(4)
神社の賽銭箱を麻薬の取り引き場所に使うという罰当たりな方法を考え出した連中は、見事に天罰が下って一網打尽になった。あほか。
子安稲荷にブツの回収に来たのは、中年の女。氏子として動いていたのはダンナの方だから、夫婦でコンビなんだろう。ダンナが逃げてりゃ、ダンナに取りに行けと言われただけであたしは知らないとしらを切れたかもしれないが、神社での捕物だけじゃなく氏子の家宅捜索も同時だったんじゃどうしようもない。家からも現物が出てきちまったからね。
これで、仲卸の大物が一つ潰れたことになる。そいつに依存してた二次卸や末端の売人どもは、仲卸の持ってた顧客情報が漏れれば芋蔓式に検挙されるだろう。運良くそれを逃れられたとしても、別の卸を探さなければならないから慌ててばたばた動き出す。その分連中の脇が甘くなり、検挙率が上がるってわけだ。元売りも、アジトを潰されて逮捕者が出たから簡単には拠点を立て直せない。
メディアの扱いはそれほど大きくなかったが、江畑さんは検挙者数以上に
◇ ◇ ◇
女子高生のソボクなお願いがとんでもない騒動に膨らんだけど、とりあえずけりが付いた。事件としては、ね。でも、俺の中では何もかもが中途半端なままだ。それを片付けておかないと、すっきりと年が越せない。
俺は前回話し合いに立会ってくれた渡辺さんを訪ねて、もう一度関係者協議を行いたいと申し入れた。前回の協議で片が付いたと思っていたらしい渡辺さんは驚いていたが、賽銭箱のごたごたが予想外の事件に結び付いたことを重く見て、前回と同じメンバーを招集してくれた。前と違って、今回の招集には関係者全員が積極的に応じた。感情の行き違いをどう収めるか、じゃない。みんな、何があったのか真実を知りたいと思ったからだろう。
前回は正装で上座に座った渡辺さんは、今度は平服。俺らの並び方も車座だ。前回と違って時間がかかると思ったんだろう。渡辺さんは暖房を入れて、部屋を暖めてくれていた。協議と言うよりも、座談会の雰囲気に近い。
みんなが揃ったところで、俺が話の口火を切る。
「本日はお忙しいところをご足労いただき、ありがとうございます。これから、宇佐美雅恵さんから承った依頼の仕上げに入ろうと思います」
「えっ!?」
雅恵ちゃんが、びっくり声を出した。
「だ、だって」
「先日の話し合いの時点ではまだ仮解決なんですよ。お三人が直接衝突するリスクを下げた止まりで、相互不信はまだたっぷり残ってます。立会ってくださった渡辺さんの顔を立てただけで、内心はこんちくしょうと思ってる。どなたも、心底すっきりなさってはおられないと思います」
一番、それに大きく頷いたのは宇佐美のじいちゃんだった。そうだろなあ。もちろん、宇佐美さんや杉田さんに迷惑をかけたことを謝罪し切れてないと考えている大迫さんも、ずっともやもやしていると思う。
「どなたもすっきりしてないのですから、依頼はまだ完了していません。そして、私はわざとそうしました。つまり、みなさんの間の感情的なわだかまりをあえて残して、その不満感を一時的に私に振り向けてもらいました」
関係者が全員首を傾げている。なんじゃそりゃ、意味が分からんぞという感じで。
「どういうことか? この前の和解協議には、仕切り役として渡辺さんが同席しておられたんです。部外者の私は事実説明をするだけで、仕切りに関して一切出しゃばってはいけないんですよ。でも、結局最後まで私が仕切りましたよね?」
「ああ、そうだな」
「みなさんは、私よりもずっと人生経験の長い年長の方々です。渡辺さんを差し置いて、偉そうに場を仕切る若造の私を好意的に見るはずなんかないんです」
「あ!」
雅恵ちゃんが、口に手を当てて驚いた。
「でしょ?」
「そっか……」
「あの若造。事情もろくたら知らないのに、偉そうに俺たちを仕切りやがって。気に食わねえ! みなさん、そう思っておられませんでした?」
苦笑いした四人のじいちゃんたちが、ゆすゆすと膝を揺らした。
「正直に言わしてもらやあ、今でも気に食わん」
宇佐美のじいちゃんが、ずばっと言った。
「わはは! それでいいんです。そうじゃないと私が困る」
「どうしてだ?」
「あの時、お三方の間のトラブル以上に危険で厄介なことが同時進行していたからです。そっちに誰かが関わってしまったら」
俺は人差し指で首を切る真似をした。
「最悪の場合、死人が出てました」
ずしんと。重い沈黙が流れた。
「ですから、みなさんの関心が賽銭箱の件から逸れて、私に向くように仕向けたんですよ」
ぐるっとじいちゃんたちを見回す。
