3-2-2
千秋さんが真琴の背後に近づき、肩に顔を置く。
「お二人さーん、お熱いのはケッコーですけどお仕事中なんでお仕事に集中してくれませんかねえ?」
僕らは同時に手を離した。
真琴の顔を見ると、真っ赤に燃え上がっていた。海面を真っ赤に燃え上がらせる夕陽と比べても遜色ないほどの炎上ぶりだった。
俯かれてしまう。
千秋さんをギラリと睨む。今これから救出しなければならないという瀬戸際にからかうべきじゃないだろう。僕の意図を解した千秋さんは「メンゴメンゴ」と謝る気があるのかないのか――まあ、ないだろうと思われる謝罪をした。そして、ひらりと翻して戻っていった。
室長らは少し先で真琴が戻ってくるのを待っているようだった。
千秋さんのことは捨て置こう。今は、真琴だ。今ここで僕が声をかけても逆効果な気がする。どうしたもんだろう。
ずかずかと岩崎さんが歩いてくる。真琴の頭を掴むと思い切り力を込めた。そして、すぐさま手を離す。それでも十分な痛みだったのだろう。両手で頭を抱えた。痛みを堪え、岩崎さんの襟を掴む。
岩崎さんが真琴の伸ばした腕を掴む。
「お前が誰を好こうがどうでもいい。逮捕に私情を挟むな」
真琴は岩崎さんの襟を乱暴に離す。
「では行ってくる。一人じゃ暇だろうから、このあと私らと遊ぶプランでも考えててくれ」
「分かったよ。慣れないことだけど頑張ってみる」
真琴は踵を返すと、先に戻っていった岩崎さんに追いついて室長らと肩を並べる。揃うと救助に向けて歩き出した。
僕は背中が見えなくなるまで目で追った。
その背中が見えなくなると、どうしようもない不安が心の中で疼き出した。真琴や室長が失敗するとは考えていない。――これっぽっちは考えたりしているが、大丈夫だろうと考えている。微笑をたたえた室長が失敗する姿が想像つかない。
けれどこの一抹の不安がどこからくるものなのか見当つかない。この不安が虫の知らせではないだろうかとも考えた。すぐに一蹴した。
この高度情報化社会が実現した現代日本で虫の知らせなんて馬鹿馬鹿しい。こう考えたあとで、すぐにまたそんな考えを一蹴した。両親世代からすれば、僕らの力なんてそれこそ虫の知らせとなんら変わらないものだ。
頭を振り、不安を頭から切り離す。
僕にできることはただただ真琴らの成功を祈ることだ。下手なこと考えて実現してしまっては夢見が悪いどころではない。自殺ものの衝撃だ。
ガチャガチャと金属同士がぶつかり合う音が耳に飛び込んでくる。その方向に目を遣ると、目が覚めた犯人の一人が抜けだそうと体を前後に揺らしていた。しかし、腕を背中で固定されて、両足も縛られて、口にはテープを貼られて思うように動けないのかその音はそこまで大きな音は立てなかった。なおも諦めずに音を鳴らし続ける。数人が目覚め、その音に増やし続ける。
この光景と似たようなものを倉庫内の犯人も見ているはずだ。この光景を見て面白いとでも思っているのだろうか。そういう性癖の人ならば面白いと感じるのだろうか。恨みの対象だからそう感じることができるのだろうか。
僕には分からない感覚だった。
どちらかというと縛られている方に同情してしまい、面白がるどころではない。自身がその環境と同視してしまう。悪人にはなりたくてもなれない性なのだろう。復讐を考えたことは何度もあったが、その度に何かしら理由をつけて実行には終には移さなかった。だから、そういうことなんだろう。
「どうしてこんなことになるんだろうね」
超能力さえなかったら、大なり小なりの人間社会のいがみ合いは当然あるにしろ、こんな大事にはならなかっただろう。僕の問い掛けに、最初に体を前後に揺らしていた男は動きを止めて僕を見る。他の男性も僕の問い掛けに反応し動きを止めた。
何か言いたいことがあるのだろうか。最初に目を覚ました男性がモゴモゴとテープの下で口を動かしていた。その姿は必死の一言。
この男性は過去に超能力者に被害を受けたのかもしれない。
