成陵御霊神社 8

「なんて書いてあるんですか?」

 書物には「ろう」、「病」、「たまふ」といくつか読める日本語を見つけることは出来たが、何が書かれているのかいっさい分からなかった。

 三笠宮司は書物に記されている内容を要約してくれた。その内容によると、1848年4月12日にこの辺りの武家屋敷が出火元となり、明六火事と呼ばれる大規模な火災が発生した。十三時頃に出火した炎は南西からの風にあおられ、辺り一帯を瞬く間に火の海と化した。火災の被害は、大名屋敷が二十三、町が八十五、橋が六、寺は四十五を数え、死者数は五百人、行方不明者も百人を超えたという。火災は出火から半日以上に渡り燃え続けたが、深夜に大雨が降ったことで鎮火したという。

 翌朝、町人が出火元となった武家屋敷を確認したところ、黒く煤だらけの瓦礫の中から、光る物を見つけたそうだ。その光る物が鍾馗鏡だったのである。辺り一面黒く燃えてしまったなか、鍾馗鏡だけは、綺麗な姿でそこにあったそうだ。

 その話を聞いた住民たちは、数百年もの間ほったらかしにしていた鍾馗様の祟りが火事を起こしたのだと噂した。

 ちょうどこの頃、庶民の間では、疱瘡除けや学業成就、魔除けとして鍾馗の絵や掛け軸、屏風を飾るようになっていたため、広く鍾馗のことが知れ渡っていたのだった。

 住民は、鍾馗の祟りを恐れ、近くの御霊神社に御堂を建立し、そこへ鍾馗鏡を祀ったのだそうだ。

「なるほどな。それが鍾馗神堂ってことか」

「そう。そして、その鍾馗鏡が盗まれた、と」

「わかった!」

 静かに聞いていた奈津美が何かひらめいたようだ。

「なに? 奈津美」

「鍾馗さんが鍾馗鏡を盗まれたことに怒って、また火事を起こすのね」

「そうじゃな。確かにその可能性も否定できない。じゃが、それよりも恐れるべきことがあるのじゃ」

「そ、それは……?」

こと、ね」

 香奈枝が言った。

「火事でみんな死んじゃうってこと?」と奈津美。

「ふっ」香奈枝は馬鹿にしたように笑う。

「まぁまぁ香奈枝ちゃん。仲良くやりなされ」

「だって、おじいちゃん、鍾馗鏡がなくなったのよ。そんな悠長にしてられないわ。しかも儀式の後もあったし」

「そうじゃな。話を続けよう。鍾馗鏡にどんな力があるか知っておるか?」

「幽霊が視えたり、来世転送リブートしたり出来るってことですか?」

 恵子が答えた。

「そうじゃ。キミたちも鍾馗鏡を触ったのなら、幽霊が視えているだろう」

 なるほど。裸眼で幽霊が視えたのは鍾馗鏡のせいだったのか。

「……あの日から夜になると裸眼で幽霊が視えます」

「なんとかならないのか? これ。毎日毎日でうんざりなんだ」

「方法はなくもないわ」

「どうしたらいいの? 教えて」

 香奈枝は、どうしようかなぁともったいぶっている。どうやら話す気がないらしい。

「方法については、先生が来てから話すことにしよう」と三笠宮司が付け加えた。

「ちなみに鍾馗鏡も鍾馗眼も、夜にしか幽霊が視えないのは、月の光を利用して、鍾馗の力を引き上げているためじゃ。そして鍾馗鏡の力はそれだけでない」

 香奈枝が三笠宮司の言葉にうなずく。

餓鬼界プレタを見ることが出来るのじゃ」

「そう。あなたが鎧武者の幽霊を送った先の世界ね」

「えっ」

 恵子は思わず声が出た。なぜ、香奈枝がその話を知っているのだろうか。

「兎我野先生から聞いているわ」と、当然のことのように付け足した。

「鍾馗鏡の力は、人間界と餓鬼界プレタをつなぐ役割をしておる。しかも餓鬼界の住人と話をすることも出来るのじゃよ」

「テレビ電話のようなものね」

「そういうこと。まぁもっとも餓鬼界に住んでいる住人に言葉なんて通じないけどね」

「なぁ、それのどこがこの世があの世になるんだ? あんたさっきそう言ったよな」

「えぇ。言ったわ」

「餓鬼界には様々な住人がおる。ある者は飢えに苦しみ、飢餓によって身体は痩せ細り、腹部のみ丸くふくれた姿となり、食べ物を探し歩き、またある者は、食べても食べても決して満たされることなくのたうち回り、そしてまたある者は糞尿や蛆虫ばかりを食す」

「日本史の授業や博物館なんかで見たことない? 骨に皮が貼り付いただけのような身体に、異様におなかだけふくれてる餓鬼の姿。あれよ。あれが餓鬼界の住人」

 世界史専攻の恵子にはあまり記憶にないが、アニメだったかテレビだったか、餓鬼の姿はどこかで見たことがある。

餓鬼界プレタのほとんどの住人は、稚拙でただ欲のままに生きているものがほとんどなんじゃが――」

 三笠宮司はお茶に手を伸ばし、ズズズっと飲んだ。

「まれに高度な思考を持っている聡明な者もおるのじゃ」

「そう。例えば、周りの餓鬼どもを手下に従え、食べ物を取ってこさせるヤツや人間のように言葉を話し、己の欲望を満たすために、欺し貶めるヤツとかよね」

「その中でも特に賢いのが――」

「砕焔」

 三笠宮司と香奈枝の後ろから声がした。

「三笠さん、それに佐藤さん。遅くなりました」

 和室の入り口に兎我野が立っていた。兎我野は恵子たちに視線を移すと「やあ」と手を振り、三笠宮司の横に座った。

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