(2)

 俺は、今ひとつせないという表情で俯いていた左馬さんに声をかけた。


「左馬さん。いや、リトルバーズのみなさん。もう事件は終結したのに、なぜ反省って思われません?」

「ええ」


 上条社長が、左馬さんと光岡さんをかわりばんこに見比べて首を傾げた。


「もう、みっちゃんやひろに危害が及ぶ心配はないんですよね?」

「ミストの連中が壊滅した以上、ありません。でもね。今回の事件、もっと早くに気付いて入れば被害を小さく出来た。光岡さんは、事件に巻き込まれないで済んだかもしれないんです。起きてしまった事件をなかったことには出来ません。それなら、ここで傷だけ残すんじゃなく、肥やしにしないと意味がない。だからこその反省です」

「それに意味があるの?」


 左馬さんからダイレクトな疑義が出された。即、切り返す。


「ありますよ。だから、みなさんにわざわざ集まっていただいたんです」

「うーん……」

「ねえ、左馬さん。今回、加害者側の過半数があの世行きになってる。それを因果応報だと思ってませんか?」

「は? 違うの?」

「違いますよ」


 ぽかんとしていた上条社長と光岡さんにも、同じネタを振る。


「お二人も、決してそう考えないでくださいね」


 リトルバーズの三人が、顔を見合わせた。


「リトルバーズのみなさんの反省点。それは、リスク管理が甘過ぎることです」


 腕を伸ばして、チームMの実働部隊を一人ずつ指差す。


「江畑さん、フレディ、そして私。私たちが光岡さんに降りかかるリスクを分散させたから、光岡さんには追加の被害が及ばなかった。でも加害者の連中は自分の腕前に酔っていて、リスク管理がまるでなってなかった。その差が生死を分けたんですよ」

「?」


 まだ分からないようなので、ごつい話をあえてぶつけることにする。


「今回、加害者をあの世行きにしたと目されているヤの字。誰も逮捕されてませんよ? 殺人犯があなたのすぐ側にいるかもしれない。連中はミストにいた連中よりずっと凶悪でヤバいんです。しかも、そいつらは売春の片棒を担いでいた。まだ被害者に直結してるんです。その恐ろしさをちゃんと理解してますか?」


 し……ん。三人とも真っ青になってしまった。


「光岡さんを娼婦として使っていた斡旋業者とそこの利用者。彼らはミストの連中のことなんか知りませんよ。光岡さんの個人情報が漏れていれば、味をしめた連中が夢をもう一度と考えて、リトルバーズへアクセスして来ないとも限らないんです。その時に、みなさんはどう対応されます?」


 揃って絶句してる。ほら。何も考えてないだろ? まだ何一つ過去のことには出来ないんだよ。警告音は今でもずっと最大音量で鳴り続けてるんだ。危機から脱してなんかいないってことを……きっちり意識してもらいたい。


「ミストの連中と同じレベルの危機管理意識しかなかったら、今後どこかでもっとひどい被害をこうむるかもしれないんです。対応マニュアルを作ってあるからと安心するのではなく、もっともっと自衛の意識を高めてくださいね」


 ふうっ。


「女性が大半を占める会社なら、どうしてもリスクに対してもろくなる。それなら、一般の会社以上に普段から用心しておかないとならない。それを……今回の事件の教訓として、どうか心に留めておいてください。お願いします」


 俺は、深く頭を下げた。メモを取った上条社長が、俺に返礼した。


「ありがとうございます。そうね。中村さんに指摘されたことは本当に耳が痛い。持ち帰って、実効あるリスク管理を検討します。ひろも協力お願いね」

「はいっ!」


 よし。これで、まず一つ。


「江畑さんとJDA、そして私の反省事項は、この後実務者間で検討しますので、ここでは触れません。ですが、私の反省を一つだけ表明しておきます」


 ふうっ……。息を整える。


「今回、事態打開のためにJDAの調査員さんと左馬さんにミストへの潜入をお願いしました。いかに切羽詰まった状況だったとはいえ、リスクを甘く見て非常に危険な目に遭わせてしまったことを、みなさんに幾重にもお詫びいたします」


 俺は椅子から降り、土下座して頭を床に擦り付けた。


「申し訳ありませんでしたっ!」


 リスク管理の甘さをどやす俺の足元がずるずるじゃ、全く説得力がない。二人の被害が軽微で済んだのはあくまでも結果論に過ぎないんだ。俺は、こういう出たとこ勝負に二度と素人を巻き込まないよう、心しないとダメだ。猛省しよう。


