第七章 吸血鬼回廊


 いつのまにか吸血鬼に取囲まれていた。

 

 ……GGは夜の新宿の街にさまよいでていた。ミイマを誘ったが、ミイマは神代寺に 出かけていった。ミイマはFとの思いでの整理がまだついていないのだ。

 それで父に会いたくなったのだろう。自分なりのルーツを確かめたくなったのだろう。

 

 ミイマが好きになるほどの男だ。歴史に名をのこすほどの男だった。政治的な失脚の悔しさから復讐に狂った。そして吸血鬼に身をゆだねてしまったのだ。哀れな転落だった。


 おれが、おれごとき人間が、ミイマを独り占めしていいものなのだろうか。


 吸血鬼がついてくる。新宿では必ず吸血鬼と会う。Fが軍師をつとめていた部族は滅ぼした。あれは、日本古来の鬼、奈良や平安の時代に都をさわがせたもっとも古い鬼族だ。


 純と翔子に不戦を誓った大谷の鬼たちにちではない。

 吸血鬼は迷っている。襲ってこない。

 同じ種族、Vの匂いがGGからするのだろう。

 ミイマとは長く生活をともにしている。

 ミイマが無意識にGGを噛んでいない。とは断言出来ない。

 やはり軽く噛まれているのかもしれない。でなかつたら、人間としたら若く見え過ぎる。

 口でいっているほどには、老いを感じていない。

 

 襲ってきたらどうだ。声にならない声で吸血鬼に呼びかけた。

 ――GGなどと自称しているが、お前若すぎる。噛まれているのか?

 ――おれを襲って、確かめたらどうだ。血を吸ってみたらどうだ。

 ――溶けるのはきらいだ、いったん溶けたら再生がきないからな。

 護符のようにGGはGPS機能付きの携帯電話をポケットにしのばせていた。

おれになにかあれば、玲加が気づくだろう。

 麻衣が駆けつけてくれるだろう。

 いつのまにか吸血鬼の気配は消えていた。

 

 青山。原宿。渋谷。新宿。池袋。秋葉原。上野。――を巡る……吸血鬼の回廊ができ上がっているようだ。吸血鬼の山手線だ。それを確かめたくてGGは新宿まで来ていた。

 これらの盛り場は暴漢によるナイフの凶行が多発している。凶行の背後には吸血鬼がいる。凶行現場をつなぐと回廊のようになる。


 とても、人による刺殺事件とは考えられない残虐事件が頻発している。吸血鬼はみずから犯行には及ばない。ひっそりと血を吸う。

 被害者は路面にはそれほど血を流していない。それなのに失血死するケースがあった。

 腐肉をあさるようなことをして……。あさましいthem(やつら)だ。

 Fは、わたしは軍師だといっていた。Fが消滅したのに、まだおれを狙っている。

 吸血鬼がおれのスキをうかがっている。Fを軍師として使役していたもの。

 

 ――それは魔王だろう。魔王の配下はいくつもの部族にわかれている。大谷の夜の一族は滅びていない。魔王は決して姿を見せない。

 堕天使。ルシファー。どこに潜んでいる? 

 この吸血鬼回廊のどこかに潜んでいるはずだ。

 昨夜のように夜空に稲妻が光った。雷鳴はとどろかない。

 プラズマの発生が感じられる。

 肌にただひりひりと刺激がある。プラズマだ。稲妻がジグザクに濃い藍色の空を切り裂いた。GGは酔眼朦朧。千鳥足で、ゴールデン街をさまよっていた。それからしばらくして、GGは歌舞伎町交番にいた。


「そうか、翔子ちゃんのオジイチャンなのだ」

 麻衣が恐縮して謝っている。相手は百目鬼刑事だった。

「日名子さんの事件をまだ探っていたのですか。あの誘拐も、こんどの行方不明もじぶんから彼女が仕組んだことらしいですよ」


 百目鬼が声を低めた。GGは一気に酔いがさめた。



 部屋には重苦しい空気が漂っていた。


「ほんとうなの、パパ」


 翔子は驚きのあまり、私的な呼びかけをしてしまった。


「公安から連絡が入った。日名子さんの失踪はみずからのもので、原因はどうも家庭にあるしい」


 品川にあるペンタゴン日本Vセクション支局長のプライベートルームだ。翔子は父と向かい合っていた。純もいた。


「さらにおどろいたことには、テロが絡んでいる」

「それは? 」

「テロ組織の暗躍があるという推察は、わたし達のソシキの見かただ。ペンタゴンは国外では動かないのだが、Vの問題だけは特別なんだ」

「アメリカはテロ被害の先進国だものね。わたしたちにはテロといわれてもあのオウム真理教が起こした事件くらいしか思い当たらないもの。敵はアルカイダみたいな組織?」

「わからない。いままでの吸血鬼がらみの刺殺事件はこれからもつづくだろうがな……」


 若者が、なにも知らずにいる。男が髪型に悩んでいる。それもいい。男がファッションに悩んでいる。悪くはない。男がガールフレンドへのプレゼント。彼女の歓心を捕らえようと必死だ。いいなぁ。平和すぎる。でも国の未来に心をはせるものはいないのか。


