第2話 #2 キルスティン女学園
キルスティン女学園という名の学校がある。
東京湾上に建造された
同様の機関はこの人工島学園都市にいくつもある。ひと昔前までは純粋な
キルスティン女学園は、その名の通り女子校である。まだ
果たして、そんな生温いことを言っていて大丈夫なのだろうか?
そこは一長一短と言える。
実際、女子校らしい華やかでふわふわした部分があり、かつては兵器だった歴史をもつ
・一騎打ち、団体戦、乱戦
・空戦ステージ、陸戦ステージ
・出力制限、武器積載量制限
・年齢制限
それらの中には、男女比にして男性の三分の一から半分程度しかいない女性
その女子の部に出場するならキルスティンでも十分だし、学校側もそこに主眼を置いている。であるならば、むりに男子生徒とともに学ぶ必要はない。
しかし、その一方で専門の養成機関顔負けの高い意識をもつ生徒も多くいる。
彼女たちは女子の部だけに留まるつもりはなく、性別制限のない種目の出場を常に視野に入れ――そして、例外なく実力のある
在学生の中でその最たるものが、《
§§§
さて、
位階は
この学校では
火煉はこの位階の最上位である女王級であり、先にも触れた《
つまり、このキルスティンの三強の一角である。
――火煉は今、学生寮の自室で
部屋に備えつけられた端末から学園の学生ポータルサイトにアクセスし、申請書をダウンロード。そこに必要事項を入力していく。
闘技場は演習場とは別に建造された、公式ルールに則った
明日、火煉はマリアと名乗ったあの少年と
「……書けたわ」
間違いや不備がないことをモニター上で確認してから、プリントアウトした。
これを明日の朝一番で提出する。使用当日の申請になるが、遅い時間を設定しているので大丈夫だろうと踏む。そこには自分が先生からの信頼も篤い生徒であるという計算が少ないながらもあった。
申請書を伏せて机の上に置き――時計を見ると時刻はもう七時を回っていた。
火煉は部屋を出た。
キルスティン女学園の学生寮は、ふたりでひと部屋使う二人部屋だが、火煉はひとりで使っている。理由は特にない。ただ単に寮の全室が埋まるほど寮生がいないだけだ。だから、ひとりで広々と気兼ねなく使っている生徒もいれば、仲のよい友人同士で入居している生徒もいる。おかげでルームメイトと喧嘩したからしばらくほかの部屋に厄介になる、なんてこともできるのである。火煉には関係のないことだが。
キルスティンのように一般の教育カリキュラムと並行して
なお、先は"野暮ったい"と説明したが、このキルスティンに限ってはそうでもない。さすが女子校というべきか、デザインや設備の充実ぶりは一般的な学生寮のイメージとは一線を画すものがある。火煉もそこをわりと気に入っていて、好んで寮生活を送っているのだった。
火煉が部屋を出て向かったのは、三階建てのこの寮の一階にある食堂だった。これから夕食なのだ。
七時と言えば、寮生が食堂を利用するピークをとうに過ぎた時間だが、それでも数人の生徒がまだ残っていた。どうやら食べ終わったものの、各階の中央にある
それを横目に見つつカウンタへ行き、遅い時間にきたことを謝って食事を受け取る。
空いている席に腰を下ろそうと、トレイを持って彼女たちのそばを通ると、その輪の中心には一冊の雑誌が置かれているのが見えた。話題はそれらしい。
「あ、鳥海さん。今からですか?」
そこでようやく中のひとりが火煉に気づき、声をかけてくる。
「ええ。あなたたちはずいぶんと盛り上がっているようね」
「これです、これ」
また別の少女が雑誌を取り上げると、中の記事ではなく表紙を火煉に見せる。
そこには艶やかでやわらかそうな色素の薄い髪に、涼しげな二重の眼をした少女が写っていた。紙面の半分以上を顔が占めるアップショットながら、細面の小顔であることが容易に想像ができる。頭に"絶世の"とつけてもいいほどの美少女だ。
彼女がたたえる微笑みは優しげで、それでいてどこか挑戦的で――、
