かせることも心配だが、それ以上にどんなやり取りがなされ、何が起こるかが気になるのだろう。


「何か決まったらおしえてくださいね?」

「ん。わかった」


 昴流は心配させないよう茉莉花に笑いかけ、教室を出た。


「さ、急がないと」


 昨日、火煉から聞いた愛理のクラスへと急ぐ。


 とは言え、ここでは自分は女子生徒。巻島まりあ理事長からおそわった通り、女の子らしい歩き方を心がけつつ早足で歩いた。


 昴流は拳法をやっているせいか、ボディバランスがよく体幹もブレない。少し気をつけるだけでそれらしい歩き方になったし、それは多少急いだところで崩れることはなかった。


 昴流が急ぐには理由がある。

 今回の模擬戦の設定条件レギュレーションの関係で、自分と愛理が戦うことをあまり公にしてほしくないのだ。愛理がやる気満々でおおっぴらに喧伝していなければいいが……。


 それならば同じ学生寮にいるのだから昨日のうちに言っておけばよさそうなものだが、昨夜の夕食後、火煉にその話をしたら「今の時間なら大浴場ね。もう少ししたら出てくると思うわ」と、こともなげに言われ、愛理の部屋に行くのを断念したのだった。


 学生寮の各部屋にはバスがちゃんとついているが、それとは別に大浴場がある。気の合う仲間と一緒にいるのが好きな愛理は、よくそこを利用するのだそうだ。もちろん、昴流は絶対にそこには近づくまいと心に決めているが。


 キルスティン女学園は学年ごとに校舎がわかれている。男子を排した環境というのは意外と需要が多いようだ。くるもの拒まずの学園のスタンスもあるだろう。単純に規模だけを見れば、キルスティンは騎士乗りナイトヘッド養成学校では大きいほうだ。


 三年の校舎に入る。


 ここにきたのは、初めのころ何度か火煉を訪ねたくらいで、数えるほどしかない。今さら突然の研修生、久瀬マリアのことを知らないものはいないだろうが、実物を見るのは初めての生徒もいるようで、すれ違う何人かの上級生は独特の制服姿を見て、反応も様々だった。


「えっ」

「わぁー」

「きれーい」


 口々に感嘆、驚嘆の声を上げ、早足で歩く昴流を見送った。


 程なくして彼はひとつの教室に辿り着く。


「3-K2……」


 教室の表示を確認する。間違いない。ここだ。ここが愛理のクラスだ。


 空いていたドアから中を覗く。中からも昴流に気づいた生徒が、お弁当を食べる手を止め、こちらを見ていた。それは無視して――しかし、一見して愛理はいないようだった。火煉や茉莉花に聞いた話から、おそらく彼女は何人もの友人と一緒にわいわいやっているだろうと予想していたのだが、それらしい集団は見あたらない。或いは、ここではなく学食だろうか。


 教室にいないことは確かなので、ひとまずこの場を離れようとしたときだった。


「これはこれは、《悪夢姫ナイトメア・マリア》。我がクラスへようこそ」


 そこに立っていたのは、褐色の肌に少しくすんだ金髪をしたエキゾティックな少女。キルスティン女学園の生徒会長にして数人しかいない女王級クラス・クィーンのひとり――六花=ヴァシュタールだった。


 しかし、先ほどの大仰な台詞とは裏腹に、手には購買で買ったと思しきパンの入った袋と缶コーヒー。それが昼食のようだ。


「あ、えっと……ヴァシュタール先輩?」

「ノンノンノンノン」


 六花は立てた指を横に振る。


「六花」

「じゃあ……六花、会長?」

「good!」


 六花は実にうれしそうだった。


「で、うちのクラスに何か用なのカナ?」


 どうやら愛理と六花は同じクラスらしい。


「碓氷先輩に用があったんですけど……」

「うん。見ての通りだヨ。授業が終わると、さっさとどっか行っちゃったんだよね。昨日からチョット様子がおかしかったし」

「そう、ですか……」


 昨日の一件は彼女の心に何かしらの影響を与えているのだろう。


「あの子に頼まれてたモーションパターンの調整が、ついさっき一段落着いたから、ワタシとしてもその話もしたかったんだけどネ……」


 モーションパターンとは、特定の動作を記憶させたプログラムのことだ。複雑な動作の際にこれを併走させることで、正確、且つ、スムーズに動作を行えるようになる。


「あれ? 六花会長って研究科? あ、でも、ここ騎技科だし、大会にだって……あれ?」


 昴流はわけがわからなくなって、右に左に首を傾げる。




 キルスティン女学園には騎技科と研究科、ふたつの学科がある。前者が騎士乗りナイトヘッドとして機槍戦トーナメントに出場するための技術を学ぶ学科。後者は械仕掛けの騎士マシンナリィ・ナイトについて研究するための学科で、将来の研究者、技術者候補である。


