第三章 湖猫達の騒がしい日々
第21話 湖猫の宴、探索者の凱歌
前回までの斬魔機皇ケイオスハウル!
今まさに召喚されようとしていたクトゥグアとの対決に臨んだ佐々佐助!
彼はケイオスハウルの限界まで性能を引き出し、クトゥグアをフォマルハウトへと押し戻す!
サスケは数日間昏睡状態に陥ってしまうが無事復活、湖猫として活動を再開した!
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「さて、俺達もサスケの快気祝いと行こうじゃねえか」
「ですねー! ナミハナさんがナンバーズの集会に行っていて居ないのが残念ですぅ!」
「二人共今日はありがとうございます」
俺とチクタクマンが意識を取り戻し、アトゥもなんとか動けるようになってから数日後。
俺はシドさんとマーチに誘われて酒場で快気祝いの名目で少し贅沢な夕食を楽しむことになっていた。
シドさんはちょっとヒャッハーで白塗りスキンヘッド総銀歯なことを除けば気の良い湖猫で、俺が初めて酒場に来た時に仲良くなった相手だし、マーチは俺やナミハナの依頼の世話をしてくれている受付嬢。
マーチがシドを誘って俺の快気祝いをすることになったのだ。
「ハッハー! 今日は俺とマーチの奢りだ。気にせず飲みな!」
「――――じゃあミルクで」
「またミルクか! 好きだなあ、おい!」
シドさんは銀色の歯をむき出しにしてゲラゲラ笑う。
何時もながら剛毅な人だ。
「じゃあ私頼んでおきますねえ!」
俺達二人の会話を横で聞いてたマーチちゃんが、彼女の姉で酒場のウエイトレスであるエイプリルを呼び止める。
「エープリルねえさ~ん、ミルクとエール二つ!」
「ミルクとビールとオレンジジュースね?」
「良いじゃないの、もう十三なんだから」
「だーめっ、お酒は十五になってからよ?」
「けち~!」
エイプリルはぶーたれるマーチのセリフを聞く前に厨房に戻っていく。
すぐにエイプリルは飲み物を乗せたトレーを持って戻ってくる。
「はい、この一杯は私からの皆さんへの奢りです! サスケさんが邪神の顕現を阻止したお祝いということで!」
「あ、姉さんずるいわよ。ナミハナさんの居ない間にサスケさんにアピール?」
「ちょっとアンタと一緒にしないでよ。私はこういう活躍をした人皆にちゃんとドリンク一杯プレゼントしてるわ」
「そうだぞマーチ、エイプリルちゃんはお前と違って真面目で良い子でだなあ」
「シドさんまでそれ言っちゃいますかー! マーチ心外ですぅ!」
「エイプリルさん。ありがとうございます。このミルクはありがたく頂きます」
「ふふ、サスケさん。上層部の皆様もお喜びでしたよ。Cランクへの昇進は勿論、今後の査定にもボーナスを期待してくださいね?」
「そいつはありがたい。とっとと上に行かないと……」
「ええ、優秀な湖猫が増えるのはギルドとしても大歓迎ですから――――っと、仕事中でした。今日はこんなところで~」
エイプリルは別の客のテーブルに向かって注文をとりはじめる。
マーチはこれ見よがしに溜息をついて肩を竦める。
「ったくもう、真面目な姉さんでやりづらいったら無いですよぅ」
「マーチちゃんは……まあ、ありのままで良いと思うよ、うん」
「あ、今酷い事言われた!?」
「何言ってるんだ。サスケなりの思いやりだろ?」
「ふぐぅう……!」
「おらおら! さっさと乾杯だ! エールがぬるくなっちまわぁな!」
シドさんに促されて俺達はグラスをぶつけあう。
「それ、乾杯!」
「乾杯!」
「かんぱ~い!」
全員が勢い良く杯を乾かして豪快にグラスをテーブルに置く。
チクタクマンに作ってもらった新しい腕の具合は最高だ。融け落ちる前の腕と感覚が一切変わらない。
「しかし邪神とやりあってサスケの両腕がもげたって聞いた時はどうなるかと思ったぜ」
「いや大変でしたよ実際……」
「でもサスケさんって魔術師なんでしょう? 使い魔とか使えば良いじゃないですかぁ?」
「使ったよ……使ったんだけどねえ……やっぱ新しい義体に換えてもらうまで不便だったよ……」
そうだ。新しい腕をチクタクマンが作ってくれるまでは本当に大変だった。
アトゥが俺のお世話しようとするとナミハナが怒り出し、ナミハナが世話をしようとするとケイ爺さんに良家の子女がそのようなことをするものではないと説教をされ、ナミハナの機嫌が加速度的に悪くなったのだ。
正直腕が使えない間に女の子にお世話されるとか男子の夢だ。なんなら多少大人っぽい展開もありうるし。
だがケイ爺さんの使い魔によってそれを潰されてしまった上に、昼間はシミュレータで不機嫌なナミハナの相手をしなくてはならずサスケくんいっぱい悲しかった。
いっぱい悲しかった。
普通の! まっとうな! 女の子にお世話されたかった!
