風編みの歌9 誕生祝

 蹴鞠の儀から、ニ週間。

 その間訪れた夏至の日に、五人の長老様たちは船で湖をお渡りになり、湖の向こうの街から、捧げ子たちを引き取ってこられた。

 子供たちが来るのは、年に一度。大陸同盟に推薦された子供たちのうち、とりわけ魔力が高い子供が選りすぐられ、エティアの国王陛下に預けられる。それが果て町に送り届けられてくるのだ。

 魔力が高く、王族や貴族といった生まれのよい子供でなければ、導師見習いにはまずなれない。というのも、各国の王族がこぞって親族を導師にして国元へ呼び戻し、還俗させて、将来の国政をよりよいものにしようとするからだ。また、公に国の後見人になるのも、大体はその国の王族出身の方々である。最長老レクサリオン様は金獅子州公家のもと公子。二位の長老シドニウス様は、スメルニアのもと皇子といった具合。

 とどのつまり寺院とは、各国の王族が国の行く末をよりよくするために親族を送りこむ場所だ。夢見。卜占。星見。ここでは未来を知る方法を実にいろいろと学べる。大陸諸国は、黒き衣の後見人の予言を喉から手が出るほど欲しがっている。その予言は、十中八九の的中率を誇るからだ。

「弟子! ヒアキントスにおすそ分けもらった。一緒に食おう」 

 夕刻。結界を張る風編みを終えた我が師が、ナツメヤシの砂糖漬けを両手いっぱいに抱えて僕の前に現れた。

 ヒアキントス様は北五州地方の大公家のひとつ、蒼鹿家のご出身。ご実家から珍しい食べ物や品物の仕送りをいつもたくさん受けておられる。

 意地汚い我が師のこと、べったり張り付いてねだって、恵んでもらったに違いない。

「いりません」

「えっ。弟子、どこか具合でも悪いの?」

「いいえ。お腹いっぱいなので」

「夕餉の前なのに?」

「大丈夫です。ほっといてください」

 心配げに僕の顔を覗き込んでくる我が師。

 この人、いまだに僕のことを十才ぐらいの子供だと思ってるんだよね。声変わりして何年もたつのに。心配はいいから、ちゃんと真面目に講義しろよ。僕が落ちこぼれなのは、サボり魔のおまえのせいだ。

 まあ、そのぐだぐだの付き合いも今夜限り……。

 ため息混じりに夕餉の給仕のために調理場に向かっていると。回廊の向こうから、おろしたての蒼き衣を着た子たちがわらわらやって来た。

「あのう、調理場ってどこですか?」

 入院してきたばかりの、新しい弟子たちだ。

「小食堂におられるお師匠さまに夕餉をもっていくのかな」

「はい! お給仕をするようにいわれました」

「案内するよ。こっちだ」

 僕のあとにぞろぞろと、かわいらしい弟子たちが続く。今年の新入りは七人。寺院にやって来たその日に、この子たちは導師様にお披露目され、弟子にしたいと望んだ方々に選び取られた。

 蒼き衣の弟子は一般教養をみなと一緒に覚えると同時に、ひとりの師のもとについて、その師の専攻を学ぶ。師は己れの得意とする魔法系統や私的な研究分野の後継者を育てる目的で、弟子をとる。

 でも。

 弟子の方が、師を選ぶことはできない……。

「うわぁ、みんなちっちゃくてカワイイなぁ」

 先に小食堂へ行って待っていればいいのに、列の一番後ろから、我が師がにこにこしながらついてくる。

「弟子も来たばっかりの頃は、こんなだったよなぁ。超かわいくて」

 我が師は自慢げに新入りの子たちに仰った。

「俺の弟子はなぁ、導師全員が弟子に欲しがったの。だから公平にクジで決めようってことになってさ、俺が見事に当たりクジひいたんだ」

 何を言ってるんだぬけぬけと。

 たしかに、「前最長老の生まれ変わり」だという触れ込みの僕を欲しがった導師さまは、それはそれはたくさんおられて、僕の師はクジ引きで決められた。

 でもこいつは……魔法の気配を隠すのが大得意なこいつは……!

「調理場はここだよ。まずは水差しと杯を運んで」

「はあい」「はーい」「はいっ」

 新入りの弟子たちが調理場の中に姿を消すなり、僕は深いため息をついて我が師を睨みつけた。

「ウソつき」

「え? 何が?」

「クジで偶然あたり引いたなんて……」

「表向きはそうじゃん?」

 けろっとうそぶく我が師。韻律を使って当たりクジを引き寄せて、僕を手に入れたことはまだ忘れてなかったか。まったく……なぜ僕は、こんなやつに選ばれたんだろう。

「あ、えっとさぁ、弟子、夕餉食べたら石の舞台においで」  

「はぁ?」

「ほら俺って星見が専門だろ? たまにはちゃんと星空見ないとな」

「それって、天文学の講義してくれるってことですか?」

 僕の半信半疑の半分すわった目にたじろぐも、我が師はこくこくと激しくうなずいた。

「す、する……いや、します……どうかさせてください」





 我が師が講義? 一体どんな風の吹き回しだ?

