姉は弟にゾッコンのようです
@invisible
第1話 強制加入
学校には、その学校の1つ1つに特徴があって、なかなか良いものだと思う。
僕が通う高校、私立銘海学園高校は、スポーツが盛んになり始め、サッカー部と野球部は全国大会に出場が決定し、それなりに有名になっている今注目の学校だ。
勉学も優秀で、東大(あずまだい)合格者を数十名輩出した進学校として、雑誌に取り上げられた程だ。
僕、秋風 翔は銘海学園に入学して3日が経ったが、既に学校が面倒くさくなっている。
入学して1週間は新入生オリエンテーションがあるから授業は無いのだが、部活紹介や学校のいたるところを紹介するので移動がやたら多い。
普段運動をしない僕には過酷な事で、昨日から筋肉痛になってしまった。我ながら情けない。
今日は珍しく移動が少ない日で、5時間目が終わった今、教室から一度も出ていない。筋肉痛の僕にはありがたい日だった。
今は放課後なのだが、自分の席から近い人達同士で話す事が増えてきている。
僕はまだ1人としか話して無いが……。
「よぉ、学校慣れたか?」
気安く声をかけてきた人は陽子宗 蒼(ひしむね そう)。隣の席で、茶髪がトレードマークの明るい人だ。
彼によると茶髪は地毛らしい。本当かはわからないが、一応信じてはいる。
「まぁ……なんとかね」
「そっか!てか、A組にいる娘可愛くなかったか!?」
陽子宗君は女の子が大好きで、毎回僕は彼の女の子話を聞くハメになっている。
「いや…見たことないんだけど」
「勿体無いなぁ〜。眼福だぞ」
入学して3日しか経ってないが、彼との会話には疲れてきた。
「なぁ、翔。アレ知ってるか?」
「アレって?」
唐突に話を変えてきた陽子宗君は僕にビラのような物を見せてきた。
「生徒会の募集だよ!今は会計と庶務を募集してるらしいぜ!お前も入ってみろよ!」
「無理」
「即答!?」
僕は威圧するかのように、陽子宗君に言い放った。
「何で僕が入んなきゃいけないんだよ。陽子宗君が入ればいいじゃん」
「いやいや、俺計算と雑用は嫌いなんだよ」
「だとしても僕は生徒会には入らないよ、絶対に」
「えー何でだよ。お前が入れば俺が生徒会の女の子と仲良くできるかもしれないのに」
「やっぱりそんな理由なのかよ……たらしじゃん、陽子宗君」
「バカ、男は誰だって女の子が大好きだろうが!俺はたまたまその度が過ぎてるだけだっつーの」
「それをたらしって言うんだよ…」
「まぁいいよそんなの。とにかく生徒会に入ってくれ!頼む!」
「絶対に嫌だ。何が何でも嫌だ」
「くそ……ひでぇ奴だ」
僕がここまでして生徒会に入らない理由は、入学式の日の事が原因である。
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『今から君たちは銘海学園の生徒として────』
銘海学園以外の言葉がテンプレセリフのオンパレードだった校長の話は、どの学校に行っても同じなのか?
