挿話編3「夏合宿」

第57話 挿話15「夏合宿」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中学の文芸部には、勝手気ままで、集団行動ができない人間たちが、なぜか集結している。

 そんなまとまりのない部活に所属している僕の名前は、榊祐介という。二年生という真ん中の学年で、文芸部では中堅どころ。厨二病まっさかりのお年頃だ。そんな僕が、部室でやっていることといえば、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そういった、僕を含めて扱いにくい人間ばかりの文芸部にも、先生の覚えがめでたい人もいます。壊れたロボットの群れに紛れ込んだ、高性能なロボット。それが文芸部の先輩の三年生、僕の意中の人である、雪村楓さんです。楓先輩は、三つ編み眼鏡の、見た感じのままの文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ってきたという、純粋培養の美少女さんだ。


 僕は、そんな感じの文芸部の部室で、いつものように活動を始めようとした。しかし、その行動は遮られた。今日は満子部長が部員全員を集めて、何やら話すことがあるらしい。その前に少しだけ、この部活の怪しい面々を紹介しておくよ。



●花園中学 文芸部 部員


○三年生

・雪村楓(楓先輩)……三つ編み眼鏡の文学少女。純真無垢。僕の意中の人。

・吉崎鷹子(鷹子さん)……女番長。モヒカン族。オタク話になぜか反応。

・城ヶ崎満子(満子部長)……サラブレッド・エロオタク。ザ・タブー。サド。


○二年生

・榊祐介……僕。オタク。中二病。ネットスラング中毒者。

・鈴村真(鈴村くん/真琴)……男の娘。可愛い。僕と仲がよい。少し変態。

・保科睦月(睦月)……幼馴染み。水泳部。水着。健康美。内気で大胆。


○一年生

・氷室瑠璃子(瑠璃子ちゃん)……幼女強い。眼力。僕に厳しい。ツンデレ。



「いいか、みんな。重大な事実を告げなければならない」


 僕たちの前に立った満子部長が、大きな声を出した。


 高飛車なお嬢様にしか見えないこの人は、その外見とは正反対に、下品でお下劣で奔放な人だ。それも致し方がない。満子部長の危なさは、その出自に由来する。父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家。そういったサラブレッドな家系のために、膨大なエロ知識を保有している。その知識を、満子部長は躊躇なく行使する。そのため、学校の先生たちに、ザ・タブーと呼ばれて恐れられている。授業中に指そうものならば、ありとあらゆる質問をエロ知識に繋げて、授業を混乱と淫乱のるつぼに叩き落とすからだ。


 その満子部長が、部員たちの前で、不敵な笑みを浮かべた。


「あと数日で一学期が終わる。それは、学生という勉学の奴隷が、授業というくびきから解放されて、遊びと快楽に貪欲な、若者本来の姿を取り戻すということだ。そして、希望と欲望に溢れた、夏休みがやって来るということだ。


 この季節、運動部ならば、炎天下で日射病と戦いながら、過酷なトレーニングをおこなうだろう。また、体育館という高温の密室で、死線ぎりぎりの鍛錬に励むだろう。

 文化部はどうか。毎日学校に出てきて、秋の大会に向けて練習を繰り返すかもしれない。あるいは、作品を仕上げるために、長い休みの日々を費やすだろう。


 しかし、私たちは文芸部だ。文芸部には、文芸部のやるべきことがある。夏だ。海に行こう。合宿をしよう。つまり、そういうことだ!」


 満子部長は、部室の壁に、避暑地のポスターを張り出した。

 僕は、満子部長の論理の飛躍に唖然とする。文芸部に、夏という季節を掛け合わせて、何がどうなったら、海に行って合宿をすることになるのか分からない。僕は混乱に頭を悩ませながら、どういったことなのか、挙手をして説明を求めた。


 僕の質問に、満子部長は嬉しそうな顔をする。聞かれることを待っていたのだろう。まあ、普通尋ねると思うけど。でも、周囲を見渡してみると、部員のほとんどが何の疑問も持たず、ああ海に合宿に行くのですね、といった表情をしていた。


「つまりだな、サカキ。文芸部の普段の活動は遊ぶことだ。でも、これから夏休みに突入する。その遊びのために、わざわざ学校に出てくるのも面倒だ。

 では、どうするか。それならば、夏にしかできない遊びをするべきだ。それは海だ。海水浴だ。だから、海に行って合宿をする。それこそが、文芸部の夏の活動に相応しいというものだ」


 満子部長は、拳を握り、僕に向けて突き出す。その顔は、滅茶苦茶楽しそうだ。

 えええ。そんな単純な理由でよいのですか? それに、予算の問題もありますし。そういった点を問い質したら、満子部長は、自信に溢れた顔で、胸を張って答えた。


「実はな、この数年、私の母親の作品がバカ売れしているのだよ」


 満子部長の母親は、レディースコミック作家だ。エロマンガ家の父親の作品が、大ヒットすることはなさそうだけど、レディースコミックならば大いに売れて、お金が入って来ることも考えられる。

 そういえば、満子部長の家は、洋館風のお屋敷だった。かなりのお金持ちなのだろう。


「それでな。私の母親が、税金対策の一環として海の近くの別荘を買ったのだよ。この夏は、仕事道具をすべて持っていって、そこで過ごす予定だ。そのせいで、私もその場所に行くことになったのだよ。

