第六章 懐かしい過去、悲惨な現実
1
その羽ばたくモノは羽田空港の方角から大森の夕空に飛んできた。
いまは品川方面に向かって飛んでいる。空一面に黒い邪悪な波が広がっていく。まさしくコウモリだった。どこにいままで潜んでいたのか??? 茜色の空を黒いゴマ粒をまき散らしたように埋め尽くしていた。
『BB刀エクササイズ』の入っているビルの屋上にミイマとGGはいた。
コウモリはトルネードのような黒い渦となって品川の空に舞っている。
「勝則さんの、ペンタゴン日本支部のあるあたりだ」
米国国防省の日本支部というのはおかしい。だがまだ正式名が決まっていない。
すばやくミイマが反応した。携帯をとりだして翔子を呼んでいる。
ふたりは階段を下りて指令室のモニターの前に急いだ。
2
「品川の街を映してみて」
「どうなってる。何も、変わってはない」
いつもの夜だ。改札をでてすぐの広い「港南口」のコンコースが映っている。
帰宅ラッシュで込み合っている。
「街よ。街は」
ミイマがまた催促した。街も変わりない。いつものあわただしい宵の街がモニターには映し出されている。
「どうかしたの? ミイマ」
キーボードを操作していた玲加が振り返る。
「ミイマ。ミイマ。どうしたの」
こんどは、携帯の中で翔子の声がする。ミイマはめずらしく取り乱している。翔子に携帯したのを忘れていた。
「ああ、翔子。品川にいるの。なにも変わりない」
「わたしは新宿。純も一緒よ。日名子の行くえ追っているのよ。病院を抜け出したきりなの――」
それはミイマも連絡を受けていた。純が街にさまよい出たのに前後してまた日名子も行方不明になっている。純が一時は疑われた。
「あの部屋ね。風俗店になってた。それで紅子のとこの芝原さんと柴山さんが入店したとこなの。部屋がどうなっているか、調べに入ったとこなの」
「品川がおかしいのよ」
ミイマはいま屋上で見て来たことを知らせる。
「まって。父から連絡がきた」
ミイマは携帯を耳にあてたままでモニターを見ている玲加にいった。
「百子ちゃんたちに、ここに集合するように緊急連絡して」
「ミイマ。……大森にいけって父にいわれた。バイクで向かってる」
ペンタゴンの日本支部は襲われていないのか? 大森寄りにMビルはある。品川の街のようすとは関係ないのかもしれなし。そう思いながらミイマはガラス壁の、品川に面したブラインドの羽を指で開いた。
ぎょっとした。ガラス窓にネズミの顔が押しつけられていた。いや、ネズミではないコウモリだ。
「何だ。これは!! ……どうなってるんだ」GGの声が背後でした。
ガラスは厚く、気密性がある。鳴き声は聞こえない。ミイマはブラインドを引き上げた。全面を開いた。一匹ではなかった。びっしりとガラス壁にへばりついている。あしが吸盤になっているのか。ペタッとガラスに吸いついている。
移動している。平地を歩くようだ。品川のビル街が見られない。窓いっぱいに、くろいクロスが張られてしまったようだ。いや布ではない。コウモリだ。コウモリの小さな、だが鋭い歯がガラスを噛み砕こうとしている。赤い目がこちらをにらんでいる。
3
GGもミイマの横に並んだ。
目の前ではコウモリが折り重なるようにガラスにへばりついている。
防音効果のあるガラス壁のわけなのに、きこえる。
いや、いままでは、聞こえなかった。
確かに聞こえなかったのに……。こころがどうかしてしまったのだ。
キーンという音まで耳の奥にひびいて来る。機械の、たとえばドリルの回転音。頭蓋骨に穴でもアケラレルような恐怖の音だ。ガラスにクモの巣状の微細なヒビが走る。ヒビは、ツッッと伸びる。
このままではガラス壁が、ビルの外壁がやぶられる。
「みんな、耳をふさいで」
GGも初めてきくミイマの厳しい声だった。いわれなくても、モニタールームのスタッフは耳を押さえていた。苦しんでいた。ムンクの叫びのような表情。
「わたしはダイジョウブだから」
玲加がGGに代わってミイマの隣りに立つ。