そう思いながら僕は長ったらしい校長の話を聞いていた。
……のだが、僕は壇上近辺にいるある女子生徒の事が気になっていた。
気になってると言っても、別に好意を持っているわけではなく、その人のことを僕は知っているから見ていたのである。本当に好意なんか無い。
長く綺麗に整えられた黒髪。真っ白な肌。すらっとした四肢。僕はこの人を何十年も見てきた。
────そう、『姉』である。
姉が僕と同じ高校にいることは受験する前から知っていた。
親は信頼出来る姉と僕を同じ高校に入れさせて色々楽をしようとしていた。
銘海学園高校は兄弟共に入る人が多く、その理由はあとに入る生徒の入学金が半額になるからである。
僕はお金の為に姉のいる高校に入らされた。私立単願だから合格するのは容易いので良かったが…。
そんなことは置いといて、姉が壇上近辺にいるのは何故だろう。
新入生への挨拶?それは生徒会の人がする事だ。
僕への挨拶?それはただの変態だ。間違ってはいないから怖い。
美人だから?そんなの理由にならない。
様々な考えがあったのだが、正解には程遠い答えしか出なかった。
『それでは、校長の挨拶とさせて頂きます』
ついに終わったテンプレ校長の話。そんな事はどうでもいい。問題は次だ。
『続いて、新入生挨拶です。生徒会長、秋風 杏さんお願いします』
僕は不覚にもガタッ!と立ち上がってしまった。
「え……?嘘だろ……!?」
と驚きの声をあげていると、新入生が座っている方からドッ!と笑いが出てきた。
「なんだ?恋でもしちゃったか?アハハ」
少なくともこんな人に僕は恋をしない。
僕は姉を睨みながら静かに座った。
『新入生の皆さま、ご入学おめでとうございます。ここで過ごす3年間は、とても短いです。勉学、スポーツ、恋愛。全てを全力で楽しんでください!あなた達にはそれをする義務があります!一度しかない高校生活、是非楽しんでくださいね!』
まさか、姉が生徒会長をやっていたとは……僕はその時現実を受け入れることができなかった。
確かに僕が中学時代、姉が自宅に帰ってくる時間はいつも6時半から8時前だった。
それは姉のクラスによる遅い帰宅だと思っていた。
銘海学園では、1年生から自分に合った学力や得意教科で授業を受けることが出来るようになっている。
例えば文系が得意な人だったら、1年の6月辺りから文系教科を主体とした特別授業を行うことが出来る。
姉の頭が良いということは知っていたので、良いクラスで難しい授業を受けているのだな。そう思っていた。
今思えば、授業は早い時間に終わっていて、そこから帰る時間までは生徒会活動をしていたのだろう。
何故僕はずっと姉が生徒会に入っていることに気づかなかった?
僕はずっと、その事を入学式の時に悩んでいた……。
===========================
「入学式の日、僕新入生挨拶で突然立ち上がったでしょ?」
「ん?それお前だったのか」
「まぁそれには色々理由があって……」
全く知らない様子なので、僕は陽子宗君に全てを話した。余す事なく、全て。
「うむうむ……って…はぁぁ!?姉が生徒会長ぉ!?」
陽子宗君は驚くあまり、寄りかかっていた椅子から落ちた。
「でもよぉ、それって羨ましいよな。どこのラブコメ展開だよ」
「いや別に……姉さんが生徒会長なんて知らなかったし」
「知らなかった!?こりゃすげぇご都合展開だな!普通知ってるだろ。学校のパンフレットにもあるじゃん。生徒会長の言葉とか」
「いや、うちの高校のパンフレットには無かったよ」
「マジか!」
多分他の学校にもそういうのはないと思う。
「秋風 翔君はいるかしら?」
突然、僕を呼ぶ声が聞こえた。言うまでもなく僕は何もしていない。ただ陽子宗君と話していただけだ。
声の主を探すためにキョロキョロとあたりを見回すが、僕は陽子宗君以外の人とは未だに話しかけていない。
となると、話しかけてきたのは教室以外の場所であると推測できる。
……ドアの前?
ドアの前に行くと、女子生徒が僕に再度確認を求めた。
「秋風君……だよね?ちょっといいかしら?」
姉のように綺麗に整えられた黒い髪の毛が目立つこの人は、一体何を目的に僕を呼んだのだろう。
「え……なんですか突然」
僕の手を握り、教室から引きずり出したその人の腕には『生徒会』と書かれた腕章があった。
この時僕は直感した。この人は僕を生徒会に入れようとしている。
「あの……悪いですけど僕は生徒会に入る気は全く無いんですけど…」
「そうね。わかってるけど、会長が入れろって言うこと聞かないのよ。だからゴメンね?」
「そ、そうですか……」
そんな会話をしていると生徒会室に着いた。
「ここが生徒会室よ」
「いやだから入らないって言ってるじゃないですか……」
