fourth chapter.夢想
「夢想」1
何とか心を落ち着かせようとして、平静を装った。今が本当の事を聞けるチャンスで、現実に戻されている場合ではないと思えたからだ。深呼吸をしながら体を起こし、暫く目を瞑ったまま俯く。
「ハル、大丈夫?」
「大丈夫。ちょっと落ち着いてきた。ユミさんこそ、その、動揺してない?」
「うん、今は平気」
「話戻したいんだけど、ユミさんは、マイ・レメディーの事を知ってる?」
そう問うと、口を閉ざしたまま何度か首を縦に振る。
「じゃあ、此処が記憶の中だと分かってて――。」
「大したことじゃないよ。映画のように台本通りじゃなきゃいけないって訳じゃないんだし、自分が覚えてる範囲内で行動して発言すればいいだけだから」
「何で記憶の通りに動かないといけないと思うの?」
「そうじゃないと、真実に辿り着けないから。ハルにもそれに、付き合って欲しい」
その真実というのは、一体何を指して言っているのか分からない。僕はユミさんとの失われた記憶を探っている。それに似たような事だろうか。
お互い沈黙のままでいると、遠くの方からイッタの声が聞こえてきた。
「おーい、姉貴かハル居るー!?」
ユミさんは難しい表情のまま立ち上がる。イッタはまだ叫んでいた。
「すげぇ荷物いっぱいー!助けてー!」
部屋を出ようと扉に手を掛けた手を、思わず掴んで引き留めた。
「待って、まだ話が――。」
「まずは此処に長く居られるようにならないと。何が起きても動揺しないよう、つねに平常心を保って。それで、起きる出来事に身を委ねるの」
何を言っているのかよく分からない。その通りにすれば、やがて真実に辿り着くという事だろうか。
「私のために、協力して欲しい」
真剣な表情で真っ直ぐに見つめられた為、何も言えずに自然と頷いてしまった。ユミさんはそこで、力が抜けたような柔らかい笑みを見せる。
「ありがとう」
イッタの元へ行こうと部屋を出た瞬間、パッと場面が切り変わった。ここは高校の体育館で、見回してみると、全校生徒が集まっているであろう数の人が居た。全員が立っていて、檀上で校長がマイク越しに何かを話している。自分が並んでいる列の後ろの方に目をやると、イッタが大きな口を開けて
「ではここで、生徒会長より報告があります」
校長の言葉で体を前に向き直すと、気付けば檀上にユミさんが居た。凛とした佇まいでマイクの前に立ち、ゆっくりとした丁寧な口調で話し出す。
「先日行った、西日本地域豪雨被害を支援する為の募金活動ですが、皆様のお陰で5万3442円の寄金が集まりました。ご協力ありがとうございました」
いつも明るくはしゃいでいて、大きな声でイッタとじゃれ合ったり喧嘩する姿ばかりを見てきた。だが今は全く違って見えた。知的で
すると近くに居た男子達が、ひそひそと話し出した。
「生徒会長、美人で清潔感あっていいよなー」
「あれでイッタの姉ちゃんとかあり得ねーし。イッタに紹介してもらえねぇかな」
「止めとけよ。んなこと頼んだら、シスコンだから殴られるぞ。そもそもおまえは相手にされないって。彼氏、年上ばっかって噂だろ」
「まじで?年下に興味ないって感じ?」
「いや、だけど歴代彼氏クズばっかで泣かされてるらしいから、奪えるかもな」
僕のぽかん顔は暫く戻らず、何なら眉に力が入ってきた。
ユミさんに憧れを抱いていたのは、どうやら僕だけではなかったようだ。生徒会長で男子の憧れ。これはユミさんが望んでいることなのか、それとも真実なのだろうか。いや、生徒会長ってことは置いといて、男子の憧れには納得できる。ユミさんの目鼻立ちは整っているし、肌も透き通る程に白い。僕なんかには高嶺の花なのだ。異性として好きになってもらえる訳がない。
そんな事を考え自信を無くしていると、ユミさんがはつらつとした口調に切り替わった。
「そしてもう一つ、寄付のお願いをしたいと思います。これは我が校にとって、とても重要な事です。では、シスターの皆さんをご紹介しましょう」
シスターって何だ?頭を捻らせ考えていると、地面が地響きのように揺れ出す。地震かと思っていたら突然、大勢の人が体育館に入ってきた。ほとんどの人が私服姿なので、どうやらこの学校の生徒ではないようだ。後ずさりするも人に呑まれ、体育館はぎゅうぎゅう詰めになった。
何事かと舞台に目をやると、黒と白の修道服を着た女性が数人立っていた。ゆったり袖にくるぶし丈のワンピース姿で、裾が大きな黒の頭巾を被っている。1人が代表者のようにスタンドマイクの前に立った。その時、軽快なリズムが体育館中に響き渡る。
