深淵の歌6 神獣のしもべ

 ハツカネズミのリンと一緒に荷物籠に入って、猛禽さんたちをさけつつ、ぬくぬくうとうとしているうちに。

 さわやかなれど騒々しい朝がきた。

 眠りから覚めても、鳥たちの群れはまだ枝にずらりと止まっている。

 それどころか、まだまだ少しずつ増えている。

 ピーチクパーチク、すごいさえずりだ。

 昨夜から泥のように眠っていた兄弟子さまは、その凄まじい鳥の声でようやく目を覚まして。


「うわ? なんだこれ!」 


 いまさらのようにびっくり仰天なさった。わたわたと木の幹の裏側に隠れ、信じられない光景をおそるおそる眺め上げる。どうやら昨夕のことは酔っ払っていたので全く覚えがないらしい。

 いやほんとに、いまさらだ。

 だって一晩中、鳥たちの包囲の中で眠っていたのだから。

「大鳥グライアを見て集まってきたようですよ。鳥たちがまだくっちゃべっています。どこどこ? って、うるさいぐらい騒いで探してます」

「ふええ。どんだけいるんだ……ていうかやっぱりなぁ……グライアになったらやばいと思ってたけど、ものの見事に集まってきちゃったか」

 ほんとに一体どれだけいるんだろう。鳥たちの情報伝達力ってすごい。

 やっぱり、と仰るからには、めんどくさがり病の原因は、この事態を予想したから、なのだろうか。でもどんなに鳥が集まってきても、そんなに心配することはない気がするんだけど。

「この鳥たち、俺が変じたグライアのことを神獣だと勘違いしてるんだろうよ」

 鳥をまじまじと見ていた兄弟子様は、ため息まじりにぼりぼりと頭を掻いた。


「神獣?」


「大昔の古代兵器さ。生物と鋼を合体させた超生物のことだよ。そのいっとう最初に作られたのが、グライアを改造したやつだった。そいつは、鉄の鳥の群れを操って戦ったって話が伝わっている。鳥たちをよく見てみろ。宵闇で暗くて、気づかなかったか?」

 僕とリンは目を凝らして、朝日のさしこむこずえを眺めた。鳥たちがまぶしい陽光を浴びて輝いて見える。

 きらきらと。まるで光沢のある金属かなにかのように……。

「え?! 本物の鳥じゃない?!」

 僕は驚いて何度も赤い目をこすった。オオルリも、ミソサザイも、ムクドリも、まるっきり本物のように見える。だがその羽の一枚一枚が……なんと金属の輝きを持っている。

 ネズミのリンが、信じられないときいきい声をあげた。

「うそ……なんて精巧なの? それにどの鳥にもちゃんと魂が入ってます。普通の生きものと変わらないじゃないですか!」

 もしかして木の洞にいたフクロウも、鉄でできていたんだろうか。

 ああ、あそこにいる。ムクドリの群れの隣に止まって、眠そうにあくびをしている。朝になったので眠たくなったんだろう。その羽はよくよく見ればやはり金属で、淡く黄色に輝いていた。

「ペペ、こいつらはもともと神獣に操られてた「鳥の眷属」たちだろうよ。神獣の姿が記憶に入力されてるもんで、それに似てる俺の姿に反応したんだ。つまりご主人さまだと誤認識して、集まってきてるってわけだよ」

 神獣の眷属? ということはすなわち、この鳥たちは……

「古代兵器、ってことですか?!」

 つまり古代遺物封印法で封じられなければならないもの?

 それがこんなにたくさん、この北の森にいる?!

「俺様が昔、寺院で読んだふっるい歴史の文献に……たしかこんな記述があってさ。


『グライアの神獣が竜王メルドルークを滅ぼしたのち。

 グライアの眷属は、北の彼方に去りにけり。

 神獣のつがいであった鳥の賢者に導かれ、安住の地を求めけり』……」


「あ、それ、私も図書館で読んだことがあります。神獣同士が戦って、竜王を倒した鳥の神獣が北に隠遁したっていう伝説があるみたいですよね」

 リンがこくこくうなずく。

 つまりこの鳥たちは、グライアの神獣についていって安住の地を求めた鳥たち?