「それでも、前回の時点ではみなさんの意識はばらばらでした。まだおもしろくないままの俊政さんは、賽銭箱の依頼者なのになぜ現物を見に行かないんだっていう私の皮肉が気に食わない。だからわざわざ見に行く気がしない。賽銭箱を見たくないから、いつもの見回りすら見合わせていた。違います?」
宇佐美のじいちゃんが渋々認めた。
「ああ、正直に言やあ、そうだ」
「だから、宇佐美さんの系は軽い注意喚起で済ませました」
雅恵ちゃんが慌ててスマホを出して、俺が流したメールの文面を確認した。
「これって……」
「そういう意図なんです。ヤバさ爆裂の社には、しばらく近付かないで欲しい。でもダイレクトにそう言っちゃうと、依怙地になった俊政さんが、逆にわざわざ見回りに出かけかねないからね」
雅恵ちゃんが絶句してる。
「大迫さんは、お孫さんの不始末のけりををどう付けるかで頭がいっぱい。不始末の象徴である賽銭箱なんか、見たくもないでしょう?」
はあっと溜息をついた大迫さんが頷いた。
「ああ。そうだよ。ほんとにそうだ」
「だから、私は大迫さんには一切タッチしていません。さっきの宇佐美さんと同じで、下手に藪をつついて蛇を出したくないんです。でも、杉田さんだけはそうは行かない」
杉田さんが、ぐいっと身を乗り出して俺を凝視した。
「私が出来栄えを褒めたことで気を良くしていらっしゃるでしょうし、制作、設置をしたご本人ですから、賽銭箱がどうなっているのかが気になって、必ず確認に行かれるでしょう」
「確かに、そのつもりだったな」
「ですから、前回の話し合いが終わった直後にお声を掛けさせていただき、お宅に伺って直接釘を刺しました。あそこは危険過ぎるから、絶対に近付かないでくれってね」
俺は、鳩が豆鉄砲食らってるような顔の関係者をぐるっと見回した。
「つまり、前回私があえてみなさんを仕切った目的は、実は一つではなく、二つあったんです」
じいちゃんたちをゆっくり見回す。
「一つ目は、若造の私が出しゃばって仕切ることでみなさんに不快感を覚えさせ、敵視の対象を私に入れ替えてお三方が直接いがみ合うのを防ぐこと。それは、雅恵さんの依頼をこなすために必要なんです。二つ目は、渡辺さんの頭越しに仕切った私への反発を利用して、みなさんの行動をコントロールすることです。そして二つ目は、雅恵さんの依頼とは直接関係がありません」
ふうっ! 大きく息を吐き出して、ぐんと胸を張った。
「本件。私が請けたのは雅恵さんの依頼でした。でも、その依頼が実は二重構造になっていた。ものすごく厄介な案件だったんですよ」
「二重構造かい?」
渡辺さんが面食らったように聞き返した。
「そうです。雅恵さんの依頼内容は、お三方を仲直りさせてくれというものです。でも、それは本来探偵事務所が請けるべき案件ではありません。私が雅恵さんの依頼を請けた本当の理由は、その背後にとんでもない危険が潜んでいるのが見えてしまったから。みなさんを仲直りさせることが第二号の案件なら、それと平行して第三号の案件も請けてしまったんです。それが……」
「あの事件だったってことか」
「そうなんです。私には一円の儲けにもならない、命の危険すら伴う厄介な案件。でも、私は絶対にそこから逃げられないんですよ」
「なぜだい?」
「私が放置すれば、この中のどなたか、もしくは全員が必ず不幸になるからです」
俺は、拳で畳をどんと叩いた。
「不幸が起こってしまってからじゃ遅いんです。危機が来ることが分かっていれば、私が探偵であろうがなかろうが防ぐための努力をしますよ。当たり前のことです。杉田さんには先日申しましたが、目の前に崖から落ちそうなのに気付かない人がいたら、必ず危ないぞと声を掛けて引き留めるでしょう?」
「……ああ」
「そういう性質のものです」
もう一度、関係者をぐるっと見回す。
「本日みなさんがわざわざここに足を運んで下さったのは、本件、何が一体どうなっていたのかというご興味からだと思います」
一同が頷いた。
「それをこれからご説明します。それをもって、第二号、第三号の二つの案件を同時に完了とさせていただきますね。説明に先立って、私からみなさんに一つご了承いただきたいことがあります」
「なんだい?」
渡辺さんが身を乗り出してきた。
「私がこれからする話には厳しい個人批判が含まれますが、それは私の感情から出ることではありません。それだけはあらかじめご承知おきください。よろしいですね?」
念を押す。念を押しても反発は出るだろう。それは……仕方がない。
「では、説明を始めます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます