金木犀の街 4

「さて。僕はこれから街を見回りに行ってきます」

 カツカレーを食べ終わった兎我野が言った。

「キミたちは昨日の場所に行ってください。佐藤さんも向かっています」

 鍾馗眼を使いこなせるよう、鎧武者相手に練習をするのだ。

「でも……」

 練習も大切だが、それよりも犯人捜しの方が重要だと感じた。残り三日しかない。世界が闇に包まれるかもしれないと言っているのに、練習なんかしていられない。

「あたしたちも犯人捜しをします。早く見つけないと」

「えぇ、それはそうなのですが、犯人の手がかりがない以上、あまり動き回っても仕方ないので」

「うーん」と唸って、いまいち納得出来ていない恵子を見て兎我野はさらに続けた。

「明日、後藤よし子さんの親族の方とお話することになっています。そこで何か分かったらキミたちにも教えます」

「そうですか……」

「ええ。なのでキミたちは練習に専念してください」

 気が進まなかった。手がかりを見つけたかった。

「恵子。早く練習しに行くぞ」

「え?」

 珍しく、いずみが兎我野に賛同した。さらに「なっ」と同意を求めて恵子の肩をポンポンと叩いた。

 そのままいずみは立ち上がり食器を返却口へ運んだ。兎我野も後に続く。恵子も仕方なく席を立った。

 ちょうどその時、スマートフォンの着信音が鳴った。画面を見ると兄からだった。着信を押す。

「なに?」愛想なしに話しかけた。

「お前、遅いの?」

 恵子のテンションに引きずられたのか兄までも無愛想に話す。

「なんで?」

「最近物騒だから、あんまり出歩くなって言ったろ」

「大丈夫だよー」

「どこにいんの?」

「病院。いずみのお見舞いだよ」

 適当に嘘をついた。

「どこの?」

「成陵中央総合病院だよ。おにいちゃんには関係ないでしょ。もう帰るから大丈夫。じゃね」

「迎えにい――」

 何かしゃべっていたようだが、一方的に電話を切った。

 いずみが「シスコン兄貴?」と小突いてきた。

「お父さんがいない分、自分がやらなきゃって思ってるんだろうね。心配してくれてるのはありがたいんだけど、度が過ぎるって言うか、ねぇ」


「あ、うちらバスだから」

 駐車場に向かう途中、いずみが切り出した。

「送りますよ」

「いや、いい。今この瞬間にも新たな犠牲者が出てるかもしれない。だから早く見回りに行ってくれ」

 そう言って、兎我野とは病院の入り口で別れた。時刻は午後八時四十分。既に食堂の営業時間も面会時間も終わっていた。

「さて。駐車場でも調べるか」

 バス停に向かっていた身体をくるりと向きを変えた。

「いずみちゃん、どういうこと?」

「いいことを思いついたんだ」

「なにを?」

「犯人が誰か確かめる」

「え? 分かるの?」

「うまく行けばな。ついてきて」

 いずみはそう言って駐車場に向かって歩き出した。

「もしかして、わざと兎我野と別れたの?」

 恵子は、早足のいずみの後を走るように追いかけながら聞いた。

「あぁ。疑り深い性格なもんでね。兎我野が犯人ってこともあり得るだろ」

「えっ。先生が犯人なの?」

「可能性の話だ」

「練習はどうするの? 香奈枝、待ってるかな」

「あいつには悪いが、練習は後回しだ」


 いずみは駐車場の防犯カメラを確かめるらしい。しかし、病院関係者の小杉でさえ入手出来ていないものをどうやって手に入れるのだろうか。

 成陵中央総合病院には駐車場が三カ所ある。一つ目は、地下駐車場。ここは病院関係者や業者が乗り入れできる駐車場で、一般の人は利用できない。二つ目は病院屋上の駐車場。病院屋上は、ヘリポートと屋上庭園もあり、駐車場の占める割合は四分の一程度だ。

 こちらも病院関係者の車のみとなっている。

 そして三つ目の駐車場が、病院の前面に広がる駐車場である。事実上ここが一般外来向けの駐車場となっており、この駐車場は二十四時間いつでも駐車することが出来るのだ。

「犯人は病院関係者ってことも考えられるが、まずはこの一般駐車場から調べるぞ」

 いずみは院内マップを指差して説明してくれた。

「で、あそこが駐車場を管理している警備室」

 いずみの指差す駐車場の出入り口付近には、小屋が建っていた。

「恵子、鍾馗眼貸して」

「え? いいけど何に使うの?」

「まぁ、見てなって。けが人の女子高生の力を見せてやろう」

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