「いいってば。引き受けたのは、わたしの判断なんだから」


 さばっとそう言った左馬さんが、JDAの調査員さんにも同意を求めた。


「あなたのも給料のうちでしょ?」


 あーあ、それを言うか。フレディが苦笑してるよ。


「そうですね。まだまだ未熟でした……」

「テストケースとして、今後研修で使うよ。終わった、やれやれじゃ、何も残らないからね」


 フレディが、じろっと資料を睨み付けた。


「まさに生きた教材だな。鮮度も高い。これをきちんと活かさないと、今後際どい依頼をこなせなくなる」


 うん。さすがフレディだな。軍務歴があるのは伊達じゃないね。

 ずっと床に這いつくばっていると話が進まない。俺は、立ち上がって席に戻った。


「最後になるんですが。依頼人の光岡さんに一つだけお願いがあります」

「なんでしょう?」

「考えて見てください。同じようにチームで行動していたミスト軍とチームM。その勝敗を分けたファクターはなんですか?」


 首を傾げてる。分かんないかな。


「ミストの連中は、それぞれにきっちり役が割り振られていて、他の役はこなせなかったんですよ。でも、私たちは違う」

「あ……」

「客先へ行かされる女性の横取り。最初の計画ではJDAの分担でしたが、最終的には江畑さんの方で手配してくれました」

「おう」

「検体の採取も、アクシデントで直接採れなかった分を、調査員さんと左馬さんの尿で振り替えました」

「そうね」

「メンバーの間で重ねられる部分、伸び縮み出来るところを上手に調整し、一番リスクを下げ、効果を上げられるやり方をチームで臨機応変に打ち合わせしながらこなした。それが連中との一番大きな差だったんです」

「はい。そうか……」


 光岡さんが、自分の足元を見つめる。


「光岡さんが集団を苦手にされていることはよく存じています。でもね、きちんと集団の中に自分を位置付けること。仕事だけでなく、プライベートでもそういう機会を確保しておくこと。私はそれを強くお勧めしておきます」

「は……い」

「リスクを下げる役に立つだけじゃない。行き詰まってしまった時、辛くてたまらない時、一人で何もかも抱え込まずに済むんです」


 俺は、会議室にいた全員をぐるっと見回した。


「だからこそのチームM。そしてそれが、本報告を最終報告にしない意味なんです」

「あ……」

「光岡さんが、もう大丈夫、手助けは要らないと言い切れるようになるまでは、チームは解散しません。私も最終報告書をお渡ししません。ですから、光岡さんはチーム員として、今後も本チームをしっかり利用してください」


 光岡さんの体が小刻みに揺れて。涙がぱたぱたと床に落ちた。左馬さんが、ぐいっと光岡さんの肩を抱く。


「それはね、私の実感なんです。私には……ほとんど友人と言える人がいません。ここにいるフレディ所長と、付き合いの長い江畑刑事くらいです。同年代の友人は誰もいないんですよ」

「そうなの?」


 左馬さんが、真っ直ぐ突っ込んでくる。


「そうです。私には、愚痴をこぼせる相手が誰もいないんです。私のように。ならないでくださいね」


 孤立を防ぐ。言うのは簡単さ。でも時間が経てば、サポーターと被害者との関係は徐々に希薄になっていく。そして関心が薄れる速度は、被害者よりも支援者の方が早いんだ。被害者がまだまだ助けて欲しいと思っているのに、支援者がもう自立出来るだろうと放り出せば、孤立感がかえってひどくなる。光岡さんだけでなく、ミストの件で被害を受けた女性の多くが、深刻な疎外感や孤立感に悩まされるだろう。

 それなら、孤立を防ぐための新たな絆は自分から取りに行った方がいい。少なくとも、意識だけは外に向けていないとSOSがうまく発信出来なくなる。心の危機が俺らに見えなくなるんだ。ミストの事件。確かに、刑事事件としてはもう終わりさ。でも、被害者救済は今からがスタート。ここからが長い長い苦闘の始まりなんだよ。


 心を閉ざさず、逆にいっぱいに開いて。人の厚意や良心を信じて、頼って。外からもらえるエネルギーは全部自分のものにしちゃって構わないから、忌まわしいことは一刻も早く過去に追いやって欲しい。俺は……心からそう祈る。


 ふうっと大きく息を吐き出して、みんなを見回す。これで終わりじゃないけどさ。でも中間報告の最後は、笑顔で締めたい。

 俺は、あえて笑顔を作った。心からは笑えないよ。まだ……とても笑える心境じゃない。でも先々みんなが、そんなこともあったよねと笑い話に出来るように。いつか、そういう日が来るように。願いを込めて、俺はあえて笑顔を作った。


「以上をもちまして、中間報告を終了いたします。問い合わせや相談は遠慮なくフレディ所長に申し出てください。私も可能な限り対応いたします。みなさん、お疲れ様でした!」



【第二十三話 中間報告 了】

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