 平成の竜馬はいないのか。正義に生きる。信念に生きる仲間はいないのか。純の元は先生、いまはVセクションの室長。勝則の言葉だ。


 翔子の携帯が鳴った。麻衣からだった。

「GGが今夜も飲みすぎたの」

 GGがいまは、酔いから覚めたが、バイクのうしろにはまだ乗せられない。

 ゴールデン街で、大立ち回りしたあとだから疲れてるみたい……。

 また、喧嘩した。GGはゴールデン街で飲むと荒れる。いやな過去を思い出してしまう。このところ、毎晩荒れている。同じことの繰り返しだ。


「純の車でいくね。直に、迎えにいくからね。歌舞伎町交番。百目鬼さんのとこね」


 宵の街。

 このところめっきり冷え込んできた。

 交番をでると魔界だった。

 酔いの冷めたGGは交番にじっとしていられなかった。麻衣がとめるのに、GGはふたたび街をさまよっていた。

 学生が群れていた。酔って早稲田の応援歌を喚いている。野球と駅伝のダブル優勝で盛り上がっているのだろう。スクラムを組んでさわいでいる。その背後に声の主はいた。


「おれたちが、見えるのか」

「よせ!!」


 GGは絶句した。止めるには遅かった。スクラムを破るように暴漢が学生に体当たりをした。ナイフを手にしている。ナイフから血がしたたっている。学生のわき腹から抜いたナイフだ。GGの目前での殺傷事件だ。刺殺魔は虚ろな目をしている。GGに声をかけていたモノたちの姿が浮き出てきた。さらに鮮明になった。鮮血をなめだした。鮮血をすすりだした。吸いだした。学生の顔から血の気がひいていく。またしても、止められなかった。GGは吸血鬼の群れに斬りこもうとした。


「だめ。GGやめて。いまはヤバイよ。ここではヤバイよ。パフォマンスでした……では……すませられないよ」


 麻衣に背後から止められた。はがいじめだ。

 GGは動けない。体が急速に冷え込んだ。



「アイツラをこのまま見過ごすのか」

「だったら、駅前通りの方にさそいこもう」


 麻衣が低い声で応えた。西武新宿駅前通りのほうで戦おうということだ。花道通りを脱兎のごとく走る。吸血鬼は血のしたたる口をあけて「おらぁ、おらぁ」と追いかけてくる。

 麻衣たちはなれたもので、キャァ!!!!! こわい。と黄色い声をあげて逃げていく。GGは息を切らせながら追いかける。そのGGを吸血鬼が調子にのって追いたてる。めざすは、駅前通りの先の暗がりだ。大久保方面に数分走った。

クノイチ48ガールズが走りこんだのは……。

 麻衣はガールズが増えたのでGGの護衛についている。GGと伴走している。


「けがさせるとミイマにしかられるから」

 といって、舌をぺろりとだした。解体中の雑居ビル。その駐車場。

「あんたたちは、おれたちをここに誘いこんだと勘違いしているよな。ここに追い立てられてきたのは、あんたらんなんだよ。わかるかな」

 霊園でたたかったテツとトオルのコンビだった。

「おれたちの仲間、奈良、平安の一族の軍師、信行さまを滅ぼしたではないか。なにが共存共栄だ。美魔にうまくだまされるところだった」

「それいうなら、翔子と純んから聞いているよ。わたしたちの敵は外来種ルーマニアからきた吸血鬼だとミスリードしょうとしたのはアンタラの直也、直人兄弟でしょう」 


 雑司ヶ谷霊園の前で、戦ったときより二人ともたくましくなっいいる。

 この新宿の頭上に君臨する魔王の巨大な力が、権威が、彼らを強靭な吸血鬼に変えたのか。テツのナイフのように長大な鉤爪が襲ってきた。


「あまり、爪を長くするとろくなことはないぞ」

 GG鬼切丸を抜き放った。悪鬼がいっせいに襲ってきた。ガールズが苦戦している。神代寺バラ園で戦ったときには。翔子と純がいた。ミイマがいた。神代寺MV族の始祖とその一族がいた。クノイチガールズのボスの百子もいたではないか。

 いまは麻衣とガールズが味方だ。ガールズだけではかなりヤバイ。得意の敵陣かく乱戦法もうまくいかない。


 突然大地に伏せる。姿が消えたようだ。

 中空に跳ぶ。

 上から敵を襲う。

 走る。

 その素早さ。

 分身の術、敵を幻惑する。

 伏せる。

 跳ぶ。

 走る。

 斬る。

 斬る。

 跳ぶ。

 伏せる。

 走る。

 その技の効果が上がらない。手の内を吸血鬼に読まれている。

 GGは剣を地面に立てた。麻衣だけはしっていた。非常事態なのだ。GGはわたしたちを救うために決断した。あれを使う気だ。

 麻衣にはわかっていた。GGがいつも腰にさげているサイドバック。詰め込んであるものの正体が。それは、ミイマがもしものときの、GGの防御にと心血をそそいで作ったものだ。

