第3話
「ども……」
別に今後関係性を持つかは知らない相手にも取りあえず敬語を使う。
コート上にいる三人の部員の中には当然先輩にあたる人間もいるのだろう。
幸い、まだ練習が始まった様子はなく、失礼はないと思う。
しかし三人か。まあ新設校の今年増設された部活ならこんなものだろう。
「お! 新入部員? ラッキーじゃん! 団体戦出れるんじゃね?」
ネットにもたれかかりながらその内の一人が反応してきた。
恐らく先ほど柵の中からチャラチャラと気さくに声を掛けてきた人だろう。
見た目も期待通りにチャラチャラしている。
自分のセンスがチャラチャラしているから、チャラチャラしているスポーツであるテニスをしても良いだろう、という勝手な認識を持ってテニスを始めたと予想できる。
しかも、こう言った手合いに限って運動神経はいい。だが、ネットにもたれるな。
しかし、そうか。今の人数では団体戦が無理なのか。
「うむ。見学か? 俺は三年で部長の黒蹄天だ。よろしく。単純に、テニス歴とかはあるのか? いやもちろん、未経験でも大歓迎だ。体のバランスもすごくいいし、特に君はうまくなるぞ」
団体戦でられるんじゃね? とチャラチャラした部員に聞かれていた、いかにも清楚で美しい人間がこちらに聞いてきた。硬い笑顔が印象的だ。
この天さんが三年生で、チャラい奴が天さんにタメ口ということは、チャラい奴も三年ということになるのだろう。
「あ、よろしくです。えーとですね……」
さて、テニス歴か。困ったものだ。話せば長くなる。それにどんな説明をしても、持ち上げて落とす形になる。
全国行ったけど、もう右腕は使えません。なんて言ってもガッカリするに違いない。
「有力な選手が来た!」から、「練習相手にもならないゴミが舞い降りた」になるのである。この空気は耐えられないだろう。
そこからさらに「右腕使えないのに何故来た?」という疑問にもつながるハズだ。
そうなった場合、俺は「入るつもりないです」という冷やかしの事実を伝えることになる。
ここで「団体戦に出られるかも!」が「やっぱり無理だ」になる。どんどん落としていくことになる。
さらにはここに来た理由にも答える事になるがこれもやっかいだ。「幼馴染に突き出されました」が答えになる。
それはつまり、傍から見たら、浮かれた新入生の幼馴染コンビが、身内の慣れ合いという腹立たしく寒いノリで茶化しに来ただけである。傍から見たら。
殺されても文句は言えない。
そう考えて、答えあぐねている間に救いの声が飛んできた。
「俺コイツ気にいらねー!」
敵意はむき出しであるが。
「なんだ次二郎。失礼だろ!」
天さんが、冷静に少し焦った様子でなだめる。
俺をさっきから品定めするように見ていた男だ。。
中学までの厳しい校則から解放されたことを喜ぶように、全方位に逆立てられた髪の毛がそのツンとした性格まで表しているようだ。早く打ちたいのだろう。ボールを地面に弾ませている。
どうやら俺に文句があるらしい。
絶対に蛭女の所為だ。蛭女の所為で喧嘩売られた。蛭女め、許さん。
「兄貴はわかねーんすか。コイツの目、俺らのことバカにしてますよ。アレ? 違うな。テニスのことバカにしてるのか? いや、スポーツそのもの……いや、違う。なんだコイツ! 嘘だろ? コイツの目……、人間そのものをバカにしてやがる!」
蛭女の所為ではなかった。そうか。俺の考えが表情に出てしまっていたか。
なんだかツンケンしているな。ここは場を和ませなければ。
「アレ? 「兄貴」、ということはお二人は御兄弟とかですか?」
家族の話題! 俺は家族の話題を持ってして団欒の空気をテニスコートに持ち込ませようとした。
兄貴分的な意味で言っている場合もあるが、それはそれで喜ぶだろ、そういう人種は。
そんな中、高貴な天さんが誇らしそうに、
「ああ、そうだよ」
と割と早く返事をしてくれた。だが、次二郎と呼ばれた弟の方は、下を向いて下唇を噛んでいる。なんだかバツが悪そうなのだ。
しかし、アレか。現在テニス部は三分の二が黒蹄兄弟ということになるのか。なんか地味にチャラい人の居場所がなさそうである。
「ん?」
俺は今、なんと考えた? 黒蹄兄弟? 今日から通うこの学園は、黒蹄学園。
「アレ!? お二人は黒蹄学園と何らかの関係があるんですか!?」
次二郎の眉毛がピクリと歪む。
そんな次二郎には目もくれず、天さんが再び答えた。
「ああ、俺達はここの理事長の孫だよ」
学園カーストの最上位ではないか。俺は今からこの人達をガッカリのスパイラルに巻き込むことになるのか。
そもそも黒蹄家といえば、日本を代表する企業連合である黒蹄グループのトップである。その気になれば俺などポンと消せるかもしれない。
「ちなみにこの部活も、俺の『理事長の孫』権限を使って愛好会から部への流れはスムーズに行うことができた。まあ連盟が関わっている大会参加についてはようやく今年から可能になったのだがな」
どうやら平気で権力を使う人のようだ。舐める靴はどこだ。
「まあ連盟相手にも黒蹄の権力をもってすれば大会参加どころか優勝まで可能なんだが」
それはしないらしい。意外と誠実。
しかし、今俺に怒りを向けながら、バツが悪そうにしている次二郎もまた、権力者ということである。マズイ状況かもしれない。
「ん……? 次二郎?」
そんなことを思いながらも、唐突に俺は言葉を発していた。
「え……、ぷぷ、つ、次二郎……? ぷすくす……。名家の、息子が……、長男は天で、ヒヒヒ、その次男はつつ、つつつ次二郎……!」
いや、俺から漏れているのは声だけでない。空気もだ。そう、俺は必死で笑いをこらえている。
「コイツぜっっっってえええ後継ぎとして認められてねええええじゃああああああん! 生まれた時から!」
気がついたら、俺は次二郎を指差してこう叫んでいたいた。
対して次二郎は、
「勝負だ!」
と叫ぶ。うっすらと泣いて。
「いや、僕、右手を怪我していて……」
「うるせえ! 言うだけ言っといて逃げんじゃねええ! 誤魔化すんじゃねえ!」
怒る次二郎。
ああ。これもう、何言っても嘘って思われるな。
俺は覚悟した。
続く
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