「もしかしたら鉄の鳥たちに遭遇するかもって思ってたんだが。まさか本当にでくわすとはなぁ」

「でもその伝説って、ずいぶん昔のことなんでしょう? 鳥たちが故障もなしに何百年も動いてるなんて……」

 僕が口を尖らせ首をかしげると、兄弟子様は深いため息をついてそうだよ、とうなずかれた。

「たぶんな、今もメンテして面倒見てるやつがいるんじゃないかと思うんだわ。たぶんそいつは……。うう、なんか胸がさわいでたまらん……なんだか嫌ぁな予感がするんだよな」

 兄弟子様はそろそろと荷物を引き寄せて、酒の袋の口を開けようとした。

「ちょっと! 朝から飲まないでくださいよ」

「おっと。だめ?」

「だめです。先を急ぎましょう。また鳥になってください」

「え。またグライアになれってか? あんまり気がすすまねえんだけど」

「兄弟子様、でも鳥になられた方が進みが速いのでは……」

「うんまあ、リンちゃんの言うとおりだよな!」

 まったくもう。女の子のいうことは素直に聞くってなんなんだよ。

 兄弟子様が荷物を背負って再び瑠璃色の大鳥に変じるや、僕とリンは荷物のてっぺん登ってそこに並んで座った。

 大鳥が空へ飛び立つ。すると木々に止まっていた鉄の鳥たちが一斉に舞い上がり――なんと、群れを成してついてきた。

「あちゃ。やばいなこれ。どうするべ」

「あの……あれ、兵器、なんですよね。戦えるんですよね?」

「ん? まあ、そうだろうな。っておいぺぺ、何考えてる?」

「あの鳥たち、もし兄弟子さまが命令したら、その通りに動いてくれるんじゃないですか? 兄弟子さまのことを神獣だと勘違いしてるのなら」

「ちょっとおまえ……」

 大鳥の兄弟子様はぎろっと目を剥く。

「自分が何言ってるか解ってるか?」

「大陸法典に抵触するかもしれないですけど……」

 僕はきらきら輝く鳥の群れを眺めながら、おのが考えを口にしてみた。

「でも僕らが相手にするのは古代兵器。くろがねの兵士たちです。毒は毒をもって制すればいいんじゃないですか?」





 いい提案だと思ったのだが。

 瑠璃色の大鳥は舌打ちして僕の考えを却下した。

「あいつらを使うのはちょっとなぁ。大体、古代兵器の使用は法律違反だぜ?」

 「なんて食えないウサギだ」とぼやきながら、ずんずん南下する。鳥たちを連れていきたくないようで、飛ぶ速さをぐんとあげる。

 だが鉄の鳥の群れは、距離を開けずにひたとついてきて離れそうにない。

 兄弟子様は引き離そうと、さらに速度をあげた。はるか下を見れば、細く続く獣道のようなものを目印にして飛んでいる。

「塩の道だ」

 兄弟子様はこういう道はいっぱいあるのだと仰った。 

「獣たちがな、塩を舐めるために通る道なんだ。ほら、ちょっと向こうの方にも筋みたいな道が見えるだろ? あれもそうだ。つまりこの道をたどっていけば、いずれ塩のある所に出る。で、塩がある所の近くには――」

「人間の街があるってわけですね?」

「そういうこと。四塩基の人間が生きてくのに必要なのは、水と食いもんと、それから塩だ。寺院で習ったろ?」

 たしか歴史学を研究されているトリトニウス様が、全体講義の時に仰っていた覚えがある。

 この星に移住してきた四塩基の人間たちは、一番始めに塩の採れる水辺の近くに街を作ったのだと。塩を求めるのは、人間という種族の本能的な習性なのだそうだ。

「これが五塩基生物のメニスとなると違うんだ。汗すら甘いメニスたちは、あっまい岩糖の近くに集落を作る」

「メニス? それって……」

 リンは、その種族の混血だ。人よりも寿命が長い、ということは聞いたことがあるが、汗が甘いというのは初耳。そういえば近づくとほんのり甘い香りが……。

「あれ? 匂わないな」

「だって今はネズミだもの」

 僕の隣に座る白いハツカネズミが、くすくす笑う。

「でもメニスの体臭は本当にきついの。だから私は普段、体に香油をつけてその匂いを消すようにしています。そうしないと……ちょっと厄介なことになりますから」 

「え? 厄介?」

 ネズミのリンは困ったようにうつむいた。僕はリンの口からその話を聞きたかったのだが、兄弟子様が得意げにうんちくを垂れてきた。

「人間はな、もともと塩気の多い海で生まれて進化した生き物なんだそうだ。で、メニスは糖分の多い海で生まれて進化したんだろうって言われている。もともとの起源の星が、飴玉みたいなところだったんだろうなぁ。メニスが体から甘露を出すのは、そういうわけかららしい」