 大体星見なんて、半年以上やったためしがない。我が師の専門が天文学ということすら、僕は忘れかけていたぐらいだ。

 まあ、いつもの気まぐれだろう。どうせすぐに宇宙遊泳だーとか抜かして、浮遊の術で飛び回って遊びだすに決まってる……。

「おいぺぺ」

 上座の席から、金髪のレストが抗議顔でやって来る。黒肌のラウと数人の取り巻き付きで。

「おまえ、師匠のたかりをやめさせてくれないか? あのナツメヤシは、私の誕生祝いのためにお師さまが取り寄せてくれたんだ。いつも友達に配るのに、私の分しか残らなかったぞ」

 う。レストはヒアキントス様の弟子。しかも出身が同じ蒼鹿家という元貴公子で。それに……。

「レストは気前がいいわよね。毎年誕生日にもらう祝いのお菓子を分けてくれるっていうのに。ランジャのナツメヤシを味わえないのは残念だわ」

 肩をすくめる黒肌のラウも、南の国の元王女。他の取り巻きもひとかどの家の子たち。たしかに桃色の砂糖漬けのナツメヤシは超高級品……普通の人の口には、なかなか入らないものだ。

 レストは自慢げにのたまう。

「まあ、今年は苺のグラッセも、お師さまからいただいたから。皆にはそれを配ったけどな」

「レスト! 誕生日おめでとう。これ超上手いな」

 食堂のあちこちから、レストへ祝いの言葉が飛ぶ。見れば彼と仲良い友人たちが、ルビーのようなきらきらするお菓子を頬張っている。

 レストは、「これからお師さまが湖の岸辺でお祝いに光魔法を見せてくださるのだ」と友人たちを誘った。寺院で随一の魔力を持つヒアキントス様の韻律が見られるとあって、親しい友人たちは歓声をあげた。

「レストのお師匠様はさすがだな」

「お菓子くれるし、素晴らしい技を見せてくれるし、最高だよな」

「ともかくペペ、アスパシオン様に重々言っておいてくれ。これからは、いやしくねだるなって」

 恥ずかしさに顔をうつむける僕を、隣に座るリンが気遣ってくれた。

「レストは今日、誕生日で浮かれてるようですね。そういえばあなたも……」  

「ごめんリン、もう僕、食堂を出るよ」

 僕はほとんど夕餉を残し、不機嫌な顔で石の舞台へ登った。

 そこは導師様たちが風編みをする所。寺院の二階からせりだしている大きな岩場で、空が一望できる。

「お師匠さま?」

 満天の星がまたたく下で、目を凝らして舞台を眺めたが。先に来て待っているはずの我が師の姿は見えない。開口一番、ナツメヤシのことを言わなければならないかと思うと深いため息が出る。

「お師匠さま、どこですか?」

――「かんばしくない。困っている」

 そのとき。石の舞台の奥の方で、話し声が聞こえた。今のは……黒髭のバルバトス様の声? 僕は舞台の隅へそろそろと動き、闇の中にまぎれて息を殺した。

 黒い衣の姿は宵闇に沈んでほとんど見えないが、バルバトス様らしき人の隣に何者かがいる。

「胸を斬られても生き残った子なのに。意外と使えませんでしたか」

 氷のように冷たい声。ヒアキントス様だ。

「コロンバヌスが邪魔だ。まだファラディアに居座って牽制している」

「対処法は数種ありますが。まずはファラディアに蜂を送り込みましょう」

 ひそやかで冷たい声が恐ろしい言葉を紡ぎだす……。

「ひと刺しですぐ効果が出るものがよいな」

「銀を十ほどで、よい蜂を雇えます」

「しかしそれでも、こちらの本丸がしっかりしてくれなくては。いくら飾りでも」

「飾りなのですから、そのような扱いをすればよいのです。扱いやすいようにする方法はいくらでもあります」

 お二人の声はさらに暗く。闇に沈みこんでいく……。

「玉座に座っているだけでよいのですからね。いっそ本当に、人形になさってはどうですか?」

「秘薬か」

「我が家に代々伝わるものがございます。ご希望であれば手配いたしますよ。防腐効果は保障済みです」

「誰かに使ったのか?」

「先代の蒼鹿州公閣下が、反乱ばかり起こす一領主に使われました。玉座に座らせておけば、あたかも生きているように見えるものです。遺体の腐敗は、全く起こりません」

「そうか。では、近々誕生祝いとしてトルナーテに送るとするか。滋養強壮の秘薬とでも称して」

 そん……な! 僕は思わず声をあげて、二人のところへ飛び込みそうになった。しかしその時。

 僕の体を大きなもふっとしたものが抑えこみ、叫びかけた僕の口が大きな毛むくじゃらの手のようなものに覆われた。

「……!!!!」

「しーっ」

 背後から僕を押さえ込むものの中から、くぐもった声がする。

「静かに。あいつらが出て行くまで、しーっ」

 この声は……お師匠さま?!

