第一章 始まり
第2話 ホストクラブ『フォーリーフクローバー』
ここは開店前の『フォーリーフクローバー』のフロア。
翔を筆頭に従業員含め、20名弱が対峙していた。
「皆、いつもより早い時間にすまない。
オーナーより、緊急を要する話を伺ってきた。」
生真面目に話す翔とは裏腹に、周りには緊張感はみられない。
寝惚けているものが大半なのだから仕方ない。
構わず、話を続ける。
「話をするにあたって紹介したい方がいる。…こちらへどうぞ。」
恭しく手を差し伸べられながら現れたのはサイドツインテールの可愛らしい少女だ。
困った顔でキョロキョロしている。
可愛い女の子の登場で色めきたつ青年たち。
眠気はどこへやら。
「紹介しよう。彼女は我が『フォーリーフクローバー』のオーナーのご息女・極楽院えみるお嬢様だ。
そして…我等が『えみるん』だ!」
『えみるん』と聞いてざわめきが起きる。
嬉々とした表情でえみるを見ていた。
えみるとしては、この状況に全く馴染めていない。
それもそのはず。
何せ自宅が豪華であっても、この豪華さは別の豪華さ。
イケメンに誘われ、イケメン集団の視線を一身に浴びる自分。
…正直、帰りたい。
ゲームやアニメ、ドラマの世界なら客観的に捉えられる。
しかし、今正に自らが体験しているのだ。
リアルに!
視線に耐えられるはずがない。
二次元に生きてきた人間に三次元は眩しすぎた。
耐え難い空間に膝が笑いそう。
そんな中で話をしなければならない。
掠れそうになる声を必死に絞り出す。
「…ほ、ほえ?みんなボクのこと知ってるの?ぅゎぁ…嬉しい…。
極楽院えみるです。ご紹介にあったように、ネット声優『えみるん』として活動しています。
あ、翔さん…パパが此処に来いって言った理由…、聞いてない…。」
えみるは嬉しそうにしながらもどこかぎこちない。
そんなえみるに翔は少し違和感を覚えた。
ラジオでの明るい性格と今の謙虚な態度。
両方とも、無理して作っているようには見えない。
(何か…おかしい…。何かあるかもしれないな。)
「…翔さん?」
おどおどしたえみるの声で我に返る。
少々トリップしていたらしい。
えみるは心配そうだ。
そんな姿もいじらしい。
「…!失礼しました、お嬢様。
理由としては、お嬢様に脅迫めいた郵便物が届いたことによります。」
皆の空気が張りつめる。
みんなの『えみるん』への脅迫。
心穏やかではいられないだろう。
「…こちらです。」
翔はえみるに封筒の中の冊子を手渡す。
「………あ、『いでりん』だ。
おかしいくらいボクのこと知ってたんだよ。
だから、怪しいって思ってた。」
困ったような、怒ったような表情。
「…『いでりん』、投稿数が半端ない、ストーカーレベルのリスナーですね。」
女顔の綺麗な顔立ちの青年が口を挟む。
店のNO,2の美浪あかりだ。
「…うん、ブログの直通メールで何度も告白してきて、そのたびに断ってたんだ。
『ネット上のお友達とは一線を敷いていますので、お受けできません』って。でも…。」
一瞬口ごもる。
「『私はあなたと顔見知りで、昔遊んだ『井出山大河』です。だから、なんの問題もないよね?』って…。
こんなことしてくるだなんて…。」
無意識に唇を噛み締めていた。
「暴露してたんですね…。奥の手で出てきたわけですか…。
お嬢様は彼のことをどうお思いですか?」
知り合いだからと何でも許されるわけではない。
強引さに作為を感じた。
当のえみるは顔を膨らませ、ぷいっとする。
「…シツコイヒト嫌い!
