(3)

 いきなりダークな展開になって顔が引きつっていた光岡さんと左馬さんを放置して、どんどん先に進む。


「で、その調査員さんには、もう一つ役目を果たしてもらいたいんです」

「なに?」

「光岡さんが体調を崩して出社出来ていない。休んでる。それを情報として連中に流して欲しいんです」

「なるほど。連中の手口がばれて来なくなったんじゃない。あくまでも、本人の体調の問題だと連中に印象付けるということだな」


 江畑さんに確かめられる。


「そうです。それで、光岡さんご本人に危害が及ぶリスクをうんと下げられます」

「あの……みっちゃんの家まで確かめに来るってことは?」


 左馬さんが確認。


「ないでしょうね。連中が光岡さんだけを商品として扱っているのなら、情報の真偽を確認するでしょう。でも、恐らく一人じゃないと思いますよ。広範囲に撒き餌をセットしてますから」


 俺は、リトルバーズで見せた投稿一覧の紙を掲げた。


「あああっ! そ、そうか!」

「こんな不自然な釣りがありますか。サクラが餌を撒いてる。連中は目立たないところに撒き餌をセットして、そこから地味にターゲットのレンジを広げてるんです。短期で釣り上げて、商品化したらすぐ畳むってことじゃない。あそこをハブにして、ずーっとやらかすつもりなんですよ」

「げー……」

「場末の、どこにあるか分かんないような、見るからに胡散臭いところならともかく。人通りも利用者も多いところに、まさかそんな外道な釣り堀があるなんて誰も思わないでしょう?」

「うーむ」


 フレディが怒りで真っ赤に茹だった。


「そしてね。釣り堀はいつでも撤収出来るんです。仕組んでるのは、従業員と客に化けた連中でしょうから」


 江畑さんが両手で頭を抱え込んで、机に突っ伏した。


「えげつねえ……」

「ほんとにね。もし警察に目を付けられたら、実行部隊を少しずつ撤退させる。そのチームごと、他の店に移せばいい」


 ぽん! 机を拳で軽く叩いて、話を元に戻す。


「フレディには、もう一つお願いがあるんです。こちらはある程度リスクがある」

「でかいリスクか?」

「いえ、ある程度です」

「ふうん……」


 ぐいっと腕を組んで、フレディが俺を凝視した。


「先ほど言ったように、私は光岡さん以外にも連中に仕込まれてる女性が複数いると睨んでる。彼女らもきっと、暗示効果確認のために客を取らされてますよ」

「ああ」

「それを横取りして欲しいんです」

「ええっ?」


 フレディが、顔をしかめた。そこまで俺にやらせるのかって感じで。


「売買春のマネージメントは、トレーナーが直接仕切れないでしょう。トレーナーが直接やると、どうしてもそいつが目立ってしまいます。バレた時にすぐ足が付く」

「なるほど」

「そして、女性に客を取らせるには、そのスジの了解が要ります」

「む!!」

「つまり、トレーナーの関与は女性に指示を出して客の男が待つところに向かわせるまで。斡旋だけ。客を確保するところは外注ですよ」

「そこが、やくざか」

「ええ。トレーナーは、儲けを出すことを考えてない。だから仲介料はうんと安くしてるはずです。客の払うカネはほとんどヤの字に入る。ヤの字ぼろ儲けでしょうね」

「むー……」

「でもね、もし待ち合わせに女が来なかったら?」


 にやっ。フレディが笑った。


「そうか。みさちゃん、やるなあ」


 江畑さんがきょとんとしてる。


「どういう……ことだ?」

「江畑さん。女を斡旋するトレーナーと、客を紹介するヤの字の間には契約があるんですよ」

「ああ。そうか。そういうことか」

「ええ。トレーナーが差し向けた女が客のところに辿り着けなければ、それはトレーナー側の落ち度。ヤの字は客との契約がありますから、トレーナーの契約不履行は裏切りです」