「このままでは……やぶられるわ」
玲加がつぶやく。このとき、ミイマがガラスに額をよせた。クモリでも拭っているようだ。ワイパーのように何度かガラスを手の平で拭いている。そして、両手をひろげてガラスに当てた。
ミイマの長い髪の毛がパッと広がった。
花王のアジェンス。
東洋美髪処方で、芯からしなやかな髪へ。というCMさながら。
美しい髪がガラス一面にひろがった。
青白いスパーク。室内の照明が切れる。闇のなかで無数の髪の毛が光っている。
「ミイマ」GGが声をかける。照明が元にもどった。ガラス壁も……何事もなかったようにそこに在る。コウモリは消えていた。
「ミイマ。いまのは……」
「あなた、初めてのデートの時、打ち明けたでしょう」
「……?????……」
「しばらく使わなかったので……疲れたわ」
ミイマはGGの腕に支えられていた。
「わたしはマインドバンパイアだって……話したわよね」
そこまでいうと、ぐったりとしてしまった。
「わたしが何とかする」
玲加がミイマの額に額を合わせた。こんどは玲加の体が青白く光輝を放った。
「わたしたちの念波は青くみえるの。ミイマにわたしの念波を送っているの」
4
「ミイマ!!」
翔子と純がかけつけた。そのあとから百子。
「ぶじでしたか」
GGが百子にうなずく。
「ミイマ、どうやってコウモリを追いはらったの」
それはGGも聞こうとしていたところだ。
「何か呪文をとなえていたみたい? ……だったわ」
という玲加に「あら、隣にいたのに聞こえなかったの」
ミイマはみんなに振り返った。
「アンタラの嫌いな匂い。忌避スプレーを吹きかけるわよ」
「それだけ?」
美少女戦士たちがあきれて、異口同音。
「スーパーコウモリジェット。イカリ消毒株式会社の忌避剤はよくきくわよ……」
「それだけ??」
「はい。それだけよ」
「なんだ、コウモリ避けのオマジナイでもあるとおもったのに??? つまんないの」
隣にいたので玲加だけは、そんな簡単な撃退法ではなかつたことを知っていた。
エネルギーを使い果たしたのか、ミイマがグラッと揺れた。
目立たないように支えた。
そのまま玲加はミイマを隣の部屋に連れ込んだ。ソファにミイマを横たえた。
「しつかり。しつかりして、ミイマ。無茶したからです。オバサマ、しっかりして。わたしの補給ではダメなのかしら」
5
「消耗が激し過ぎたのね。念の力をフルパワーにして戦ったのはひさしぶりなのよ」
「オバサマのひさしぶりというのは、ナンネンブリカシラ……?」
やはり消耗が激し過ぎたのだ。と納得した表情で玲加はミイマのそばにヒザまづく。少し体を休めれば回復するだろう。
「10世紀ぶりかしら……」
少女のようなあどけない顔で、ミイマがきついジョークをとばす。
「あら、そんなにお古い話ですか」
「それより、わたしとんでもないこと感じた。あいつらブラックバンパイアのねらいは、わたしたちなのかもしれない。ひとをそそのかして、ひとを刺殺させる。あれはほんの前哨戦。BVの真の狙いは、わたしたち神代寺フアミリよ。たぶん、この推測には狂いはないはずよ。あいつらは、日本古来の鬼。BVなの――ブラック・バンパイアよ」
ガラス壁にへばりついたあの「かはほり」――は、と、ミイマは古語で考えていた。加波保利たちの憎しみに満ちたあの目。殺意がこめられていた。
小さな尖った爪。ネズミに似た顔。きらいだ。あいつらは人間に混じって生きることの出来るわたしたちを嫉妬している。人間と結婚して、子どもの産めるわたしたちを憎んでいる。
「神代寺の父に知らせといて。くれぐれも、注意するように」
念をこめただけでコウモリを退けた。口を突いて出たのは、消災陀羅尼だった。あんなパワーがあったことなんか、忘れていた。使う必要もなかったからだ。
Fに遭遇したためか。なにか昔とのことばかりかんがえている。いい思い出なんかあったのだろうか。わたしたち神代寺ファミリは帰化種。平成になっても、平安の御世と同じ。古くから日本に住みついていた在来種の恨みをかっている。
