くろがねの歌

くろがねの歌1 形見の本

 夏の蒸し暑い日。僕は我が師の部屋で慌しく動いていた。

「髭剃りましたね」

「ん」

「髪結ってますね」

「ん」

「歯は?」

「さっき磨いた」

「じゃあ、これ羽織って下さい」

「暑そうだなー」

「でも正装じゃないとだめって、最長老様が」

 我が師の肩に手早く黒い外套をかけてやる。

 無精ひげは剃られて顎はつるつる。束ねた黒髪は洗髪したて。目は切れ長で涼やか、鼻筋がすうっと通っている。腹立つぐらいの男前だ。最長老様から借り受けた杖を渡してやれば、どこからどう見ても立派な美形の青年導師。

 これから我が師は最長老様の代理人として、湖の向こうの街へ渡る。王国西の遺跡から「遺物」が出土したそうで、それを引き取りにいけと命じられたのだ。

「遺物来るの、七年ぶりだな。前のはへんな玉座でさ。ボタン押すと、目の前の奴らをみんな焼き尽くすってやつだった」

「うわ、えげつないですね」

「持ち込まれてきた時さ、玉座に座って調べたバルバトスが全治三ヶ月の大やけどした」

「そ、それは……災難でしたね」

「二位の長老シドニウスにあなたも座ってみたら~? とかそそのかされたんだよな。いやね、先にあいつが座ったのよ。パタパタ羽がでてきて風吹きつけてくれるとか、もみもみ手がでてきて肩や腰揉んでくれるとか、いたれりつくせりな便利玉座だったんだよ。でも指紋認証装置がついててさ、先に座ったシドニウスの指紋が登録されてたの。ほんでさぁ、登録者以外の奴が座ったもんだから熱線出てきてジュッ!」

「ひえ……」

「玉座にこっそり座ろうっていう不届きものを罰する機能なんだろうなぁ」

 今やすっかり忘れ去られた恐ろしい古代兵器や、人間を怠惰に導くような高技術品。こういったものは見つかり次第、我が寺院に封印されることになっている。なぜなら、古代の超技術は一度ならずこの大陸を破壊し尽くしてきたからだ。その反省から、大陸同盟によって「危険な遺物は寺院に封印されるべし」という遺物封印法が制定された。

 この寺院が湖の奥の岩山に在り、導師たちの結界で守られているのはそのため。何人も封印物に近づけぬようにするためだ。

「じゃあ、行って来る」

「あの! 帰ってきたら今度こそ一緒にトルのことを真剣に考えてくださいっ」

「あー、へいへい」

 昼過ぎ、相変わらず生返事ばかりの我が師は大きな箱を抱えて小船に乗り込んだ。寺院のために毎朝魚を獲ってくれる、メセフの漁船に。果て町からくる供物船とこの漁船だけが、結界が張られた湖を渡るのを許されている。

 我が師が甲板にどんと置いた箱からは、ピンクの耳の先っぽがちらり。ゆる神ピピちゃんの着ぐるみだ。最長老様に「町起こし事業を妨害するな、とっととお役人に返してこい」と急かされたので、「涙を呑んで」返却するという。

 我が師は船べりからひらひらと手を振った。

「そいじゃな。いい子にしてるんだぞ。あ、そうそう、俺の部屋の戸棚整理しといてね」

「戸棚?」

「見ればわかるから」

 ほどなく、我が師を乗せた小船は音もなく滑り出した。魔法の風が船を押していく。僕は小さく手を振って見送った。船の姿が見えなくなるまで。





 湖の向こうに船影が消えると、僕は湖の岸辺にある岩に座り、一通の封書を袂から出した。


『アスワド、君の手紙が来てとても感激した。

 君の励ましのおかげで、ボクの心は希望に満ちている。

 こちらに来てうすうす分かったのだが、我が師バルバトス様が手を回して、ファラディアにメキドを攻めさせたらしい。メキドをわざと窮地に陥れさせてボクの家の支持者を焚きつけ、ボクを王に据えさせたようだ。