「……なるほどな」

「そこで」

「ああ」

「トレーナーにオチてもらいましょう」

「なあ、みさちゃん」


 江畑さんが、難しい顔で俺に聞き返す。


「俺たちは何をすればいいんだ?」

「オチたトレーナーを締めて、バイヤーを特定して欲しいんですよ。少なくとも不法に客を取らせていた時点で、風営法違反の容疑で引っ張れますから」

「ふむ……」

「正直、トレーナーがもしゲロってもバイヤーには絶対結び付かない。俺はそんなやつは知らないとシラを切られるのが落ちです。そして、さっさと出国するでしょうね」

「ちっ!」


 いらいらしたように、江畑さんが手帳を何度かテーブルに叩きつけた。


「でもね」

「ああ」

「バイヤーが知らないこと、甘く見ていることが一つだけあるんです」

「なんだ?」

「そいつは司法当局をなめてかかってますよ。単なる疑義だけじゃ動けない、日本警察の取り締まりシステムの限界をよく知ってるはず」

「くそっ!」


 江畑さんが心底悔しそうだ。


「でもそいつは、日本のヤの字の本当の恐ろしさを知らないでしょう。トレーナーが女に客を取らせていることすら、バイヤーが知らない可能性がある。俺のところには、完成品だけ持って来いってね」


 俺はみんなを見回す。


「ねえ、左馬さん、光岡さん。あなたたちは、ヤクザだと分かっている人には絶対に近付かないですよね」

「もちろんです!」


 二人が力一杯頷いた。


「女性ばかりの会社なら、なおさらです。もしそっち系の人とトラブりそうになったら、警察や弁護士を間に挟む。絶対に直接関わらない」

「ええ、そういう危機管理マニュアルになってます」


 左馬さんがきっぱりと言い切った。


「なぜですか?」

「うー」

「単におっかないからということじゃないでしょう?」

「根に……持たれますよね?」


 光岡さんが、こそっと言った。


「ぴんぽーん! そう言うことです」


 右手で、自分の首をぎゅっとつかんで見せる。


「ヤの字は、約束や契約に異様にこだわるんです。それがどんな理不尽なことであってもね。金蔓を掴んだら、ブルドッグみたいに喰らい付いて離しません」

「ああ、闇金がそうだからな」

「ええ。それを事前通告なしに一方的に破棄されれば、そしてその大元が自分だけ高飛びしようとしていれば……」


 ごくりと唾を飲み込む音が、左馬さんのところから聞こえた。


「ど、どうなるの?」

「さあね。それはヤの字の怒り具合によるでしょう」


 俺はそれ以上説明しなかったが、江畑さんが俺の言葉を引き取って、続きを説明してくれた。


「そいつは、ヤの字に捕まったら最悪消されるよ」


 両手で顔を覆った左馬さんが、いやいやするように首を振った。


「それだけのことをしてるから自業自得だ。だが、そいつが黙って消されるのを待ってるわきゃあないだろ?」

「ええ」

「どこか交番にでも逃げ込んで、保護を求めるだろさ」

「じゃあ……逃げ切られるってことですか?」

「まさか。その時点で、俺たちはもうバイヤーのやらかしたことを知ってる。罪を認めないなら俺たちはもう知らん。拘束はしないが、保護もしない。どこにでも好きなところに行けばいい。でも、ヤの字怖さに罪を認めたら……」


 にやっ。ほくそ笑んだ江畑さんが、俺をぴっと指差した。


「最低十年は塀の中だろよ。人身売買罪だけじゃない。麻取、傷害、強制わいせつの教唆、たっぷり罪が加算されるからな」

「そんな短いんですか? なんか……納得出来ないです」


 左馬さんには、こんなひどいことをしてもその程度の有期刑で済んでしまうのかという憤りがあったんだろう。はっはっは。そんな甘かないさ。


「ああ、左馬さん」

「はい?」

「塀の中にはね。ヤの字がいっぱいいるんですよ」

「あ……」


 にっ。


「どっちにしても、誰かに捕まったが最後、元締めには未来がないんです」


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