第9話 #4 その兵士の名は
それは漆黒の『巴御前』とはまるで対照的な白銀だった。
だが、この騎体はどうだ。
輝く白銀。
曲面を多用した装甲。
まるで芸術品だ。これまでの
異質なのはそれだけではない。
「ははっ、なんだその小さな騎体は」
男たちにも芸術を理解する感受性は持ち合わせていたらしく、火煉同様白銀の機体に目を奪われていたが、やがてはっと我に返り、思い出したように嘲笑した。
そう、小型なのだ。
現行の
「そうか。こういうかたちで持ってるとは思いもしなかったのか。これじゃ見せた甲斐がないなぁ」
昴流は男たちの反応を見て、残念そうにつぶやいた。
「あ、あれは……!」
だが、火煉は知っていた。
見たことがある。もちろん、直接見たわけではなく、ネットワーク上の情報として知っているだけではある。だが、間違いない。
「でも、そんなはずは……」
この不可解な事態を理解し、絶句する火煉。
その隣で奏音が静かに微笑んでいた。
昴流はバイザーに投影される情報を確認がてら、最適な武器を選ぶ。
(『花葬』は論外。『孔雀』もあるけどこれもパス。あとは『Lu;na』に……よし、これだ)
彼はおもむろ何かを握る動作をする――と、それに合わせてそれが手の中に実体化し、現れた。しっかりと握りしめる。
それはひと振りの剣、いや、刀だった。
ビーム刃ではなく、今ではほとんど見ることのなくなった実体剣。柄がある程度長く取られているので、長巻と呼ぶべきだろうか。それでも長さは約二メートル、今の昴流と同じほどもあった。それでいて機械的で未来的なデザインをしている。
昴流は長大なそれ――近接兵装『物干竿』を確かめるように片手で二、三度振ると、その切っ先をリーダーの男にぴたりと向けた。
「覚悟はいい? 少しつき合ってもらうよ」
「バカが。状況を見てものを言えと言っているのだ」
直後、男たちは持っていた携行火器をそろって昴流へと向けた。アサルトライフルにショットガン、マシンガン、皆バラバラだ。唯一共通しているのはすべて実弾兵器だという点か。
その銃口がいっせいに火を噴く。
「……スクワイア04、起動」
だが、昴流がそう静かに告げると、次の瞬間、彼の正面に二枚の大盾が出現した。それらは互いに共鳴するようにして力場を形成すると、横殴りの雨の如き銃弾の雨霰を完全に防ぎきってしまった。
あまりに堅牢な防御に言葉を失う男たち。
さらに、
「……スクワイア08」
シールドが消えたとき、その向こうには広げた左右の手に細長いブーメランを持つ昴流の姿があった。少し指を動かすと、まるでトランプの演技のようにそれが四つずつ、計八つに分かれる。
「いっけぇ!」
ダンッ、と踏み込み――そして、投擲。
飛び立ったブーメランは、八騎の"クファンジャル"にひとつずつ、狙い違わず直撃した。当たりどころが悪かったものは持っていた火器を取り落してしまう。
「は、速すぎる……!」
男が驚くのも無理はない。現行の
これがこの機体の固有兵装、随伴兵器群『Lu:na』だった。
『Lu:na』は状況に応じて、飛行砲塔、物理装甲盾、対魔術鏡面加工盾など、いくつかのユニットに換装することができる。ブーメランもそのひとつだ。かつては作戦内容によってあらかじめ換装していたらしいが、現在では量子化技術が進んだことで瞬時に切り替えることも可能となっていた。
そして、最大の特徴が思考と直結していることである。
換装の際にはキィワードが必要だが、起動後の操作は思考だけで行える。それは既存の遠隔操作ユニットとは一線を画す技術だった。現行のその系統の武器は「目標を攻撃する」「攻撃を防ぐ」といった簡単な命令を実行するだけにすぎず、臨機応変さはない。命令や目標を変更すためには一度手もとに戻し、再設定する必要があるのだ。
だが、昴流の機体なら思考がダイレクトに反映されるので、手を離れた後でも目標や行動を修正するとこができる。ブーメランが高い命中率を見せたのも、彼の意思による補正がかかっているからだ。
昴流は帰ってきたブーメランをキャッチすると、先の巻き戻しのように四枚を一枚にし、量子化して格納した。
そして、手放していた『物干竿』を再び手に取ると、リーダー騎に向かって突っ込んだ。
「う、撃てっ」
その怒号じみた命令に男たちは、またいっせいに銃口を昴流の機体へと向けた。銃を取り落していたものは慌てて拾い上げる。
だが、
「ぅおおっ!」
それよりも一瞬速く、昴流が長巻を一閃。
技巧の欠片もない力にまかせた一閃は剣圧を
間髪を容れず、昴流は地を蹴る。
「ハッ!」
刹那の拍子にリーダー格の男へと肉迫すると、長大な長巻で斬りつけた。
一方の男もアクションサービスの一部隊を任されるだけあって、黙って斬られはしない。持っていた携行火器とシールドエネルギィの半分を犠牲にたものの、咄嗟の防御で致命傷は辛くも避けていた。