 大臣たちはボクの師を盲信している。ひんぱんに密書をやりとりして、その言葉通りに政を行っている。でもボクには、その密書を全く見せてくれない。玉座に座っていろと言うだけだ。

 我が師と大臣たちは、ファラディアを攻め返すつもりだ。ボクは戦になるのをなんとか止めたくて抵抗している。

 皆はそんなボクを臆病者とみなして、誰もボクの言葉を聞かない。だがつい先日、この手紙を託すことができるような味方を得た。彼と、がんばってみる。君もどうか元気で』


 赤毛のトルからの手紙。隊商に託した手紙の返事で、先日メセフが晴れ晴れとした顔で渡してくれた。

 何度読み返しても、最後の行の『彼』という文字はれっきとした男性形の代名詞。やにわに心中穏やかならざるものが駆け巡ったけど、無理くりその「彼」を白髪白髭のいかつい老人将軍で奥さん健在、息子五人孫十人持ちに脳内変換してみた。うん、これなら胸がもやもやしない。

 トルの状況は逼迫している。他の誰でもないトルの師その人が、彼の命をとろうとしている。

『バルバトス様が君の命を狙っている。贈り物を受け取るな!』

 昨夜僕はトルの髪の毛の灰で警告の手紙をしたため、我が師に「式鳥」を飛ばしてもらった。

『いた! 何するんですか、僕の髪の毛引っこ抜いて』

『手紙につけて送るんだよ。トルが式鳥使っておまえに返事出せるようになるだろ?』

『トルはそんな高等な術はまだ……』

『いやいや、大丈夫』

 僕の髪を内包して鳥の形に折られた僕の手紙は、淡く光って宵空をはばたいていった。相手の元へ確実に一昼夜で着く、と我が師は言う。

 どうか無事に届いてくれと願うばかりだ。トルが悪者たちの毒牙にかからないように……。

――「うわ! なんだこれ!」

 それからさっそく我が師の言伝て通り、殺風景な師の部屋に行って戸棚を開けると、中からどそどそ物があふれてきた。何も書いてない巻物の山に、コウモリの羽の束。蛇の脱皮殻にトカゲの尻尾。

 瓶に入った蜘蛛の死骸多数。そんなものの大部分をしめていたのが、マンドラゴラの根っことポキニンの薬草束で、この量がはんぱじゃなかった。

「ひ! これ、呪術用品?」

 明らかに我が師のものではない物品。だれかからもらって、とりあえず暫定的にここに全部突っ込みました、という状態だ。コウモリの羽の束にメモ書きがついている。

『湿気厳禁! きちんと分類整理して保管のこと』

 最長老レクサリオン様の署名だ。薬草束にも同じ署名のメモ書きがついている。

『火気厳禁! 燃やすとはじけとぶので注意』

「アスパシオンの、こんにちは」 

 首を傾げているとレクサリオンのカシエが両手いっぱいに薬草束を抱えてやってきた。

「これで十束、あと十束もってきますね」

「え、えっと?」

「うちのお師さまのお部屋、物がいっぱいであふれそうなんですよ。三部屋もあるのに、足の踏み場がなくって。使用頻度が少ないものを置かせていただくことになって、助かりますう」 

 要するに、我が師の部屋は最長老様の倉庫になったってこと? なんでそんなことに。

 とはいえ最長老様の物となれば、しっかり整理保管しないと。僕は戸棚を整理する作業にとりかかった。奥の方に我が師の私物らしきものがくちゃっと押しつぶされている。古い衣や着古した下着といった、もう捨てていいものばかりだ。

「もう、無造作に突っ込んで……あれっ? これって、本?」

 なんと一冊もないと思っていたら文物を発見。韻律書かと期待して表紙を見て目を剥く。


『我が弟子のために――黒き衣のカラウカス』


 カラウカス! 

