第3話 脱出
眼下に広がる暗い校庭に、私はごくりと息を飲む。
下から吹き上げる風は強くて冷たくて、まるで崖の上に立っているかのよう。
街灯が灯っていて、暗闇でないことが救いなのか。
むしろ見えていることによって、高さが余計感じられることが不幸なのか。
心臓のドキドキが止まらない。
どうせどきどきするのなら、もっと別の感動でどきどきしたかった。
「ここから、飛び降りるの?」
私の胸まで高さのある白い手すりにしがみ付く。
じっとりと手に汗が滲んだ。
「落ち着けって。3階からなら死なないだろうけど、骨折は免れないだろ」
「落ち着けるわけ無いよ。こんなに、揺れているんだもの……っ」
教室の揺れは激しさを増していて、ベランダで私は立っているのがやっとだ。
校舎全体が揺れているわけではなくて、1年2組の教室だけが揺れているのだけれど、教室にくっついているベランダももちろん揺れてしまっているのだ。
「校舎の突き当たりに非常階段があるだろ。アレを使おう。幹原、動けるか?」
「な、なんとか。手すりに掴まってれば」
「よし、なら急ごう。これだけ激しいとそろそろ塩の結界も効果が切れるだろ」
揺れるベランダを、私と吉田は突き当たりに向かって進んでいく。
吉田は手すりに掴まらずとも、さくさくと進める様だけど、私を気にしてか、ちょこちょこ後ろを振り返りながら進んでくれる。
私は手すりに掴まりながら、必死に震える足を前に動かした。
痺れている時みたいに、足の感覚が鈍い。
それでもじりじりと1年2組の教室から離れ始めると、多少揺れが和らいだ。
揺れさえどうにかなれば、歩くのだってどうにかなる。
でも。
「あー、ここ端まで全部繋がっていなかったのかよ」
吉田が立ち止まり、軽く天を仰ぐ。
教室を後二つも残して、ベランダが途切れていた。
といっても、ベランダが無いわけじゃない。
30cmちょっとの幅をあけて、離れて隣の教室に続いているだけだ。
吉田が、ベランダの柵から身を乗り出して離れた隣のベランダの柵に手をかける。
「……行けそうだな。幹原、運動神経はいいほう?」
ああ、嫌な予感しかしない。
「体育は5しかないよ。10段階で!」
「それは堂々と言う事か? まあでも、普通だよな。乗り越えるぞ」
吉田はぐいっと腕に力を込めて長い足で柵を乗り越え、そのまま、隣のベランダの柵に足をかけ、跨いで無事に隣のベランダに降り立った。
「幹原も早く!」
「無理だよ、私、運動神経よりも何よりも、スカートだよ、足も短いよっ」
泣きたくなった。
むしろもう、さっきからずっと涙でてるけど。
明らかに身長が170cm以上ある吉田はともかく、150cmしかない私じゃ、隣のベランダに足なんて絶対届かない。
柵を乗り越えるのも無理なんじゃ。
「無理じゃないだろ。ほら、こんな少しの幅なんだぜ? たったの一歩だ。下さえ見なけりゃ怖くないって」
吉田が向こう側のベランダからほらほらと手を広げて幅の狭さをアピールするけれど、私はベランダの柵に掴まってそのまま動けなかった。
下を見ちゃいけないってわかっていても、もう見てしまったのだ。
幅が狭いせいか、ベランダとベランダの隙間は街灯の光も殆ど届かなくて、奈落の底の様に暗く淀んで私が落ちてくるのを待っているかのよう。
「無理、だよ……」
私はもう、柵に手を這わせるようにその場にへたり込んだ。
スカートで柵を乗り越えるなんて無理だし、跨いで隣に渡るとか正気じゃない!
パンッ!
一際大きく揺れ、背後の1年2組の教室から窓ガラスの割れる音が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます