ガールズ・オン・マイ・マインド
まきりょうま
第1話 真っ赤なボディコンの女の子
「目障りなんだけど。」
「え?。」
彼女が初めにそう言った時、あまりに小声だったので太一は聞き取れなかった。
「目障りだって言ってんだよ。」
彼女は今度は怒鳴った。とても腹を立てているのだ。太一はすまない気持ちでいっぱいになった。自分が、女の子にとって目障りなのははわかっていた。それなのに、ずっとそばにいたから彼女を怒らせてしまったのだ。でも、彼女は酔いつぶれていた。真夜中の街中で、そんな女の子を放っておくわけにはいかなかった。太一は困り果てた。今夜ここに来るべきじゃなかった。つくづくそう思った。
今日の夕方、都築から電話があった。T女子大と今夜合コンをやるんだが、男が一人足りないと言う。「俺と田中でメンバーを集めてるんだが、都合の合う奴がいないんだ。困ってるから助けてくれよ。」と都築は言った。都築と田中は、高校時代の顔見知りだった。実を言うと、太一は二人のことが好きではなかった。おまけに太一は、酒がほとんど飲めなかった。それなのに、太一は行くと答えてしまった。もしかしたら、女の子と話ができるかもしれないという、ほぼ可能性のない期待のために。
約束の時間に店に着くと、都築の名前で10人掛けのテーブルが用意されていた。お店は、大通りに面したビルの地下1階にあった。太一が予約席の端に座っていると、すぐ後に都築と田中、それから知らない男が二人現れた。
「よお、久しぶり。」と、都築が太一に挨拶した。田中は何も言わず、振り返って店の入り口をずっと見ていた。知らない男たちは、太一に名乗ることはなかった。太一の存在を完全に無視していた。
「Y美ちゃんは、俺が行くから手を出すなよ。」と田中が言った。
「マジかよ。じゃあ、俺はT子狙いにしとくよ。」都築が、渋々という様子で答えた。
都築と田中は、高校時代サッカー部だった。太一の知らない二人は、彼らの後輩だった。4人とも、スポーツ選手らしい短髪で、冬なのに日焼けしていた。肩幅が広く、スラリと痩せていた。示し合わせたようにブルージーンズを履き、上着は流行っている米軍仕様の皮ジャケットだった。
対する太一の容姿は、ひどいものだった。丸顔でボザボサの髪を中途半端に伸ばし、体型はドラエモンそのものだった。太っているせいで、短い足がさらに短く見えた。薄汚れた黄土色のダウンジャケットを着て、下はしわくちゃのチノパンに履き古したスニーカーだった。しかし、最大の問題は太一の顔だった。
太一の鼻は団子鼻で上を向き、鼻の頭はいつもピエロのように赤かった。しかし、それは大したことではない。太一はいつも、口を半開きにして目を細めていた。眉間にしわを寄せて目尻を下げ、まるで何かに怯えるようにおどおどと不安げな表情をしていた。その表情は、見た者をとても居心地悪くさせた。できることなら見たくないすらと思わせた。太一は、率直に言ってとても醜かった。
時間より少し遅れて、T女子大の女の子たちが現れた。彼女たちが奥の席に座り、5人対5人の合コンが始まった。太一がテーブルの一番端に座ると、正面には真っ赤なボディコンのワンピースを着た女の子が座った。彼女は、ストレートの長い髪を流行りのワンレングスにして、やたら濃いメイクをしていた。そして、かなり目立つ出っ歯だった。彼女のワンピースは驚くほどのミニスカートで、細く長い足はほぼ露わになっていた。彼女は席に座る時、一度だけ太一をちらっと見た。それっきり、二度と太一を見ることはなかった。
合コンの話題はスキーから始まった。まず、あちこちのスキー場の名前が挙げられた。どこに行ったことがあるだの、どこが好きだのと、参加者たちは争うように声を上げた。次にウェアや道具の話に移り、いろいろな製品メーカーの名前が話題にのぼった。やれ、誰がどの製品を持っているとか、いや別の製品がいいとか、そういった話だ。太一は、スキーを全くしたことがなかったので、何も言えなかった。仕方なくテーブルの端で黙っていた。