 前最長老、我が師の師匠の署名じゃないか。ページの紙はかなり古く、変色師弟手まっ茶色。五線譜に神聖文字を置いた韻律譜が直筆で書かれている。とても堅苦しい字だ。

 光出しの韻律。物を浮かせる韻律。簡単な結界を張る韻律……どれも初歩のもの。

 しかしそれはたった数ページで終わり、あとは同じ人のものと思われる字で、びっしりとお話のようなものが書かれている。その題名は……。


『ある弟子と、使い魔ペペの大冒険』


「なにこれ……おとぎ話?」

『昔々、ある寺院にとてもえらい魔法使いがおりました。

 魔法使いには、弟子がふたり。

 年上の子は寺院で一番成績優秀。年下の子は寺院で一番優しい子でした。

 寺院に来たばかりの年下の子は、こんな薄暗いところはいやだと毎日泣いていました。

 こまった魔法使いは、この子にウサギの世話をたのむことにしました。

 ちょうど使い魔ウサギが赤ちゃんを生んだところだったのです。年下の弟子は喜んで、赤ちゃんウサギの世話をし始めました。

 二人はすぐにとても仲良しになり。そしていろんな冒険をすることになったのです……』


 驚きながらページをめくる。一ページに一話ずつ、「弟子」とウサギの小話が書き連ねてある。

 「弟子」と使い魔ウサギは星空を飛んで精霊にでくわしたり。湖の中に潜って大きな亀の化け物に追われたり。またある日は、ふたりで焼き芋を焼いたり。不思議な花を見つけたり……。

 そしてそんなひとつひとつの冒険の終わりには。

「今日はここまで。よい夢を」

 と必ず書かれていた。物語は二十話ほどもある。年下の弟子の名前はどこにも書かれてない。でも絶対、この「弟子」というのは我が師がモデルに違いないだろう。

「すごい……カラウカス様って、本当にお師匠様をかわいがってたんだな」

 これ、僕が見ていいものだったのか? 我が師にとっては大事なもの、師の形見というべきものだ。さらに後ろの頁をめくってみると……

「え? うわ! ち……地図?」

 まごうことなくそこには、鉄筆でびっしりと地図が描かれていた。

 なんと、地下に広がる鍾乳洞の詳細な地図が。




 僕はその地図を食い入るように見つめた。本の後ろに何ページにも渡って、鉄筆でびっしりと書きこんであるものを。その細かさは図書館にあった地図とは比べ物にならない。ぐちゃぐちゃに入り組んでいる迷路のごとき洞窟をひとつひとつ、その形状までしっかり描いている。実際に見て回りながら描いた感じだ。

 「滝」。「草地」。「中州」。「塩の洞窟」。特徴的な場所を記す文字が、丸みを帯びていてとても奇麗だ。カラウカス様の堅苦しい字とは全然違う。

 その地図を汚すように、詩のような変な文章がところどころ、書きなぐってある。


『滝の近くにゃ魚がいる どれでも食える おいしいな』

『鍾乳洞のヌシにあったらば ともかくにげろ とっととにげろ』

『猫もどきは獰猛だ 爪で引っ掻く 目を守れ』


「す、すっごい汚い字。ちっちゃい子供が書いたみたいだ」

 地図の字と、その汚い書きなぐりの字はまるで全然違う。これはカラウカス様ではない、全くの別人がそれぞれ書いたものだろう。

 ぱらぱらと何ページにも渡る地図を眺めれば、地図を汚すように書きなぐられている汚い字はところどころに出没し、いやおうなく目に入ってくる。

 詩のようにも見えるが、なんてヘタクソな字なんだろう。地図を描いた人と違って、これを書きなぐった人はとても頭が悪そうだ。


『にんじんなんて どこにもない! お魚しかない!』

『わがままいうな! きっともどれる! いつの日か!』

『ひと月たった? いやおれたちは 二ヶ月たっても大丈夫!』

『ゆうれいがいる。今日も影をみた。いちもくさんに、にげてみた!』


「あ……」

 最後のページを見て固まる。

 そこには、かわいいウサギの絵が描いてあった。このウサギの落書き、どこかで見たことがある。

 しかも大きな、汚い字で―― 

『ぶじ生還ー! 地図書き感謝だぜぺぺ!

