第20話再び、マボロシ酒場
そもそも、ケースを押し入れに残しておいたのが気に食わない。中身だけを抜き取ったのだ。明らかに、発覚を恐れての手口だ。
(確信犯めっ!)
やるなら、堂々とやればいいのだ。あいつにあるまじきこざかしさが許せない。寒さも忘れ、頭に血をのぼらせて、マボロシ酒場の引き戸を開けた。
「くぉらっ、コムギ~っ!」(ギ、の部分は、歯ぎしりで発音してくれ)
「はぁい、おかえりなさいませ~」
?
さっきまでふたりが飲んでたテーブルに、小麦の姿がない。ふと店内を見渡すと、声の主はカウンターの中にいた。
「早いお戻りで、ごしゅじんさま~」
カウンター内に設えられたシンクに向かう小麦は、泡まみれの手で額の汗をぬぐう。エプロンをして、三角巾まで頭に巻いてる。コスプレ?
「おまえ・・・なにやってんだ?」
「・・・皿洗い・・・」
スキンヘッドの店員が、ギロリとこっちをにらむ。なるほど、飲み代を払えないことがバレたのか。
「からだで返してもらってます。金がない、って開き直られましてね」
「あ、はあ・・・」
いい気味だ。ま、この酒場では何度目かのことだが。スキンヘッドも、小麦には甘い。カウンター内で一緒に立ち働いてもらえるのがうれしいらしい。話しかけるとき、強面の目尻があからさまにゆるむ。
「これもお願いします、小麦サン」
「はぁい。シンクに置いといてくださいな」
「ゆっくりでいいですから、小麦サン」
「ゆっくりやりまぁす」
「ありがとうございます、小麦サン」
・・・なに言ってやがんだ。小麦はほおに薄紅が射してる。恥じらってるのではない。ほろ酔いだ。見れば、シャンパンを飲みながら皿を洗ってるらしい。こんなにもフリーな刑罰があろうか?悪い女め。ハゲ店員を必殺の笑顔で昇天させ、骨抜きにしたのだ。
カウンター内の二人は視線を交わし合い、スピーカーががなり立てるパンクロックが耳に入ってないかのように、ワルツのステップで動きまわる。いい気なもんだ。うふふ、あははー、ってなノリだ。
ところが瞬後。小麦はオレに向けて、殺意に近い目線を送ってきた。
「ちょっと、お金はっ?」
上唇のほくろを突き出してくる。どの口がそれを言うのだ。この女の脳の構造が知りたい。
オレはのうのうとした態度で、カウンターのスツールに腰を落ち着けた。さらにたっぷりと間を取り、セリフが効果的に聞こえるようにした。
「金か・・・金ならつくったさ。ギターを売ったからな」
小麦は、さっと顔をふせ、肩をすくめた。いたずらが見つかったネコの表情だ。バツが悪そうで、それでいてしれっとこの難局をやり過ごそうとしてる。
「ふ、ふうん、ギターね・・・あれはいいものだったらしいね・・・」
「あぁ、あぁ。いい品だったさ。ケースだけで1500円の値がついたからな」
千円札と500円玉をちらつかせると、小麦の態度が明らかに小さくなった。もじもじとからだをくねらせながら、手に持った大皿の向こうに隠れようとする。オレはサディスティックな気分に酔いしれた。
「そういえばさ」
小麦が話題を変えた。
「さっき、うちの部屋にドロボーが入った、って、大家さんから携帯に電話があったよ」
「げげっ・・・」
今度はオレの方が顔を伏せた。大家め、よりによって小麦に・・・。なんというバツの悪さ。携帯の電源を切ってたオレも悪いのだが。
「やっぱり。あんただったのね、ドロボーの正体」
ドロボーはお前の方だろうか!・・・という言葉は、さすがに飲み込んだ。
「そのドロボーなら知ってるからほっといてください、って言っといた。安心していいよ」
鼻高々で言ってのける。いい根性してやがる。うちにはドロボーが入りすぎるらしい。
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