第6話 ランキングは、嗜好と思考のセパレーション。

 PC部にてしっかりと「ケジメ」をつけた俺たちは、再度漫研部に戻ってきていた。あまりに俺たちが普通に部室にやってくるので、さすがにもうヒョロ長も何も言わなかった。まあ高槻がドアを開けた瞬間、一回無言でため息はついていたが。

 とは言ったものの、今回に限ってはちゃんとここに来た目的があった。現在進行形で高槻が最も嫌っているその男を問い詰め、新たな情報を掻き出すためである。掻き出すっていうか、引きずり出すって言う方が正しい気もするけどね。ま、身から出た錆というやつである。

 そんな村主とヒョロ長を椅子に座らせ、それに向かい合うような形で、俺たち3人も椅子に腰を据える。

「村主。怒らないから、ほかに誰を撮ったか教えてくれないか?参考までに」

 俺は出来る限りの笑顔で、村主に優しく伝える。

「……いや、それ絶対怒るやつじゃん」

 俺たちのことを疑う村主の眼差しに、高槻はキラキラとした笑顔を作る。

「大丈夫よ。本当に参考にさせてもらうくらいだから」

「……高槻さんが言うと、よりフラグ感が強烈になるんですけど……」

 深々とため息を吐く村主。うん、お前の言いたいことは分かるぞ。高槻にばれないように、俺はうんうんと頷く。

「ま、もう今更隠すようなこともないか。分かった、全部話すよ」

 村主は改めて座りなおす。

 そういえばあの暑苦しい黒金はいないな。ちょくちょくいなくなるけど、あいつどこ行ってるんだろう?その辺で筋トレでもしてんのかな?

 そんな俺の偏見をよそに、村主は軽く深呼吸をしてから、改めて話し始める。

「実は高槻さんを撮る前に、俺は今井早妃(いまい さき)を撮ったんだ」

「今井早妃……って、あの生徒会長か?」

 俺の質問に対し、村主は静かに首を縦に振る。

「ああ、そうだ。うちの会長ってすごい美人だと思わないか?だから俺、ひそかに憧れてたんだよ」

「確かに、すっごい美人さんだよねー!顔の美しさもちろんだけど、あの日本人離れしたスタイルは女の子もファンが多いと思うっ!」

 ジャージ姿の千里が両手の平を合わせて、嬉しそうに会長の話を始める。それはもう本当に子犬みたいな表情で。

 俺は十数年生きてきて、この感覚が未だによく分からない。女子は他の女性を褒めるときに、ものすごく嬉々として目をキラキラさせながら褒める。一体どういう意図でその発言をしているのだろう?『誰かを褒めてる私、素直で良い子でしょ!』みたいなことなのかね。『かわいいものをかわいいっていう私かわいい!』ってやつ?

 考えれば考えるほど沼にはまっていく気がする……女子という生命体の闇を知っちゃう気がするから、ちょっと一旦考えるのやめよう。

 俺の脳内でそんな葛藤が起きていることなど知る由もなく、村主は淡々と話を続ける。

「けど、意外に点数が上がんなくてさ。生徒会長という役職のレアリティは絶対的なものだし、難易度もそう簡単じゃないはず。だから、こんなに総合点が低いのはおかしいなと思って、もう一回今井会長のランクを確認してみたんだ」