「皆さんの寄付が必要なの!かごを回しますんで、お金を入れてねベイビー、歌うわよ!」
うちの学生が気付けば手にかごを持っていて、数人がそれを持ってぎゅうぎゅう詰めの人の中を歩き回る。周りの皆は、そのかごにお金を投げ入れていた。
意味が分からない。恐らくだけどこれは、ユミさんが観た映画かドラマか何かの記憶だと思う。壇上でゴスペルを歌うシスター達の姿を見て、僕にも思い当たる映画があったからだ。現実の記憶とそれが、ごちゃまざになっている状態ではないかと思った。
意味が全く分からないまま、盛り上がる人達にどんどん押されていく。するとそこへ、かごを持ったイッタが現れた。
「ハル、何をボーっとしてんの?20万集めないとハリウッドのコンテストに行けないぜ」
「ハリウッド?何そ――。」
無理やりかごを手渡される。
「皆で絶対優勝しようぜ」
「イッタ、ちょっと待って!」
イッタは人の波に消えていった。ちなみにユミさんは舞台から下りていて、先生と一緒に歌を聴いて盛り上がっている。どうやら全員が、映画の世界の住人になってしまっているようだ。
かごにはどんどんお金が投げ入れられる。とりあえず人の居ない場所に行こうと動くも、盛り上がる人達にもみくちゃにされた。足を取られ、その場に倒れ込んでしまった。踏まれる!っと思い、咄嗟に目を瞑って腕で顔を防御する。
次の瞬間、騒がしかったのが嘘みたいに静かになった。そっと目を開いてみると、教室の扉の前に立っていた。イッタが目の前に居て、珍しい物でも見るように僕を凝視している。
「何おまえ?どうした?」
「えっと、僕達こそ、此処で一体何を?」
きょろきょろすると“3-C”と教室に表記があった。上級生のクラスの前に居るという事は分かる。どうやら場面が切り変わったらしい。
「何をって。姉貴に借りてたノート返しに行きたいって、ハルが言ったんじゃん」
そう言われた途端、手元にノートが現れる。驚いて中を開いて見ると、綺麗な字で数式が並んでいた。
「姉貴居るかな」
教室を覗き込むイッタと一緒になって、ユミさんを探した。今は休憩時間のようで、クラスの人達は散らばって談笑している。その片隅で、ぽつんと1人で読書するユミさんを見つけた。またもや意外な姿だった。
ユミさんはイッタのように人気者で、大勢の友達に囲まれて過ごしているという印象を抱いていたからだ。周りが騒いでいても、ユミさんは気にせず当たり前のように1人、自分だけの世界に居るように映ってる。
「ユミさん、具合でも悪いのかな」
「え、そうなの?」
ユミさんが居る方を指差し、可笑しい事に気付いてもらおうと思ったけど、イッタは何言ってるんだと笑い飛ばした。
「別にいつもと変わんねーじゃん」
そう言った後、物怖じせずに上級生の教室に入っていく。僕も恐る恐る後を追った。
「姉貴、ハルがノート返しに来たぞー」
ユミさんは笑顔一つ見せずに、ゆっくり振り返る。無言のまま僕に向かって手を出した。
「えっと、ああ、これか」
その様子に戸惑いながらも、慌ててノートを手渡す。
「役に立った?」
ユミさんは目を本に向けながらそう言う。役に立ったかどうかは分からないけど、とりあえず頷きありがとうと告げた。
イッタは上級生に声を掛けられ、楽しそうに談笑している。その隙に、ユミさんの耳元で小さな声で言った。
「ユミさんって、学校ではいつもこんな感じだったの?」
「こんな感じって?」
相変わらず目は本に向けたまま、何事もなかったようにさらっと質問し返される。
「1人で大人しく、その、孤独っていうか――。」
「うん。友達居ないの知ってるでしょ?」
「え、そう、なんだ。イッタと居る時はあんなに明るいのに」
「目立ちたくない。こうしていれば、誰も私に構わないから」
「その気持ちは分かるけど、そんなのユミさんっぽくないっていうか――。」
「いつもの私と話がしたいなら放課後にして。お願いだから学校では、そっとしておいて」
まだ聞きたい事があったけど、イッタに突然後ろから羽交い絞めにされた。
「ハルー、帰ろうぜー!もうすぐ授業始まるぞ。じゃあな姉貴ー!」
イッタの言葉にもユミさんは無視。背中を押され歩きながら、ユミさんはいつもああなのかを聞いてみる事にした。
「はあ?今更何言ってんだよ」
教室を出た後、再びユミさんが居る方を振り返りながら問う。
「だから、あんなのユミさんじゃないじゃん」
するとイッタは、困ったような表情を作ってため息を吐いた。