 置き去りお仕置き生還記念・七三五三・五・十五』


「お……お師匠様? このへたくそな字、お師匠様が書いたのか?!」

 ここにこんなことが書いてあるということは。かつて我が師は鍾乳洞の奥に入ったことがある、ということだ。しかも使い魔ペペと一緒に。 

 鍾乳洞の奥に……というのは穏やかではない。置き去りお仕置きとは、察するに蒼き衣の弟子が罪を犯した時に受ける罰のことだろうか。

 許しなく脱院しようとするなど、重大な戒律破りに対して執行される事実上の死刑判決。底なし池に投じられる罰の次に過酷なものだ。鍾乳洞の奥にある下り穴に目隠しで落とされ、生還できれば罪は償われたと判断される。だが無事帰ることができなければ、そのまま……。

 そんな極刑が下される事件はめったに起こらない。僕がここにきてから罰を受けた者はひとりもなく、昔話として聞くだけだ。

 我が師は一体、どんな罪を犯したのか。

 最後の数字はおそらく年号と日付だ。神聖暦七三五三年。十七年前といえば僕が生まれる一年前、カラウカス様が亡くなられた直後ぐらいか……。

 戸棚の奥にそのまま本を戻そうとして思い直し、亜麻布で厳重にくるむ。これは大変貴重なものだ。これ以上痛まないようにしないと。

 しかし鉄筆の地図は、本当にウサギが描いたんだろうか。ちょっと信じられない。

 もし真実だとしたら。

 使い魔ぺぺというのは、とんでもない生き物だ。

 




 日帰りで帰る予定と聞いていたが、その日我が師は帰ってこなかった。

「心配いらぬ。きっと町の役人に歓待されているのだ」

 長老様たちはそう仰るものの、何の音沙汰もなくあっという間に三日経ぎた。四日目になると、弟子たちの間でヒソヒソ話が交わされるようになった。

「今回の遺物、すっごく危ないものなんじゃない?」

「ああ、だから一番下っぱのアスパシオン様に行かせたのか」

「うん、きっと様子見ってやつだよ」

「つまりイケニエだね」

 弟子たちの話を耳にして、僕の不安とイライラははちきれんばかり。僕が送った式鳥が無事トルのもとへ届き、返事が戻ってきたからだ。なんと僕の髪を使った式鳥で、だ。


『アスワド、君のおかげで助かった。我が師からの贈り物を封印したよ。大臣たちが案の定、飲め飲めとしつこかった。でも頼もしい「彼」が大立ち回りを演じてくれて、ボクを守ってくれた。「彼」はすばらしい……この手紙も「彼」が式鳥で送ってくれるそうだ。事の詳細を書きたいが、今ボクは目が回るような忙しさだ。ボクが持つべきものをこの手にするべく、これから戦いにのぞまねばならない。落ち着いたらゆっくり報告するよ。どうかボクの勝利を祈っていてくれ。

 百万の感謝をこめて……トルナート・ビアンチェルリ』


 頼もしい「彼」がトルを守った。

 大立ち回りをして守った……。

 僕は何度もその返事を読み返し、自分に言い聞かせた。

 「彼」とは白髪白髭のいかつい老人将軍で奥さん健在、息子五人孫十人持ち。れっきとしたおじいちゃん……だと想像しろと。すらっとした若い美丈夫とか、そんなのでは決してないと。

 しかしむなしい妄想はまったく効き目がなかった。魚とりも自主学習も当番も、ろくに手につかない。

 僕はちょろっと手紙を書いただけ。

 でも「彼」は、物理的にトルの盾になって大奮闘。大立ち回りって、どんな状況だったんだろう。きっと今もトルのそばにいて、戦いの陣頭に立ってるにちがいない。体張って女王陛下を守るって……まるっきりおとぎ話の王子か騎士だ。しかも我が師と同じく式鳥を使える。戦士というだけでなく呪術も使えるとは、どう考えてもあっちの方が貢献度が高いというか、比べ物にならないぐらい「できる人」だ。


