第18話ダイハード

(げげっ、宮古だ!)

 アパートへ折れる最後の三叉路に差しかかったところだった。担当編集者の後ろ姿に遭遇。あのツモリチサトのトレンチコート、ギンガムチェックのレインブーツ。傘をさしてるので顔は見えないが、間違いない。とにかく、取り立て屋がわがアパートに向かってるってことだ。

(こんな日に・・・どこまで仕事熱心なヤツだ・・・)

 クリスマスイブなのだ。彼女にどこにも行くアテがないことは薄々わかってたが、まさかうちにくるとは・・・

 尾行すると、案の定、アパートの屋外階段をのぼってく。オレの部屋をノックしてる。

(やべー・・・やべーやべーやべーやべー・・・やべー・・・)

 原稿は描きかけのまま、ちゃぶ台の上に下に散らかしてある。カギはかけてきたっけ?かけたはずだ。宮古がノブを回してる。ドアは開かなかった。・・・安堵。

(くそっ・・・早く帰れっ)

 しかし、次なるピンチ。宮古はトレンチコートのポケットから携帯を取り出し、操作しはじめた。

(やばっ・・・)

 あわててこちらも携帯を出し、電波の届かないところに逃げ込む。間一髪の電源オフ。まったく、なんておっかない装置なんだ、携帯電話。

 宮古はしばらく携帯を耳に当ててたが、やがて途方に暮れるようにポケットに戻した。たのむ、今夜のところは見逃してくれ。

 ところが。しつこさこそが編集者の美質。宮古は部屋の前で座り込んでしまった。雪の舞い込む、吹きっさらしの渡り廊下だ。主の帰りをいつまでも待つ、とハラをくくったようだ。なんという心意気。見上げたものだが、

(バカ・・・早く帰れっ。そんなとこでじっとしてると・・・)

 行き倒れになるぞ・・・と、待てよ。そういえばちょうど去年のこの夜も、同じ場所で同じように行き倒れてた女がいたっけか。

 しかし、今は危急の事態。とにかくオレは、小麦から先に救い出さなければならないのだ。宮古が張りつく入り口側とは逆のサイドに回り、窓から部屋に侵入を試みることにした。

(窓カギは開けっぱのはず。あそこから・・・)

 塀をよじのぼってベランダの手すりをつかめればいけそうだ。そうと決めたら、必死に伝いのぼる。

 全身雪まみれになりながら、なんとかベランダにたどり着いた。立て付けの悪い窓は、キシキシと音を立てて開いた。しかし、ドアの外までは聞こえまい。コンバースを脱ぎ、凍える素足で部屋に踏み入る。コタツにまだ温みがある。束の間つま先を突っ込み、血の気が戻るのを待った。だが、時間のロスは許されない。さっさとギターをさがし、質屋に持ち込み、換金したあと、マボロシ酒場で支払いを済ませて小麦を救出し、すぐさまアパートに取って返し、宮古も救出したのち、二人の女からひんしゅくの視線を浴びながら原稿仕事をしなければならない。なんてすばらしいクリスマス。ダイ・ハードか。

 明かりを点けられない部屋内は薄闇だが、窓外に積もった雪のおかげで、ことのほか目が利く。押し入れをさぐり、扇風機や掃除機、それに「ロッキン・オン」のバックナンバー(小麦よ、これは売らないのか?)を積み上げた山の奥から、ギターケースを引き抜いた。

 そのとき、部屋のドアを叩く音がした。

「誰かいるんですか?ヤマキ先生?」

 心臓がのどの奥にせり上がる。ほんのわずかな物音を、執念深い宮古の耳が拾ったのだ。あわててケースをかかえ、クツを突っかけ、窓も閉めずにベランダから飛び降りた。下には、夕方にガキどもがつくってた雪山があった。そこに尻を落とした。

 どさっ。

 大きな音がして、一階にある大家の部屋の窓も開いた。

「誰だっ!」

 まっ白な雪だるまのような姿で、現場から遁走した。

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