第20話 虚無の信奉者達   【第二章完結】

 佐々佐助。

 この僕! 虚無教団の四大導師グランドマスターの一人であるシャルル・ド・ブリトーは! あの若き魔術師と戦い! 一つの確信へと至った!

 才能、実力、度胸、どれをとっても彼は魔術師向き……つまり我々の仲間にするべき人材だということに!

 僕はこの海底都市ルルイエの神殿に戻ってすぐに他の大導師グランドマスター偉大導師エクス・グランドマスターを広間に呼び集め、彼らに今回の事件の顛末について語ることにしたのである。

 僕以外の大導師グランドマスターを左右に侍らせ、玉座にて報告を待つ白衣の王、我らが偉大導師エクス・グランドマスターへの報告は今まさに佳境を迎えんとしていた。


「ああ……かくて少年は愛しき人々の元へと帰り、英雄として讃えられる。奸智と勇猛さ、そして決断力を生かし、人の身にて邪神を打ち破り数多の人々を救いたるは正しく英雄の所業! 無辜なる人々の為にその身を捧げしは胸に宿る高潔なる魂の証明! 敢えて僕が言わせていただきましょう……彼らこそ、ああ! 彼らこそ我々の新たなる同志として迎え入れるべき存在なのではないか、と!」


 僕の口から語られる英雄叙事詩もかくやの美しき物語!

 夢、希望、我ら虚無の信奉者が本来ならば持ち得ない輝ける人の心が其処には有る!

 だが悲しいかな、僕の同志達はその辺りの機微に疎い。

 唯一興味深そうに口角を吊り上げるナイ神父を除けば、普段は好奇心旺盛なあの偉大導師エクス・グランドマスターですら表情を曇らせるばかりだ。


「でもそれってシャルルちゃんが佐助ちゃんって男の子にボコボコにされた言い訳が欲しいだけよねー? 戦力っていうならリン一人居れば充分なんだから!」

「おぉうっ! リン様手厳しい! ですが僕が今回彼を引き入れる理由は違っていましてですね……」

「なによー! 手短に話しなさいよね! あんたの話、ムダに長くて混乱するのよ!」


 偉大導師エクス・グランドマスターの肩の上に乗る桃色の髪の少女が喚く。

 彼女には僕の語る物語は少し難しかったようだ。

 彼女の名前はリン・カルタ。僕と同じ虚無教団の大導師グランドマスターだ。

 わずか十歳にも満たないその歳で二柱の旧神を従える最大戦力。そして教団の愉快なマスコットキャラクター(これは指摘すると怒るが)であり、偉大導師エクス・グランドマスターの妻を自称している。

 和服? キモノ? とかいう彼女の緋色の服は実に美しい。今度の作品の登場人物には同じ服を着せたいものだ。キモノを着た美女ばかりの島に流れ着いてしまった男の話なんて悪くないかもしれない。良いよね、キモノ。


「待って欲しい。僕はこの世界に満ちる美しさを余す所なく語っただけであって……」

「ウチもリンちゃんにさんせー。シャルル、話長くない?」

「二人の意見には俺も賛成だな。シャルルさんは話が長い」

「やっぱミゲルもそう思う? っていうか皆そう思ってるよ、シャルルは少し手短に話をまとめる癖をつけるべきだよねー」


 この芸術を理解しないカップルはミゲル・ハユハとハオ・メイ。

 ミゲルは女のような貌をした金髪碧眼の美男子だが前科数十犯の凶悪犯罪者で、ハオ・メイはその恋人である。強盗、放火、殺人、窃盗、誘拐、器物損壊etc……悪いことならなんでもござれの二人組で、偉大導師エクス・グランドマスターの理想からは最も遠い人材かもしれない。

 そんな二人が我々の同志として受け入れられているのには訳がある。彼らはそれぞれダゴンとハイドラの血を受け継ぐ邪神の落とし子。僕のような一介の魔術師からすればそういった子供は実験材料程度にしか思えないのだが、慈悲深き偉大導師エクス・グランドマスターは彼らも同志として受け入れたのだ。


「君達はこの少年に興味も脅威も感じないのかい! 丁度同じ年頃じゃないか!」

「ごめんねシャルル、ウチはミゲルにしか興味ないので~」


 ハオ・メイはそう言ってこれみよがしにミゲルに抱きつく。


「メイ、場所を弁えなよ。いやすいませんねシャルルさん」

「そんなこと言って嬉しいくせに~」


 さっさとアザトースの玉座に送り込まれないかなこのバカップル共。


「ええと……君達はどうでもいいって意見でいいのかね?」

「正直、俺は少し嫉妬するけどね。だってシャルルさんの情報が正しいなら彼は……」


 ミゲルはハオ・メイに抱きつかれながら小さく呟く。

 彼の碧色の瞳の中に灯る憎しみの炎。

 恵まれた環境、敬愛すべき

 そうだ。考えてみればそんなものはミゲルの人生の中には無かった。

 これはいい! 思ったよりもいいぞ! もしかしたら僕好みの展開になるかもしれない!