 ミイマ手製のバラ手裏剣。

 吸血鬼必殺のバラ手裏剣。

 それがいま投げられた。

 GGの手からピューと風を切って――吸血鬼に。

 ガールズに迫る吸血鬼に向かって。

 バラ手裏剣が射こまれた。

 投げられた。

 バラ手裏剣は吸血鬼の体にくいこむと、棘が一瞬にして成長する。吸血鬼の血を吸ったバラの棘はのびるのだ。だからいちど刺さると、抜くことができない。


「なんだこれは」

 吸血鬼が絶叫する。

 バラに血を吸われている。ジイッと音をたてて吸血鬼が消えていく。

 悪鬼妖怪が音をたてて溶けていく。

 あたりは悪臭が立ちこめ、息苦しい。

 GGはバラ手裏剣にミイマが心血を注いだという理由を理解した。

 手裏剣には、ミイマの血が塗られていたのだ。

 文字どうり心・血をそそいだのだ。

 吸血鬼は同族の血が混ざりあった。それで終局的なダメージを受けた。

 溶けた。消えた。

 

 ミイマはじぶんが不在でもGGを守る手段を施しておいたのだ。悪臭の満ちる広がりの中でGGは感動していた。荒くれていた悪鬼がたじたじとしている。ガールズが戦機をとらえて反撃に出た。



 GGの救援にかけつける翔子たちは検問にひっかかっていた。

 APECが横浜でひらかれている。

 とくに13、14日は米国大統領、中国国家主席、ロシア大統領が参加する。警備陣もひひりしている。全国から警官が会議の開かれる『横浜』に集中している。都内の警備もものものしい。その交通規制に純の車がひっかった。


「どこへいくんのですか」

「新宿」

 純はブアイソに応えた。先を急いでいる。GGを迎えに早くいきたい。

「免許書は」

「なにかあったのですか」

 アキバ系の翔子があどけなく聞く。

「特別交通規制中。テレビ見ないの」

「ああAPEC……?……の」

「はいごくろうさま。ご協力ありがとう」

 かるく敬礼された。


「遅れたわね」

 カーナビにGPS探査機能を加えた。勝則の配慮によるものだった。GGの所在をあらわす赤のマークが移動している。

「おかしいな。大久保のほうへ移動している」

「なにかあったのかしら」

「それより、見たか。警官猫みたいな爪だった。鉤爪が指先からのびていた」

「それって、純、あれってこと」

「そうBVだ。人の中にまぎれて生きられるように進化しているのだ」

「それを隠すために、むかしながらの体をさらして事件を起こしつづけているの」

 純は黙ったままだ。

「怖いわ。わたしたちの周りにthem、ヤッラがうじゃうじゃいる。二世もいるにちがいないわ」

「ミイマもだまされていた」

「田舎での生活が長すぎたから。ぼくは、とっくに気づいていた。教えてあげればよかった」

「そうよね。田舎暮らしが長すぎたのよ。それまでは……千年も冬眠してたのですもの」

 現状認識にズレがあってもしかたない。ミイマに翔子は同情している。わたしの母の文枝を生むまでの、長い孤独な眠り――。

 通行人がおかしい。腰のあたりがぎくしゃくしている。腰のあたりでパンツをはいている学生。もしや……。スカートをベルト部分で幾重にも折って短く見せている。……おかしい。舗道を掃除するようなロングスカート。……おかしい。腰のあたりが、みんなオカシイ。疑ったらきりがない。怖くなる。バーチャルな世界が現実に侵攻している。怖い。


「トオル、いわなければこのテツの喉にバラ手裏剣をつきたてるぞ」

「日名子なんて池袋学園のコの名前なんか、聞いたこともない」

「その子が、池袋学園の学生だなんてまだいっていない」


 GGの言葉にトオルがしまった! という顔をした。

 そうだったのか。GGは日名子の事件が気になっているのだ。やはり吸血鬼がらみとみているのだ。と麻衣は気づいた。なにかわたしたちの知らないところで動いている。目に見えないところでわたしたちに害意の爪をといでいる。目前の敵よりも、恐い存在だ。


「トオル。助けてくれ。トカサレルのやだよ。助けてくれよ」

「ルーマニヤの吸血鬼だ。やっらがなにかおかしな動きをみせている。それを探りにきていたのだ」


 駆けつけた百子、麻衣は薄闇に潜んでいた。百人町の紅子の隠れ家をみはっている。蒼然とした古い屋敷だ。

「わたしが会ってくる」

 翔子が来た。BVとの戦いの中で、日名子の誘拐が起きている? 日名子のことは別に考えたほうがいいのかもしれない。


「あのヒトタチといちばん親しいのは、わたしだから」


 家の中は静まりかえっていた。カビ臭い。そして食べ物の腐った臭い。誰もいない。いや、数日は過ぎている。シンクの洗いかけの野菜類。腐臭を放っている。翔子はゾクッとした。何か起きている。何が……。



 何かかすかな音がする。猫が壁をひっかくような音だ。カリカリカリ。あたりを見回す。猫の子一匹の影もない。なにもない。だれもいない。かすかな音。つづいている。幽かな音。呼びかけられているような、絶え入るような女の声。

 

 翔子……翔子……翔子。

 