けど考えてみれば口さえ閉じていればアトゥの見た目は良いし……でも邪神だしなあ……。
やっぱりここはナミハナに泣きついて……ケイ爺さんに殺されるか……。
普通の! まっとうな! 女の子にお世話されたかった!
「そうかそうか! 湖猫ならサイボーグなんて珍しくないよな!」
「はい、予備のパーツを急いで用意してもらってそれに換えました」
「いや良かった……しかし、魔術を使える義体なんてまるで小さなエクサスだな」
シドさんの表現は言い得て妙だ。
エクサスそのものは邪神や神話生物の体組織を元に作られた人工筋肉で動き、乗り手の魔術を増幅する。
しかし、サイボーグ用に使われる人工筋肉はその逆だ。
本来、神秘の欠片も無いカーボンナノチューブは魔術の使用の妨げになる。
「サイボーグ化すると魔術を使いづらくなるなんて言いますけど、まあそこら辺は流派次第ですよ。今は技術も進んで魔術に対応した義体も売られているそうですから」
「ああ、長瀬重工の新製品か。あそこも色々考えるよなあ」
俺の身体は科学と魔術を自在に操る邪神の精錬した忌まわしき鋼から成るサイボーグ。
もはや邪神の体組織とそこまで大きな差が無い以上、魔術が使えない道理は無い。
偶然とはいえシドさんの指摘はかなりのところ正しかった。
「最新鋭の義体を使ってる癖に軍属や企業の私兵だったことも無いなんて、サスケさんが何者なのか分かりませんねえ」
「悪いなマーチちゃん、誰にだって知られたくない過去が有るだろ?」
「ちぇーっ」
「まあ湖猫なんて皆脛に傷が有るものさ。俺もそうだ」
「シドさんも何か有るんですか? なんか若い頃からヒャッハーだったって聞いてましたけど」
「へへ、秘密秘密。ほうら、ツマミが来たぜ。お姉さん、冷たい茶もくれ。油物はもたれていけねえ」
鱈のフリットが運ばれてくる。
きつね色の薄い衣とその隣に添えてあるタルタルソース。
卵もこの世界では貴重品だろうにお構いなしだ。
「では早速頂きます」
お腹が減った俺は思わずフォークを伸ばし、ソースを軽く付けて口に運ぶ。
サクッと衣が崩れたかと思うと鱈の細やかな肉がホロホロと崩れて油が口の中に染みこんでいく。
砂漠に注いだ水のように瞬く間に俺の舌をかけた魚の旨味は胃袋を揺らし、その上からタルタルソースの持つ卵と塩のハーモニーが味覚の原始的な部分を刺激する。
「これは……!」
冷静に考えると邪神とか神話生物の居るかもしれない海でとれたんだよな……いや忘れよう。そんなことどうでも良いくらい美味しいんだから。
ナミハナの城で食べるもののように上品な雰囲気はしないが、これくらいの方が俺の舌には合う。
いや、よく考えたらこれもこっちの世界じゃそれなりに贅沢品か。
「どうだ? うめえか?」
「旨ーいっ!」
「エールと良く合うぞぉ!」
さて、酒か。
本来飲むつもりは無かったけど……どうしよう。
シドさんはこっち来てから初めての同性の友人だし、少しくらいなら良いか。
元々正月にはちょっとくらい飲ませてもらっていた訳だし。
「じゃあいっちゃいますかね! 薄めの」
「お姉さんエールをもういっちょ! 軽い奴、小さいグラスで良いぜ!」
という訳で運ばれてきた淡黄色のエール。
フリットを食べてからグッと流しこむ。
思ったよりもさっぱりとした口当たりで、口の中の油が飲み干される。
エールが持つわずかな苦味と華やかな香りがフリットの油のしつこさを消し飛ばす。
「ここでもう一度フリットを食べな!」
「え? ええ……むっ!」
なんということだろう!
ここでもう一度フリットを食べると先ほどより更に鮮烈にその旨味を味わうことができるじゃないか!
それでもう一度飲むと……やめられない止まらないってこういうことだったんだね……。
「あ~ん! 二人共ずるいですぅ!」
「これは旨い」
「ずるいずるいずるい~! マーチも飲みたいんですけど!」
「大丈夫だよ、マーチちゃんが成人したら皆で飲もう」
「ハッハッハ! そいつは良い! その時俺達が生きていたらな!」
「頼みますよ二人共ぉ?」
シドさんは楽しそうだ。マーチちゃんも平然としている。
死ぬのが怖くないんだろうか?
