第6話


「なんで、そんな魔族なんて…」


魔族と聞いて大抵の人間が浮かべるのは嫌悪、ついで恐れ。かつての様に魔族による蹂躙も支配も恐れることはなくなった人間ではあるが、その恐怖はまだ根深く残り、その残党とも言える魔族交じりの人間は徹底した迫害を受ける。

時に憎悪から殺人にまで繋がる事件が多発しているが国の政府も見て見ぬふり、つまりお咎めなしとされるほど彼らは人間以外の人外として扱われ酷い扱いを受けると聞く。アリトエンも初めて目にする魔族交じりの人間に驚くと同時に隠しきれない嫌悪を向けるが、見た目はまったくの普通の子供にしか見えないのが痛ましいともおもえてしまう。痩せこけて疲れて眠る子供にはどう見ても良い待遇を受けた気配は微塵もなく虐げられてきただろうことが用意に想像がつく姿に似たような境遇で目の前の男に拾われたアリトエンにはどうしても哀れみが浮かぶ。

それを見越したように黒髪の男が口を開く。


「お前にはそいつの面倒を見てもらう。今回の呼び出しはそれだけだ。」


淡々と要件を告げる男にアリトエンが目を見開き驚く。冗談じゃない。魔族を、だって。その顔にそう書いてあるというのか、黒髪の男が僅かに嘲りの笑みを浮かべる。


「それはいい”飼い犬(コマ)”になる。なにせすでに人を殺している。死線を超えたことのある奴だ。甘えた餓鬼じゃない。それにそれはこいつの妹の雇い主だったらしいが面白いことに愛人にもしていたらしい。まあよくあることだが、それを知った兄が逆上して殺したらしいが、はて、こんな貧弱なこともがどう殺せたものか。面白い実験をしてみた、見ていろ」


にたりと笑った黒髪の男は躊躇なく自分が下げていたサーベルを抜くと子供の胸、心臓へと躊躇いなく一閃を走らせた。


「なっ!」


もちろん血が流れ死ぬはずである。しかし、血は流れなかった。


「ふん、もう流れる血も残ってはいないか。つまらん。傷はつくがすぐに塞がり目を覚ますだろう。世話は頼んだぞ」


ぱっくりと開いた傷口に冷たい視線を落とした男はサーベルを鞘に戻すと、アリトエンとの連絡用にだけ借りてあるなにもないこのアパートの一室から早々に出て行った。


残ったのは大抵のことには耐性があると自負しているはずの顔色を悪くしたアリトエンと面倒を見るよう押し付けられた可哀相なほどやせた子供の遺体にさえみえる小さな体。これで生きているのか不思議なほどである。


そっとアリトエンは自分とその子しかいない部屋で傷口を隠すように毛布をかけた。

本当に生きているのかと口に耳を寄せればかすかな吐息が聞こえる。


アリトエンは思う。自分も存外、碌でもない境遇で生まれ育ち苦労を余儀なくされた人生を歩んだ。普通に親がいて友達がいてそういう生活に憧れがなかったとはいえない。ただ大人になって、それには折り合いをつけてそれなりには幸せを追えるようにまで最近はなったのではないかと錯覚を覚えるくらいにまでは自分は這い上がったと思っていたが…。


「可哀相に。きっと君が歩むこれからは僕でさえ想像がつかないほど過酷なものになるかもしれない。僕はそんな君に何かしてやれるほどのものは何も持っていない」


何故なら自分も所詮、一つの駒でしかないのだから。


アリトエンは主の命の通り、その荷物を肩に抱え上げ家へと持ち帰った。

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