第3話
学校に着く。
流れる風は冷たい。
他の部活も朝からの練習はあるから、他にも人はいるんだけど冷たい静けさを感じる。
変な鳥の鳴き声が聞こえる。通る車のエンジン音が聞こえる。
青黒い景色が広がる。
懐かしい空気だ。
「よし、準備はいいな」
感慨にふけっていると、天さんが体を伸ばしながら近づいてきた。
「あ、おなっしゃーす」
俺はおはようございますとお願いしますを同時に言った。
このわけのワカラン滑舌の悪い挨拶も懐かしい。
「よし、アイツらには適当に打つよう言ってあるから、今から俺が球出しをしてやろう。
色々な打球を出してみる。お前は取りあえず、今できることで返してみてくれ」
「いきなり打たせてくれるんですか? ……いい、部活ですね」
天さんは少し驚いた顔をした後、
「ふふ……」
嬉しそうに向こう側のコートに歩いて行った。
俺は気持ちよく天さんをおだてた。人それぞれ、部活の運営に対するこだわりというものがある。
俺は天さんのこだわりをすぐに察知し、褒め殺したのだ。自分のこだわりを理解され認められることほど嬉しいものはあるまい。
俺は世渡り上手だ。
「世渡り上手ね……」
世渡り、そんなもんで偉くなれるとしたら、それは、
「クソだ」
無能な努力家と同レベルの。
「コラ! 王ちゃん!」
蛭女。
マネージャーの象徴とも云えるジャージ姿で俺を叱る。
しかし、ジャージというのはいつ見ても、体のラインがはっきりと、そしてふっくらと観察ができていい。
セクシャルなことがしたいと思わせる。水着より好きだ。
「なんか、性格悪い顔して……、アレ? エロいこと考えてる顔……? に、なってるぞ……? 意味わかんない。
わたし? 急に? な、なんで?」
ふん、女には理解のできない女の魅力よ。
てかそんなに表情に出てるのか。
スポーツ! スポーツをして雑念を払わねば!
「いっくぞぉぉおおぉ!」
天さんが声を張り上げる。
なんか不気味だ。
「っうぃーっすっ!」
だから俺も似合わない返事をしなければならない。
さて、今できること、か。
つまりこの左手で出来る事か。
昨日は……、サーブは空ぶって、下からのサーブは無回転で打てて、当てるだけのロブが打てて、小突いて弾くタイプのアタックは出来てたな。
結構できてたな。
一球目が来た。
それを打ち返す。が、失敗だ。
あらぬ回転がかかり、あらぬ方向へ飛び、距離は伸び続けている。
天さんの顔を見る。
蛭女の顔を見る。
ん? 蛭女が何か手に持ってるな。
あ、カメラか。撮影するように言われたのか。よし、次だ次。
二球目を打つ。天さんの顔を窺う。蛭女の顔を窺う。
三球目を打つ。天さんが怒ってないか確認する。蛭女が絶望してないか確認する。
四球目。五球目。……。
やはり、俺も人間なのだろう。どうしても過去と比べてしまう。
過去に出来た事が出来ないと悔しいし、自分に厳しくなってしまう。
中学の頃と比べて、クソになっていた。悔しい。手を握り締める。
「うむ。なんというか、クソだったな。身のこなしはさすがだったが、左きき用の動きができているとも言い難い」
天さんから見てもクソだった。
「いや~、ロブは打てたんですけどね~。他が全然……」
「いや、ロブも打ててはいない」
天さんがハッキリと言った。俺は自分に甘かった。
「あれはロブとは言えない。
来た球を上斜め前に弾きつつ打ち流しただけだ。なんと言うべきか……。球に命を吹き込む事ができてない」
「おっしゃる通りです」
俺は俯く。
「ですが……、一ついいですか?」
「なんだ?」
俺は負けず嫌いだ。
「命、ではなく、魂です」
俺は負けず嫌いだ。どこかで逆らいたいという強い想いがある。
それでようやく捻り出したのがこれだった。それ以外は何も言えなかった。惨めだ。
「そ、そうか。でもまあ、それでいいんだ。
実は蛭女君に今の王君の映像を撮ってもらっておいた。この映像を俺が昼の間に分析して練習課題を考えようと思う」
要は資料集め為の練習だった。今できること、という言葉でだいたい予想はついていたが。
「君にも、後で映像ファイルをコピーしてあげようか?」
「あー、いらないです。自分の下手なプレイは見たくないですね。調子のよかった試合なんかはよく見返してたんですが」
「おいおい、向上心の欠片もないな。この学園の空気に飲まれるのは早いぞ? いや、自分が大好きなだけまだマシなのか」
自分の学校をバカにした天さんは、部員の為の練習に混ざっていった。
天さんは一つ勘違いをしている。この学園の空気に飲まれるのではない。そういう人間が集まるのだ。俺を含めて。
その後は、ボールを使った練習には参加させてもらえず、自分ではもう間に合っているつもりの基礎体力を鍛えさせられた。
アレやコレやとぶつくさと文句を言いながらの練習だったのは言うまでもない。
そんなこんなで記念すべき第一回目の朝練は終わった。
日常は続く。
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