「甘露?」

「体液のことさ。巷じゃ、恋の媚薬とか不老不死の秘薬とか言われるぐらいなんだぜ」

「そんな力が……?」

「あります」

 リンが暗く低い声で囁いた。

「私たちの血は、四塩基の人間にとっては麻薬と同じ代物。一度飲めば、それなしには生きられなくなりますよ」

「なんだって?」

 ぐおん、と大きな風が横殴りに吹いてきた。自然の風ではない。

 司令塔から落っこちそうになった僕は、とっさに畳まれた黒き衣を掴んだ。


 ぐおん。


 またものすごい風が横から吹いてくる。吹っ飛ばされそうになったので、兄弟子様の黒い衣に齧りついてなんとかしのぐと。

――「そこのデカ鳥! 止まりなさい!」

 風と共に、りんとした声が響いてきた。

 そこでようやく、大鳥が横から風をあてられていることに気づいた。

 暴風で思わず閉じた目を開けてみれば……。

 すぐ真横を、とても大きな鉄の鳥が飛んでいる。銀色に光っていて、その姿形は兄弟子様とそっくり。そう、大鳥グライアの形だ。

「とまりなさいったら!」

 鳥の背には、美しい少女がひとり、またがって乗っていた。

 長い鳶色の髪をなびかせて。菫の瞳をぎらぎらと怒りで燃えたたせながら。

「そこのグライア! 飛ぶのを止めて!」

 鉄の鳥に乗る少女は、半袖の皮の服から出ているまっ白な腕をブンブン振って必死に叫んできた。

 頬を薔薇色に染め、ひどく怒っている。

 風になびいているのは、鳶色の髪だけではなく。あれは、スカート? 

 長めの白いスカートがめくれて、その下にあるものが見えそうで見えなくて、なんとももどかしい。

「えっと……あのぉ、そこのグライアさんって、俺様のこと?」

 兄弟子様がびくっとして答えた。

「ていうかあんた、鳶色の髪で菫の瞳? ってことは……メニスの混血かな?」

「とぼけないでこの鳥泥棒! 母様の鳥たちを返しなさい!」

 鉄の鳥が急接近してきて、大鳥に体当たりしてくる。見事な突撃に、僕とリンはあっけなくふっとばされた。

 荷物と一緒に放り出された瞬間、兄弟子さまが悲鳴をあげる。

「俺の酒がああ!」

 大鳥は必死の形相でぎゅんと下へ飛び、酒の袋を追いかけはじめた。

 ちょっと待て!

 僕らの方を優先しろ!

 と、叫ぶ間もなく、みるまに地表が近づいてくる。

 まさかこんなところでスカイダイビングする羽目になるとは……。

「アスパシオンの! 何かパラシュートの代わりになる物を!」

 さすが優等生、リンはしごく冷静だった。

 ふわっと空気をはらむもの……あった!

 僕とリンはすぐそばを落ちていく黒き衣の四隅を、口と手足とで掴んだ。ぶわっと空気をはらみ、衣がめいっぱいふくらむ。空気の力にひっぱられ、衣ははちきれんばかり。歯がぎりぎり痛む。手足もいっぱいに引き伸ばされ、ばらばらになりそうだ。

 なんとかこらえて空を滑空する。

 無事に着地できそうだ……と思ったそのとき。

 僕はサッと下に飛び込んできた鉄の鳥の少女にひったくられた。

「ひ?! あ、ありがとうございます?」

 命拾いしたと思ってお礼をいうなり。少女は僕の両耳をひっつかみ、すぐそばを飛ぶ大鳥の兄弟子様に見せつけた。

「さあ、着陸して! でないとこのウサギの顎をガタガタいわせるわよ!」 

「アスパシオンの!」 

 黒い衣で地に舞い降りて行くリンが、心配げに叫んでくる。

 兄弟子さまもあきれたように怒鳴ってきた。

「こりゃヘヘ! にゃんでひゅかまるんらぁーっ!」

 僕は深い深いため息をついた。

 兄弟子様はその長い嘴でしっかりと、お酒の袋をくわえていた。

 とてもとても、後生大事そうに。




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