6
「ミイマ。神代寺に連絡できない。だれも電話に出ない。モニタールームからかけても、プラツクアウトしたままなの。どうしょう」
玲加が青ざめている。ミイマは体力を消耗し過ぎた。だからソファで休んでいた。ムックと起きあがった。どういうことなのだろう。だれも電話に出ないなんて……まだ夜は始まったばかりだ。
でも、この時間にはみんながバラ園で働いているということはない。ミイマはふいに心拍の速まるのを感じた。こうしてはいられない。
「どういうこと? 何が不安なのだ」
GGが寄ってくる。
いままで青ざめた顔で隣室のソファで横になっていたはずのミイマ。
「ミイマ。どうした」
「いままで気づかなかった。狙いは……わたしたち。わたしたちが狙われているのかも……」
ということは、神代寺バラ園が襲われる危険がある。
「いくか!」
ミイマは部屋を出たときからその気だ。GGに皮ジャンを投げてよこした。
不安をかかえて、向こうからの連絡を待つより――こちらから駆けつけたほうが速い。ミイマは翔子のバイクのシートに。GGは純の。玲加と百子はそれぞれのバイクにとびのった。
百子はクノイチ・ガールズに「神代寺バラ園に緊急集合。緊急集合」と呼びかけた。
GGも「アサヤ塾」ネットワークに連絡する。調布近辺にいる卒業生は思い当たらない。でも連絡しないではいられなかった。
ミイマの予感はよく的中する。あのあわてかたは異常だ。バラ園で何か起きている。起きていないことを、願うより、起きてしまっていることを確信しているGGだった。
バラ園は静まりかえっていた。
鋳鉄製のフェンスからバラ園の中をのぞいていた男がふりかえった。
「おひさしぶりです」
「川田誠。マコチャンか」
背広の男がほほえんでいる。
「アサヤ塾」の卒業生がこんな身近にいた。
「駆けつけてくれて、ありがとう」
「調布署のいまでは刑事です」
百子はクノイチ・ガールズのバイクに取囲まれていた。
「みんな、いくわよ」
ミイマが門扉のキーを開ける。
バラ園は静まりかえっている。
散水のホースがのたくっていた。水が奔流している。バラの鉢がいくつか倒れている。なにものかに不意を襲われたのだ。そうとしか思えない。
「どういうことなのですか」
誠がGGに訊いている。
「ここはカミサンの実家なのだ。襲われたようなのだ」
だれもいない。ミイマは声に出して叫びたいのを必死で堪えた。真紅のリルケのバラが小道に落ちていた。切り花にでもするつもりで切ったのかしら。
わたしがこのバラの名前がわからないので「リルケのバラ」と仮に名付けて「このバラの名前は?」苗木を父に贈ったものだ。父にはもちろん、正確なバラの名前はわかつている。それでもやっと娘がバラに興味をもってくれたことを記念してくれた。
「リルケのバラでいいではないか」
リルケのバラの咲き乱れる一隅をここに、造ってくれた。そのリルケのバラの切り口が奥の雑木林の方角を指している。それに気づいてミイマは小娘のように走りだした。
「パパ。パパ」
ミイマはつまずいた。つまづいたものは――仰向けに倒れた作業員だった。一族のものではない。一般の作業員だ。抱き起す。首筋から血があふれている。まだ固まっていない。生きている。霧状に喉の奥から血をふきだした。
「しっかりして。いま救急車を呼ぶから。だれかついていてあげて」
男は林の方角を指している。口はきけない。ゴボッとまた血をはきだした。ミイマのほほに血が飛び散った。
7
「ミイマ! お先」
「先いくね」
翔子、玲加、百子とガールズがつぎつぎとミイマを追い越していく。
半死の作業員からは林の奥という情報しか受け取れなかった。
ミイマはGGに抱き起された。
顔に血が斑点のようにへばりつき凄惨な表情となっている。
「この奥よ」
「それにしても静かすぎる」
走りながらミイマは顔の血をぬぐっている。
