アスパシオンの弟子 「黒の章」・「灰の章」

深海

はじめに――メルケ版について


 かつて大陸の翠玉と謳われましたメキド王国、現在の魔道帝国サハリシュ翠緑州に伝わる「武帝」は、大陸で最も知られている英雄のひとりであります。

 神聖暦7300年末期から7400年初頭まで在位し、神獣の主となり、その力をもってして次々と武勲を打ち立てたと伝えられております。

 その伝記のひとつとされる「アスパシオンの弟子」は、大陸各地におきまして様々な版が伝わっております。

 一番初期に書かれたと思われる物が、コンリ版です。

 神聖暦7450年ごろに初版本が出されましたが、現存しているのは神聖暦7554年に出版されました復刻本の五冊のみです。これらは翠緑州の太陽神殿の書庫に収められております。

 この版においては、メキドの武帝は男性として記述されています。

 著者は大文学者マルキウスとされていますが諸説あり確定されていません。

 アスパシオンのぺぺ著「師に捧げる歴史書」を大部分引用しているものとみられていますが、この歴史書は残念ながら写本すら現存しておりません。



 次に有名な版が、メルケ版です。

 この版は神聖暦7566年に初版本が出版されました。

 三部作であり、別称「黒の章」「灰の章」「白の章」と呼ばれております。

 コンリ版の写本が下敷きになっているようですが、内容にかなり相違点がみられます。武帝の伝記としてだけではなく、グリーゼの韻律の技三種の手引書ともなっております。

 この版の著者は複数おり、エティアのナキア、スメルニアのツァイェン、アリスフィリアの子アリスギネアとされていますが、いずれも当時の著名人名鑑には載っておらず、筆名で書かれた可能性があり、やはり素性が確定されておりません。

 この版では、メキドの武帝は女性として記述されています。


 現在の大陸においては、どちらの版がより真実であったのか判別できず、学会で論争が起きている状態です。

 今回刊行されました本書は、神聖暦7566年出版の現存する最古のメルケ版を復刻したものです。

 メキド王国研究の一助となりうる史料となりますよう、また、手にとっていただけました読者様に、いにしえの英雄の武勇伝をお楽しみいただけますよう、切に願うものであります。



神聖暦7860年 雨の月 十日

赤妖精出版社 代表取締役シンク・ミシア・プトリ




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