昔はまだ多少可愛いげあったけど、見る影もないし。
こんなことされてキモチワルイ!」
(…ああ、なんか清々しい。)
「そうとわかれば…。
オーナーより仰せつかったことを伝令する!
『我等全員で全力をもってえみるお嬢様をお守りすること!』
井出山はどんな手を使って来るか分からないそうだ!最善を尽くして欲しい。」
皆、えみるんのためにと同意する。
「お嬢様、これが我々のプロフィールです
必要最低限で書かれておりますので、不備があればお申し付けください。」
まずは自分たちの信用を得なければならない。
「うん、ありがとう…。あの…。」
受け取りながらおずおずと尋ねた。
「なんでしょう?」
不安にならないようにと笑顔で答える。
…私情も幾ばくか見えるが。
「…此処って、『ホストクラブ』だよね?パパって手広くやってるの?」
可愛らしく首をかしげる。
事業について何も聞いていないのだろう。
「そうですね。詳しくは知りませんが…。」
翔も詳しくは聞いていない。
「…だからか。ボク、ボクね?
パパだけじゃなく、ママにも遊んで貰ったことないの。
忙しいんじゃ仕方ないよね…。気が付いたらこんな『歳』だし…。」
演技ではない、悲しそうな顔。
そして、周りのザワメキが止まる。
「ああ…そういえば、『えみるん』は年齢不詳でしたね?女性に聞くのは失礼ですが…。聞いても?」
綺麗な顔で申し訳なさそうに。
「あ、うん。…そろそろ三十路。」
言いたくないわけではなく、話しづらい。
そんな戸惑いある仕草。
「「「「「「「えええええええ????!!!!!!!!!」」」」」」」
分かりやすいくらいのオーバーリアクション。
学生と偽っても信じてしまうほどにえみるは若い。
「俺もさっきオーナーから聞いて、同じ反応をした。
あ、お嬢様すみません…。
(ごほんっ)本題に戻ろう。井出山は強引にでもお嬢様を狙うだろう…。
だから、俺たちでボディーガードをする手筈になった。
最低限、いつも一人付くようにしようと思う。
店を空けるわけにも行かないからな。
では、お嬢様…。遅くなる前にお送り致します。」
静かな車の中。
「…お嬢様、ご気分が優れないようですが大丈夫ですか?」
翔はえみるが心ここにあらずであることに気がついていた。
「…え?ボク何かおかしかった?」
当人はわかっていないようだ。
「ええ…。分かっておいでとは思いますが、正直に言います。
オーナーはかなりの過保護だと思います。
一人娘ならば、経営学でも学ばせるべきです。
しかし、そうさせない理由がわからない。
側にいてそうならばまだ多少わかる。
けれど、違う。側にも置かず、現役だからと何もさせずにいるのは問題ですね。
…見えている部分だけの問題ではないかも知れません。
俺たちはオーナーには逆らえませんが…。」
一度口を閉ざす。
話しすぎた気がしないでもない。
覚悟を決めたようにまた口を開ける。
「ですが、俺たちは皆、あなたのファンでもある…。皆、少なからずあなたの味方です。
心が許せたらでいい。少しずつ教えて下さい。
…最近、放送の回数が極端に減っているのもきっと何かあったのでしょう。
今は聞きません。オーナーに内密にしたいなら、言いません。
表面上の報告のみにします。どうか…俺たちを信じて下さい。」
信号待ちになり、翔はえみるを真っ直ぐ見据えた。
オーナーに少なからず、恩義があるのは事実。
だが、えみるに何かあるなら力になりたいのは真摯な気持ちから。
「…うん、ありがとう。まだ、整理がついてないからついたら話すね…。」
はにかんだように笑う。
「…はい、了解しました。」
今はその言葉だけもらえたらいい。
ホストは女性の癒しでなければならない。
それ以前に、彼女を癒したいと思うのは本心から。
………運命の歯車は回り出した。
それが、哀しい現実を孕んでいようと、逃げることは許されない。
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