先行した美少女軍団の姿が樹木の影にみえる。小さくなっていく。
「先いくね」
ミイマは先ほどガールズにかけられたと同じ言葉をGGに残す。
体がファッと浮かぶような感じだ。
Vウォークだ。シャキ、シャキと高速カメラでとらえた映像のような走法。みるまにガールズに追いすがる。追いぬく。「さきいくね」とは声はかけない。そんなこころの余裕はない。
『おとうさん、どうなってるの』
父の側近は十人はいる。
マインドバンパイァだから吸血行為はしない。
あとの能力はBV(ブラックバンパイア)と同じだ。
緊急事態のときはそれらの能力が発動する。
戦っても互角だ。
足もとに作業員が何人も倒れている。
「オバサマ、どうなってるの」玲加だ。
「わたしも能力に目覚めたみたい」玲加がミイマに伴走していた。
『血は争えないものね。玲加は歴女だから奈良の都で起きたこと、平安の都で起きたことを思いだして。あのころから鬼の動きが活性化したのよ。その空気をここで感じるの』
思念で会話でしていた。頭から頭に伝わる会話だ。雷鳴がふいに轟いた。いや空は藍色の薄闇だが雷雨の気配はない。雷鳴だけが轟き渡っている。でも、これは雷鳴なんかではない。戦いの雄叫びだ。
着いた。東屋のある広い空間。結界がはってある。父がBVにとりかこまれている。
父の配下も戦っているがBVの多さに父の護衛につけないでいる。ミイマは血路を開いて神代寺一族の長、父の隣に駆け寄る。
『よく来てくれた』
父のことばが脳裡に沁みた。青白い粘液が飛び散って大地を汚く染め上げている。青いBVの血。足元がねばねはする。気持ちが悪い。
「あんたら、どこのもの。どこの一族なの。わたしたちが神代寺一族と承知の上での襲撃なの!!!」
不気味な沈黙。翔子と百子、クノイチ・ガールズが参戦する。これで、数の上からいっても負けてはいない。
「あたいたちをなめないでよ。大江山や戸隠までデパって鬼と戦った忍法よ」
という百子のセリフが勇ましい。
8
「クノイチ三段ギリ」
ガールズ三人がひと組となって吸血鬼の巨体に斬りこむ。体が大きいというだけでまだ外見は変わっていない。唯のヒトに見える。上段の首をはね、胴ギリ、足を切る。三等分されて、さすがの鬼もドウトたおれた。
再生されてはもともこもない。ガールズはサッカーボールでも蹴るように、三方向に死体の部分を蹴り飛ばす。
凄惨な死闘の場がガールズの参戦で明るくなったから不思議だ。ファンタジーの映像のように美しく様式化されたバトルフイルドとなる。
翔子と純はFと戦っていた。ミイマの元彼だ。ミイマとは戦わせたくない。GGとも……。藤原信行――どんな事情があったのか、ミイマとどれほどの関係なのか、知る由もない。それでも戦わせたくはない。
すくなくとも、元彼であることにはまちがいのないことなのだから……。
「なぜです。なぜミイマの邪魔をするのです」
「純、訊いても無駄よ。ひとの心の中のことは言葉では十分に説明できないの」
「でも、元彼ならなぜ……」
Fが鉤爪で襲いかかってきた。
牙のように鋭く、鋼のように夜目にも光っている。
あんな浅ましいお姿になって。
ミイマは戦いながら遠目にFをとらえていた。
そして、純と翔子のこころづかいが痛いほどわかっていた。
わたしをFと争わせまいとして……。
「よそみするな」
父の声が耳もとをかすめた。
ボシュと拳銃音。
川田刑事がミイマの腕に噛みつこうとしていたBVに発砲した。
「こいつら、むかし塾で先生に教わったアレですか」
「そういうことだ」
「まさか本当にいるとはね――」
「みただけでは普通の人だろう。戦って初めてBVとわかる」
GGが鬼切丸で、被弾したBVの首をはねる。
ジワッと青白い液が切り口から噴き出した。
斬り落とされた首はニタッと不気味な笑いを見せている。
玲加が走って来てその首を遠くにケリ上げる。
虚空で雷鳴がとどろいた。こんどこそ雷鳴だ。稲妻がきらめく。
空のサンゴみたいだ。
ミイマはリルケのバラで作ったバラの鞭を駆使している。
周りのBVをなぎたおす。
「バラ園を襲うなんてブスイだよ。バラを讃えたリルケの詩でもヨンダラどうなの。こんな戦いを仕掛けてくる愚かさに気づくはずよ。アンタラのねらいは権力。人にとって代わってこの世で栄耀栄華をきわめたいのでしょう」
「それがわかっているのなら、邪魔するな。おれは、この国を動かしてみたい」
Fの声が直接頭にひびいてきた。
懐かしいはずの声。
あれほど、もういちど聞きたいと思っていた声。
千数百年もの眠りの中で聞きたいと希望していた声だ。
もしGGとの心の交流がなかったら。
まだ、聞くことを望みつづけたはずの声が耳もとでひびいている。
憎悪がこめられている。
百子とガールズは演武でもしているように鮮やかな弧を描いている。
中空に跳ぶ。
大地に伏せる。
斬る。
走る。
斬る。
飛ぶ。
跳ねる。
BVは下半身の攻撃に弱い。
さすが高言しただけのことはある。
BVとの戦いは、これが初めてではない。
大江山の鬼と戦った。
戸隠山の鬼と戦った。
それらの経験がクノイチの剣の技に生かされている。
彼女たちが先祖から受け継いだ戦法。太刀筋に鬼と戦うスベが加味されている。
さすがクノイチ48のツワモノ。アレっ。このツワモノて言葉は女性には使えないのかな。さすが美少女クノイチ48人とトトノエマスカ。
9
唯の人。そうは思ってはいない。敵は吸血鬼と知って戦っているのに――。だが――them(ゼム)――ヤッラのふいの変わり身。翔子たちはついていけい。まずFが変身した。
牙の鉤爪をひからせて、鋭く攻めこんでだ。だが、鉤爪だけの武器では純と翔子の夢道流の剣士に斬りこまれる。勝ち目はないと判断したのか。変身した姿は怪異なものだった。
頭の両サイドからめきめきと角が生えてきた。山羊の角とも見える。目は黄金色の碗をはめこんだようだ。月の光のように皓こうと光り放つ。
「うぬら、とって喰うぞ」
グローブのような手が伸びてくる。だが大きく変形しただけに動きは鈍い。
「あらまぁ!!! タクアンみたいな指だこと」
まさに翔子をワシヅカミにしょうとした。Fの指を、古風に表現した。が、百子の剣は居合切りのすばやさ。Fの指を輪切りにした。
「うう。痛い」
Fはわざとらしく呻く。大きく腕をふった?! 指は元どおりだ。再生している。いや、斬り落としたのは幻の指だったように錯覚してしまう。幻であるわけがない。 瞬時に再生してしまうのでそう思えるのだ。
「これでは、戦いようがないよ」
「大江山の酒吞童子を倒した剣さばきはどこにいった」
耳まで裂けた口が笑っている。笑った方が凄みのある口元だ。犬歯がナイフのように突き出ている。
「さぁさぁさぁ」
翔子と百子がたじたじとなる。純がふたりをかばって前に出る。そのさらに前に人影が。
「おう。美魔か。この時を……千年以上も待ったぞ」
「それなのに、そのお姿は……あさましい、信行さま……と、争わなければならない……悲しゅうございます」
10
「美魔、おまえが、玉藻の前の護衛で都を去らなければ、わたしは失脚しなかった。美魔、おまえさえわたしの制止をふりきって玉藻の前の護衛につかなければ。歌人にして大政大臣の地位が約束されていた。よも、失脚するようなことにはならなかった」
「それで鬼ですか。それで政権を追われたものの恨み、道真公のように怨霊と化しましたか。鬼とおなりあそばしましたか」
「青丹よし奈良の都を呪った。わたしを陥れた者、みんなを呪った。都は京都に移された。それで満足した。呪ってやった者どもは、早世した。それでよしとした」
「それで、わたしだけが残っていた。くやしかったことでしょうね」
Fはバリバリと大型の将棋駒のような牙で歯ぎしりした。翔子たちには、Fとミイマのあいだにどんな経緯があったのかわからない。歴女にして神代寺族のMV(マインドバンパイア)の玲加にはなんとなく推察できる。玉藻の前が九尾の狐であるわけがない。
