罠 (4)
◆ ◇ ◆ ◇
飛鳥には、都を守る武将の家系がふたつあった。
そのうちの一つ、
でも、その晩、
山々に囲まれた飛鳥の都では、日が落ちるとほうぼうから鳥の声が響く。海鳥のように騒がしく鳴くこともなく、ほどよく遠くからかすかにきこえてくるので、さすがは大王の居ます都、鳥の鳴き声にすら品があると、物部の別邸に集まった男たちも、まずは都の夕景を褒め称える。
麁鹿火が集めた男は六人。物部一族の長をつとめる父、
一人、また一人と人が集まってくるのを、麁鹿火は奥であぐらをかいて待ち受け、六人すべてが揃うと口火を切った。
話したのは、難波へ遣わされていた
「河内の馬飼? あのようなさすらい者が恐れ多くも
まず生まれたのは、河内の馬飼という異賊を貶める声だった。それを、麁鹿火は説き伏せた。
「いいえ。馬飼の知恵はこの先なくてはならないものになります。それより重要なのは、馬飼の後ろにいるのが誰かということ。河内の馬飼だけでは、大王にさからうなど恐ろしいことはしないはずです」
「後ろで糸を引いている者がいる、と――?」
噛んで含むようにつぶやいたのは、大伴一族の長をつとめる男。名を、
館の中の暗がりのなかで、室屋は虚空を睨んだ。
「大王に刃を向けろと命じる男など、そうはいない。――高島の太子、雄日子様、か」
「おそらく……」
麁鹿火は、顎を引いた。
「今朝、難波から飛鳥へ急ぎ戻り、なにか変わったことが起きていないかと調べさせました。すると、あなた方を集めるすこし前に知らせがありました。今日、
「――なるほど。しかし……」
大伴一族の長、
「雄日子様の名は魔物のようなもの。飛鳥に災いをなす者の名として、いまや民にまで恐れられています。無理もありません。雄日子様の都、高島に何度討伐軍が向かったことか。帰ってきた者はほとんどいません。つい先日も賀茂の宮が焼かれたばかりです。しかし、そうやって討てずにいるまま、雄日子様の力は高島から賀茂へ、そして河内まで迫っているのです。さっきの話ですが、もしかしたら雄日子様はいま山背の秦王の離宮にいるのかもしれません。山背など、飛鳥の目と鼻の先ではありませんか。のんびりしているひまはありません。――俺に、雄日子様討伐の許しをください」
「しかし、麁鹿火……おまえはまだ若いのだ。悔しいが、雄日子様を討つ手だてはまだ見つけられておらんのだ。討伐軍は戻らず、呪術でも殺せない。呪術をかけた術者は行方知れずというし、雄日子様に関わって戻ってきた者すらろくにいないのだ。おまえまで失うわけには――」
「じゃあ、どうするんですか。雄日子様がもしも本当に河内の馬飼を手の内に引き入れていたとしたら、雄日子様は騎馬軍を手に入れたということになるんです。前以上に力が大きくなっているんです。このまま放っておいたら、いまに必ず飛鳥に仇をなす存在になります!」
はあ、と大きく息を吐いて、麁鹿火は脅すようにいった。
「せめて、様子を見にいかせてください。だいたい、これまで討伐軍を送ったとはいえ、兵を送るだけで策がなかったんだ。策がなければ兵は無駄に死ぬだけなのに――」
「口を慎め。討伐軍の長をつとめた者はみな戦に長けた武人だった。策はその者たちが考えていたはずだ。おまえが知らないだけで策がなかったのではなく――」
「いいえ。負けたのだから、いいわけなどできない。策がなかったも同然です。――俺にやらせてください。俺は力で押し通すようなことはしません。確実に追い詰められる策をかならず探します」
脅すようないい方をやめない麁鹿火に、
「やれやれ、若さだな。――わかった、麁鹿火。軍を出すことを許そう。だが、様子を窺うだけだ。おまえだけを討伐にいかせるわけにもいかん。おまえが出る時はわしらも出る時だ。総力戦の前の下調べをおまえに頼もう」
「はっ」
麁鹿火は笑みを浮かべて、頭を深く下げた。
大王に逆らう悪党、雄日子という男の討伐にとうとう自分も混じることができると、武者ぶるいを味わう。その男の手から、一刻も早く友人を救い出したいとも願った。
(いまならまだ……
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