成陵御霊神社 11

「三笠さんと佐藤さんの話によると、鍾馗鏡が盗まれた時、鍾馗神堂の周りが濡れていたと聞いています」

「そうじゃ。儀式に使ったと思われるペットボトルも落ちとった」

「儀式?」

「あぁ。古くから口伝いに伝わるものでな、月の光を映している鍾馗鏡にな、一晩、月夜に当てた水をかけると、鏡面が餓鬼界プレタを映すんじゃ。そうすることでさっきも話したように、餓鬼界の住人と話すことが出来る」

「それで、盗んだ何者かが砕焔と話したってこと?」

「そういうことです」

「おい」といずみが呼び止めた。

「なんで砕焔と話したって分かるんだ? そもそもその儀式で砕焔と接触したかどうかなんて分からんだろ」

「経験者だから分かるのです」

「経験者?」

「ええ。十年前の騒ぎの元凶は僕だからです」

「先生は、『死者を蘇らせることが出来る儀式』として鍾馗鏡を使ったのじゃ。そこで、砕焔と話し、ある取引を持ちかけられたんじゃ」

「千年に一度、餓鬼界プレタから中谷界ハーヴァンターラに行くことが出来る砕焔に、うまい精気を食わせれば、死者を蘇らせてやろうと、そんな取引です」

「まぁ、もっとも砕焔に死者を蘇らせることなどできんからのう。先生は砕焔の嘘を見破ったってわけじゃ」

「まぁ、最終的にはそうですが……。あの時は三笠さんにもご迷惑をおかけしました」

 兎我野が苦い顔をしながら三笠宮司に頭を下げた。

「いいんじゃよ」

 当時、香奈枝は関わっていなかったのか、話を聞く側に回っていた。

「つーか、十年前に一度経験してるなら、そんな危ないもの、なんであんな木造の堂に保管してんだ? 盗んでくれと言っているようなもんだろ」

「すまん。わしの管理不足じゃ」

「三笠さんのせいではありません。砕焔は死んだとばかり思っていた僕のせいです」

「先生は悪くない。泊まり込みまでしてくれているじゃろ」

「念のため、です。三笠さんひとりでは心細いと思いまして。こんなことなら毎日泊まるべきでした。保管場所だって……」

 兎我野は責任を感じているようで、しばらく黙ってしまった。

「私もいるわ。それにもう、おじいちゃんも先生も過ぎたことを悔いても仕方ないじゃない。早く解決しましょう。時間がないわ」

「そうですね。今回は、十年前より状況が悪いですから」

「つまり……?」恵子が身を乗り出して兎我野の顔を見た。

「このリストを見て下さい」

 兎我野は一枚ペラのコピー用紙を畳の中央に置いた。六人が覗き込むように中央に寄った。

 恵子がコピー用紙を手に取る。そこには名前、性別、年齢、顔写真、簡単なプロフィールが書かれていた。

「昨日今日で二人が意識不明となって病院に運び込まれています。これがどういうことか分かりますか?」

 恵子たちが考えあぐねいていると、香奈枝が話し始めた。

「鍾馗鏡を使って生きた人間の魂を中谷界ハーヴァンターラに飛ばしたってことね。つまり、今、中谷界ハーヴァンターラにいる砕焔に、よりうまい精気を与えたってこと」

「その通り。鍾馗鏡は反射する対象物によって、その飛び先が異なります。幽霊なら餓鬼界プレタへ。生きた人間なら物理的な身体が存在するので魂、つまり精気のみが中谷界ハーヴァンターラへ飛ばされるのです。ちなみに鍾馗眼では力が弱いため、人間を中谷界ハーヴァンターラへ飛ばすことはできません」

 兎我野は一度言葉を切った。


「そして、中谷界ハーヴァンターラへ飛ばされた人間の精気が、砕焔に食われると、その人間は――」

「――死ぬ」いずみが言葉をつなぐ。

 兎我野が「正解」と、パチンと指を鳴らした。

「たいへん! どうしたらよいの?」

 奈津美が手で口を押え慌て出す。

「今のところ、二人とも意識不明ですが、亡くなっていないことから、まだ精気は食べられていないと思います」

「おいしくないのかな? その二人」奈津美は不思議そうに尋ねる。

「いや。肉は肉。千年もの間、空腹に耐えれば、目の前に赤身だろうと和牛だろうと肉が出れば美味いに変わりないです」

「そうじゃな。すぐに食べないところを考えると何か目的がありそうじゃのう」

「そうですね。砕焔のことです、何か考えがあるのは間違いない」

 香奈枝が話をまとめた。

「つまりこれまでの話をまとめると、やるべきことは、一、鍾馗鏡を盗んだ犯人を捕まえること、二、中谷界ハーヴァンターラに飛ばされた魂を連れ戻すこと、三、砕焔と戦うこと、ぐらいかしら?」

「あともうひとつ。来る戦いに備え鍛えること、ですね」

 そう言うと、兎我野は恵子を見て、にやりと笑った。

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