 当然クラスは分けられているが、共通科目はある。研究者志望であってもある程度乗って動かせないと理論と理屈だけの頭でっかちになってしまうし、騎士乗りも技術面を理解していないと自分の騎体の調整もできず、お話しにならない。機槍戦で稼げる職業騎士乗りともなれば、専門家に依頼したり雇ったりすることもあるが、それでも最終的な調整は騎士乗り本人の仕事だ。


 学生の身では専門家に依頼することはできないので、無難に設定されたデフォルトのままか、自分で調整するのが普通だ。だが、時々モーションパターンの構築などを、研究科の学生に個人的に頼むこともある。




「私はチョット趣味でネ」


 と、六花はひかえめなことを言っているが、実は彼女は技術面でも類稀な才能をもっていた。




 六花=ヴァシュタールは中東の小国の生まれで、国家元首よりも力があるとも噂される富豪の娘である。


 彼女の祖国は国土も狭く、近隣の国と比べて石油埋蔵量も少ないため、あまり国力は高くない。だが、ここにきて彼女の協力を得て、国内の作業用パワードスーツ『マシンナリィ・ワーカー』のメーカーが一気に逆転を狙っていた。まだ学生である六花に助言を求めるため、たびたび祖国の企業から連絡がくるくらいである。




「碓氷先輩が行きそうな場所、ご存知ですか?」

「んー、屋上じゃないカナ?」


 すぐに答えが返ってきた。それはつまりどこに行ったか心当たりがありつつ、あえて探さなかったということでもある。


「ボクが行って大丈夫でしょうか?」


 当然、そういう疑問が出るわけだが、返ってきた答えは実に気楽でいいかげんだった。


「知らないフリして行っちゃえば?」

「いいのかなぁ」


 しかし、話をしておかないといけないこともあるし、愛理の様子も気になる。昴流は六花の提案に乗ることにした。





 屋上に行ってみる。


 が、しかし、その屋上に通じるスライド式のドアの前で立ち往生してしまった。鍵がかかっていたのだ。


「ということは、ここじゃないのかな?」


 一度そばの液晶に触れてスリープモードを解除し、操作パネルを呼び出してみたが、どうやら暗証番号かマスターのカードキィがないと開けられないようだ。


「……」


 愛理がここにいなくても、屋上という場所には興味がある。昴流は少し考えてから、再度パネルに手を伸ばした。触れて数秒――ピッ、と小さな音がしてドアが開いた。魔術で開閉機構に干渉したのだ。


「おー、ここが屋上か……げ」


 軽い感動の途中、思わずうめき声を上げてしまった。


 すぐそばに人がいた。少し髪が揺れたら首筋が見えるほどのショートヘアの後ろ姿は碓氷愛理のものだ。彼女は屋上を囲む柵のそばで景色を眺めていた。風に短いスカートがなびいて、大人っぽいデザインの下着が見え隠れしている。


「っ!?」


 昴流は慌てて顔を背けた。


 同性だけの環境だと女の子っておおらかだなあぁ、というのが学生寮で同年代の異性のいろんな姿を見てきたここ最近の昴流の感想である。寮にいればラフな普段着から寝る前や寝起きのパジャマ、果ては風呂上がりのTシャツ姿まで、何でもありだ。夜の遅い時間はなるべく出歩かないようにしているのだが、部屋は部屋であの調子の火煉がいる。そろそろ女の子こわいになりつつあった。