『ボクの勝利を祈っていてくれ』


 もちろんだよトル。僕は祈る。でも、できるのはそれだけなんて。

 危機に瀕している親しい女の子のために、ただ念じるだけなんて。

 導師ならまだしも、見習い風情の僕の祈りなんてなんの力もない。なんとか韻律波動にして加護の力を飛ばせたとしても、寺院の結界を越えることはできないだろう。

 トルのもとへ行ったら、この見習い導師の力が役に立つ。浅はかにもそう考えてたけど、結界を越えられない僕なんか、「彼」にくらぶればいかほどの足しになるだろうか……。

 ものすごく落ち込んで気分は鬱。それでも何か役に立てないかと必死に思い巡らし、図書館を漁っているうちに日が暮れた。

 そしてその日も、我が師は帰ってこなかった。

 翌朝。僕は船着場で漁師のメセフから、街の噂を聞いた。我が師は街の庁舎の遺物保管室に案内されるや、中身を検分するといって部屋にひきこもったそうだ。その直後から、阿鼻叫喚の叫び声やら轟音やらが部屋から漏れてきて、今もその音がずっと聞こえてきているという。街の人は顔を見合わせ、戦々恐々と庁舎を伺っているとか。

「なんでも、幻燈器とかいう遺物らしくて。膨大な記録が入ってる箱で、導師様はすみずみまで調べねばと、食い入るようにご覧になっているそうで……ものすごい音は、その器から絶えず出ているようです」

 ちょっと待て。ようするにそれって、この前公開講義で見せてもらった幻燈箱と同じようなもの?つまり古代の演劇だのドラマだのがいっぱい入ってて、あの人はそれを大音響で鑑賞してるってことか? 

「導師様はもう感嘆なさって、この冒険活劇すげえとか、この悲劇泣けるとか、もうそれはそれはご丁寧に査定なさっているようです」

 あ の お や じ ……!!

 あの人のことを少しだけ見直した僕が馬鹿だった。俺たちでなんとかしようなんて期待させることをほざきながら、この体たらく? 遠いメキドではトルが命を懸けて戦おうとしているのに、あの親父は市庁舎の豪勢な椅子にふんぞり返って、幻燈を見てげしゃげしゃ笑ってるっていうのか?

 ふざけるな!!

 怒り心頭で図書館へ行き、鬱々と加護付与術と祈祷術を調べていると。白肌のリンが呼びに来た。 

「アスパシオンの。あなたは本日、ヘロム鉱石の当番ですよ。一緒に行きませんか?」

 ヘロムは魔力を高める効果を持つ石だ。中毒性があるので扱いは要注意だが、砕いて抽出した結晶を焚くと術者の魔力が劇的に増幅される。よって導師様のほとんどが常備している。鉱石堀りは僕ら弟子たちの役目。午後当番の仕事のひとつだ。

「あ、もうそんな時間か」

 僕らは石の階段を下って地下階に降りた。ヘロム鉱石は鍾乳洞にある。その入り口である木戸の前で、監督官である二人の導師様が待っていらした。

 細い廊下の両壁にずらりとランタンが下がっているのを、監督官が集まってきた当番の子たちに配る。掘る道具である小さな鑿と袋も渡される。ヘロム鉱石はとても柔らかくて、ちょっと突けばぼろっと崩れるのだ。

 当番の子たちは僕とリンを入れて十人。みんな魚油たっぷりのランタンを煌々と灯したが、さすがの導師様お二人は肩にぽわぽわと韻律で作った灯り球を浮かべて鍾乳洞に降りた。

 暗闇に沈む洞窟の道筋はすぐに左右に別れる。左に行けば、地下の封印所だ。長老様たちが持つ鍵でしか開かない場所である。採石当番は反対の右に折れ、しばらく一本道を進んだ。洞内はひとひとひんやり湿っていてかなり寒い。真夏にこの当番に当たるのはかなり幸運といえる。

「今日は少し奥の採掘場へ行くぞ」

「距離があるからはぐれぬようにな」

 先導する導師様たちが振り返って注意を喚起する。

 僕らは黙って後についていった。暗闇の奥底を橙色に照らしながら。 

 

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