(2)
「かつあげの被害がいつぐらいから出始めたか分かる?」
「たぶん、一週間くらい前からだと思います」
一週間……か。
「岸野くんも小林くんも、今回の件は学校や交番に報告してるんだよね」
「すぐにしてます。親父もすっごい気にしてたから」
さすがにしっかりしてるね。
「学校の対応は早かったみたいだけど、交番の方は防犯対策強化するって言ってた?」
「うーん、僕はそっちはなんとも。パトロール増やすとは言ってくれましたけど……」
うちの町内の交番だと、横田二丁目交番か。あそこのおやっさん、佐々木巡査とは顔なじみだ。ただの人のいいおっさんだから、でかい事件があった時には何の役にも立たないと思うが、うちの町内自体が静かな住宅地で、凶悪事件なんかそうそう起きそうにない。そしておやっさんはベテランらしく、落とし物探しやら夫婦喧嘩の仲裁やらは上手にこなしてる。まさに、町のお巡りさんていう感じだ。
子供相手のかつあげと言っても、事件的には知れている。佐々木さんにはそう考えられてしまっているのかもしれない。だが……。
「なあ、岸野くん。被害受けてるのは小中学生だけ? 野田高の生徒が被害受けてるって話は聞いてる?」
「うーん……少なくとも僕は知らないです」
「ってことは、加害者は野田高のヤンキーなのかなあ」
「えー?」
今度は岸野くんが首を傾げた。
「なんか……」
「うん」
「もっとオトナのような気がするんですけど……」
「む」
それは、どうも……変だな。
岸野くんが俺に電話してきたのは、単純なSOSではない。学校や交番の対応にかつあげの抑止効果がない以上、学校や交番は当てにならないと考えたからだろう。お父さんの仕事を信用出来ずにセカンドオピニオンを探った、小林くんのお姉さんの件と同じアクションだ。しかも、今度は彼自身が標的になってる。彼が強い危機感を抱いて、アンテナの感度を最大にするのは当然だろう。
だが学校や交番が対策を講じ、生徒も用心しているのに、なぜ被害が止まらないのか。そういう対応を嘲笑うかのように、かつあげを続けるのか。それが奇妙なんだ。うーん……。
「いくつか質問するね。その二人組。人相分かってる?」
「はっきりとは……逃げるのに精一杯で」
「他に被害に遭った子は?」
「それが……」
「うん」
「みんな、話したがらないんですよ」
「……。でも、先生や交番ではどんなやつだったって聞かれるだろ?」
「はい。でも、服装は毎回違うし、帽子やサングラスで顔を隠されてしまうと……」
「ああ、それもあるのか」
「少なくとも、僕やコバが狙われた時の二人は今日の奴らと同じだと思いますけど……」
かつあげする連中が、学生からカネをゲット出来ずに逃げられたケース。それはそんなに多くないんだろう。そして、連中の数少ない失敗例が岸野くんたちだったとすれば……連中が執拗に岸野くんを追った理由が見えてくる。
口止めだ。
小中学生なら、オトナの恫喝は俺たちがされる以上に恐ろしく感じられるだろう。下手に俺たちのことをバラせばタダじゃ済まさねえからなと脅せば、子供たちの口から有用情報が出てこなくなる。子供たちを恐怖で縛ってその口を封じれば、自分たちの正体がばれにくくなる。警察にしても学校にしても、加害者の特定が出来なければ再発防止の具体策が限られてしまう。
「うーん……」
かつあげしてる連中は、相当に頭がいいと見た。脳足りんの高校生ヤンキーが暇つぶしでやらかすようなレベルじゃなさそうだ。
「岸野くん」
「はい」
「今回のかつあげ。ヤマがかなりでかいかもしれない。俺の手に負えない可能性もある」
「ええっ!?」
ぎょっとしたように、岸野くんが立ち上がった。
「単純なかつあげ事件にしては、不可解なことが多すぎるんだよね」
「ええと。どこが……ですか?」
「岸野くんが犯人の立場になってみれば、すぐに分かるよ」
「……」
どすんと椅子に座り直した岸野くんが、目を瞑ってじっと考え込んだ。
「そっか……あ」
「だろ? どこがおかしいか、言ってみて。俺のと照合しよう」
「はい。まず……」
「うん」
「これだけかつあげのことが僕らの間で問題になってて、学校でも警察でも動いてくれてるのに、収まってない」
「そう。それが一番おかしい。みんなが警戒を強めている中に飛び込んでかつあげしようなんてのは、バカじゃないか。自分が捕まっちゃう可能性が高いんだから」
「はい」
「だけど、かつあげは続いてる」
「うん。今日も僕がやられたから……」
「まだあるだろ?」
「はい。なんで、かつあげの相手が僕らなのかなーって」
「素晴らしい!!」
岸野くんの肩をぽんと叩く。
「小学生の持ってる小遣いの額なんか知れてるよ。岸野くんがカネ目当てにかつあげしようとしたら、絶対に小学生なんか対象にしないだろう?」
「もちろんです。同じ中学生相手よりは、失敗しにくいってだけで……」
「そこさ」
「え?」
「だから、小中学生相手なんだよ」
「ど、どういうことですか?」
「カネ目当てでないって可能性があるんだ」
「……。じゃあ、どうして?」
「それはまだ分からん。埋まってないピースがあるからね」
「そうか……」
「岸野くんが全ての情報を持ってるってわけじゃないから推測が混じると思うけど、誰か実際にそいつらにぼこられたって話、聞いたことある?」
ちょっとの間考えて、岸野くんが首を捻った。
「あれー? 変だなー。そう言えば……ないかも」
「だろ? 脅しだけだよね?」
「うーん。そうみたいです……」
「それもおかしいよな。誰がおまえらの言うことなんか聞くものかってケンカ売る子がいれば、普通は必ずぼこられるよ。それがかつあげなんだから」
「はい。でも、ケガしたとか、顔に傷つけて登校したとかは……」
「いないだろ? ショックで休んだ子がいるにしても」
「はい」
「犯行は執拗でえげつないのに、金銭目当てにしては対象が小中学生であまりにセコ過ぎる。しかも実行犯が未成年じゃなく、大人の可能性が高い。そして行われているのは脅迫だけで、暴力被害は顕在化していない。だけど被害者が犯人のことを言いたがらない」
俺が手帳をシャーペンでぽんと叩いたのを見て、岸野くんが納得の表情で頷いた。
「ほんとに、めちゃくちゃ変ですね」
「だろ? しかも学校や交番の対応が犯行の抑止力になってない。効いてないんだ」
「はい。それがどうも……」
「学校の方は分かるよ。学校は警察じゃないからね。犯人を取っ捕まえる義理はないんだ。自衛しか出来ない」
「……」
「だけど、警察は別だ。防犯は警察の大事な仕事の一つ。それに効果が出ていないってことには敏感になってもらわないと困る」
「はい!」
「でも、実際のところ警察はあまりまじめには動いてない。こどもの小遣い巻き上げるくらいの恐喝事件を一々立件するのはバカらしいと思ったのかもね。パトロールの強化くらいしかやってくれてなくて、しかもそれは効いてない」
「うん。それは……ヤだなあ」
「まあ、交番てのはしょせんそんなものさ。期待し過ぎない方がいいよ」
「……」
「ただね」
俺は、じっと手帳の紙面に目を落とした。
「それも犯人たちが調整してるってことなんだよ。被害がでかくなれば、交番のお巡りさんじゃなくて、もっと上が出てくる。そうすると、このシマを放棄しないとならない」
「シマ……って?」
「縄張りのこと」
「でも、僕らの小遣いくらいじゃ……」
「連中はそんなのはあてにしてないだろう。釣ろうとしてるのは、多分もっとでっかいものだ」
「ええっ!?」
ぽかんと口を開けた岸野くんが、まじまじと俺を見る。
「それって……」
「まだ何も分からん。連中の本当の標的が何かは、これから特定しないとならないんだ。だいたい見当はつくけどね」
「ひええ……」
思わぬ方向に転がっていく話に、岸野くんが絶句した。
「さて」
俺は立ち上がって、岸野くんの肩を抱いた。
「これから一緒に交番に行こう。君は被害者なんだから、それをちゃんと話しといた方がいい」
「分かりました!」
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