やがて話題は車へ移った。話題が変わっても、話の進め方はスキーと寸分違わず同じだった。某氏が何たらという車に乗っている、と誰かが言うと、いや別の車がいいと別の誰かが言った。さまざまな名前の車が挙げられ、参加者たちはそれにさまざまな批評を加えた。太一は、車のこともさっぱりわからなかったので、相変わらず黙っているしかなかった。世の中には、実にたくさんの車があるようだ。しかも、名前からはどんな車かさっぱり想像がつかなかった。
女の子たちは、そんな話がとても楽しいようだった。都築や田中が何か話すと、大袈裟なしぐさで笑った。決まり文句の「うっそー、ほんとー、やっだー。」を果てしなく繰り返した。あまりにも繰り返されるので、太一は紙ナプキンに「正」の字を書いて数えようかと考えた。しかし、あまりにバカバカしいのでやめた。
都築は男五人のちょうど真ん中に座り、田中は都築と太一の間に座っていた。都築と田中の正面に座っている女の子が、彼らが狙っている女の子のようだった。太一の正面にいる、真っ赤なボディコンを着た出っ歯の女の子は、そんな思惑など知らないので彼らに熱心に話しかけた。田中と都築が正面の女の子と話していると、彼女はそこへ何度も割って入った。
彼女が一番オーバーアクションだった。手を叩いて大声で笑い、ワンレングスの髪を毎回同じ仕草で定期的にかき上げた。それから彼女は、太一の前でひっきりなしにタバコを吸った。カメラ写りを気にするかのように気取ってタバコを咥え、次々に灰皿に押し込んだ。目の前に置かれた灰皿は、あっという間に彼女の真っ赤な口紅がついた吸い殻で一杯になった。その光景は、戦場のそばに作られた集団墓地のようだった。
ひっきりなしに酒が注文された。男たちは酒の強さを自慢したいのか、ビールや焼酎を大量に飲んでいた。ボディコンを着た出っ歯の女の子も負けていなかった。彼女は、都築と田中に何度もオーダーを頼んだ。
「田中くーん、スクリュードライバーお願い。」
「都築くーん、ギムレット頼んでー。」
彼女は二人に、自分がたくさん酒を飲んでいることをアピールしているかのようだった。
こうして、時間が経過していった。太一には、気の遠くなるような長い時間だった。目の前には、ウェイターが回収しきれなくなった空のグラスが、テーブルの上にボウリングのピンのように並んでいた。氷が全て溶けてもはや常温の砂糖水になったコーラをすすりながら、太一は孤独に耐えていた。誰にも話しかけられず、自分から話しかけることもなく、ただじっとしていた。
時計が22時を回ると、ボディコンを着た出っ歯の女の子は極端に口数が少なくなった。やがて目がうつろになり、彼女はとうとうテーブルに突っ伏して眠り始めた。明らかに飲みすぎだった。不思議なことに、他の女の子は彼女が眠ってしまっても誰も心配する様子を見せなかった。そのうち、女の子同士の会話から、彼女がT女子大の学生ではないことがわかった。彼女も、太一と同じ人数集めの一人だったのだ。
眠っている彼女を気にすることなく、会は続いた。誰が着ている服は何たらブランドだとか、いや別のブランドがいいとか、そういった話が疲労の限界まで続けられた。時計は23時を過ぎてから随分たっていた。やがて閉店時間になり、店を追い出されるようにしてこの会は終了した。勘定は男五人で割ることになった。
「次行くぞ。」
「うっそー。やだー。」
みんなで店の出口に向かいながら、サッカー部の後輩たちが女の子と騒いでいた。田中と都築は、それぞれ相手の女の子の肩に手を回し、歩きながら何事かを囁いていた。肩を抱かれた女の子は、顔を少し紅潮させながら彼らの話に耳を傾けていた。こうして、テーブルに誰もいなくなっても、ボディコンを着た出っ歯の女の子だけは眠り続けていた。太一は、地上に向かう階段の前で振り返り、彼女を待った。他の連中は、さっさと階段を上っていった。
彼女は、店員に肩を揺すられてようやく目を覚ました。明らかに狼狽した様子で、彼女は大急ぎで立ち上がった。鞄とコートを両手につかむと、みんなを追って店の出口に向かった。太一を追い抜き、階段を駆け上がって彼女は店の外に出た。外には出たけれど、そこで力尽きた。かろうじてコートを着ると、店の壁にふらふらと寄りかかった。寄りかかったまま、崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。そして、とうとう横になって歩道の上に寝込んでしまった。