 実行犯である村主の分析を聞く。なんか本当にゲーム感覚なんだな。ちょっとした攻略法みたいなものだ。

「そしたら、会長のランクはCだった」

「……あの会長がランクC?」

 マジかと言わんばかりの俺の表情を見た村主が、俺の気持ちを悟ったかのように無言で頷く。

「ああ。正直ショックだったよ。俺の中ではあの人はSでもいいと思ってたくらいだったからな」

 その判定にはさすがの俺も、違和感を覚える。実際あの会長が、かなりの男から告白されているという噂も聞いている。それらは全て散々たる結果だったという話だが……

 そんな会長が平均ランク?そんなの、どう考えても違和感がある。

 その事実が腑に落ちない俺の顔をじっと眺めながら、村主はポリポリと頭を軽く掻いた。

「で、それが悔しかったから、次こそは確実に高得点を狙うため、高槻さんをターゲットにしたってわけだ」

 村主は腕を組んで、うんうんと大きく頷きながら独自の攻略法を語る。

「あやちだったら、普通に噂になるくらいの上位ランカーだし、撮影難度も高い……」

「そう。ついでに保健室というシチュエーションと、プリンを隠れて食べる甘い物好きという女の子らしいレアリティも加わる、と」

 千里がうんうんと納得した様子で、村主に相槌を打つ。

 2人の言う通り、確かに高槻であれば、ランク、撮影難度は言うまでもない。さらにシチュエーションやレアリティも加われば、その得点は鬼に金棒という感じである。

「なるほど。あと足りないのはエロさだけ、か……」

 そう口にした瞬間、尻に鈍い衝撃が走る。振り返ると、俺の後ろで往年の松井秀喜のような、しっかりと軸足に体重が乗ったバッティングフォームで構える高槻がいた。

「教室で日傘を振り回すなって!」

 俺は右手で自分の尻をさすりながら高槻に訴える。

「あら?当たっていたことに気付かなかったわ。今、野球の素振りをしていたの。ほら、師である長嶋さんも言っていたでしょう?野球の基礎は全てバットスイングだって」

「いや、今全然野球の話なんてしてないから!ミスターの話なんて、どこにも出てないから!」

 っていうかこいつ左打ちかよ……こないだの剣士みたいな日傘の扱いと言い、こいつ本当にスポーツでもやった方がいいんじゃないか?こんなところで暴れるためだけにそのずば抜けた運動神経使うとか、マジで才能の無駄遣いだろ。

「でも、今の話……」

 相変わらず俺は尻をさすりながら、高槻に話す。

「ミスタープロ野球と松井氏の師弟関係の話?」

「だから違うっつーの!いいかげんベースボールから離れてくれませんかね……」

 ツンとした態度で、高槻は目を逸らす。そもそも、なんでこいつこんなに野球詳しいんだよ。そういう世代じゃないだろ?いや、もちろん俺も違うんだけどね。

 高槻の謎の野球ネタに疲れた俺は、一度ため息を吐く。遠回しに言ってもこいつには伝わらないんだと、俺はようやく理解する。

「……すまん、ちょっと男だけで話がしたい」

 千里がきょとんとした顔でこちらを見つめる。

「あっ、うん。それは大丈夫だけど……」

 そう言った千里が高槻の顔色を伺う。

「ふん。好きにすればいいじゃない」

 高槻は相変わらずこちらを見ないまま、ムスッとしている。

「えっと……じゃあ、私達、そこの窓のあたりにいるね?」

「ああ、悪いな。すぐ終わるよ」

 千里は膨れ顔の高槻を引いて、窓際の辺りに移動する。今さらだけど、千里がいてくれて本当に良かったと思う。俺一人であいつの面倒を全部見きるなんて、想像しただけでもゾッとする。365日体育祭とかの疲労感の方がまだマシだ。

 まだまともに話すようになってまだ数日しか経っていないのに、なんだかドッと疲れている。精神面にダイレクトで疲労が来るようだ。

 ともかく、女子2人が離れたのを確認して、俺は村主とヒョロ長を近くに呼び寄せる。

「さて……じゃあ男同士の話をしようか。今は高槻がいない。だから俺の質問に、素直に答えてほしいと思う」

 漫研部の2人は互いに顔を見合わせて、不思議そうな顔をして俺に頷く。俺もその合図に、アイコンタクトをして黙って頷く。

「じゃあまず、村主。高槻のランクを教えてくれ。……外見だけのランクだ」

「高槻さんはランクAだよ」

 さすが上位ランカーである。おそらく高槻の上に存在する女子は、かなり限られている。言うまでもなくその性格には難があるが、やはり外見に関してだけ言えば、内実共に認められているというわけである。