 尤も、今の愛理の場合は、ここには同性どころか誰もいないと思って頓着していないのだろう。


「おや、そこにいるのは我が麗しのマリア姫じゃないか。この哀れな騎士めに何か用かな?」


 先ほどの「げ」が聞こえていたのか、愛理がこちらに振り返り、昴流を見つけた。その彼女の顔にトレードマークのタトゥーシールがないことに気づく。


「その言い方、やめてほしいんだけどなぁ」

「これは失礼」


 しかし、これが自分に向けられたものでなければ、素直に恰好いいと思う。しかも、美人だ。恰好よくて美人。憧れる同性も多いことだろう。


「それにしても、ドアには外から鍵をかけたはずなんだが」

「え、そうなんですか? 普通に開いてましたよ?」


 昴流はとぼける。


「ということは、かけたつもりでかかってなかったか、そもそもかけ忘れていたか。どっちにしろ私らしからぬ失敗だな」

「ここって普段は鍵がかかってるんですか?」


 魔術という裏ワザを使った昴流は、心の中で謝りながら話を変えた。


「そう。私は単に暗証番号を知ってるだけ。でも、学生が許可なく出てはいけないから、見つかったら怒られる」


 苦笑交じりに言う愛理。そのわりに見つかりそうな場所に立っていたあたり、あまり周りに気が向いていないようだ。


「何か考えごとですか?」

「……」


 昴流の問いに、愛理は深々とため息をひとつ吐いてから話しはじめる。


「マリア、私はそんなに驕っているだろうか」


 最初のひと言はそれだった。


「私は間違いなくキルスティンで最強だ。学園で誰よりも成績を残しているし、火煉や茉莉花との模擬戦でも勝ち越している」

「でも、上には上がいます」

「そんなことは百も承知だ!」


 愛理の発音が、昴流の言葉の終わりにかぶさる。我知らず荒くなった語気に自分でも驚いたのか、愛理ははっとした後、小さく深呼吸した。


「これでも去年と一昨年、学園の外では辛酸を舐めさせられたからね」


 苦笑ひとつ。


「でも、努力して得た結果を誇って何が悪い? 私は……間違っていない」


 愛理は断言する。

 自信があるのだ。才能の上に努力を重ねて得た結果を揺るぎない自信の根拠にして、彼女は誰に恥じることなく己を誇りに思っているのだ。


 でも、同時に、今はもやもやしたものを抱えているのも事実だ。先ほど自分を指して『哀れな騎士』と言ったのも、そこに起因しているのだろう。


「……碓氷先輩、ボクと機槍戦トーナメントで戦いませんか?」


 だから昴流はそうもちかける。


「ああ、君は火煉の代わりに驕る私を叩きにきたんだったね」


 そのことを思い出し、愛理は不敵に笑う。できるものならやってみろという、隙あらば喰い殺さんばかりの強者の笑みだ。


「そうでしたね。でも、それ以上にボクが碓氷先輩と戦いたいんです。もちろん、火煉さんに頼まれたこともちゃんとやりますけどね」

「つまり、私に勝てると?」

「そのつもりです。すぐそばにも勝てない人間がいることをおしえてあげますよ」


 途端、愛理は堰を切ったように笑い出した。もやもやしたものが晴れ渡る青空に消えていくような勢いだ。


「これは大きく出たな。でも、嫌いじゃない。君が男なら惚れてたよ」


 結局のところ、昴流も愛理も、強い騎士乗りナイトヘッドがいれば挑まずにはいられないのだ。


「それで、いつやる?」

「日時は火煉さんが今、申請を出しています」

「そうか。……《運命の三女神の過去ラケシス》と《悪夢姫ナイトメア・マリア》の戦いか。これは人が集まりそうなカードだ」

「ただし、」


 今度は昴流が愛理の発音にかぶせる。


「人は入れません。戦うボクと碓氷先輩だけです」

「……」

「……」


 ふたりはしばし見合った。


 愛理は心の奥を見透かすような視線を昴流に向け――昴流はそれを真っ向から受けとめた。


「なるほど。ギャラリィなしで、ね。マリアには秘密がありそうだし、それが理由かな?」

「……」

「いいだろう。その条件で受けてたとう」


 こうして昴流と愛理の試合は決まった。




                  §§§



 ちょうどそのころ、火煉は闘技場アリーナの使用申請を南郷良子に提出していた。


「久瀬マリアと碓氷愛理で機槍戦トーナメント?」

「はい」


 女軍人の如き麗人、南郷は申請書をその冷たい眼差しで見つめる。


「しかも、非公開か」

「正確には私と茉莉花がいますが」

「ひとつ条件がある」


 おそらくマリアの人気は彼女も聞き及んでいることだろう。この一戦を見たいと思う生徒が多いことは想像に難くない。人気云々を抜きにしても、レベルの高い模擬戦を見ることはよい影響を与えるはずだ。それでも南郷はそこには触れず、言葉を継いだ。


「私にも見せろ」


「先生が、ですか?」


 火煉は思わず問い返す。


 南郷は騎士乗りナイトヘッドの育成と教育には熱心だが、授業の外での生徒の行動にはあまり興味を示さないのが常だった。故に、先のようなことを言うのは珍しい、


「久瀬マリアには私も興味がある」


 そして、さらに珍しいことに、彼女はそう言って薄く笑ったのだった。

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