「…………」
「どうしたサスケ? びびってるのか? 心配するなよ、お前は強い」
「そうですよサスケさん! サスケさんって運は悪すぎですけど、それを補って有り余るくらい強いんですから! 今回だって前回だって本当なら死んでてもおかしくないんですから!」
「いや、まだ湖猫暮らしに慣れてなくて……怖くなっちゃって、あはは……」
二人は少し驚いたような顔をして俺を見る。
だが二人共決して俺を笑わない。
「湖猫始めた頃の仲間が一人、また一人居なくなっていく……何時の間にか慣れちまうんだ」
「…………」
「そして知ったようなつもりになる。俺達は生きて、死んで、誰かの心の中でまた生きるしかできない生き物だって」
「俺は……俺も、慣れるんでしょうか」
「慣れる必要なんて無い。だがビビったらビビっただけ死が近づく。俺達が心の中で何を思おうと戦場でやることは何も変わらないのさあ」
「……ええ、何時だって全力でぶつかっていくつもりです」
「ならば良しだ! さあ飲もうぜ!」
「はい!」
「まあ……楽しそうですねえ男の人って。あら、次の料理来るみたいですよ」
「鹿肉のサラミか、こいつもいいんだよ!」
こうしてしばらく飲んでいると、シドさんは周囲の様子を伺いながら俺に手招きをする。
「耳貸せ、耳」
「なんですか?」
俺は言われた通りに耳を寄せる。
「ここだけの話だがよ、面白い遺跡を見つけたんだ」
「面白い遺跡?」
「まだギルドに報告されていない遺跡でな。上手く探索できればお宝が全部俺達のものになる」
「…………マジっすか」
マーチの方を見るとニヤニヤしながら俺達の方を見るだけだ。
ギルドのど真ん中でこんな話して良いのだろうか?
というかギルドの受付嬢の目の前でギルド通さない遺跡探索とか……不味いんじゃないか?
「そういうのって勝手に調べて良いの?」
「かまいませんよー、むしろ一声かけてから行ってくださるだけありがたいみたいな? 一通り探索したら報告あげてくださいね? それにほら、今日は私オフですしー」
ああ、モンハンのギルド程締め付けは厳しくないのか。
懐かしいなモンハン。いっつも大剣使ってたっけ。
「という訳だ。どうだいサスケ?」
「情報元は何処ですか?」
「この島に最近出入りしている情報屋さ。浅黒い肌の子供なんだが、不思議と金になる話を持ってくると評判なんだ」
「情報屋?」
普段からナミハナとギルドに頼っているのでそういった物を使う機会はあまり無い。
なんだかギルドを通さない仕事なんて胡散臭いものにしか……。
「この街の島を挟んで反対側に有る歓楽街で商売をしている奴だ。身元についてはまるで謎」
「胡散臭い!」
「そうは言うがサスケ、お前も魔術師なら未知の遺跡に興味は有るだろう? 俺は詳しく知らないんだが、オールドワンにまつわる遺跡なんだとよ」
「ああ、オールドワンなら知っています」
「やっぱ知ってるのか! どんな奴らなんだ?」
「俺達人間より遥かに優れた文明を持ち、かつてこの世界で繁栄していた種族ですね。見た目はウミユリに似ているとされてます」
「人間の敵か?」
「彼らから見れば人間は奴隷です。少なくとも仲良くしてくれる可能性は低いですね。見つけたらすぐに殴った方が安全です。強力な兵器を運用するって言い伝えもありますし」
「本当に詳しいんだな……流石魔術師」
「あまり褒められると恥ずかしいですよ」
「まあそういう訳で、だ」
シドさんはにやりと笑う。
「お前も居れば安全に探索できる上に、儲けが増えると踏んだ訳だよ」
「ギルドとしても元手無しで胡乱な情報屋と遺跡の調査が行えるので助かるんですよね!」
成る程、マーチの狙いはそれか。上手いことを考えるものだ。
シドさんはシドさんでギルドの機嫌を伺いつつ美味しい汁も吸っておくつもり、と。
ナミハナの居ない間も実戦経験は積みたいし、俺にとっても悪くない話だ。
「分かりました。乗りますよその話」
なんだか上手に乗せられた感は否めないが、それでも悪い話じゃない。
「おう、乗ってくれるかそいつはありがてえ! じゃあ今日は前祝いだ!」
「応ッ!」
「仕事の話も終わりましたし、他の湖猫さんも呼んできますよ~! サスケさんに興味持っている人はたくさんいるんですから!」
「ハッハッハ! ナミハナ嬢のファンクラブの奴らも呼んできたらどうだ」
「あっ、良いですねえ!」
「え、ちょ……」
「――――ちょぉっと待ったぁ!」
酒場のドアが開いて三つ編み眼鏡の少女が顔を出す。
この前一緒に仕事に行ったミリアちゃんだ。
「今お姉様の話しました!? しました!? あ、サスケ殿ぉ! こっち来てたんですか!」
「あっ、二日ぶりだなミリアちゃん」
「もう外に出られるようになったのでありますね!」
「まあね、もうすっかり元気だ」
「いやあよかったのであります! 目が覚めなかったらどうしようかと……」
結局この日、俺は愉快な仲間達と一緒に夜中まで馬鹿騒ぎをしたのであった。
これが有るから命がけでも楽しく仕事ができるのかもしれない。
俺はなんとなくそんなことを考えていた。
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赤い帽子の悪魔が来るぞ。
メイス二振り、斧二振り。
邪神の影さえ叩いて砕く、赤い帽子の悪魔が来るぞ。
悪魔の名前はシド・マキシマ。
生まれながらの
第二十二話 「レッドキャップ」
邪神機譚、開幕!
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