「おまえ忘れたのか?姉貴ずっと虐められてただろ?頭良いし何故かモテるから、ほとんどやっかみで目の敵にされてただけだと思うけど。俺もいつも一緒に居てやれる訳じゃないからさあ、どうしようかと思ってたら、姉貴があの作戦を思い付いたわけ」
「あの作戦?」
「目立たない作戦だよ。だけど、あれはいつもの姉貴とは真逆だから気持ちわりぃーよな!おまえのその気持ち、分かるぞ」
その時、一瞬にして辺りが静まり返った。おまけにイッタを含め、この場に居る人達の動きがピタッと止まる。思わずイッタの肩を揺さぶった。
「おい、何?どうしたの?」
「嘘、イッタは分かってない」
振り向くと、教室内に居た筈のユミさんが立っていた。
「私の成績が良い事を妬んでる人が居る、っていうのは本当だけど、やっかみを受けてる根本の原因は、私がイッタの姉だからなの」
小馬鹿にするように鼻で笑い、口の端を上げて不敵に微笑む。
「馬鹿らしいよね。だけどイッタの人気って凄いんだよね。同年代だけじゃなくて、3年の女子からも人気があるみたい。
いつもの優しいユミさんとは違い、表情も声も冷たい。
「女子は自分がいかに友達よりイケてるかを競ってる。男子はあの子が可愛いあいつはブスだとか、そんな話ばかり。みんな相当自分に自信があるんだね。私は自分の事を、卑屈で無力な人間だって思うのに」
「ユミ、さん?」
「イッタの姉だから、私も真っ直ぐでいないと。イッタもそんな私を望んでる。だからイッタは防波堤のような存在なの。イッタが居なくなれば、何もかもが決壊してしまう。それは―― ハルも同じだよね?」
ユミさんはゆっくり距離を詰め、真剣な表情で見つめてきた。
「私とハルは、似た者同士だもんね」
次の瞬間、目の前からユミさんが消え、時が動き出した。元に戻ったざわつく周囲を呆然と眺めながら、今になって早まる鼓動を静めようと胸を押さえる。さっきのユミさんの言葉が何故か、強く胸に響いていた。
何処からか視線を感じ目をやると、また離れた場所にユウダイが居た。
今日も黒のフードを頭から被り、じっとこっちを見ている。ユウダイの元へ行こうとしたその時、誰かに背中を強く押され、再びユミさんの居る教室に入ってしまった。
誰に押されたのかと後ろを向くと、上下茶色のスーツ姿で、お腹がぽっこり出た小太りな男性が立っている。周囲に居た人達が、慌てるように席に着き出した。
小太りな男性は、片方の眉だけをぐっと上げ睨みつけてくる。
「何やってんだ、早く席に着け」
「いや、僕は学年が違――。」
その男性がピシャンッ!と力強く扉を閉めたので、僕の声は掻き消された。シーンと静まり返る室内に気まずさを感じ、何となく空いている席に座る。何故か教卓の横にはエレキギターが置かれていた。ギターと小太りな男性教師。その光景に見覚えがあった。恐らくまた、映画の記憶のゾーンに入ってしまったようだ。前にそんな映画をユミさんと観たことがあったからだ。
何の映画だったのかを俯きがちに考えていたその時、けたたましい電子音と、お腹に響くような低音が聞こえた。驚きで体がビクッと飛び上がる。
顔を上げると、いつの間にか先生がエレキギターを抱えていて、生徒もドラムやキーボードを演奏している。呆気に取られてしまい、数分その様子を呆然と眺めた。
「皆ストップ!校長が来るぞ!」
生徒の誰かがそう叫ぶと、周りが一斉に楽器を片し出す。慌ただしく生徒が行き交う間をすり抜け、ユミさんのもとまで走った。腕を掴むと、驚いた顔を向ける。
ちゃんと話がしたいのに、こうやって映画の記憶が邪魔ばかりしてくる。真実を知りたいのに、記憶の世界に翻弄されてしまう。
「さっきの話の続きなんだけど――。」
「さっきの見た?映画と同じで、ギブソンのラージガードのSGスタンダード使ってたね」
「何のこと?」
「もう、ギターのことだよ!」
「ユミさんギターに詳しいっけ」
「弾けないけどね。気になって調べたら、どんどん詳しくなっちゃった」
話していると、小太り先生が間に割って入ってきた。
「おい、早く片せ!ドラムの奴等を手伝えよ!」
先生に背中を押され、歩きながら振り返る。ユミさんはその場でじっと立ってこっちを見ていた。2人の距離がどんどん遠くなっていくと、寂しそうに微笑んで手を振ってくる。
前を向き直すと、すぐ目の前に大きな光が広がっていた。
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