ラストシーン まい_すぺーす

 ふう……。今日もバイトはきつかった。せやけど、すっごい充実してた。もうすぐバイトは終わりや。わたしをこれまで支えてくれたバイトに感謝して。これまでとは違った気持ちでバイトに向かえた。


 わけ分からん高校の時。リョウとのことで、ぐちゃぐちゃになってたわたしを立て直したんはバイトやった。厳しい店長にどやされどやされ、忍耐力と体力がきっちり鍛えられた。何があってん諦めへんと前に進むガッツとタフネス。それも、あそこでもらったと思う。店長はスケベやったけど、なんだかんだ言ってもしっかりわたしをサポートしてくれはった。わたしは、ほんまに恵まれてるなあと思う。


 シャワーを浴びてから、缶ビールを開けて口に含む。


「ふいーっ! うまあい」


 いつもより豪華な賄い飯を食べながら、ノーパソを立ち上げる。昨日。久しぶりに自分のブログを更新した。わたしの中でこれまでのことを整理して。きっちり制作に向かうために。


◇ ◇ ◇


 この夏。わたしの夏はもやもやから始まった。


 就職、卒制、友達との関係、前のカレシのこと。……そしてあの隙間。自分ではどうにもならへん苛立たしさが、わたしをヘコませてたと思う。

 自分ではわたしの場所が見つからへん思てるのに、周りはどんどんわたしを『わたしの場所』に追い込んで行く。『わたしの場所』が勝手に作られて、わたしを閉じ込めてく。そんな感じやったな。


 隙間は、そんなわたしをほんの少しずらした。めまいは余計やったけど。ベルトコンベアーのように、規則正しくわたしを押し流していく時の流れ。それをほんのちょっと狂わした。それ自身には何の意味もあらへん。せやけど、そうやってできた小さな渦にみんなを巻き込んだ。アッコ。クリ。野崎センセ。しげのさん。そして……マギー。


 それはみんなにどう影響したんやろ? わたしはどう影響されたんやろ? 分からへん。せやけど、あそこがなくなるまでのわずかな間に、心がいっぱい揺れて、動いた。それは、あそこがなくなった今でもわたしの中に強く焼き付いてる。


 わたしは、自分の描いたイメージ図を前に腕組みをする。


 まい_すぺーす。わたしの場所。それもまた。わたしの中で揺れ動き続けた。作ろうとして。それは在るもんや、作れるもんやあらへんて思って。でも、勝手に出来てまうって悩んで。壊すためにばたばたあがいた。わたしの中で、それはまだ全然定まってへん。でも、それでええんやろうと思う。


 わたしの場所。それはわたし『だけ』の場所やない。自由に他のもんと重ね、吸収し、吐き出し、畳める。いつでもクリエイトできるもんや。わたしがわたしを閉じ込めてそれを作ろうとすれば、そこにはわたししか入らへん。つまらんやん。


 わたしの場所。それは新しい『わたし』を創造する場所やと思う。せやから、それはこんなんやと決めることが出来ひん。クッキーの警告が苦い。


『抽象から具象引っ張るのはしんどいで』


 せやな。その形を決められへんものに、形を与えなあかん。それがわたしを縛るもんやないってことを、みんなにイメージさせなあかん。クリやマギーの突っ込みもそこに集中した。どうやってそれを見せるんやって。


 悩んだ。いっぱい悩んだ。


 わたしの出した結論。それは破壊と創造やった。自分を壊して新しい自分を創る。それを営々と繰り返すこと。古い自分を枠で象徴させ、それを破って飛翔しようとする鳥を基本にする。

 鳥は解放とか非束縛の象徴や。マグリット。ダリ。エルンスト。ルソー。わたしにたくさんの示唆を与えてくれた先人からの、インスピレーション。せやけど、鳥かて必ず羽を休める場所が要る。しかも、どこかに留まって楽してしまえば翼をなくしてまう。飛び立つ勇気。いつも新しい自分をこさえる勇気。それがなければ鳥であり続けることは出来ひん。枠だけやなく自らも破って、そこから新たに創造されるもの。それをイメージした。


 そして。飛ぶ鳥の悲しさは孤独や。束縛がないゆうことは、独りだってゆうことやもん。せやから、創造された自分が多くの人とつながるように。それらの人たちが、自分に飛び出す勇気と羽を休める場所を与えてくれるように。そして、自分がたくさんの人たちに夢を届けられるように。