 翔子ははっとした。畳の下だ。床下だ。翔子は純たちを呼び寄せる。


「畳あげて。床下から声がするの」

「ぼくには聞こえない」

「いや、している。忍者の含み声みたい。仲間にだけ聞こえるように、忍者は周りにひとがいると、はっきりとは発音しないのよ」と百子。

「猿ぐつわてもかまされているのよ」

 と翔子が現実的な発言をする。庭の植木バチのわきからシャベルを探してきた。純は床下の土を掘りだした。まだ最近掘られた跡がある。土が柔らか過ぎる。


「なにが埋まってる!!」と翔子。

「音はこの下からよ」と百子。

 翔子……翔子……翔子。かすかな声がまた聞こえてきた。カリカリと何かこするような音もする。

 見えた。

 棺が現われた。

 柔らかなかびくさい土に埋められいた。棺が蝶番特有の、というか、アダムス一家でおなじみのあのギギギという音をひびかせて少しずっ開いていく。床下からひびく不気味な音にみんなの視線が棺の蓋にそそがれた。のぞきこむ、その棺の中には、いた、紅子だ。


 蓋を開ける。

 そこに翔子たちがみたものは、紅子だった。

 銀の鎖で手足をシバラレテいた。


「翔子なら来てくれる。翔子になら聞こえる。そう信じていた」


 疲れ果て、やせ細った紅子が翔子に抱きついた。

 泣いていた。まったくの偶然だった。だれひとり頼ることのできない。翔子しか知り合いはいない。紅子だった。


「アラブ系の顔の男たちに襲われたの」


 信頼してわたしの救助をまっていた。ここにきたのは、まったくの偶然だったといえなくなった。


「それより……きょうは幾日か」

「11月の13日よ」

「タイヘンダよ。わたし二日も埋められていた」

 紅子の話は意外だった。日名子が狙われている。日名子に紅子が声をかけた。日名子は思い悩んで新宿の街をふらついていた。

 紅子が声をかけた。記憶がないみたいだった。だれかに、操られてるようだった。放っておいたら危険だ。


 紅子を家まで連れてきた。

 ところが、日名子がアラブ人らしいグループに拉致さた。

 日名子はずっとつけられていた。紅子は抵抗したがかなわなかった。棺にいれられて埋められた。

 日名子の父である小山田副総理を脅迫している。なにかしょうとしとているグループがある。日名子を誘拐してでも、副総理に従わせる……こと、とは何か。

 

 日名子はじぶんがいたのでは、父が動けなくなると知った。

 父の電話を立ち聞きした。

 

 その結果の家出だった。

 

 だから公安の推測もまつたく見当はずれではなかったのだ。

「バラ展に爆弾を仕掛けた連中かしら」

「翔子。ビンゴだ。あのころから小山田副総理は狙われていた」

「純。パパに連絡してみょうよ。あの時とちがい、こんどはパパがいる」

「テロだな。その情報はまだこちらに上がってきていない。携帯で顔写真をおくる。紅子さんに、確認してもらってくれ」

 

 翔子の携帯にアラブ人の顔が流れだした。


「あっ、この男ダヨ」


「よしこの件は、この男はこっちに任せてくれ。翔子は日名子さんの聞き込みに集中してくれ」


 クノイチガールズ48が街に散った。ガールズは、コ・ウ・ガ・ク・ノ・イ・チ・そして百々組み。八班で六名編成。48人の精鋭だ。悲しいことだが、だいぶ欠員がある――。

 紅子は埼玉のほうに出稼ぎにでているルー芝原と、柴山にメールを打っている。

 翔子と純も在京ルーマニヤ人協会を後にした。

 むろん紅子もいっしょだ。人にとって一番怖いのは、未知モノに襲われることだ。いつ襲われるかわからなければ、恐怖はさつらに増幅する。そんな恐怖に日名子はさらされていたのだ。


「わたしラーメンたべたい」

 新大久保駅前の繁華街。

「翔子ここで止めて」

 純を車に残して二人は降りる。

「紅子、なにか思いだしたんでしょう」

「翔子にはわかるのね。ヤッパわたしたち友だちだシ」

 なるほど「中華屋」というそのお店には、ざったな種族が集まっていた。


「あら、紅子さんシバラクね」顔見知りの女性が声をかけてきた。それからさきはルーマニヤ語らしい言葉で話しだした。

「翔子、このガールに中華丼おごってあげて」

「まかしといて。何杯でも、どうぞ」

 翔子は気前よく樋口一葉を、その娘にわたす。

「ありがとう、翔子。わたしたち生活きびしい。助かるよ」

 娘が話しだした。

「この近所に日本の女の子つれた男がいる」

 そういっているわよ。と、紅子。

「ウチのご近所さんね」


 ルーマニヤ協会、紅子の家から200メートルほど新宿寄りだった。

このとき不意に、銃声がした。SMGのようなダダダという連続音だった。


 翔子ははじめて戦う父をみた。

 Vセクションでも敵の所在を探し当てた。アラブ男のアジトを急襲している。翔子ははじめて火器のすごさを見た。翔子は雨戸、柱、など日本家屋がみるまに粉砕されるのを見た。そしてひとがノタウチナガラ死ぬのを――。



 父たちが、アラブ系の人のアジトを、いちはやく発見した。

 Vセクションの情報収集力にオドロキ。

 弾丸で撃たれた死体のムゴサをはじめて見た。

 そして内臓のはみでた不気味さ。イヤナ臭い。

「日名子は……? いるの。ブジなの」

「いまのところ、わからない。GOGOGO」

 突入の指令は英語。ここはトウキョウなのに。なにかヘンなの。死体の悪臭を嗅いでいるうちに、翔子の感覚は異常になった。わたしは、純粋培養で育てられてきた。ただひたすら剣の道に励んだ。世の中の悪意、悪友、悪趣味、には触れたことがない。