勢いよくドアを開ける先輩、そしてドアの先には姉の姿が見えた。
「姉さん……」
「翔く………秋風君。話は明生から聞いてるわね?」
「明生さん……この人のこと?」
僕は失礼だとわかっていながら、明生さん?を指差した。
「そう。橘 明生、2年生の生徒会副会長よ。よろしくね、秋風君」
姉よりも姉らしいこの人に僕は少しだけ期待していた。
この人なら姉の暴走を止められるだろうという意味で。決して恋できるという意味ではない。
「……ちっ、なんだよこいつは。やる気なさそうにボサっとしやがって」
「こら、一応会長の杏が決めた事なんだから認めなさいよ。潤」
潤さん…?は見た目通りというか、結構キツイ性格をしている。
「それで、何で僕を生徒会に?」
核心に迫る質問をすると、姉さんは動揺もせずに答えた。
「私が独断と偏見で決めたのよ。あなたに拒否権はないわ。秋風 翔君。今から君は銘海学園高校生徒会庶務として3年間生活するのよ」
「嫌だよ!僕は部活に入る気はないよ!いろいろやりたいことがあるんだ!そんなの認めない!」
「おいてめぇ!会長直々に言ってんだぞ!ふざけてんのか?」
突然潤さんは立ち上がり、僕に近寄ってきたと思ったら僕の胸ぐらを掴んだ。
「会長、こんな奴いらねぇよ!もっと適任者を探したほうが……!」
「潤。その子から離れなさい。私が話するから」
橘先輩が潤さんの肩を叩くと、潤さんは「チッ」と言い僕から離れた。
「ちょっと外に出てもらっていいかしら?」
「え?あ、はい」
僕は言われるがままに橘先輩に連れられて生徒会室の外に出た。これを断ったら何をされるかわからなかったし……。
◇◆◇
外に出ると橘先輩は僕の方をじっと見て顔を近づけた。
「秋風君、あなたのお姉さんの事情は全て知ってるわ。お姉さんがあなたの事を愛しすぎて、変人な事も、毎朝起きたらお姉さんが四つん這いになってハァハァしながらよだれ垂らしてるのも、全部。私は知ってるわ」
「え……って、はぁ!?」
「でもね、これは完全にここでは秘密にされてるの。あなたのお姉さんは学園内では完璧超人で、男女分け隔てなく好かれている学園のマドンナよ。こんなのを知られたら彼女を心から好きな生徒が悲しんじゃうじゃない!」
「だとしたら僕を生徒会に入れるのは愚かな事じゃないですか?ただ襲うだけじゃないですか」
「あら、わからないかしら?お姉さんは学園内では完璧超人。ゆえにあなたを襲う事は絶対にない。そしてあなたを生徒会に入れる理由は克服よ」
「克服?」
「目の前にあなたがいても、襲う事が無くなるような、ね。これは私とあなた、どっちにもメリットがあるわ。私はハラハラせずに学園生活が送れるし、あなたは今後襲われるような事が少なくなる。どう?最高じゃないかしら?」
この人は襲われる事が完全に無くなる、とは一言も言っていない。が、少なくなるのならまぁ、別に良いだろう。
僕は橘先輩の言葉に乗り、生徒会に入る事を認めた。
「まぁ……わかりましたよ。その言葉に乗せられときますよ。というか、生徒会に入れさせようとさせた張本人は、橘先輩だったって事ですか?」
「そうよ。杏には『弟が近くにいればいつでも行動を見れるじゃない?』と言ってあなたの生徒会加入をOKしてもらったわ」
あえて何も言わなかったが、これは一種の束縛じゃないのか?まぁ、橘先輩が姉さんの特殊攻撃を守ってくれるので何とかなるのが唯一の救いだ。
「じゃあ橘先輩は僕をいろんな意味で守ってくれるって事ですか?」
「まぁ、そうなるわね」
キタ。人生の勝利を確定させた瞬間だ。
再び生徒会室に戻ると、潤さんは腕を組みながら貧乏揺すりをしていた。相当イライラしてるのだろう。
「まぁ……いろいろありましたけど、入りますよ。生徒会に」
姉さんはバン!と机を叩き、笑顔を見せた。
「そう言ってくれるのを待ってたわ。それでは改めて、ようこそ銘海学園高校生徒会へ。知ってると思うけど私は生徒会長、秋風 杏よ」
「私は生徒会副会長、橘 明生よ」
「………生徒会書記、春宮 潤だ」
ここで1つ疑問が出てきた。
銘海学園の生徒会は会長、副会長、書記、会計、庶務の5人で成り立っている。とさっき陽子宗君が持ってたビラに書いてあった。
のだが、今日は会計の人がいない。
「あれ?会計の人はどうしたんですか?」
「それがね……今日は…」
橘先輩によると、どうやら会計の人は僕と同じ一年生らしく、今日は生徒会に呼んでいないらしい。
僕はどんな人が会計なのか気になったが、そんな事よりイライラしてる春宮先輩がもう爆発寸前だ。
「チッ、お前の事をまだ認めたわけじゃねーからな。会長が言うなら仕方ないが……」
予想以上のツンデレに僕は春宮先輩のあだ名が決まってしまった。
ツンの時は『春ツン先輩』
デレの時は『デレ宮先輩』だ。我ながら素晴らしい命名だ!