退がる昴流。
そこに再び銃弾の嵐が襲ってきたが、先ほどの二枚の物理装甲盾を喚び出し、無傷のまま距離を取った。
高い機動性。
特筆すべきは、その移動方法だ。
滑るように移動しているが、地上での標準的な高速移動の手段であるローラーダッシュではない。ホイールは装備すらされておらず、よく見れば足の底面は地面に接地していないことがわかったはずだ。
「
男の言う通り、反重力装置はすでに失われた技術のひとつだ。今の
「いったい何なんだ、その騎体は!?」
規格外の性能を持つ遠隔操作ユニットに失われたはずの反重力装置……。超技術を立て続けに見せつけられ、男は思わず声を荒らげていた。
「これはね、
「ッ!?」
その単語でようやく理解した。
「そうか、それが……」
「タクティカルトルーパー、『ハイペリオン』……」
火煉は信じがたい思いで、その言葉をつぶやいた。
約二十年前、世界中にバラまかれ、各地で紛争と内戦を引き起こした悪夢の超兵器――それがタクティカルトルーパー。そして、その中にいくつかの高性能機があった。『ハイペリオン』もその一機だ。
「正確には、昴流に合わせてカスタマイズした『ハイペリオン改』ですが」
と、奏音。
そこで火煉はあることに気づき、奏音へと顔を向けた。
「でも、今ではもうタクティカルトルーパーはつくれないはずよ」
そう、現在タクティカルトルーパーは生産不能である。なぜならオペレーションシステムのブラックボックス化された部分に仕込まれた自壊プログラムが作動してしまうからだ。そのオペレーションシステムを利用する限り、新しく機体を組んだとしても必ず機能不全に陥る。しかも、製作者があまりにも突出した能力の持ち主だったため、その死後二十年たった今でも解明、除去できていないのが現状である。
諦めて新しくプログラムしたオペレーションシステムでタクティカルトルーパーを組んではみるものの、オリジナルを使った機体の半分の性能も出せず、それはもはやタクティカルトルーパーと呼べる代物ではなかった。
「ええ。でも、『ハイペリオン改』は自壊を無効化できます」
この『ハイペリオン改』には自壊回避プログラムとも呼ぶべきものが搭載されていた。だから、オリジナルのオペレーションシステムを使用でき、ひいては高性能遠隔操作ユニット群『Lu:na』や反重力装置を制御できるのである。
そして、それこそが科学アカデミーが喉から手が出るほど欲しがっているものだった。
「この『ハイペリオン改』はタクティカルトルーパーであり……」
昴流は自分の感覚を『ハイペリオン改』のハイパーセンサを同調させ、セカイへと向けた。
(セカイの把握――構文の構築――記述――……)
すっと手を胸の前にもってくる。
「降臨・火之迦具土!」
そのまま何かを握り潰すように、拳を固めた。
と同時、八つの爆発が起こった。それもすべて"クファンジャル"の表面装甲上。まるで何かの攻撃が着弾したかのようだ。
「こ、今度は何だ!?」
「忘れたのかい? 僕が魔術の徒だということを」
騎士ではなく兵士。
故に、騎士道精神やルールに則った仕合ではなく、あらゆる状況で戦える仕様になっているのである。例え一対多の戦いであっても、猛攻のしのぎ切り、敵機をまとめてロックオンするだけの圧倒的性能を持たせてあるのだ。
そして、この『ハイペリオン改』は、タクティカルトルーパーであると同時に、『巴御前』以上の魔術騎でもあった。
火煉は言葉を忘れて見入っていた。
現行の
それが『ハイペリオン』。
そして、それを駆るマリア……。
「さすがね、昴流」
その隣で奏音が満足げにうなずいた。
「すばる……?」
だが、火煉は不思議なものでも見るかのように奏音に目をやり、その名前を鸚鵡返しにする。
「兄の名前です。聞いてませんか?」
「え? ええ、そうね……」
曖昧に答え、前を向く。
「今のは魔術?」
二重の意味で我に返った火煉は、内心の動揺を巧みに隠し、奏音に問いを投げかけた。
前に『巴御前』と戦ったときにあれによく似た攻撃を見たことがある。実体でもなく非実体でもない、どこからともなく前触れもなしに襲ってくる攻撃――。あのときはいきなり上空から雷撃を落としてきた。
「そう。熱素を利用した魔術です」
「熱素?」
答える奏音の言葉の中に、初めて聞く単語があった。
「エーテル以上に架空の元素ですね」
十七世紀、熱理論を説明する上で唱えられた説のひとつが『熱物質説』だ。熱素とはその説の中で予言された元素のことである。目に見えない、重さのない物質で、これが流れ込むこと物体の温度が上がり、流れ出て減少することで冷えるのだと言われた。
昴流は魔術でこの熱素を生成し、一点に大量のそれを瞬時に流入させることで爆発を起こしたのである。