 こんな悪臭もはじめて。でも、ダカラと言うべきか、正義感は強い。確かに異形のモノ、吸血鬼は斬り捨ててきた。吸血鬼は斬れば、粘ばつく塊とる。溶ける。キレイナモノだ。


 でも、人間の死体のムゴサ。生きようとする執念。死の恐怖との戦い。彼らは死にかけて、あるいは致命傷をうけながらも……のたうっている。

「翔子はここにのこって」

 父が去ってから数分。まだ銃声が時折している。

「ヘルプ」 

 ノタウッテいた男が翔子に手をのばした。

 それで、おしまい。ばたっと手が地面を叩く。倒れた。死んだ。

 翔子はやりきれない。せっない。どうしてテロなんて起きるの。

 未然に防げそうだが。ふと見上げる。父たちが踏み込んだ日本家屋の裏にビルがある。

 平屋の日本家屋のすぐそばにビルがある都会のアンバランスな異常。

 あっだれかいる。

 はつきりとはわからない。制服だ。

 わたしの学校の制服だということは見てとれる。

 まさか日名子。跳び下りる気らしい。背筋が震える。もうどうしょうもない。


「やめて」 翔子は叫ぶ。

「死なないで」翔子は泣き声で叫ぶ。

「やめて。だれか止めて」

 だが跳んだ。

 落下する。

 ああもうだめだ。

 その時だ。ばさっと羽ばたきの音がした。

 とてつもなくおおきな白い翼。天使の羽だ。

 飛翔してきたものは中空で落下する女子学生を捉えた。


 バサッと羽の音がして、翔子のそばに舞いおりた。

 日名子だった。日名子に翔子は駆け寄る。

「センパイ。日名子さん、どうして。どうして」

「わたしが生きていると政治家てして父が思うように動けないの。わたしのことで脅迫されているの。愛する日本のために命をかけている父の行動が鈍るの。わたしもこの日本が大好き。だからわたしを死なせて」


 それだけいうと、失心してしまった。

「落下するときのショックが強すぎたのかしら」

 ミイマだった。ミイマたち神代寺MV族は、天国の花園の園丁だった。

 ルシファーの悪だくみで神の園から追われた。ルシファーは堕天使だ。ミイマの一族も天使だった。非常時には羽根があって空が飛べても、あたりまえだ。でも、消耗が激しすぎた。グツタリトシテいる。


「あうりがとう、ミイマ。日名子を救ってくれて。ありがとう」

「ああ、しばらくぶりで封印していた飛翔能力を使ったので、息切れがしたわ」


 ミイマにとっての「しばらくぶり」とは、その歳月を考えると翔子は頭がくらくらした。悪臭の悪酔いからまだぬけきつていないのかしら。それとも、異次元での活躍をミイマに見せられたショックか?


「ミイマ、ありがとう」

 翔子はミイマに抱きつくと、こんどこそ感極まって大声で泣きだした。

 銃声もやんでいた。テロは未然に防げたらしい。テロリストは横浜にむかって出発寸前だった。



 女子学生がオカシイ。妙にウツロダ。ぼんやりとしている。

 宙をみすえたようなメで竹下通りに群れている。百子がまずそれに気づいた。


「どうみても、なにかに憑かれているようにみえる。ね、翔子。どう」


 翔子と百子のふたりはoff。めずらしくふたりだけで街に遊びに出た。

「ねね。小泉さんがいないのでさびしいの」

「ああ、ごめん……」

 翔子もこころが虚ろだった。同世代の女の子と同じだった。わたしも、あんな表情しているのだろうな。そこへ、百子に話しかけられた。リアクションが遅れたのだ。

「日名子は、とうぶん東都医大病院から出られないみたい。セキュリティつきの特室に入っているの。PTSD――心的外傷後ストレス障害……こころが正常に戻っていないの。自殺願望もあるシ。時穴に墜ちたりしてるシ。立ち直るのたいへんみたい。ソレデネ、純が日名子センパイのパパにたのまれて警護してるの」

「ああ、やつぱし小泉さんのこと考えていたんだ。副総理じきじきのオファーじしかたないわね」

「からかわないで、まじで心配してるんだから。美人の看護婦さんもおおぜいいるし」


 ヘンに同情しない。それはご心配ですこと。

 などと大人びたこもいわない。百子らしい。

 こうして竹下通りを流していると普通の女の子。会話だって普通の女の子。

 タレントショップで小物をあさったりして、ふつうの女の子。

 かわいいシュシュにムネときめかせ、フツウの女の子。

 外国からの訪問者のファッション見とれている女の子だ。

 百子がそれ気づいた。翔子の髪にシュシュを着けてやっていた。その手の甲にポツンと落ちた。

 あら、天気雨。ちがう。赤い滴。緑の滴。

 血。

 血と思ったのは吸血鬼との戦いで見てきた。毎日のように人の蘇芳色と、吸血鬼の緑の、血を見てきたからだ。初冬の空は雲ひとつない。ピンとはりつめた青空。

 ポッンポッン。ポツポツ。ザ―。

 キャァ。悲鳴が起きた。降ってきた。血の雨が降ってきた。そして肉の塊。肉のコマ切れ。多毛な腕。足。脚。首。どう見ても鬼のもの。どう見ても鬼のパーツだ。キャァ。竹下通りはときならぬ、ファフロッキ現象(空から降ってくるはずのないものが降ってくる現象)に見舞われた。空がにわかに暗くなった。雷鳴は聞こえないのに、稲妻が光る。