暴動で息子を殺された三島さんと同じように。
僕が一般大衆に押し潰されたのと同じように。
「言いたいことはなんとなく分かるよ。けど、やっていいことと悪いことがあるから」
争いじゃ何も解決しない、なんて綺麗事は復讐を考えたことのある人間の口から言えたような生易しいものではなかった。綺麗な毒を吐くようなものだ。
だから、法という建前で諭す。
これぐらいしか言葉を持ち合わせていなかった。
「やられたらやり返せっていう理論は間違ってないと思う。むしろ、正しさを感じるよ。ただ、その矛先を向けて許される相手は、それをやった個人にだけだと思う」
復讐を正しいと感じる僕の本音だった。
「僕を恨むなら恨んでいいよ。超能力者だから恨まれ慣れてるから。――けど、これは罪のない人を苦しめたことに対する代理復讐だと思ってくれると嬉しいかな」
恨まれても構わない。
それが、ある意味正義のあるべき姿なのだろう。
勧善懲悪が蔓延っているこの世ではどこかずれた考え方だろうけど。
男らは静かに僕を見ていた。
彼らを諭せたとは思わない。彼らの怒りがこんなもので静まるなら、こんなことは僕みたいになんやかんやで理由付けて実行しなかっただろう。けれど、少しは考えるところもあったのか騒ぐことはしなくなった。
男の一人が何かに反応を示したように顔を上げた。
直後、背中に衝撃が走った。呼吸が止まる。膝から崩れ落ち、アスファルトに頬をつける。痛みに耐え、呼吸を整える。整い終わる前にもう一度、衝撃が走った。頭に走る衝撃。
意識が薄れた。
視界の端に女の姿が映った。その手には鉄パイプが握り締められていた。意識の手綱はどうにか手放さなかったものの、動くことができなかった。頭を殴られた衝撃で目眩がし、体に力が入らなかった。
ただただ、増援でやって来た人らに後ろ手で拘束された。ご丁寧に手には袋を被せられた。思考がはっきりしだした頃には、もう僕の体は倉庫の中に運び込まれていた。
動く気力が起きず横になっていた僕に美雲を攫った二人が拳銃を突き付ける。
「そろそろ喋れんだろ。どうしてここが分かった?」
そう訊くということは、まだ真琴らは突入していないのだろう。だとしたら間違っても仲間がいることを話すわけにはいかない。今話したらこの場にいる人を助けるどころか、真琴たちまで捕まってしまう恐れがある。
黙っていると肥えた男が僕の頭髪を乱暴に掴む。
「おい! 黙ってないで答えろよ!」
前後に揺さぶられる。それでも口を割らないでいると、額に拳銃を押し付けられた。
「言わねえと、撃つぞ!」
なら撃ってしまえばいい。死ねば口を割ってしまうことはなくなる。
「待ってください!」
背中から声が聞こえた。イントネーションが関西独特な声だった。その声の持ち主が僕の隣まで膝歩きでよたよたと歩いてきた。
「待ってください。その人は今声も出せないほど辛いはず。せめてもう少しだけ待ってくれへんでしょうか?」
横を見ると美雲がいた。衣服はホコリまみれだった。気丈を取り繕っていたが、肩は震えていた。攫った本人に対する恐怖は根付いているようだった。
「あ、生言ってんじゃねえよ。意識はあんだ、辛くても話すぐらいわけねえよ」
「いや、待て」
やつれた男性が肥えた男性の肩に手を置く。
「まさかこいつの言ってることを聞き入れるわけじゃないっすよねえ」
「まさか」
やつれた男性が手に持った拳銃を額に当てる。僕ではなく、隣の美雲に。
「お前が喋んねえなら、それで構わねえ。代わりに嬢ちゃんが死ぬだけだ」
美雲の息遣いが荒れ始める。過呼吸のように短く浅い。体から力も抜け、後ろに倒れかける。
急いで僕の体を美雲の背中に割り込み、支える。
美雲を救うためには話さなければならない。だが、話したら真琴らが危なくなる。
「……分かった話すよ」
すべて真実を話す必要はない。こいつらが納得し得る嘘をつけばいい。嘘がバレた時、美雲の命が危なくなる。だが、この場にいる人全員救うにはやるしかない。
