半月
@momotarouz
第1話
「別れよう」
そう切り出されたのは、つい先日のことだった。
大学を卒業してからの6年間をずっと一緒に過ごしてきたパートナーである深山浩二は、凛としてしかし影のある、晴れた夜に海の上にある月のような瞳でこちらを見ていた。
2人おそろいで買ったマグカップに入った紅茶を見ながら、私は
「わかった」
とだけ答えた。
あの日から3日が過ぎ、泣きわめくこともなく、こうして私は親戚の葬式に出かける準備をしている。
あまり背が高いわけでもなく、かといって低すぎるわけでもなく少し腰骨が出ている完全な日本人体型の私は、冠婚葬祭の時には必ず着物を着る事にしている。
篠田 琴音
しっかりと自分の名前の書かれた香典をバッグに入れ、紐を締める。
家を出て以来親戚とは疎遠になっていたが、今回は葬儀場が県内にあることを知り、また少し気になることもあり、出向く事にした。部屋にこもる油絵の具の匂いをかき消す為にスプレーをした。
恋人との別れも、親戚の死も仕事には全く関係がなく、昨日までの2日間、依頼された広告用のイラストを書くのに閉め切っていた部屋には暗く淀んだ空気と書き上がったイラストのみが残っていた。
「手に職があることは何にも変えられない財産だ。」
そう言ったのは浩二だったか、大学時代の彼だったか、はたまた死別した父親だったか
定かでない。
そんなことを思いながら銀色のコペンに乗り込み、キーを回す。
足の自由が効かなくなった母親から譲り受けた年代物だったが、整備士の浩二に手入れして貰っていたため、走りは悪くなかった。
コペンを1時間弱とばすと葬儀場が見えた。
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