「来るわよ。百子」

「ヌカリないわ」

 百子もいつも隠し持つ刀をギラリと抜き放った。


 明治通りに面した建築中のビルのわきにテントが張ってある。いちおうお店だ。鬼の面がテントにビッチリと飾りつけられている。


「あそこよ、あのテントに鬼さんの部位が集っている」


 血の雨でぬらついている舗道。逃げまどうギャルたちを押しのける。彼女たちは真っ赤に血を浴びている。不気味だ。


「あのテントに鬼のパーツを入れないで」

「あのテントに蘇生装置があるのかも……」

「だとしたら……いままで鬼を倒したのがすべて」

「水の泡」

 テントからBVが飛び出してきた。テツとトオルだ。

「あんたら、手広くいろいろやってくれるじゃないの」

 と百子。BVとにらみあっている。正面から切り込む気だ。

「なんで、おまえらがここにいる」

「わたしたちだって女の子よ。原宿にはキョウミある」


 雷鳴がとどろく。通りのいたるところに鬼火がもえあがる。プラズマだ。空の稲妻と呼応して鬼火がさらに燃え広がる。舗道に流れた血がイヤナ臭いをたてて蒸発する。この臭い、この悪臭は翔子にトラウマとなっている。嫌悪感。頭がこんらんする。


「やるわよ」

 翔子の手に手榴弾がにぎられていた。翔子はBVの死角。サイドバックのような位置にいた。ペンタゴン特製のテロ制圧用の小型の手榴弾を投げた。

 それでもテントがふっとんだ。

「なんてことしてくれた」

 テツとトオルが襲ってくる。いき場を失った鬼のパーツはジュジュと音を立てて舗道でとけていく。

「なんてことを――」

「これで再生はむりね」

「キル・ビルのロケみたい」

「ちがうわよ。『サヤ』じゃない」

「セーラ服だよ。ラスト・ブラッドのチョン・ジヒョンよ」

「あれ池袋学園の制服だシ」と翔子と百子。

 テツとトオルのナイフのような鉤爪をかわして斬り結んでいる。テツとトオルは戦うたびにパワーアップしている。空があかるくなってきた。翔子と百子は光りに助けられた。


 吸血鬼のテツとトオルのふたりは、まぶしそうに目をすぼめた。

 明治通りを青山方面に消えていった。



「いこうか?」

 翔子はとても竹下通りに戻る気はしない。こうなんども吸血鬼と遭遇するようではヤバイことになる。携帯で撮られている。吸血鬼は映らない。映らないからこそ、みんなが怪しみだす。翔子たちは映っている。話題になるのはヤバイ。動画サイトにupされたくない。顔をしられると動きにくくなる。


「待って。ココおかしいよ。テントの跡、空洞ができている」

「ほんとだ。このまま放置しておいては、危険だわ」

「工事中というコーン標識でもたてようか」

「あの手榴弾には、こんな穴をあけるような破壊力ないよ」

 翔子も穴をのぞきこむ。

「階段がある。これって翔子、地下からの出口の上にテント張っていた。仲間の死体回収に励んでいたってことよ」

「とんでもないもの見つけちゃった」


 ここで引きかえせば、あたりまえの女子高生。ここで地下への階段に踏みこまなければクノイチ48のリーダー百子じゃない。あたりまえでない翔子も階段を降りだした。女忍者の首領。百子は先頭切って……すでに先に進んでいる。


「携帯、ケッコウ、結合するよ」

「なによ。その結合って」

「ツナガルってこと。むかしはそういう重々しい言葉使ったんだて」

「メールなんかするようになって、日本語が軽くなったなんて……」

「だれが……?」

「うちの『白川郷』のニゴリ酒好きなオジイチャンも同じこというよ。どこにメールしてるの」

「バレタカ。まだまだ修行が足りないな」

「ゴマカサナイデ。百ちゃん……もしかして、彼氏? かな??」

「忍者に恋はご法度でござる。なぁんてね」


 不安を隠すための陽気なオシャベリ。薄暗い地下道をふたりは進んでいる。ときどき、地下鉄の音がする。副都心線かしら。地下鉄のシールド(トンネル掘削)工事のときに、この通路は堀った穴なのだろう。

 そして翔子と百子のふたりは幻のホームにでた。ぐっと扉を押すとホームにいた。


 あっと翔子はこころの中で声をだした。

 これって、アノときの。そうだ、翔子が見ている前で、池袋の地下鉄の通路が膨らんで吸血鬼を分娩した。壁が膨らみスポッ吸血鬼を産みだしたように見えた。すべてはあのときから始まった。お兄ちゃんにSOSのメールをした。純、大好きな、彼氏。


「なに考えてるの」

「ベッニ」

「彼のことでしょう」

 もしこのホームに人がいれば、わたしたちが壁から抜けだしたようにみえた。

 あのときの吸血鬼もこうした、幻の通路からあらわれたのだ。

 翔子は怖くなった。

 この東京にはわたしたちの知らない地下通路が、吸血鬼回廊が至る所にある。

 そうおもうと鳥肌だった。人が消える。これでは当たり前だ。

 アンダーグランドに引きずりこまれたら、お終いだ。

 