「そうだよミゲル! 君の考える通りの筈だ! なんなら僕達でもう一度彼に会いに行ってみても――――」


 この後もう少しミゲルを焚きつければ……と思ったのだが、僕の台詞に四大導師グランドマスターの中でも最も古株のナイ神父が割り込んできた。


「落ち着き給えミゲル。怒りは眼を曇らせるものじゃ。君は見たところ嫉妬と怒りで冷静さを欠いている。その佐助という少年と話した上で行動を決めてもよかろう」


 カソックを着た黒人男性がミゲルに向けて柔らかく微笑む。

 彼こそがナイ神父だ。

 かの勇壮なる無貌神・ニャルラトホテプの化身の一人で、父たるアザトースの真なる開放を願い、あえて自らの力を人のレベルに落として我々に協力なさっている偉大な方だ。

 さすがの僕でもナイ神父が相手では大人しくしているしかない。


「……ですがナイ神父、貴方は俺達に望む所を為せと!」

「駄目じゃ。君が考えていることはよく分かる。だがそれは駄目なんだ。君の望む所が本当にそれかも分からんし、何より佐々佐助は……」


 神父は黙して俺達の様子を眺める偉大導師エクス・グランドマスターの方をちらりと見る。


「分かりました。可能な限り彼をこちらに引き込めるように善処します」

「いい子だ。メイもそれでいいね?」

「ナイ神父の言うことだしね。ウチらも素直に聞くよ」

「だ、そうだ。シャルル君。実際、儂も君の提案には賛成だ。なんとかしてその佐々佐助を我々の仲間に引き入れたい。それだけ気高い男ならば上手くすれば共に戦ってくれるかもしれないだろうさ。我々の本当の目的を知れば……ね」

「これはありがたい! 助かりますよナイ神父!」


 ナイ神父は無言で微笑む。

 流石にミゲルを焚きつけるのは止められたが、ナイ神父は僕の悪巧みを手伝ってくれる親切な方でもある。

 僕を含め、個性の強すぎる大導師グランドマスターが纏まることができるのは偉大導師エクス・グランドマスターの御力とナイ神父のがなせる業だろう。


「コホン、さてと我々はこのように意見を――――」

「ぶーぶー! リンはその佐助って子供を仲間に入れるの反たーい!」


 リンは偉大導師エクス・グランドマスターの肩の上で足をパタパタさせて腕を振り回す。倒れそうになると偉大導師エクス・グランドマスターが後ろから腕を回して彼女を支えた。


「リン、君も民主主義というものを理解していただけませんか?」

「これリンちゃんや、あまり我儘を言うものではあるまいて。そもそもその佐助が仲間に入ったところで偉大導師エクス・グランドマスターは君を何時も通りかわいがるじゃろう……君は偉大導師エクス・グランドマスターのたった一人の奥方様なんじゃから」

「えへへ、そうよね! やっぱりそうよ! そう言われちゃ仕方ないわね! だんなのわがままをゆるすのも良いおくさんの役目よ!」


 リンは八重歯を見せてニカッと笑う。

 何気なく横を見るとハオ・メイがドン引きしていた。

 うん、こいつも良い家の生まれで案外常識人だからな。

 僕もそれは分かる。僕だってドン引きだ。でも当人同士が幸せそうだし僕達が文句を言う筋合いは無いよ……恐らく。


「さて、それでは偉大導師エクス・グランドマスターよ。儂らは斯様な結論を出したが、如何かな?」


 ナイ神父の言葉に応じて偉大導師エクス・グランドマスターは立ち上がる。

 彼の纏う純白の魔導衣は揺れる度に僅かに燐光を放ち、主の内より溢れる魔力をこれでもかと見せつける。


「――――僕は諸兄の思慮を嬉しく思うよ」


 我らが王はそう言って嬉しそうに頷いた。

 当たり前か?

 考えてみれば


「では偉大導師エクス・グランドマスター……いいやよ」


 ナイ神父が真剣な眼差しでへと尋ねかける。


「貴方様は佐々佐助を我らが同志として取り込むことを許可なされるか?」


 は首を縦に振る。


「それこそが正しく僕の意。忠節、褒めてつかわそう。僕は君達の王として、君達の幸福に仕えることを改めて誓うよ。だからこれからも僕の理想に付き合ってくれるかな?」


 我らが偉大導師エクス・グランドマスターは優しく微笑む。


「ええ、無論」


 ナイ神父は深く頷くと、それはそれは凶々しく微笑む。


「リンもついてくよ! だってリンはりょーさいけんぼだもん!」


 リンは偉大導師だんなさまに頭を撫でられて幸せそうだ。


「俺達、偉大導師エクス・グランドマスターと神父が居なければとっくにリンチに遭って殺されてるし」

「そーよね。ウチらからしたら今更ですよ!」


 ミゲルはそんな事言っておいて瞳の奥で黒い炎を燃やしている。

 まだ佐助とやらへの仄暗い興味が捨てられないって顔だ。

 そして一度ミゲルがやるといえばあのハオ・メイだってついていく。

 ああ楽しみだ楽しみだ! 僕の筋書きはまだ終らない!


「それでは皆、我らが神の無為と終わり無き虚無に祈りを――――」


 偉大導師エクス・グランドマスターは右手をさっと上げる。

 それに合わせて僕たちはそれぞれの胸に右手を当てる


一切空へ還れオムニアヴァニタス

「「「「「一切空へ還れオムニアヴァニタス!!」」」」」


 かくて僕は物語を紡ぐ。

 これより紡がれるは世界が終わる物語。

 これより紡がれるは世界が始まる物語。

 これより紡がれるは親子が出会う物語。


 ――――嗚呼、邪神機譚の開幕である!!

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