 まだまだ全然煮詰まってへん。せやけど、これが今のわたしの精いっぱいや。わたしは描き上げたイメージ図を……昨日ブログにアップした。


◇ ◇ ◇


 わたしは自分のブログを見る前に、しげのさんのブログを見に行く。最近それがわたしの日課になってる。しげのさんのそっけないブログは、きちんと体裁が整えられてプロフも埋まった。トップページに掲載された写真。カラフルなオブジェに囲まれて、センセと二人で肩を並べて笑っている写真。わたしはそれが見たくて、毎日見に行く。


 不思議やなあと思う。センセとずれてしまった八年間。先にトシを取ったしげのさんの方が、センセよりもずーっと若く見える。まるで二十代の頃に戻ったみたいや。恋がオンナをきれいにするっていう意味がよく分かる。そして、センセは逆にぐっと貫禄が出たように見える。もう何があってん絶対俺がなんとかするさかい、どんと任しとき! そういう自信と責任感。


 もう二人は何があってん、二人で自分達の場所を創っていけるんやろう。それを確信させてくれる。ああ。わたしも、こんなんなれたらなあと。溜息が出る。


◇ ◇ ◇


 さて、と。自分のブログを開く。しげのさんはアドレス知ってるから、なんかコメくれるかもしれへんなー。


 わたしは昨日イメージ図をアップする時に、短い文章を付けた。



『まい_すぺーす。わたしの場所

 そこは、在って、ない場所

 こさえると、消える場所

 入れるけど、出るのがしんどい場所

 そして独りやなく、誰かといられる場所


 場所は、わたしが創る

 いつでも

 わたしが、わたしである限り』



 コンペの時には説明文は付けたない。作品そのものが訴えるようにしたい。まだ素案だからできることやね。


「さあてと」


 コメ欄を見る。


「げ……」


 目が点になった。


「なんやて?」


 コメ100やと? いたずらかぁ? ったあ……。どっかのアダルト業者のサーチにヒットしてもうたかなー。アダルトだだ漏れやとこの後がしんどい。はあ、かなん。がっくり来ながらコメ欄を開ける。


「えっ!?」


 そこには。たっくさんのコメがずらーっと並んでいた。みんな、それぞれオリジナルのきちんとしたコメ。わたしはそれを順番に見て行く。すご……。


 しげのさんや野崎センセ、クッキーがコメくれるのはまだ分かるけど、他の子からもコメが付いとる。造形科だけやない。CG科や設計科、音響科の子まで。それに、中村さん、棚倉さんたち。ええっ? 店長までぇ?


 じわじわじわっと涙があふれて来る。嬉しくて。どこまでも嬉しくて。そうやな。これが見せるゆうことか。棚倉さんが言ったこと。見られるんやない、見せなあかん。自分の創ったもんを見せる。これがわたしやって胸張って見せる。それで初めてつながっていく。こうやって……つながっていく。


 わたしの場所が。

 みんなに。

 つながっていく。


◇ ◇ ◇


 ごっつ嬉しかったけど。とても全部に返コメなんて出来ひんなあ。


 いっちゃん最後にコメ付けとったのはマギーやった。あいつ制作室に籠っとったから、アクセスが遅れたんやろ。


『でんでん。ごっついな。俺もぐずぐずしてられへん。おまえが飛ぶんやったら、俺も必死に追っ掛けへんと間に合わん。ほならな』


 うん。せやな。わたしらはよたよたしながら、それでも飛ぶしかあらへん。カレシカノジョで甘ったるいこと考える前に、お互いど突き合えるようにきっちり足元固めて。お楽しみは、それからや。


 わたしはコメ欄のいっちゃん最後に、まとめの返コメを書いた。


『みんな、おおきに!

 不肖でんでん、こないにいっぱいど突いてもろて、もうぼっこぼこですわ。(笑)


 せやけど、このまんま行ったらわたしらしない。コンペに出すまでに、こいつをどこまで化けさせられるか。なんや、あれがこんなにごっつくなりよったんかって、そう思ってもらえるように。死ぬ気でがんばりまっす!


 応援よろしくぅ!』




        << fin >>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る