平安時代、鳥羽上皇の寵愛をうけた傾国の美女玉藻。
不滅の吸血鬼Fとなる前の信行は、玉藻に仕えていた美魔と出会ったのだろう。
玉藻はほかの女官たちの嫉妬で都を追われた。貴族の中には玉藻に同情する者もいた。美魔と、神代寺一族を護衛として玉藻を下野の地に落したのだ。
「いまは平成だ。時代なんかいつでもいい。恨はつづく。わたしがこうしている間は……」
「恋の恨みですか。権力の座に着けなかった恨みですか」
「その両方だ」
「あわれな方」
「なんとでもほざけ」
Fの腕がミイマをつかまえようとふいに伸びてきた。
「斬」
百子がふたたびFの腕を輪切りにした。すばやくクノイチガールズがその一切れ一切れを抱えると四方に散った。
「ぬかった!!」
「バラ縛り!!!」
ミイマがバラの鞭をFに叩きつけた。
鞭はFの体にツルバラよろしく巻きついた。
バラの棘がFの体に深くクイコンデいく。
青い粘液がふきだした。
Fが苦痛に咆哮する。
あたりの樹木の枝を震わせた。
雷鳴がとどろく。
ミイマが翔子から鬼切丸をうけとった。
「せめて、わたしの手で……」
ミイマの振るう鬼切丸。
Fの首をはねた。
首は、はったとミイマをにらんでいる。
「たたるぞ。呪うぞ」
Fの思念がミイマの頭に沁みた。
Fはドロドロと青い粘塊となって溶けていく。
吐き気がした。
すごい悪臭だ。
不気味な色だ。
嘔吐しているものもいる。
Fの現世への恨みがこもった溶解だ。
ミイマはなぜか悲しくなった。
「遠い平安の怨念を、この世で晴らそうなんて思っては、いけなかったのよ」
涙がほほを伝っていた。思慕していた男を葬ったのだ。
11
Fが溶解した。
戦っていたBVが動きを停止する。起きるはずのないことが――起きた。
軍師が倒された。Fの実体、Fの肉体が青みどろの粘塊となり、粘液となった。溶けてしまった。それをみて、ショックのあまり、かれらは、戦いを放棄してしまった。電源を切られたロボットのようだ。ギグシャクとした動き。撤退していく。
「追うことはない」
父が言っている。GGがミイマの肩を抱いた。ミイマはまだ泣いている。まるで少女のようだ。GGは年相応の加齢に身を託している。ミイマは抗加齢協会からその秘訣を聞きにきそうな若さだ。もっともその実年齢をしったら卒倒するだろう。年より若かくみえる。10歳は若いですね。そんなお世辞で表現できる段階ではない。
知り合ったころと変わりない。艶々とした黒髪を愛撫しながらGGは無言だ。
ミイマは泣いている。愛には歳月のながれなど関係ないのかもしれない。
ミイマとの出会いがなかったら……。いまある、このような生きかたは、していないことは確かだ。翔子たちのような孫も生まれていなかった。
おれはこの生活で幸せだ。いつもバラに囲まれていた。バラの芳香の中で夢のような時のながれに身を置いてきた。幸せだった。
短い人の命の営み。老齢にたっして……。じぶんは幸せだったといいきることのできるものは数少ないだろう。その数少ない幸運にめぐまれた。ミイマの存在か愛おしくて、貴重なモノに思える。
GGも……もらい泣きしていた。つらかったろう。悲しかったろう。ミイマのことだ。
この決断、Fを倒したことを長い時間かけて悔やむかもしれない。
玉藻の前の最終戦争に遅れて駆けつけたことを悔い。
千年眠りつづけたミイマだ。
みんなが引き揚げていく。
翔子と純。玲加。百子とクノイチガールズ48。
義父と神代寺一族。戦いの後のウツロナ、さびしさ。
そこには勝利の雄叫びを上げるような華やかさはない。
まかりまちがえば、GGたちが敗北したかもしれないような強敵。
吸血鬼の軍団(れぎおん)だった。
雷鳴は遠のいた。肌寒さを感じる夜風のなかでGGとミイマ。
人としてのGGとMVのミイマは静かに立ちつくしていた。
夜風がミイマの美しい黒髪にそよいでいた。
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