敵"クファンジャル"の半数、四騎が崩れ落ち、光の粒子となって散った。あまりのダメージにシールドエネルギィを使い切り、強制解除されたのだ。
それでもまだ四騎残っている。
「私もいくわ」
数的不利は未だ続いているのだ。マリアの加勢に行かねば。幸い『グラキエス』は持ってきていた。
「ダメです」
だが、足を踏み出した火煉の二の腕を掴み、奏音が引きとめた。
「ここは昴流に任せてください……と思ったけど、どうやら任されるべきは私のようですね」
「え?」
見ればリーダー機以外の三騎が満身創痍のまま、こちらに猛然と向かってきていた。
すっと一歩、奏音が前に出た。
「昴流に敵わないとわかって、こっちを狙うつもり?」
不敵に苦笑、いや、冷笑する。
彼らはふたりを人質にするつもりなのだろう。確かに人智を超えた技術、不可解な技を使う昴流よりは、生身の少女のほうが相手にしやすく見えたことだろう。たとえひとりが
だが、その考えは甘いと言わざるを得なかった。
ローラーダッシュでこちらに突っ込んでくる
「……潰れなさい」
そして、まるで叩きつけるようにして掌を振り下ろす――と、三騎の"クファンジャル"は見えない何かに押し潰されるように崩れ落ちた。そのまま動けなくなる。
久瀬奏音。
彼女もまた、兄・昴流と同じく魔術の徒だった。分類は第一区分がやはり『
魔術と科学は不思議な関係にあった。
現在、魔術の素養の有無は科学的に裏付けされた適正試験で調べることができる。書籍館学院がまさしくそれを導入していた。逆に科学者たちが存在を予言した物質や素粒子を魔術の徒たちは知覚し、利用しているのである。
ミシミシと騎体各部を軋ませていた三騎の"クファンジャル"は、やがて耐え切れなくなって砕け散るかの如く、光の粒子となって霧散した。
「しばらく潰れてなさい」
そして、奏音はそのまま魔術を固定してしまう。騎体を強制解除されても、男たちは標本のように地べたに貼りついたままだった。
奏音が足を踏み出す。
「行きましょう」
彼女はあえて無様に地に這いつくばる男たちの間を悠然と歩いて、昴流のもとへと向かった。火煉も後に続く。
「昴流、もう終わらせませんか? 時間がもったいないです」
「うん、そうだね」
余裕の表情で言葉を交わす久瀬兄妹。
「……」
火煉はそんなふたりを見て唖然としてしまう。
何なのだろうか、このふたりは。失われたはずの兵器を駆る兄に、
一方、ひとり残ったリーダー格の男は、悔しさを顔ににじませていた。まさかアクションサービス八人八騎を投入しながら、たったふたりに手も足も出ずここまでしてやられるとは思いもしなかったのだろう。しかも、ひとりは生身の少女だ。
昴流は重心を落とし、長巻『物干竿』を左の腰に構えた。……鞘はないが居合の構えに似ている。
すっ、と姿勢が前に傾く。
くるか――男がそう思ったときには、だが、もう遅かった。まさしく瞬きのうちに昴流は男の目の前に踏み込んでいた。
緩。
昴流は男の顔を見て、笑みを浮かべた。好戦的で、獰猛にさえ見える笑みだ。
そして、急。
抜き打ちの要領で一撃。
いや、それだけでは終わらない。
さらに二撃目。
続けて、三、四、五、六……そして、七。
刹那の七斬。
敵"クファンジャル"に七つの斬撃を叩き込むと、そのまま向こう側へと斬り抜けた。
反重力装置に制動をかけて振り返れば、ちょうど"クファンジャル"がダメージ超過で騎体を強制解除されるところだった。かすかに何かが砕ける音も聞こえた。あまりのダメージの大きさに過負荷で
光の粒子が散った後には男がひとり、片膝をついていた。
昴流も『ハイペリオン改』を解除。光の粒子を再びピンキーリングに吸い込ませながら男に歩み寄る。
「まさかすでに搭載していたとはな……」
「そういうこと。これがいちばん安全だかららしいね」
自壊回避プログラム。
タクティカルトルーパーを機能不全に陥らせる自壊プログラムを無効化するのがこれである。昴流は母から、これを搭載した『ハイペリオン改』を受け継いだ。
強大な力だ。
現行の
突然、男が昴流に飛びかかった。
「そいつを寄越せ! そうすれば今度こそ科学が……がはっ」
だが、男が昴流に手をかけるよりも早く、昴流の拳――冲捶が男の腹にめり込んでいた。意識を失くした体がずるずると崩れ落ちていく。
「……絶対にお前たちには渡さない」
これを昴流に託した母は言っていた。
この『ハイペリオン改』がタクティカルトルーパーの最後の一機であると確信できるまで、これを守れ、と。
そして今日、自分で使ってみてわかった。……これは二度と世に出してはいけない力だ。
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