「今話題のナンバー1シンガー、カノン! ……あ、ここどうぞ」
その少女は席を譲ってくれた。彼女が座っていたのは、この輪の中心の席。少女たちにとっては、火煉を中心に据えるのは当然のことなのだろう。
そこに座るとそばに雑誌が置かれ、火煉は改めてそれを見た。芸能関係にそれほど興味のない火煉でも知っている。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの、弱冠十六歳の
「知ってる? カノンって
「あ、それ聞いたことあるかもー」
「え? じゃあ、魔法使いってこと?」
"魔法使い"とは、普通の人間が魔術の徒を指してよく使う言葉だ。別に侮蔑や差別的な意識の現れではなく、単に自分たちとは違う人間という程度の意味合いだ。
「でも、あそこって国際教養科もあるんでしょ? もしかしたらそっちじゃない?」
盛り上がる寮生たち。
その横で火煉は、自分とあまり変わらない歳で名前も似ているな、と思っていた。
「あ、私は断然、火煉様ですから! 芸能人にだって負けてませんよ!」
「まさか。私はこんなに華やかじゃないわ」
火煉は思わず苦笑する。
どうやら彼女たちは、いわゆる火煉派だったようだ。
キルスティン女学園が誇る三人の
困ったことに、彼女たちは熱狂的すぎて、時折衝突することがあるのだった。特に火煉派と《
なお、《
実のところ、当の三人は別に取り巻きがほしいわけでもなければ、覇権争い、勢力争いをしたいわけでもないのだが……。
「あ、そうそう。聞きましたよ。夕方のこと」
「ああ、あのことね」
すぐに思い当たると同時に、もう広まっているのかと密かに嘆息する。情報社会の怖さを思い知ればいいのか、女子高生ネットワークの通信速度に呆れればいいのか。
「ひったくりを捕まえたんですよね。さっすが鳥海さん」
「あれはわたしじゃないわ。一緒にいた子よ」
「はいはい。あたし知ってます」
端のほうに座っていた少女が、手を上げて自己アピールしつつ発言する。
「空手の達人で、あっという間にやっつけちゃったんですよね」
まぁ、それが概ね正しいだろうか。
「一緒にいた子って、いったい誰なんですか?」
「え?」
思わず言葉に詰まる火煉。そう言えば、まったく何も知らないことに、今さらながらに気づいたのだった。
「この学校の子じゃないから」
言外にそれ以上は聞かないでと含めつつ、そう誤魔化す。
火煉があの少年について知っているのは、マリアという名前だけ。女の子ではなく少年であると知って尚、その名前に違和感を感じなかったが、もちろん、それも偽名だろう。
せめて名前だけでも聞いていれば、ランキングに載っているか調べられるのだが。
国内の
もしランキングに名前が載るような
また、名のある
そんなことをされたら戦う前に対策を立てられるのではないかと思うかもしれないが、対策に対して対策を用意してこそ一流というものだ。対策を用意されたのなら、さらなる対策を出して封殺するまでである。火煉とてランカーの端くれ。苦手な展開を自覚し、そこに追い込まれたときを想定して打開策のひとつやふたつ用意している。
また、上位ランカーの中には、二騎目、三騎目の
火煉は明日の
マリアはどんな騎体を持ち出してくるのだろうか。まさか昨日のような
だが、一方で不安もある。
昨夜、不意や隙を突かれたわけでもなく、正面切って、あっという間に一本取られてしまった悔しさから、思わず勝負を吹っかけてしまった。だけど、マリアはちゃんときてくれるだろうか? 確かにそのときは勝負を受けてくれたが、それがその場しのぎの嘘ではないという保証はないのだ。
やはり名前だけでも聞いておくべきだった、と今さらながらに後悔してももう遅い。どうやら信じて待つしかなさそうだ。
火煉は我知らず、もの憂げなため息を吐くのだった。
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