Cのクオリア

ヨハラ

Cのクオリア

プロローグ

プロローグ

 ここは暗闇に包まれて、奥行きさえ分からぬ部屋の中。光源も定かではないオレンジ色の光が、俺とその周囲を歩き回る大量の鳩を照らし出していた。


「くっ……拘束を解きやがれ、この鳩野郎っっ!」


 俺の名前は明石アカシ泰斗タイト

 現在、自称宇宙人に拉致監禁されている。


「おいっ、聞いてるのかっ!」


 一向に止まない俺の訴えを聞いてか、鳩の中の一羽がふと足を止める。その鳩は暫くの間こちらを見据えると、ひょこひょこと口ばしをパクつかせた。


「まったく……。やっと目を覚ましたと思ったらいきなり喚き散らして、なだめようとしたら怒鳴り散らす。他の鳩達だってびっくりしているポ」


 部屋のどこかにマイクが設置されているのか、それとも宇宙人特有のテレパシーという奴なのか、鳩が発していると思われる声は、驚くほどクリアに俺の耳へと届いている。


「ここはどこだ、あいつ等は無事なんだろうな?」


「ふむ……。一つめの質問はさっきも答えた通り、ここは君達が言う所の宇宙船の中だポ。二つ目の質問に関しては、君のこれからの選択次第とでも言っておくポ」


「宇宙船? そんなの信じられるかよ。鳥型の宇宙人なんて聞いたこともねぇよ!」


「鳥類は地球を象徴する種だからこの姿で現れたポ。鳥類は君達人類よりも、ずっと長くこの星で繁栄を極めているポ」


 鳩は軽く羽を広げ、二、三歩こちらへと歩み寄ってから言葉を続けた。


「それに、鳩は平和の象徴なんだポ? この姿は、我々が君達人類に危害を加えるつもりは無いという、平和的な意思表示なんだポ」


「なぁにが平和的だっ。野外で気絶させられるわ、目が覚めればガッチリ拉致監禁されているわ、鳩に話しかけられるわで俺の警戒感はこの上なくMAXだよっ!」


「でも、君達はこうでもしないと話を聞いてくれないポ?」


「そんなもん人間の姿をして、普通に接触してくればいいだろうが」


「ポッ? その手があったか……」


「それにな、なんで『ポ』なんて変な語尾をつけてるんだよ? それがキャラ作りの一環なら、そもそもしゃべる鳩なんかいねぇよ」


「ま、まぁ……それはそうだけど……」


 自称宇宙人は押しに弱いのか、意外にもあっさりと語尾に『ポ』をつけることを諦め、どうしたものかとひょこひょこ首を傾げている。考え込む鳩を他所に俺は、自分の置かれた状況を分析しようと思い周囲に視線を走らせた。この場を逃げ出せるのか、あいつらが今どこに居るのか、今は慎重に判断しなくてはならないのだ。


 部屋が暗過ぎて自分がどういう状態に置かれているのかよく分からないが、何やらフワッとした手錠のようなもので両腕を後ろに縛られているようだ。手錠は手首が感じる柔らかな感触とは裏腹に、力ずくで解こうとしてもビクともしない。


 微かに耳鳴りのような音が聞こえるような気もするが、光源不明なオレンジ色の光同様に、それがどこから鳴っているのかが分からない。他にも何か手がかりを見つけられないかと五感を研ぎ澄ませてみるが、結局何も手がかりになるようなものは見つけられなかった……。とりあえず、自力で脱出するのは不可能だと思われる。


 俺はすうっと深呼吸をして何とか怒りを収め、状況を改善すべく語尾を和らげて冷静な会話に努める事にした。鳩との会話以外に、今自分がやれる事は無いと思ったからだ。


「まぁ、話は聞いてやらんでもない。……だが、まずはあいつ等の無事を確認するのが先だ。あいつ等の無事が確認出来ない限り、俺は何一つ協力しないからな」


「……ふむ……」


 軽く相槌を打った後で、鳩はその場でひょこひょこと足踏みしてからこう言った。


「そういう事なら話は早い」


「……どういう事だ?」


 俺の問いかけに鳩は、ひょいと尻尾を向けてから答える。


「彼女達なら無事だ。今そこに居るよ」


 鳩がそう言って片方の羽を広げたかと思うと、それほど遠くない位置、距離にして十メートル程度の所に、新たなオレンジ色の光が三つ灯った。それぞれの光は、闇の中に隠れて見えなかった三つの円柱状の巨大なガラスケースを映し出す。


「……なっ……」


 その光景を見た瞬間、俺は愕然とした。


 暗い部屋の中にぼんやりと浮かび上がった円柱状のガラスケースは、中が液体で満たされている。それはまるで大型の水槽のようであった。

 そしてその中には――――。



「ヒナタ! クウ! ツキコ!」



 俺の幼馴染である女子三人が、なんと一糸纏わぬ姿で浮かんでいたのだ。


「彼女達がどうなるのか……それは君次第だ」


「……くっ!」


 水槽を照らすオレンジ色の光を背負いながら、鳩は僅かに首を傾けた不敵な態度でこちらに向けて質問してきた。


「彼女達の事が心配かい?」


 強烈な二つの思いが俺の中に込みあがってくる。激しい心配と、そして。


「……くそっ! 光源の位置が悪いっ! これじゃガラス面に光が反射して、大事なところが見えんじゃないかっ!」


「…………」


「しかしあいつ等、一緒に風呂に入ってくれなくなったと思えば、たった数年で(約一名を除いて)こんなに立派に成長しやがって……こいつは……なかなか……」


「…………」


「……ふむふむ……なるほど……」


「…………」


「……ふむふ…………ハッ……!」


「…………」


「……こっ……!」


「…………」


「――この鳩野郎っっ!!!」


 少し呆れているかのような態度で鳩は、水槽に釘付けになっている俺の様子をじっくりと観察していた。


「あいつ等に一体何をしているんだ!」 


「君は意外と余裕があるな」


「うるせぇっ! あいつ等水の中に浸かってるじゃねぇか! 早く出してやれよっ!」


「大丈夫だ。あれは普通の水ではないので、大気中で呼吸するよりも的確に肺呼吸できている」


 鳩の言葉を聞いて俺は三人の口元に注目した。確かに鳩が言うとおり、三人は水中なのに健やかに呼吸を繰り返しているようだった。俺は一先ず安堵する。


「ほっ……。じゃ、じゃあ目的は一体何なんだっ? 年頃の女の子を三人もひん剥きやがって、鳩の癖に羨まけしからん」


「彼女達は調整中なんだ」


「……調整中……だと?」


「そうだ」


「……なんの調整だ」


「『Cのクオリア』との同期さ」


「Cのクオリア……? それは一体何なんだ?」


「君達の新しい絆さ」


「新しい……絆?」


「ああ」


 鳩はピタリと動きを止めて、ゆっくりと説明し出した。


「彼女達には魔法少女になってもらいたいんだ。そして君には、それを管理プロデュースしてもらいたい」

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