「よし。じゃあ、千里は?」

「Bだったかな?」

 千里は目立つ方ではないが、その全体的にバランスの取れた控えめな外見がそれなりの評価を得ているのだろう。平均的な身長、少しだけ小ぶりな胸、少し童顔が入った丸顔。俺が決して悪口を言っているわけではないということは、ご理解頂きたい。

 自分自身を納得させるわけではないが、そんな自分の中の精神を落ち着けるため、俺は一度咳払いをする。

「コホン……村主、端的に聞く。外見だけだ、それ以外は一切目をつぶってくれ。お前は高槻と千里どっちが可愛いと思う?」

「佐倉さんです!」

 村主は即答する。俺が聞くずっと前から、そんなの言われるまでもないと決めていたかのように。

「じゃあヒョロ長、お前はどっちだ?」

「……高槻さんだよ。そりゃね、ファンクラブ作ってたくらいだし」

 首を横に振りながらも、自分の本心には抗えないというように、諦めたような表情でヒョロ長は回答する。いくらボコボコにされ、罵られたとしてもやはり自らの本能には敵わないというわけか。同じ男として不憫である。しかし、それが男というものである。罵られることに快感を覚えてしまい、ヒョロ長が今後の趣味や方向性を間違えないよう願うばかりだ。

 とまあそんな2人の正直すぎる回答を聞き、俺はこれまで抱いていた疑問に少しだけ光を見出す。

「そうか……わかった。体を張った告白、ありがとう。そして、さようなら」

「ええ!?いや、俺死ぬの!?」

 村主が立ち上がり、体全身を使って大声で俺に言う。

「君たちの雄姿は忘れないよ」

「君たちって俺も巻き添え?!」

 ヒョロ長がツッコむ。うんうん、君たち二人は良いコンビだ。同じ部活の仲間として、切磋琢磨ツッコミに励んでくれ。

「……何が言いたい?」

 我に返った村主が、俺のことを疑いの眼差しで見る。さて、こいつらで遊ぶのはこんなところにしよう。そろそろ本題に戻ろうか。

 立ち上がったままの村主に座るよう促し、俺は再度村主に問いかける。

「ランクとしては間違いなく高槻の方が上なのに、どうして村主は千里の方が可愛いと思う?」

「いや、これと言って決定的な理由はないけど……しいて言えば、好み……かな」

 その回答を聞き、俺はニヤけて頷く。

「そう、そうなんだよ。だって、趣味が違うんだから、当然なんだ」

「……?そんなの今さら言葉にすることでもないだろ?人間として生きている限り、好き嫌いなんてあるに決まってるだろ」

 村主は不思議そうな表情で俺に問いかける。

「だよな……じゃあ、それなのに、どうしてランキングなんてものが存在すると思う?」

「……あ」

 村主は口を開いたまま、目をパチパチとする。

「そう言われてみれば、確かに……」

 ヒョロ長も俺の言いたいことに気が付いたようだ。

 2人の反応を見て、俺は確信する。

「そう。特定の誰かが、独断で決めているからなんだよ。だから美少女ランキングなんてものがあるんだ」

「……そっか」

 耳元の辺りで発されるその声に驚き振り返ると、千里が俺の椅子の背もたれに手をかけて乗り出していた。

「あれ、来てたのか」

「あー……うん。さっきあの2人がおっきな声出してたから、内緒話はもういいのかなって思って」

 千里はごめんと言う代わりに、あははと苦笑いをする。

「じゃあ、その『誰か』を見つければ、この盗撮の根源が探し出せるってこと?」

 高槻が千里の横から、会話に参加する。

「おそらくな。もちろん、俺の推測が正しければの話だけど」

「でも……そんなの、どうやって見つけるの?」

 高槻が自分の顎に手を当てて、真剣そうに悩む。

 そんな高槻の隣で、何かを思いついたようにハッとする千里がボソリと呟く。