都築は、自分の車を店の前に停めた。田中と、彼らのお相手の女の子二人が車に乗り込んだ。そして、どこかへ走り去っていった。多分ホテルに向かったのだろう。それくらいは太一にもわかった。彼らの後輩と他の女の子たちは、いつの間にかいなくなってしまった。太一は、眠っているボディコンを着た出っ歯の女の子と二人きりで店の前に取り残さることになった。
24時が近づいた大通りは、最終電車に乗ろうと駅へ急ぐ人で溢れていた。街灯が、辺りを煌々と照らしていた。その灯りの下で、彼女は自分の鞄を枕にして熟睡していた。ボディコンのワンピースが短いせいで、彼女の下着は丸見えだった。通り過ぎる男女の誰もが、彼女の下着を覗き込んだ。ある者は眉をひそめ、ある者は興味津々という表情をした。太一は、下着が見えていることに気づくと、着ていたダウンジャケットを脱いで彼女の両膝にかけた。そして、彼女の横に警備員のように突っ立っていた。
最終電車の時間が過ぎると、人通りはほとんどなくなった。大通りに面した店のほとんどが灯りを落とし、店員たちがシャッターを下ろしたり店の前にゴミを出したりしていた。辺りが寂しくなると、一気に冷え込んだ気がした。上着を脱いだ太一は、急に寒さを感じて震えた。そんな頃、やっとボディコンを着た出っ歯の女の子は目を覚ました。
彼女は上半身を起こすと、少しの間ぼうっとしていた。それから、太一が膝にかけたダウンジャケットを道の脇に放り投げた。
「田中くんは?。都築くんは?。」
「田中も都築も帰ったよ。」と太一は答えた。女の子を車に乗せて帰ったことは、伏せておくことにした。しかし、無駄だったと思う。とにかく、彼らは真っ赤なボディコンの彼女を選ばなかったのだ。
しばらく二人は黙っていた。彼女は、座ったまま下を向いて歩道のコンクリートをじっと見つめていた。ワンレングスの髪はすっかり乱れていた。引き締めた口元からは、出っ歯が少しだけ顔を出していた。その様子は、まるで川岸に佇むビーバーのようでとても愛らしいと太一は思った。
「喉乾いた。」随分たってから、彼女は下を向いたままボソッと言った。
「あ、ああ、ジュースだね。ちょっと待ってて。」
太一は周りを見回して、通りの向かい側に自動販売機を見つけた。道路を渡ってその前に行き、悩んだ末に温かいウーロン茶を買った。戻ってウーロン茶を差し出すと、彼女は無言で受け取った。そして、プルタブを開けてちびりちびりとウーロン茶を飲んだ。彼女の顔に、だいぶ生気が戻ってきた気がした。
「目障りなんだけど」
「え?」
彼女が初めにそう言った時、あまりに小声だったので太一は聞き取れなかった。
「目障りだって言ってんだよ」
彼女は今度は怒鳴った。とても腹を立てているのだ。太一はすまない気持ちでいっぱいになった。自分が、女の子にとって目障りなのははわかっていた。それなのに、ずっとそばにいたから彼女は怒ってしまったのだ。太一は困り果てて、いつものおどおどした泣きそうな顔になった。その表情のまま、太一は相変わらず彼女のそばに突っ立っていた。
「帰る。」
しばらくしてから、彼女は短くそう言った。それから、さらに一言付け加えた。
「お金ちょうだい。」
「え?。」
全く意味がわからず、太一が途方に暮れていると彼女はまた怒鳴った。
「タクシー代に決まってんだろ。常識だよ。」
彼女の勢いに押されて、太一は慌てて財布を開いた。中には五千円札が一枚だけ残っていた。太一は店を出るときに、都築に二万円支払っていた。お金が残っていて、太一は心底ほっとした。
その最後の五千円札を太一が差し出すと、彼女はそれをひったくった。それからよろよろと立ち上がり、太一には何も言わずに駅へ向かって歩き出した。太一はその場に立ったまま、離れていく彼女の後ろ姿を見つめていた。その足取りはゆっくりとしていたが、もうふらふらしてはいなかった。この様子なら多分大丈夫だろう、と太一は思った。
さて、この後太一はするべきことが二つあった。それは、まず彼女が放り投げたダウンジャケットを拾うこと、次にここから三時間歩いて家に帰ることだった。
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