 年間どれくらいの行方不明者がいるのかしら。

 もどってきても吸血鬼になっている。

 異妖を知覚する勘の鋭い人間でないとわからない。

 戻ってきたものが、もはやニンゲンでないことを。

 電車の来るはずのない地下鉄駅。ところが轟音を響かせて、来た。駅名、到着をしらるアナウンスもない。だが、ふたりは乗りこんだ。行く先の表示もない。

 幽霊電車に乗りこんだ。



 改札を出ようとした。何処からともなく声がふってきた。電子音だ。どことなく、ぎこちない。

「ビジターのかたですか」

 バーはトウセンボしたままだ。翔子はその合成音の言葉で雑司ヶ谷霊園での地下でのことを思いだした。

「ビジターのかたですか」

「はいはい。これでどう」

 IDカードを認識パネルのうえのせた。

「どうぞ。よくいらっしゃいました。アミュレットもどうぞ」


 腕に巻いたままのアミュレットを改札の窓ぐちに見せる。カメラがしこまれている。ピカッと光った。すべてメカで処理されている駅の構内を抜ける。

 街は白昼。でも太陽はアングラだからもちろんでていない。光源もどこにもみあたらない。それどころかヒト? も見当たらない。


「なによこのまち、百子」

「竊斧――セップかも」

「接吻? 切腹? 百子どうしたの。難しいことばかり言うね。結合なんてコトバも教えられたシ」

「しっかりしてよ。翔子。来年は受験生でしょう」

「忘れていたのに」

「セップ。その目で見れば、すべてがそう見える。列子にでてるんだって」

「ムズカシイ。そんな難しいことば入試にはでないわ」

「父にしこまれたのよ。忍者の心得なんだって。敵の町や城に忍んでも、その目で見ると、本当の状況や、敵の姿がみえてこない」

「そうか。ここが吸血鬼の街だと思いこんではいけないってことね」

「わたしたちの住む町には吸血鬼はいないと思ってみんな生きているものね」

「固定観念にとらわれるな」

「翔子だって、難しいこと言うね」

 

 翔子も百子も現実離れした会話をしている。本人たちは気づいていない。明るすぎる。なんの変哲もない。街。だがどこかおかしい。不気味ですらある。そのことには触れたくない。それで難解なことばかり言っている。

「屠殺場にようこそ」

 やっと見つけだしたモール。そのなかのスーパー。入ったのがまずかった。またもや、メカ音。あまりに爽やか過ぎ。かえって、妖気を感じてしまう。

「キンゾクセイノモノは棚においてください」

「やだぁ。これって『注文の多い料理店』じやない」と翔子がシリゴミスル。

「逃げよう。翔子」

 スーパー仕様の屠殺場を逃げる。モールを抜ける。街にもどつた。

「こわかったよ。餌にされるとこだったね。百子」

「翔子、あれみたぁ。アイツラ、なかまの部位を集めていた。再生するためじやないのよ。ステンレスのboxに腕だの足だのいっぱいあったよ」

「だってなかまの血を吸えばじぶんも溶けちゃうのでしょう」

「だから、化学的に処理しているのよ」

「怖いことね」

「わたしだって怖いよ、翔子。処理したあとで仲間を蛋白源にしてる。レアな蛋白をレアなまま食べちゃっている」

「こんなとこで、戦えないよ。百子はやく逃げよう」


10


 駅前の広場まで……どうにか逃げのびてきた。

 殺気は感じる。それも妖気をふくんだ不気味な殺気なのだ。

 それでいて――いない。だあーれもいない。ムワッとする。ヒトイキレらしきものを皮膚感覚でとらえているのに。

 さっと身をかわす。必殺の害意をふくんだ妖風が吹きすぎた。風の中に刃モノが潜ませてあった?  髪の毛が何本ももっていかれた。かわしきれなかったら、カラダガ血をふいていただろう。


「こんなのって、戦いきれないよ、百子」

「翔子、弱音吐かないで。簡単なことよ。them(ヤッラ)は空蝉の術で攻撃してきているのよ。依り代に、紙の人型でなく、透明な極薄型のプラスチックのフイルムでも使っているの。二次元からの攻撃をうけているのよ。吸血鬼の本体はモニタールームで血のカクテルでも飲みながら、観戦しているのよ」

「そうか。百子ってスゴイ」


 敵の正体がわかった。怖さがうすれた。


「百子さん?  伊賀の百地三太夫の『百々』を名のり、三太夫統領の、血をひく甲賀の百々百子(どどももこ)さん……?」

 駅前の噴水の影からエプロン姿の少女がふいに現れた。百子はコクンとウナヅク。何か、なつかしい感じがする。メイド喫茶でバイトでもしているのかしら。ロリータールックに反応して百子は幼い動きをみせている。


「これかけてみて」

 3Dメガネのようだ。

「うわぁ。立体的に見える」

「もうひとつあります。これつけて戦って」

 翔子は攻撃を仕掛けてきたものを斬り捨てた。敵の姿がよく見える。おびただしい敵にとりかこまれている。いままで無傷で逃亡してこられたことが、奇跡だ。


「平和を願う気持ちには伊賀も甲賀もありません。ワタシは甲賀のタカ。これで地上に逃げてげてください。里忍(その土地に住み情報を収集する)としてのわたしの使命は、仕事はこの携帯にすべて記録しました」