「僕は超能力者なんだ。能力はサイコメトリー。超能力を使ってここまで追ってきた」
「外にいた奴らはどうやった? 一人であんなことできるとは思えない」
「僕のポケットにスタンガンが入っているはずです。それで意識をなくして運びました」
一人がポケットをまさぐり、スタンガンを取り出した。
「仮にスタンガンで意識をなくしたとしても、お前一人であんなに攫えるわけがない。第一にあいつらは姿は見えなくても距離は近かったんだ。音でばれないはずがない」
男が続ける。
「仲間がいるんだろ?」
「いません」
「……ま、ある意味だんまりを決め込んだってことは殺してもいいってことだよな」
安全装置を外す動きをした。
「待ってくれ! やるなら、リーダーの僕にしてくれ」
柊二さんが声をあげた。柊二さんは立ち上がると二人の前に立った。
「やるなら僕をやればいい。リーダーを殺しとけば後々面倒なことが起きにくくなっていいんじゃないか?」
拳銃を美雲の額から柊二さんの額へと移す。
「言われた通りにしてやる。だが、お前だけじゃなくてそこの嬢ちゃんも殺す」
「そんな、僕だけで十分でしょう!」
「うるせえ」
柊二さんは殴られ、よろめいた。
やつれた男性は拳銃を構え、柊二さんに狙いを定める。僕を一瞥する。
「これが最後のチャンスだ。真実を言うのか? 言わないのか?」
柊二さんと美雲が「言ってはいけない」と僕に願う。それがより一層、僕の良心を締め付けた。言わなければ、二人が死ぬ。ようやく持てた繋がりをなくすことになる。
「――分かりました。言いますから、それだけは勘弁してください」
手放せなかった。
僕のわがままでここにいる全員が助かる術はなくなった。
「じゃあ、人数とどうやって乗り込んでくるのか教えろ」
僕は人数と作戦を伝えた。二人の悲痛な叫びが聞こえてくる。後ろから言ってはいけない、または言えという視線が注がれる。
「そいつらの超能力はなんだ?」
「……サイコキネシスが一人、テレポーターが一人、肉体強化が一人です」
「待て、さっき言ってた人数と全く合わねえじゃねえか」
「無能力者も一緒に作戦に参加しています」
「信じられるかそんなん!」
男が引き金に力を入れた。
「いや、彼が言っていることはおそらく正しい」
その声に反応して、拳銃を下ろした。
その声は聞き覚えのある声だった。
隣の柊二さんが立ち上がった。後手で縛っていたロープをいとも簡単に解いてみせる。
「でもいくらなんでも超能力者少なすぎやしませんか?」とやつれた男。
「そのために各地で事件を多発させたんじゃないか。でもまあ、あの食えない上司がすべてを教えてるとは限らないから用心はした方がいいな。アイツらは俺らの常識なんて関係ないんだからな」
その言い方、まるで加害者側のようではないか。いったいどういうことなんだ。いや、何が起きているかなど、本能で把握している。ただ、それを理解することを理性が頑なに拒んでいるだけなんだ。
美雲の顔も、後ろの被害者らの顔も一色に染まっていた。それは目の前の出来事が信じられないという疑いの顔だった。それでも理解している人もチラホラ見受けられた。その絶望に染まった顔が触れるまでもないことを雄弁に物語っていた。
「どうして?」
そんな言葉が僕の口から零れ出た。
まるで仮面が外したかのような薄ら笑いが柊二の表情に現れる。
「どうしてぇ? そんなの決まってるだろ。てめえら、超能力を持ってたり支持したりする奴らが気持ち悪いからだ」
真っ直ぐすぎる悪罵だった。本当にデモ隊リーダーだった――僕を励ましてくれた柊二さんとは思えなかった。
「じゃあどうしてリーダーなんかやったんや? あたし、尊敬してたんやで」
美雲の声は涙で濁っていた。
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