SWEET TIMES

杜乃日熊

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「やっほー、今朝も元気にタッテルかな?」


 そんな下ネタとともに俺は目覚めた。声の主は俺の体に馬乗りになって、俺の顔を覗き込んでいる。それは知らない女だった。

 一体どこからどうやって俺の部屋へ入ってきたんだろうか。

 それと、気のせいだろうか。部屋はまだ薄暗いのに、その女の顔には不自然に光沢があるように見える。俺の頭がまだ寝ぼけているというのだろうか。

 ひとまず、この女の正体を突き止めねばなるまい。


「誰だアンタは。あと朝から何て発言をしてくれてんだよ。タッテても正直に言うわけないだろ。それから起き上がれないから早くどいてくれ」


 そう言って俺は乗りかかっている女ごと体を起き上がらせる。

 きゃー、という間延びした声とともに女は俺の足元へ倒れ込む。


「ちょっと、乱暴なことしないでくださいよ。女の子は大切にしないといけないんですから。雑な扱いをしてると、一生童貞のままで魔法使いになっちゃいますよ」


「余計なお世話だ!見ず知らずのアンタに言われる筋合いは無いわ!ていうか、誰だよアンタは!」


 女のマイペースな態度に苛立ちを覚える。

 俺の問いに対して、女は体を起こして俺を真っ直ぐに見つめて爽やかな笑顔を見せる。ん?やはりどこか違和感があるような……。


「初めまして、私の名前はショコラといいます。あなたの精を吸い尽くしに来た悪魔です♪」


 ……一瞬だけ思考が停止してしまう。

 悪魔だって?精を吸うということはサキュバスだろうか。現実味は無いが、確かに人間とは違う雰囲気ではある。

 でも、先ほど感じた違和感はどうもそれではない気がする。

 ショコラと名乗る悪魔の体を一通り見渡す。パッと見た感じは普通の女の子だ。だが服は着ておらず、全裸である。本来なら顔を背けるところだが、なぜか見ても恥ずかしい気持ちにならない。

 そういえば、さっきから思ってることがあったんだが。


「何ですか、そんなにまじまじと見つめちゃって。そんな目で見られたら下半身がうずうずとしてきちゃうじゃないですか」


「なぁ」


 恥ずかしがっているショコラを無視して、俺は疑問を投げかける。


「さっきから気になってたんだが、何でお前の体、そんなに茶色いんだ?」


 そう、彼女の体は頭から足まで全てが真っ茶色だった。それも南国で日焼けした人みたいな健康的な色ではなく、もっと無機質で生気のない色だ。それでいて、表面はツルツルとした感じに見える。

 すると、あぁ、と言ってショコラはうっすらと笑みを浮かべる。


「私の体は少々特殊でして。全身がチョコでできているんです。ほら、何となくカカオの甘い匂いがしてきませんか?」


 するとショコラは自分の右手を俺の方に向ける。

 俺は彼女の手の匂いを嗅ぐ。確かにチョコレート特有の甘い匂いがする。その匂いを嗅いだせいか、グゥ〜、と腹の虫が鳴く声が聞こえた。


「お腹が空いたんですか?だったらどうぞ私をお食べになってください。朝からチョコを食べるのはちょっと胃に重たいかもしれませんが」


 ショコラは上げた右手を俺の口元へ近づける。未だに甘い匂いが漂ってくる。だが、俺は彼女の手から顔を離す。


「い、いやちょっと待てよ。体がチョコでできているからといっても、俺が食べてしまったらアンタも不便なんじゃないか?○ンパンマンの顔みたいに体を取り替えないといけないのか?」


「いえ、それについては心配いりません。後で魔力を補給すれば体は自然と再生します。なので、あなたが精を提供してくだされば問題ありません」


 それは俺からすれば大問題ではないのか。

 今朝の食事(しかも朝からチョコだ)をもらう代わりに精を吸われるのとでは対価として釣り合ってない。それだったら今から下へ降りて、ちゃんとした朝食を食べた方が断然いい。


「さぁ、遠慮なさらずに私を召し上がれ♪」


 ショコラは再度右手を俺に押し付けて、無理矢理食べさせようとする。

 て、やめろ!お前を食べれば俺の命が危ぶまれるだろうが!そんな命懸けで朝食を食べようだなんて微塵みじんも思えない。

 俺は口を閉じて何とか抵抗する。

 十数秒の格闘の後、なかなか食べないことに気づいたショコラは左手で俺の顎を掴む。そして下へ引っ張って、俺の口を開こうとする。


「もう、遠慮なんてしなくていいんですよ。あなたが私を食べてくだされば、既成事実を逆手に取ってあなたの精を奪うことができるのですから……!」


 彼女は変わらず笑顔のままだ。しかし、その顔はやや引きつっている。

 徐々に化けの皮が剥がれて、下心が顔に出始めている。どんな手段を使ってこようが絶対に食べないからな!

 だが、俺の必死の抵抗も虚しく、俺の口が開いてしまう。そこへショコラの人指し指が侵入してくる。

 舌にはチョコの滑らかな感触が伝わる。そして、掴んだままの左手で顎を閉じさせて、パキ、と小気味いい音が鳴る。

 あぁ、とうとう悪魔の果実を食べてしまった。

 俺の心の中は絶望で溢れているというのに、口内はとても甘くて美味しいチョコの味で満たされていく。今まで食べたことの無いほどの未知の味が舌から脳へと染み渡る。

 こう言うのは悔しいが、とても病みつきになる味だった。もっと食べたいと思ってしまう。

 そんな俺の心中を察したのか、ショコラは先ほどの人懐っこい笑顔とは違う、妖艶な笑みを浮かべる。


「どうですか。もっと欲しくなってきたでしょう?いいですよ、もっと食べてくださっても。そうやってあなたが私に虜になってくれた方が、より上質な精に有り付けますからね」


 その言葉を聞いて、俺はショコラの右手を力強く掴み取る。

 これ以上はいけないと思いつつも、どうしても誘惑に打ち勝つことが出来ない。脳内は既にチョコを食べたいという渇望で充満している。


「もう我慢できない……!アンタの腕ごと丸かじりしたい!もっとそのチョコを味わわせてくれ!!」


「だから何度も言ってるじゃないですか。変に意地を張らなければ、この快楽はいつまでも続きます。さぁ、赤子が母乳を吸うように、あなたも一心不乱に私の手にむしゃぶりつきなさい……!」


 そうして、俺は何も考えることなくショコラの手に齧り付く。

 彼女の艶やかな指や手首を辿って、さらに前腕、二の腕へと食を進める。

 胃もたれなんかは毛頭感じることは無かった。只々ただただその甘い快楽を求めて無我夢中にチョコを噛み砕く。

 この後の自分の末路なんて考える気にもなれない。舌から伝わり、脳へ届く甘味はまだまだ流れていき──────
















 ──────そこで目が覚める。

 俺はハッと我に帰る。ここはいつも通りの俺の部屋だ。ベッドにはあのチョコ型の悪魔の姿はない。だが、口の中にはあの甘いチョコの味が確かに残っている。

 あれが夢か現実かは分からない。けれども、もう一度あの悪魔に会いたいな、と思う自分がいることに気づき、思わず笑みがこぼれてしまう。

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