ちなみに今は春ツン先輩だ。
「まぁまぁ、仕事が少し減るからいいじゃない………ね?」
姉さんの(外面だけ)完璧フェイスが炸裂し、春ツン先輩が赤面した。あ、今はデレ宮先輩か。
………ん?ちょっと待て。デレ宮先輩の顔が赤いだと?
もしかして、この人は姉さんの事が好きなのか?
僕からしたら姉さんを好きになるのは大いに結構だ。だがその恋は120%終わる。
何故なら姉は弟である僕以外に興味はない。
僕以外の人間はただの『動いて喋る物』としか見ていない。そのくらい興味がないのだ。
すごい良さげな対応をしているが、それは決して好きだからではない。
姉さんの事だ。内心「翔くんと※自主規制※したい」とか思ってるに違いない。
それが僕の姉の秋風 杏なのだ。ドウシテコウナッタ。
「と…とにかく、お前は明後日の生徒会の就任式の為の文をまとめとけ。何も書いてないと何も出来ないからな」
「就任式……何を書けば良いんだ…?」
「ここは姉がいるじゃない。文を一緒に考えれば良いじゃない」
「は……はぁ、そうですね」
「そんなことより、今日は終わりにしましょう。また明日から生徒会活動をしましょうか、香河さんにも明日には来てもらって、正式に…ね?」
会話をバッサリ切り、姉さんは今日の生徒会活動を終わらせた。
現在午後3時半。いつもより確実に早い時間だ。
「まぁ……仕方ないわね。会長が言うのなら……」
橘先輩も生徒会の腕章を外し、自分の席の上に置いた。続いてデレ宮先輩も置く。
姉さんも置くと、残りのメンバーは生徒会室に出た。
「え、何で姉さん置いて出て行くんですか?」
橘先輩に聞くと、橘先輩は答えた。
「忘れ物が無いか、とかその他もろもろを調べてるのよ。そういうのは基本私たちじゃなくて会長が調べなきゃいけないの」
「なんか…面倒ですね」
「杏は別に面倒くさそうにやってないのが凄いわよね……」
「そうなんですか…」
僕は姉が生徒会長という仕事をしっかりやってることに驚いた。家だとただの変態なので、ギャップが激しいというか、何というか……。
「さぁ、私たちは校門前で待ってましょう」
橘先輩によると毎日こうして生徒会メンバーは一緒に帰っているらしい。デレ宮先輩は僕がいなければハーレムだったのか。けしからん。
ここに陽子宗君がいたら何と言っていただろう。何となく想像がつく。
あれ、そういえば陽子宗君は今どうしてるのかな?
完全に忘れていた。
「あ…あの、ちょっと良いですか?」
「どうしたの?」
「ちょっと、友達に用があるので出て良いですかね?すぐ戻りますので」
「ええ……いいわよ」
「ありがとうございます」
僕は走って自分のクラスに行った。のだが……。
「……あれ、いない?」
……ヴー、ヴー。とポケットの中に入ってるケータイ震えた。
僕はケータイを取り出し、起動させる。
見てみると、陽子宗君からのメールだった。
『よう!帰ってくるのが遅かったから俺は帰ったぞ!もしかしたら探してるかもしれないからな!で、お前のことだ、あの美人な生徒会メンバーに言われて生徒会に入ったんだろ?今度可愛い女の子紹介してくれよな!』
相変わらず文面がゲスい。たらしにも程がある……。
僕はため息をつき、歩いて校門まで向かった。
◇◆◇
「随分遅かったわね。どうしたの?」
「いろいろありましてですね……」
「じゃあ、帰りましょうか」
高校生活で初めて女子と帰る僕はドキドキしていた。当然だが姉は眼中に無い、
姉と帰るのなんて何年振りか忘れた。だが、どこか懐かしさがあった。
「……こうやって毎日一緒に帰ってるんですか?」
「……そうよ」
これ以降会話が無いのはよくわからなかったが、まぁまぁ楽しかった。
しばらく歩いていると、橘先輩とデレ宮先輩組、僕たち姉弟組に分かれた。
「私たちはここ曲がるから、じゃあね」
「あっ、そうですか。ではまた明日」
手を振る橘先輩に、僕も合わせて手を振った。
見えなくなったところで手を振るのをやめ、姉と2人きりになった。
さーて……ここからが暴走タイムだ。心して帰らなければ……。
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