 僕を包み込むものは、すすすとさらに舞台の暗がりへと移動してしゃがみ。完全に気配を殺した。

「さて、私はこれからレストに誕生祝いの花火を見せねばなりませんので。そろそろ失礼いたします」

「ずいぶん可愛がっているな」

「むろん。将来あの子は蒼鹿家に戻り、私の忠実な手足となる子ですからね。大事にせねば」

 バルバトス様とヒアキントス様は、それから二言三言、挨拶のようなものを交わして、舞台から降りて行かれた。

――「いやあ、こわいねえ。蜂さんとか、秘薬とか、やだなぁ」

 僕を背後から抑えるものから、いやに明るい声が聞こえる。

「トルが……トルが大変なことに……」

 震える僕に、その明るい声は諭した。

「うん、大変だねえ。でも今から鍾乳洞に潜って、気球で国越え作戦って、間に合わないんじゃない?」

「え」

「ほんとは鳥になりたかったみたいだけどぉ、弟子ちゃんはウサギにしか変身できない。だから図書室の本を再び漁って、熱気球の作り方を発見した」

 ちょっと待て。

「鍾乳洞に編み込んだ大籠と縫い合わせた布袋を背負って侵入。地上に出たらでかいランタンを改造したバーナーをふかして飛行する計画を立てた。ちなみに雛形ではすでに実験済み。結果は大成功で自信をつけた」

 ちょっと待て……。

「鍾乳洞の地図も図書室からほっくり出したから、脱院できると確信。決行日は今夜に決定。自殺に見せかけるための遺書はすでに、お師匠さまの寝台の下に入れてきたんだよねえ?」

 ちょっと待てーーーー!

「なんで! そこまで知ってるんだ!」

「しらいでか~♪ ボク、神様だよ? なーんでもお見通しサ」

 僕を抑えるものがふわっと離れた。僕は一瞬固まり。それからおそるおそる、振り向いた。

「やあ! 弟子ちゃん!」

「ひ……」

「弟子ちゃんはニンジン好き? え? キライ? それはいけないなぁー」

 息をごくりと呑んで思わずあとずさる。目の前に……闇の中にそそり立つ、巨大な着ぐるみがいる。

 片方が前に倒れた長い耳。出っ歯な前歯。片手にニンジン。体色は、ピンク。

 これはまさしく――!

「ぴ……ピピちゃん!!」

「すっごくえらいアスパシオンって導師さまがぁ、湖渡りする最長老さまに土下座してぇ、ボクを呼んでくれたんだよぉ。弟子ちゃん、ボクのこと大好きなんだってねえ。ボク、うれしいなぁ♪」

 大好きじゃないいいいいっ!

 中身は絶対我が師であろうそのピンクのウサギは、両腕を広げ僕をつかんでぎゅうと抱きしめてきた。

「どうしてボクが呼ばれてきたかって? だってえ、今日は、弟子ちゃんの誕生日だからサ♪」

 きつい! 息ができない! 死ぬ!

「あれ? もしかして弟子ちゃん、自分の誕生日忘れてた?」

 はあはあ。わ、忘れてないけど。忘れられてるとは思ってた……。

 そう、僕はレストと同じ日に生まれた。生まれは、月とすっぽんだけど。

 ていうか、やっぱりこいつ、僕のことすっごく小さい子供だって思いこんでるんだ。こんなもので僕が喜ぶとでも……とでも……!

「そ、そんなことより! と、トルが……トルがっ……」

「うんうん。でもさ、家出はダメだとおもうよぉ? これからボクらで、なんとかしようねえ。でも、その前にさぁ……」

 巨大な着ぐるみは。雑誌に載っている通りの決めポーズを、ピシッと取った。

「弟子ちゃん、お誕生日おめでとぉ! さぁ、君も、ニンジン、食べようネ☆」

 ちょうどそのタイミングで、湖の岸辺からひゅるひゅると光の筋が宵空に舞い上がる。美しい星空に、赤や青のきらきら広がる魔法の花が空一面に広がった。ヒアキントス様が、花火の魔法を放ったらしい。

 むだに奇麗な背景を背負うピンクのウサギは、くいっと大きく首を傾げた。

 闇夜に浮かぶウサギ。……こわい。

「あ、ナツメヤシの方がいーい? あの氷みたいに冷たくてこわーい導師様から、分捕ったんだけどぉ?」

「……バカ! ほんっと、バカ! だいきらいだ! おまえなんか!」

「よしよし。そんなに泣かないで。いますぐ、元気が出るお薬をあげるよ」

 着ぐるみの中で我が師はころころ笑いながら、とどめの一撃を僕に放った。 

 雑誌に載っている通りの決めポーズで……。



「ニンジンぶしゃー☆」

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