「いっしょにタカさんもいこう」

「ありがとう。百子さん。この敵をくいとめるのは下忍のつとめですから」

 タカはふたりを改札から送りだすと、群がる敵陣にもどっていった。


「火焔車!!」


 じぶんの体に火をつけた。両腕を車のようにふりまわした。プラスチックの依り代のなかに跳び込んでいった。


「会えて、光栄でした」

 という言葉を百子に残して。百子はタカとは、どう書くのか、聞きはぐっていた。


11


「吸血鬼が忍法使うなんて、おどろきだね。百子」

 決して驚いていない声だ。

「だって、わたしたちだって平成の世まで伊賀の忍法をうけついでいる、くノ一よ」

「あっそうか。吸血鬼は死なない種族だものね。戦国時代から生きのびているモノもたくさんいるわけか」

「忍法はもっと古いのよ。南北朝時代に大塔の宮が長持ちのなかに穏業して難を逃れた古事もある」

「うわぁ。百子って博学なんだ」

「宮に穏業の術を指南したものがいるはずよ」

「そうか……すごいね」


 甲賀のタカの壮絶な死を見た。止めることが出来なかった。落ちこんでいる百子を励まそうと翔子は明るく笑う。ふたりは無事地上にでた。青山墓地だった。

 タカの携帯に地上にでる非常階段の位置が記録されていた。それで、マンホールから脱出できたふたりだった。百子はタカを死なせた喪失感から立ち直りかけていた。だがやっと地上にでた翔子と百子を待ち伏せしているものがいた。


「お前らも死ぬか」吸血鬼トオルだった。

「アングラから指令が来た。忍びこんだふたりは――やはり翔子と百子か」

 吸血鬼テツがイヤラシイ顔でふたりをにらんでいる。

「地上に出たからといって、逃げおおせたとは思うなよ」

「翔子」

 百子が声を低める。唇をかすかに動かしている。

「穏業してみせるね」

 ちょうど話していた穏行。実践してみせるというのだろう。さっと墓石のかげに走りこむ。トオルが配下のVと追った。いない。

 テツに回転とび蹴りをかました。翔子は墓石の上にとびのっていた。墓石の影に百子はいない。

「ここよ」

 黒々としてごつごつしている。桜の幹の影でささやくような声がした。左の墓石の影に逃げ込むと見せて、右の樹木と一体となっていた。目の錯覚を巧みに利用した。マジック。

「木トンの術」

 百子の顔にようやくほほ笑みがもどった。

「タカのともらい合戦よ!!」

「敵がおおすぎない」

「ひとりでも多く倒す」

 はやくも百子の刃がきらめいた。Vが一体――青い血をふく。青い粘塊となって溶けていく。怒号が入り乱れる。

「やっちまえ」

 溶解した仲間をみて興奮している。

「喰らうてやる。おまえおいしそうだ」

「わからないの。バカモノ。わたしの剣には、ミネに銀メッキしてみたのよ」

「それで、アンナにカンタンにとけるのか」

「バァカ。イマゴロキヅイタノ」

 タァ。

 トゥ。

 イァ。

 リベンジをこめた気合い。

 裂帛の気合が吸血鬼を襲う。

 トオルとテツを一刀のもとに切り捨てた。

 大言壮語していた吸血鬼にしては、あっけない最期だ。

 Vの群れはじりじりそれでも包囲網を狭める。

 多すぎる。

 Vが多すぎる。

「殺せ。ふたりとも殺せ」

「百子。これって多勢に無勢ってとこね」

 この期に及んでもまだジョーク。

「ヤバイことはヤバイわね」

 でもふたりとも、肩で息している。

「翔子!! 上よ!!!」

 翔子が油断していた。

 Vがいったん墓石の上にとんだ。

 そしてその高さをうまく使った。

 上空から翔子におそいかかってきた。

 避けられない。

 鉤爪が翔子の喉元めがけて迫る。

 ピカッ。

 閃光。

 それも青白い閃光だった。

 翔子をおそっていたV。

 喉元ちかくまで迫っていた鋭利な鉤爪。

 消えた。瞬時にして光を浴びて消滅した。

「レザーガン。これの完成を待ったので遅れた」

「遅いよ。父上」


 ――その少し前。

 百子のポケットで携帯が鳴った。

 タカに託されたほうの携帯だった。

「はい。タカ」

 うっと、息をのむ声がした。

「その声は、百子??  だな」

「おそいよ。パパ」

「タカはおまえの、腹ちがいの姉さんだった」

 意外な事実を聞かされた。

 悲しみがもどってきた。

 百子のタカを失った悲しみはさらに深いものとなった。

 迷彩服の兵士がVを攻めたてている。

 青白いひかりが交差している。

「自衛隊異能部隊です。隊長の百々です」

「娘がお世話になっています」

 百子がテレテている。父の言葉をひきついだ。

「タカ姉のお陰で、通路がわかった。吸血鬼の通路を上ってココに出られたの」

 Vたちの靴が焼け残った。なぜか、靴だけが焼け残った。墓石の間に散乱している。明日、清掃に来た作業員の口から。新たなる、都市伝説が、転がっている半焼の靴から生まれるだろう。

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