 だがな、はっきりと言おう。暇なのだよ。見知らぬ土地で、両親と二十四時間一緒にいて、何をどうしろと言うのだ。ナンパして、男を食えとでも言うのか? だが私は、これでもまだ中学生だ。いろいろと問題があるだろう。官憲がやって来て、面倒なことになりそうではないか。


 それでは、この夏をどう過ごすべきか? 私はそのことに頭を悩ませた結果、結論を出した。遊び相手がいないならば、こちらに呼べばよいではないか。

 幸いなことに、私は文芸部の部長だ。部員を徴兵して、戦地に送る権限を持っている。その強権を発動して、避暑地に部員を召喚して、どんちゃん騒ぎをすればよい。そのことに、私は気付いたのだよ。


 というわけで、文芸部の各部員は、現地集合で、着替えだけを持って、このポスターの場所まで集まってもらう。

 期間は二週間。食費は全部うちで持つ。遊興費も出そうではないか。悪い話ではないだろう。というか、お前ら来い。そして、私を大いに楽しませろ。朕は暇であるぞ。余興を所望する。


 よもや断りなどするつもりはないだろう。だがまあ、意見だけは聞いてやる。一人一人、発言の時間を与えてやるから、反論なり意見なりを述べろ。まずは鷹子、何かあるか?」


 満子部長は、女番長でモヒカン族の鷹子さんに声をかける。鷹子さんは、ふてぶてしい表情で椅子にふんぞり返っている。その状態で、頭をかいて答えた。


「行ってやるよ。私たちに来て欲しいんだろう? 素直に言いやがれ」

「ふむ。鷹子は異存なしだな」

「ああ」

「じゃあ、次は楓だ」


 満子部長は、楓先輩を指差す。


「ねえ、満子。海水浴って水着になるの?」

「当たり前だろう」

「スクール水着じゃ、恥ずかしいかな?」

「新しいのを買え。できれば、サカキを悩殺するぐらいの、紐ビキニにしろ」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、それは無理よ!」

「まあ、無難にワンピースタイプの水着でもいいぞ」

「じゃあ、それにする」


 楓先輩は、行く気満々のようだ。


「次は、鈴村。お前はどうだ?」


 今度は、僕と同じ学年の男の娘、鈴村くんに声をかける。


「満子部長。ス、スクール水着じゃ、恥ずかしいですか?」

「新しいのを買え。できれば、サカキを悩殺するぐらいの、紐ビキニにしろ」

「はい、分かりました」


「ちょっと待った! 異議あり! 満子部長! 鈴村くんに、何て格好をさせようとしているのですか!」

「ちっ!」


 僕の突っ込みに、満子部長は露骨に悔しそうな顔をして舌打ちした。どうやら、鈴村くんも行く気満々らしい。


「保科は?」


 満子部長は、今度は、僕の幼馴染みの睦月に声をかける。


「水着ですか? 数多く取り揃えています。ですが、紐ビキニは持っていません」

「よし、新しいのを買え。サカキを悩殺するぐらいの過激なものが望ましいぞ」

「はい、善処します」


「満子部長! おかしくないですか? 別荘に行くかどうかの質問だったのに、いつの間にか、僕を悩殺する水着をどうするかといった話になっていますよ!」


 僕は、話の流れを正すために、立ち上がって抗議する。


「サカキの意見は却下だ。せっかくの海だ。見目麗しい方がよいだろう。サカキを悩殺するレベルの水着なら、私も眼福というものだ。よし、氷室。お前はどうだ?」


 今度は、どこからどう見ても幼女の瑠璃子ちゃんに質問する。


「私は、何が似合うでしょうか?」


 満子部長は、瑠璃子ちゃんの姿をじっくりと観察して答える。


「そうだな。胸もなければ、お尻もないからな。その幼児体型では、紐ビキニはただの布と紐でしかないだろう。違う攻め方が必要だ。よし。サカキを悩殺するぐらいの、紐ビキニにしろ」

「ちょっと待った! おかしいでしょう! けっきょく、紐ビキニじゃないですか! 満子部長、何で瑠璃子ちゃんも同じ格好なんですか!」


 僕は猛然と抗議する。満子部長は、何だうるさい奴だなといった顔で、僕を眺める。

 満子部長の、どうしようもない提案を受けて、瑠璃子ちゃんは、困ったような顔で答える。


「さすがに、紐ビキニはちょっと」

「いいか、氷室。お前の肉体の魅力は、まだ幼児体型のお腹の部分にある。そのお腹をアピールしなくてどうする。少なくとも、腹部が露出した水着を用意するように」

「は、はあ。分かりました」


 強引に、水着の話を進めていく満子部長に、僕は頭を抱える。


「よし。全員の意見を聞いた。合宿は成立だ。というわけで、夏休みに入ったら、私の母親の別荘に、各自集合するように」

「スト~~~ップ! まだ、僕に聞いていないですよ!」


 話を締めようとする満子部長に、僕は果敢に食ってかかる。


「何だ。サカキも聞いて欲しいのか?」

「当たり前でしょう。合宿に行くかどうか、みんなに意見を聞くと言ったのは、満子部長じゃないですか!」

「仕方がない。サカキ!」

「はい、満子部長!」

「新しい水着を買え。できれば、ビーチの女性の目を釘付けにするものがいい。サカキ、お前も紐ビキニにしろ」

「何で、僕も紐ビキニなんですか~~~~~~~!」


 というわけで、満子部長は、強引に夏合宿の開催を決定した。そして、瞬く間に数日が経ち、僕たち文芸部は、合宿に突入したのであった。

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