待宵堂忍奇譚

おおぬきはじめ

プロローグ

  この店はだいたいいつもカンコ鳥が鳴いている。

 喫茶店だっていうのに、店長の妙なコダワリで、珈琲を置いていないからかも知れない。一応、英国喫茶とめい打っているんだけど、英国紳士を気取った常連の男性が週に一、二度顔を見せるかどうかって位で、後は珈琲を置いてないと知ると席を立ってしまう人や、店の中をのぞき込んでそのまま通り過ぎてしまうコトが多い。まあ、そういう訳で、バイトしている身としては、とにかく楽チンで、いつもヒマを持てあましていた。

 この店、待宵堂まちよいどうの店長はというと、カウンターの奥でヒマそうに煙草を吸いながら、新聞や雑誌を読みあさっている。そう、ここは今時めずらしく、全席キツエン可なのだ。これもある意味、客足を遠のかせているのかも知れない。でも逆に、一服しに来る人がもう少し多くても良いと思うんだけどな……

 そんな店でオレが働いているのは、マァ色々と理由があるんだけど、それはオイオイ話すとして、もしも、オレがこの店に居てもいい利点があるとするならば、同僚(?)に可愛い、いや、とても綺麗な女性が居るってトコロだ。一体どうして彼女がこんな店に居るのかって、それもオイオイ話すとして、その女性、八条院はちじょういん日子あきこさん、住所不明、年齢不詳、秘密だらけで、性格もイマイチよく分からない彼女が居てくれるお陰で、オレのやる気は十分に満たされていた。

 あんこさん――日子あきこさんは、餡子あんこが好きだからという理由で、こう呼ばれている――は、フワリと柔らかそうな髪を肩口辺りで切りそろえていた。その魅力的な髪を見つめていると、ついウッカリ手を伸ばしてさわってしまいそうになる。薄い茶褐色ちゃかっしょくの髪色が、またなんともいえずエキゾチックで、セト物のような白く透き通った肌にすごく合っていた。そしてその白い肌には、少しつり上がっていてキリッとした目が付いていて、大きな瞳はいつもボンヤリと虚空こくうながめていた。また、形良くととのえられている太めの眉と、ほんの少しだけ低い鼻が、どことなく幼さをただよわせていて、綺麗でありかつ可愛かった。

 彼女がボンヤリと座っていたかと思うと、突然、フラフラと歩き回ったりしているさまは、まさに立てば芍薬しゃくやく座れば牡丹ぼたん、歩く姿は百合の花ってやつだ。ただ店に来るのは不定期だったので、全然、会えない日もあって、そんな日が続くと、何だかソンした気分になってしまう。

 あんこさんの他に、最近、もう一人、女子がこの店にバイトとしてやってきた。名前は鬼無里きなさ葉子ようこ。オレと同じ学校に通う高校生。店長がどうしてもう一人雇ったのか、そのテキトウな経営方針に一抹いちまつの不安すら覚えるんだけど、あんこさんは毎日いるわけじゃないので、その代わりなのかも知れない。

 前髪を綺麗に切りそろえていて、黒くツヤのある緑髪りょくはつは、どんなシャンプーを使っているんだって思ってしまう。顔貌かおかたちは、まさにその性格を表しているがごとく、くっきりしっかりしていて、あんこさんとは大違いだった。ただ、二人に共通しているのは体型。二人ともどちらかといえばやせ型で、四肢ししがスラリと長く、どんな所作しょさでもえるんだけど、あんこさんは何というかモデル体型で、葉子ようこの方は陸上部って感じがした。まあ、この違いについては、どうしてそう思うかってのは聞かないでほしい。なにせ主観だから仕方ないってことにしておいてくれ。

 あ、そうだ、もう一人、そう、此処ここの店長のコトを話しておこう。何から話そうか……あんこさんの話なら、いくらでも……と、話がそれた。実は店長も変わった人で、まずは見た目が外国人であるということ。名前もそれらしくて、ダニエル・モチヅキ・ベディヴィア。英国人とのハーフらしいんだけど、見た目に日本人らしさはミジンもなくて、茶髪オールバックのおっさん――ちなみに、オレは普段、彼のことをおっさんと呼んでいるから、これからはおっさんにする――だ。しかも身長が一八〇センチ近くはあるから、街中を歩いていれば絶対に目立つこと間違いない。幸いにして日本語がタンノウであり、そして今は戸籍上オレの父親でもあるんで、これからも付き合っていくことになりそうだ。

 さて、これで、とりあえずオレ以外の紹介はできたと思う。オレについては、平々凡々な高校生だと思ってくれていい。名前は望月太郎。太郎ってのは、ある意味最近じゃめずらしいかもしれないけど、やっぱり日本じゃよく聞く平凡な名前だよな。

 ただ、オレを含めて、この店で働いている人間には、少しだけトクベツな点がある。それは全員がシノビであり、かつどの組織にも属していない野良ノラであるということ。だからこそできる仕事があり、今回、話すコトってのは、そのシノビとしてやってきた仕事についてなんだ。どうだい、面白そうだろう?

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待宵堂忍奇譚 おおぬきはじめ @ohnuki

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