「……ランキングだ……」

「……いや、だから今そのランキングの話をしてるんだけど」

 千里の発言にすかさずツッコむヒョロ長。ちゃんと仕事してるね、君。

 しかし、そんな村主の言葉を否定するように、千里は首を横に振る。

「ううん、そうじゃなくて……!ランキングの順位がヒントなんだよ!!ね?!」

 千里が俺の顔を覗き込んで確認する。そのキラキラした目に俺は口角を上げて笑顔で頷き、もう一度みんなの方を見る。

「ああ、千里の言う通りだ。おそらく、ヒントはそのランクの中にある」

 俺の言葉を聞いた村主が、なるほどと言わん表情で感心したように頷く。

「そうか……うん、確かにそうだ。誰かがランキングを決めているんだとすれば、そのランキングを分析すれば、今回の一連の首謀者が見つかるかもしれない」

「そういうことだ。だからまずは、会長のランクが高槻や千里より低い理由を見つけるんだ」

 俺の言葉を受けた千里がうーんと頭を悩ませる。

「そもそも、ランクを付ける要因って、何があるかなあ……?」

「趣味嗜好。あとは本人の先入観とか?」

 ヒョロ長も大体の流れは理解したようで、一緒に議論に参加する。ヒョロ長はなんだかんだいつも文句はつけてくるが、実は良い奴なのかもしれない。

 村主がゲーマーとしての威厳をかけ、再度ランキングについて考察する。

「高槻さんが会長に勝ってるところ、か……」

「胸がないところだな」

 俺が簡単に答えを提示してやる。なに、悩むことはない、高槻の特徴を読み上げれば自ずと正解は出てくるはずだ。

 そう言った直後、背後に何か殺気を感じる。

「ねえ、なお……後頭部とこの日傘、どちらが壊れるのが早いでしょうね?」

 振り返ると、鎌を持った死神がそこにいた。いえ、よく見ると傘を持った高槻さんでした。

「ごめんなさいごめんなさい悪気はありましたすいません」

 ここ何日かで学んだことだが、高槻に謝るときは何よりそのスピードが大切である。どうやって謝ろう、なんて言おうかと色々考えている間に、高槻が握ったその日傘が加速し始めるからである。そうなったときには、もう誰にも止められないので、余計なことを考える前にさっさと謝罪してしまうのが正解なのだ。

「ま、とりあえず、直接話を聞いてみた方が早そうだな」

「え、誰に?」

 千里が俺に問う。

「会長に決まってるだろ。それが一番手っ取り早い」

 俺の言葉を聞き、千里は驚いた表情を見せる。

「え?なおくんって、会長と知り合いだったの?」

「そんなわけないだろ、アポなしの突撃だよ。ゲリラってやつだ」

「あ、そうなんだ……でも、いきなり行って会えるものなのかな?」

 千里がそう言って首を捻る。

「かわいいかわいい1年生のお願いなんだ。会長たるもの、そういう奴らの声に耳を傾けるのも立派な仕事だろ」

 ま、例え行って会えなかったとしても、その周囲の人々から何かしら情報を聞けるかもしれない。足を使って情報を稼ぐ。それが刑事たるものだと、なんか古いサスペンスドラマで言ってた気がする。もちろん俺は刑事でもなんでもないけどね。

「……本当にあそこへ行くの?」

 眉間にしわを寄せて、怪訝な表情をした高槻が俺に問いかける。

「いや、だって会わないことには話がきけないだろ?」

「……分かった」

 明らかに機嫌の悪い高槻が、しぶしぶ承諾するように先に歩き始める。

「……?なんなんだあいつは……」

 不可解な高槻の態度に疑問を持ちながらも、とりあえず俺たちは会長に会うため、生徒会室へと向かうことにした。

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